帝王院高等学校
全てを黒で塗り潰そうと思う。
無意識にポケットの中の携帯を掴んだ。
普段ほぼ使わない所為か手間取りながら、着信履歴の一番新しいナンバーへ掛けたつもりだ。普段は殆ど使わない。

俊を探す時に何度も、掛けた覚えがあったから。
理由はただ、それだけ。

『もしもし』

だから聞こえてきたその微かな声に、

「今すぐこい。ゲームオーバーにはさせない」

躊躇なく、吐き捨てられたのだ。


















「タ、タイヨウ君、戻ってこねーっしょ(´ω`;)」

背中にずっしりと確かな重み、敢えて見ないようにしている前方では苛々と風を切る背中。
独り言の様に呟けばぴたりと動きを止めた背が、怒りのオーラを振り撒きながら振り返る。ああ、昔から、こうなのだ。

「足手纏いなんざどうでも良い。無駄口叩いてる暇があったらとっとと歩け糞餓鬼、消すぞ」
「…っス」

いつも、こうなのだ。
カフェカルマに堂々と入り浸り、堂々と俊の膝の上に座り、俊が居ないところではニコリともしなかった猫被り。いや、これには少し語弊があるかも知れない。少なくとも佑壱の前では良く笑っていた。あくまで、嘲笑だが。

「あのー、光王子サン(・ε・`) タイヨウ君はともかく、ユウさんにユーヤの事話すつもりなんスか?」
「…」
「シカトかよw」
「話たけりゃテメェで話せ。俺様に義理はねぇ」
「義理、ね。カナメは白百合、コイツはアンタのバックアップだろ。お宅らご三家の代わりにモルモットやらされてんスよ?何なん、その言い方はよ(・ω・)」
「ちっ。どいつもこいつも勘違いしやがって、馬鹿共が…」
「あ?」

やっと寮が見えた。
人の気配を避ける様に花壇の脇から中庭へ抜け、北棟へ足を運んでいく。

「そいつと俺様の血液型は違う。少し考えれば判るだろうが」
「はい?考えれば、って…言われても…(;´Д⊂)」
「そいつはあくまで、今の俺様を形成する為の観察対象に過ぎねぇ。そもそもそいつは何の実験もされてねぇよ」
「へ?!そ、そんな訳ねーっしょ!だって、」
「その馬鹿が誰の息子か判ってんのか馬鹿が」

馬鹿馬鹿、そう何度も言われれば少しばかり頭に来る。荷物さえなければ本気で殴り掛かってやりたい所だと目を細めた時、高野健吾は一つ、思いついた。

「つまり、ユーヤは…アンタの為じゃない他の誰かの為、に?んなアホな…!(;´Д⊂)」
「それは血の気が多過ぎるんだよ」
「は?」
「乗れ」

祭期間中は封鎖されている中央エレベーターのパネルを押した日向に睨まれ、健吾は渋々エレベーターへ乗り込んだ。日向が乗ってくる気配はない。

「PTSDって知ってっか糞餓鬼。そいつらは自分じゃ判ってねぇだろうが、初等科の面接官からカウンセラーが必要だと書かれていた」
「そいつ、ら?ユーヤと他に誰が、」
「藤倉裕也が本当の意味でバックアップとして名乗り出たのは、俺様じゃない。大河朱雀、その餓鬼の従兄弟だ」
「朱雀?!何で?!( ̄□ ̄;)」
「餓鬼の頃に目の前で二人も殺されてみろ、どんな成長するか。テメェは考えた事があるか、死に損ない野郎」
「…!」
「大河と藤倉に共通するのは不眠症だ。その逆、大河にあって藤倉にないものは」

生きる、目的。
心の中で呟いた台詞を、高坂日向は読み解いたらしい。顔に出たのだろうかなどとつまらない事を考えたが、開いたままのドア一枚隔てた先、髪よりは濃い、琥珀色の眼差しを眇めた男は少し焦っている表情だ。

