帝王院高等学校
ブラックジャックに乾杯!
「夢見がちな子だった。…単純に言うと、幼い子だったわ」

藍が混じるアプリコット色の空が、室内を照らしている。
メイン照明は落としたまま間接照明だけを幾つか。それは、目の前の女性が望んだ事だ。

「文字通り、あの子は全てが幼かった。王様を好きになったそうね。いつか王妃様になるんだって、興奮した様に話してくれたのを覚えてる」
「世迷言を」
「やァねィ、綺麗な顔して夢がないんだから今の子はァ」

膝頭を弾く様に叩き、からりと快活に笑った人の円らな瞳に黄昏が写り込む。極平凡な顔立ちだ。その目以外、外見で似た所など一つもない。

「ご覧なさい、うちの俊は夢ばっか見てるわよ。夢で溢れてる可愛いげのない子」
「それは…」
「矛盾してるって?」

彼女の手ずから注がれたコーヒーの香りは既になく、ソーサーはテーブルの上で沈黙したまま。

「この世なんか矛盾ばっかりょ。特売の卵はお一人様1個までって書いてあるのに何回もレジ往復してるズルいおばさんなんかウジャウジャ存在するし、店によっては一世帯1個までって所もあるし。我が家のエンゲル係数はね!食費で家が建つのょ!」

ぐびり、ぐびり。
冷めたコーヒーを景気よく煽った人は吊り上がった目尻を和らげ、空のカップを見つめた。

「お代わりしてもイイかしら?こんな高級なコーヒー、実家のお中元でも中々見ないんだもん」
「ああ、ならば私が、」
「イイわょ、こんなんセルフサービスで。そんで、元気にしてる?」
「…?」
「貴方のお母さんの事よ」

言葉遊びの様だ。
二転三転する台詞は決して捲し立てる様なものではないが、急転直下で転がり続けるゴムボールの様に定まらない。何処へ転ぶのか、予想するだけ愚かな話だ。

「さぁ、どうしているでしょう」
「そっか、此処に通ってるって事は、ずっと会ってないの?」
「いずれは、再会せし日があるやも知れません」
「三年生だっけ。そんじゃ、卒業したら?」
「今際の際の果てに」

コポコポ。
注がれる音と共に立ち上る芳醇な香り。外にはもう、星が煌めいている。

「…そう。いつ?」
「三つの誕生日を経た後、アメリカで」
「それで、サラの夢は叶った?」
「いいえ」
「可哀想ね」
「愚かな女に掛ける言葉としては、勿体ない」
「えっと、カイ?だっけ?アータ、意地悪だねィ。そんなにお母さんが嫌いなの?」
「…異な事を仰せになられる。生憎、嫌うほどの記憶は持ち合わせておりません。ただ」
「ただ?」
「彼女は私を憎んでいたでしょう。父上ではなく、父に似ていた私を」

かちゃりと。
テーブルに戻ってきた人は立ったまま、今度は目前のソーサーへてを伸ばしてきた。無意識に落としていた目を上げれば、伏せていた人の目とかち合う。

「さーて。カイちゃんも新しいコーヒー淹れたげるわょ」
「いえ、私はもう、」
「失礼します」

ノックなどない。
役員であれば誰であろうと自動で開く重厚なドアが開くと同時に、聞き慣れた声を聞いた。

「おや?」
「あらん?」

ソーサーを手にしたまま目を見開く女性を一瞥し、振り返ればやはり、壁際の照明スイッチへ手を伸ばそうとしている二葉が立っている。

「…女装?」
「おやおや、これはこれは、お客様でしたか。失礼、私は帝王院学園中央委員会会計の、叶二葉と申します。男です」
「マジか!って、あら?」

二葉の声が笑っていた。
どうやら久し振りに女と間違われた事を苛立っているらしい。けれど今は、それを指摘する余裕はなかった。

神威の冷めたコーヒーソーサーを両手で掴んだまま、きょとりと首を傾げた人が見つめる先。二葉によって灯された全ての照明に照らされたもう一人の男が、所在なげに佇む姿を見た。

「あら?あらら?んんん?…オオゾラ君?」
「ど、どうも、俊江さん。髪の毛が…男の子みたいですねー」
「あらー?アータ、こんな所で何やってんの?ぇ?もしかしてシューちゃんも一緒?」
「あ、や、秀隆は…」
「父上」

彼の名を。
口にした事は一度もない。


「お久し振りに、お目に掛かります」

その名を呼ぶ権利はあの人にしかないと思っていたからだ。
幼い頃は絵本の中にしか存在せず、地下では広大な世界を覆い尽くす人工のスクリーンに映し出されるだけの、あの、余りにも広大な青空と同じ名を持つ、この人を。

「覚えておいででしょうか」
「…勿論だよ。僕が君を忘れる事なんか、ある筈がない」
「勿体ないお言葉にございます」

二葉が息を飲む気配を知った。
目の前の男がたじろぐ気配を知った。
膝をつき頭を下げれば、視界