「その餓鬼は生き方を知らねぇ。だが、テメェは判ってるらしいな。どんな手を使ったか知らねぇが、そこまでデカく育ったのはテメェの努力の結果って事だ」
「…」
「テメェで二人目だ、高野健吾。昔、お前と同じ様に藤倉関連で喧嘩吹っ掛けてきた馬鹿がいた。馬鹿なアイツは二葉に真っ向から挑んで、帝王院に潰されたがな」
「そんで降格してりゃ意味ねーじゃんよ(;´ω`;)」
「去年末に謹慎は明けた筈だが、戻らねぇ所を見ると退学すんのか」
「俺が知る訳ねーっしょ!」
「そいつはともかく、大河の国籍は中国だからな。わざわざAクラスに降格してまでお前らは大河を待ったが、奴は現れなかった。そこで藤倉は、自分の両目を従兄弟に差し出す意思を示した。理由は知らんが、生きるのが面倒にでもなったのか?」
「な、ん」
「大河は先天的に眼に異常があるだろう。残念ながらあっちが望まなきゃ、そいつの独り善がりだ。先週のカウンセリングでとうとうB型からAB型にしろと訳判らん事をほざいてた様だが、『セントラル』は阿呆しか居ねぇらしい。そいつに死なれたくないなら、テメェが何とかしろ」

開閉ボタンを押したままだった日向の手が離れ、そのまま置き去りにされそうな気配に目を見開いた。

「待てよ!だったらコイツは何でアンタのっ、」
「俺様にバックアップなんざ居ねぇ。精々足りない頭で悩んでろカス」
「おい!」

無情にも閉じたエレベーターが昇っていく、音。
重力が掛かり停車して、降りた先はドアが並ぶ赤い絨毯の上だった。最奥に並ぶドアの内、一つの前にバトラーが佇んでいる。

「お帰りなさいませ。サブマジェスティよりご用を承っております。高野健吾様、お部屋へお入り下さい」

健やかな寝息を背負ったまま、踏み出した一歩は、重い。














「…ちっ、喋り過ぎた」

年下を苛めて喜ぶ趣味はない筈だと、高坂日向は口元を覆いながら来た道を戻る。今度は人目を気にする必要はない。誰に見られようと、今は一人だ。

「誰があんな餓鬼にバックアップされるか糞が、馬鹿にしやがって…」
『セントラルラインより入電、ステルシリーラインを展開します。コード:ベルフェゴールに通信要請』
「…誰だ?」
『お久し振りですマスター、欧州統括部ランクB、コード:タナトスです。アルペジオと連絡が取れないので畏れながらご連絡差し上げました』
「それは構わんが、俺のコードは凍結してあった筈だ。ディアブロのロックを解いてまでって事は、ろくな話じゃねぇな」
『シー。スペインのバルセロナで暴動が起きた事はご存じでしょうか?』
「いや、ニュースには流れてない筈だが、いつの話だ?」
『先週末です。ある組織の内部分裂が原因で、表沙汰にはなっていませんが、逃げた数名がそちらに向かっているとの情報を掴みました』
「馬鹿共が。ドイツの空飛ぶ狼に喰われとけっつっとけ」
『当然、我らステルシリーソーシャルプラネットでその名を知らぬ者はないランクA二位枢機卿、コード:ディアブロの悪名を知らぬマフィアは存在しません。ですが今回は、ステルシリー役員が介在しています』
「…んだと?」

受信機であるピアスを無意識に押さえ、人目を避ける様に非常階段へ身を隠す。

『正体ははっきりしていませんが、組織内調査部が機能していない事を知っている役員が数年前から良からぬ画策をしていた事は、幹部で知らぬ者はいないでしょう。セカンドがアメリカを離れる直前に人事異動を行い鎮圧したものと思っていましたが、現に、一位枢機卿である対外実働部マスター、コード:ファーストの命を狙った者が今季だけで三名発覚しました』
「冗談じゃねぇ、帝王院…マジェスティは何をしてやがる!」
『シー。カイザールークが出向くまでもなく、全て対外実働部で制圧されています。クライスト卿が直前で揉み消していると言った方が正しいでしょうか』
「二葉側の支援者か?」
『明確ではありません。現在のステルシリーはマジェスティの支配下により、コード:ルークに表立って逆らう者は皆無と思われます。然しランクS不在から久しい今、前皇帝陛下のコード破棄が重なり、セントラルが不安定である事は事実です』
「破棄、って事は、マジェスティがノヴァを追放したのか?聞いてねぇぞ、いつの事だ」
『承認されたのは本日です』
「国が動くぞマジで…!何を考えてやがる、あの人格崩壊者が!」
『くれぐれもお気をつけ下さい。マスター、敵の目的が明確でない内は、ファーストのみならずセカンドも貴方も、』
「判ってる、切るぞ」

一方的に切った通信、己の視界に写る光景を何度も確かめて、足を踏み出した。何人もの風紀役員に取り押さえられているそれは、見知った男だ。

「離、せ!この僕を誰だと思っているの、お前ら…!」
「3年Sクラス宮原雄次郎、確保。これで残りは、国際科の宝塚だけか」
「連行しろ!光王子親衛隊を残すな!」
「いやぁあああ、やめろっ、は、離せぇえええ!!!」

何が起きているんだと、何度も、何度も。
イルミネーションに彩られた並木道、声もなく見守る幾つもの他人の視線の先で、泣き喚く男がこちらを見た。

「か…!閣下!お助け下さいっ、王子…!」
「な…にをしてんだ、テメェら!おい、二葉の命令か!」

静かな眼差しで振り向いた風紀の腕章をつけた男達は、誰一人として、見覚えがなかった。ほぼ全ての人員が進学科の生徒で構成されている風紀委員会に、知らない生徒など居る筈がないのに、だ。

「これはこれは光王子閣下、畏れながらこれはセカンドではなくマジェスティ直々の勅命でございます」
「閣下と言えど、邪魔をなさるおつもりであれば、排除致します」
「この男を最も憎んでいたのは、貴方の方では?」
「…テメェら、生徒じゃねぇな」
「我らは区画保全部、バイスタンダー」

これはただの『清掃』です、と。
表情一つ変えない男らに引きずられていくそれを、ただ、見ていた。


『おはよ、高坂君。あれ、何か、少し大きくなったんじゃない?』
『判るか、152.3cmになってたんだ。流石は俺様のストーカーだな』
『ス、ストーカーだなんて!隣の席ってだけじゃん、毎日見てたら気づかない方がおかしいよ!』
『ふふっ。もう揶揄わないであげて、この子、笑えるくらい過剰に反応するんだから』
『ユウちゃん!笑わないでよ!あっ、高坂君もっ。…酷いよ!』
『大袈裟に狼狽えるから苛めたくなんだ、ダセェ奴。それでも男かよ』
『ちゃんとついてるよね?あれ、僕の記憶違いだった?』
『も、もーっ!二人共知らないっ!バーカ!ユウちゃんも高坂君も絶交だ…っ!』
『あれで中一か?でかいのは図体だけじゃねぇか』

あの頃は幸せだった、などと嘆く我が身の浅はかさよ。
いつから狂った。何処から狂った。記憶は少しも、定かではない。

『ねぇ、高坂君。いつも見てるね?』
『…!お前、いつからそこに!』
『あれ、紅蓮の君でしょ?烈火の君の弟。最近、良く寮から抜け出してるんだ』
『…』

極々平凡な容姿の、クラスでも目立たない男だった。少しばかり背が高くそれだけで目立ちそうなものなのに、性格故か、いつも猫背だったクラスメートはやはり、空気の様な男だったと思う。
当時、祭美月は選定考査ですら本気を出した事がなく、帝君である叶二葉は来日していなかった事もあり、事実上の帝君は別の男だった。
ただでさえ帰国後すぐに親衛隊が出来た日向は悪目立ちしており、あの性根が腐った俺様野郎…中央委員会長である嵯峨崎零人に式典の最中「俺の姫」などと壇上から囁かれた事もあり、日向の中央委員会入りを皆が噂していた。

『心配?』
『…何で俺があんな餓鬼』
『ははっ、高坂君、「俺」って言ったね。駄目だよ狼狽えたら、親衛隊にバレたら大変だ。…あ、でも紅蓮の君に手を出す奴なんか居ないかな?喧嘩、凄く強いんだって』
『興味ねぇ。どうでも良い』

面倒はごめんだとテストで手を抜いたお陰で三番席に収まったが、後ろはそれこそ姫と言う呼び名が似合う女顔の男。一列6人ずつ5列の席順で、日向の隣は8番が座るのは当然だ。
それからか、女顔のクラスメートの初等科時代にルームメートだったらしい8番は、人気がない時を見計らって良く話し掛けてきた。性格が良いのか単に馬鹿なのか、クラスメートは勿論、親衛隊にも目を向けず一人を好む日向を見かねて「友達になろう」などとほざいたのである。

『紅蓮の君を慕ってる子達が「ユウさん」って呼んでるの、知ってる?良く考えれば、帝君の名前を知ってる生徒なんか何人居るんだろうね。この間なんか、月の君にマツリ君って言ったら睨まれちゃってさ』
『…お前、好い加減にしとけや。しつこいぞ』
『誰にも言わないよ。…佑壱君の事が好きなの?』
『…』
『頑なだなー。じゃあさ、こうしようよ。ぼく…じゃなくて、俺の好きな人も教えるからさ、』
『お前が好きなのは宮原だろうが。んなもん取引材料になるか馬鹿が。判りきった事ほざいてんじゃねぇ』

ああ。
馬鹿な男。顔を真っ赤に染めて俯き、大きな体を縮めて「何で」と呟いた。当の思われ人は何を勘違いしているのか、この男が日向に惚れていると思っている。こんなに判り易いのに、だ。

『…ユ、ユウちゃんには…』
『言わねぇよ。んな事より、アイツ何か変な勘違いしてねぇか?』
『ユウちゃんは可愛いって言われるのが嫌いなんだ。だから俺が好きなんて言ったらきっと、口聞いて貰えなくなるよ…』
『…回りくどい奴だな。男ならズバッと………言えたら、苦労はねぇよな…』
『高坂君は?言わないの?紅蓮の君って素行はともかくあの見た目だから、凄くモテるんだよ。まだ初等科だけど、来年にはきっと、親衛隊が出来るだろうね。高等部の工業科相手に乱闘騒ぎ起こして、勝っちゃったくらいだもん』
『…糞が』
『えっ?』
『それこそテメェと同じ理由だ。あの餓鬼、俺様を見て何てほざいたか教えてやろうか。「お前、女だろ」だとよ…!』
『あ…らら…』

返す返す口惜しい。
始業式典前に高等部の生徒らに絡まれた時だ。恵まれた体躯に全く似合わないネイビーグレーのシャツと黒いハーフパンツを纏った赤毛は、つんつん跳ねる髪から覗く深紅の双眸を真っ直ぐ向けてきた。
昔はダークサファイアだった、などと。一瞬思考が遅れた日向に向かって、馬鹿にした様な表情ならまだしも、あどけない表情で。何の悪気もなく。

『カッとなって蹴り飛ばしちまった』
『…それはもう駄目かも、ね』
『…マジかよ。やっぱそうか、いや判ってた…。たまに会うと凄ぇ睨まれる。嫌われてんのか。いや、嫌われてんだろうな。…どうしたら良い?』
『え?!う、うーん、えっと、まずは…笑い掛ける所から始めよっか。高坂君、ちょっと笑ってみて』
『こうか』
『………フッ、て、格好いいけど、俺が言ってるのは微笑であって、嘲笑じゃない』
『どう意味だテメェ』
『と、とにかく…あ!紅蓮の君が作業着の人から絡まれてる!高坂君、助けに行こう!助けてあげてお礼を言われたら何も言わず微笑めば、俺だったら好きになる!きゅんきゅんしちゃう!』
『マジか。良し、お前は寧ろ邪魔だからそこで待ってろ。ぶっ殺して来るわ』
『殺しは駄目だよ…!』

あの時は本当に、幸せだった。
今になって振り返ればあの時の悩みなど些細なものだった。本当に、小さな。



「貴方だけ幸せになんてしてやらない…!」

血を吐く叫びに顔を上げれば、憎悪に歪んだ顔が睨み付けてきた。

「僕だけ堕ちてやるもんか!離して!汚い手を離せぇえええ!!!」
「み、や、はら…」
「どうして誰も僕を好きになってくれないの!どうしていつも僕ばかり、どうしてだよ…!みんな!みんな死んでしまえば良いんだ!!!いやぁあああ、離せー!!!!!」

あの愚鈍にして何処までも優しかった哀れなクラスメートが最後に口にした台詞は、何だった?



『ね、高坂君。ユウちゃんは君が好きなんだ。…だから、お願い。そんな顔、しないで』
『どんな顔してる、って?見てもねぇ癖に…!お前は自分が何をされたか判ってんのか!』
『俺は良いんだ。友達を友達って呼んじゃ駄目なんて、そんなの、変じゃん。…でも、さ。俺が居なくなったらユウちゃん、きっと一人ぼっちになっちゃうよ。優しい癖にプライドが高くて変に男らしい所があるから』
『黙れ!居なくなるのは奴らだ、お前は堂々と戻ってこれば良いんだよ!』
『無理だよ。暫く入院になるだろうし…馬鹿だなぁ、俺。弱っちぃ癖に下手な抵抗なんかするから、太股は刺されるし顔に熱湯なんか掛けられちゃうし。…ま、気にする様な顔じゃないからね!ははっ』

同じ目に遭わせた。
全てだ。あの時、彼に暴行を働いた全ての人間を、一人残らず。
両脚の神経を切り、復元させない為に抉り、顔に熱湯を掛けて。もう二度と、


『ユウちゃんの顔はもう見る事ができないから、良いんだ。…でもね、高坂君。俺は君の事も大好きだったよ。本当に、憧れてたんだ。ユウちゃんが駄目なら君に、なんて…馬鹿な事を考えた報いなんだよ。だから、』

もう二度と、こんな事が起きない様に。



『お願い、ユウちゃんを守って。…俺の代わりに』







「高坂!しっかりしなさい、高坂!」

怒号に似た叫び声が鼓膜を震わせた。
いつの間に校舎まで歩いてきたのか、変に賑わう他人の群れを背後に、自分に掛けられたものだと思った声に振り返れば、それは自分へのものではなかったらしい。

「親父!頭ぁ!糞が、誰がやったんだ…!」
「騒いでる場合か!姐さんにバレる前に病院へ、」
「高遠?…宮田?」

数人の男達が誰かを担いでいる。その男達に見覚えがあった日向が呆然と声を掛ければ、鋭い眼光で睨み付けてきた男らはたちまち破顔した。

「若!良かった、地獄に仏ですぁ!人目につかず外まで行けますか?!他にも運び出さなきゃなんねー奴が居るんですぁ!」
「おい、何があったんだ?それは…親父と脇坂じゃねぇか。寝てんのか?」
「判らねぇんですぁ、見つけた時には親父と頭が揃って倒れてたんです…!糞が!ヤった奴は見付け次第ぶち殺したらぁ!」
「騒ぐな高遠!日向坊っちゃんの前だ!」
「でも宮田兄ぃ!ワシは我慢できませんぜ!抗争ですぁ!おっ始めましょうや!」
「煩ぇ!テメェら少しは落ち着け!」
「「はい!」」

怒り狂う組員を一喝し、携帯を耳に当てている赤毛へ目を向ける。佑壱にそっくりな燃える髪を結い上げた男は日向の視線に気づくと、通話を終えて向き直った。

「私が目を離した所為で、悪かったわね。今アンタのお母さんの無事を確かめたから、そっちは心配しなくて良いわ」
「いえ、嵯峨崎会長にご面倒を掛けて申し訳ない。後は自分がやりますので、」
「そうも行かないわ。アレが逃げたの。枢機卿として、私が片付けなきゃならない問題よ」
「…アレとは?」
「ゼロから少し聞いてたんだけど、」
「うわぁ?!」

人目を避けて潜り込んだ離宮の一階は薄暗く、非常灯と幾つかの間接照明が灯っているだけだった。然しそれが一気に明るくなったかと思った瞬間、廊下に悲鳴じみた声が響く。
素早く身構える組員を制止つつ見れば、またも、真っ赤な髪の男が佇んでいたのだ。

「ちょ、ひ、光王子?!あっ、ユーさんのお父さんだ!チワッス!じゃなくて、え?!ちょっと、零人さん、何でこんな所で寝てんの?!」
「おい、加賀城。煩ぇ、少し黙れ」
「す、すいません。あの、あの、何でこの人こんな所で…あっ、もしかしてとうとう光王子に手を出して?!返り討ちに?!あわわ」
「加賀城翁のお孫さんね。聞いてるわよ、新社長」

つかつかと加賀城獅楼の元まで近寄ったパンプスが声を掛けると、廊下の壁に寄りかかる様にして眠っている零人を覗き込んでいた獅楼は弾かれた様に立ち上がった。
目線の変わらない佑壱そっくりな父親を瞬きながら見つめ、ぺこりと頭を下げる。

「あ…加賀城獅楼です。ユーさんにはただ事じゃないくらいお世話になってます…!有難うございます!」
「やーね、お礼なんか良いのよ。あの子と仲良くしてくれて有難う、これからも仲良くしてね」
「は、はははい!仲良くします!はい!」
「ねぇ、君。少し手伝ってくれない?」
「えっ?はははいっ、おれで出来る事なら…!あのっ、でもおれ馬鹿なんで力仕事とかだと嬉しいですっ!」
「良かったわぁ、力仕事なのよ。ご覧の通りちょっと人手が足りてなくて、この子を運ぶのを手伝って貰えないかしら?」
「あ…零人さん、の、事ですか…」

目に見えて嫌そうな獅楼に日向は同情したが、尊敬する佑壱そっくりな父親に頼まれて断る道は残されていない。渋々零人を背負おうとした獅楼が、弾かれた様に嶺一を突き飛ばした瞬間、明るい廊下に銃声が響いた。

「何だぁ?!」
「待ちやがれゴルァ!何処の組のモンだ、」
「高遠!宮田!追うな!」

それぞれ成人男性を抱えている組員には荷が重いと判断した日向は回線を開き、近場の掲示板を忙しなく操作する。ほっと安堵した表情の獅楼は目を見開いている嵯峨崎嶺一の無事を確かめ、毎朝整えている眉を吊り上げた。

「この野郎、カルマの前で好き勝手しやがって…!クロノスライン・オープン!」
『コード:ヴァルゴを確認』
「交響曲第一番、ヨハネス=ブラームスを通告!皆に敵が現れたって報告して!場所は第三キャノン一階、総長が言ってた通りだったよ!怪しい外人が拳銃持ってた!」
『命令を全て承認、クロノスケイアスサイド・オープン。コード:ナイトの回線を無条件展開します…99%、ターゲットを捕捉。学園サーバーに登録はありません』

日向が操作する掲示板が光を失い、何度タッチしても反応しない。呆然と獅楼を見ていた皆の視界から色が消え、一切の照明を落とした廊下中に、夥しい数の深紅のスペルが刻まれる。

『レッドスクリプトを展開します。ステルシリー・トゥルーブラック・オープン、コード:マジェスティの御名に於いてターゲットを再度捕捉。………データ合致、南米情報部コード:アルペジオの代理、ランクB、コード:ハンニバルを確認』

回線を獅楼も判っていない様だった。ただ、嵯峨崎嶺一だけは有り得ないとばかりに獅楼の手を掴み、

「どう言う事なの?!ねぇアンタ、誰にステルスの回線権利を与えられたの?!」
「えっ、こ、これは総長が…!」
「総長?!」
『強制サーバー起動、コード:マジェスティナイトを反転、コード:マジェスティルークへ通達。直ちにターゲットのデータを譲渡します』
「な、んで、アンタなんかがルークに回線を繋げられんのよ!何を隠してるの?!」
「お、おれに言われても知らないよ!総長が言ってたんだ、変な奴を見掛けたらこうしろって!」
「だからその総長って一体誰の事なのよ!」
「遠野俊」

日向が囁けば、レッドスクリプトに照らされた赤毛が振り返った。微かな光源たが、目が慣れてしまえば何て事はない。話が見えず黙っている組員を横目に、日向は零人を抱え上げ、獅楼の背中に押し付ける。

「帝王院秀皇の息子にして、マジェスティルークからホワイトプラチナリングを与えられた、左席会長だ。…ファーストが従う唯一の人間でもある。貴方なら知っているだろう、クライスト卿」
「ホワイト、プラチナ…ですって…?」
「ああ。副会長の山田太陽のものとはまるで意味が違う。あれは、ステルシリー会長を示す役員章だ。奴は初めから、全権を遠野俊に譲るつもりだったのかも知れない」
「何でルークが、そんな…」
『コード:ディアブロに通信要請、セキュリティ不能。強制的に音声を展開、映像化します』

レッドスクリプトが消え、代わりに煌めくプラチナが映し出された。見慣れない美貌に腰を抜かした組員を支えつつ、溜息を噛み殺した日向は映し出された神威を睨み付ける。

「聞いたか、あっちから潜り込んでる馬鹿を見つけた。当然だが、狙われたのは俺様じゃねぇ」
『そなたの身が無事で何よりだ。間もなく取り押さえ、この世に生を受けた事を後悔させよう』
「…珍しく乗り気じゃねぇか。宮原の事にしても、だ。俺様が死に物狂いで飼い慣らしてた事は知ってた筈だ。…アンタ、何を考えてやがる」
『彼奴らは俊に手を出した。我が半身ながら巧妙に隠しておったが、あの者共が俊に接触した全履歴をたった今、把握した。生かしておく理由が見当たらん。シーザーを崇拝していたそなたも、同意見だろう』
「殺す気か?!まがりなりにもテメェは、中央委員会会長だろうが!自分の生徒に、」
『ならばそなた、ファーストに関しても同じ台詞を吐けるか』
「っ、あ?!」
『宮原の自室からファーストの拉致に関する計画書を発見した』

目の前が、真っ赤だ。

『四肢をもぎ、顔に硫酸を掛ける計画だったらしい。無論、それを俊にも予定していた。あれが誰だか、愚かな子供らは理解していないらしい』
「それ、でも…」
『そなたが乞うのであれば命までは取るまい。だが高坂、私は最早この世のものにあらず。淘汰された存在だ』

呟く神威の手に何かが見える。あれは、眼鏡、だろうか。



『なれば私は、私が望むまま黒で塗り潰すだろう。…全てを』

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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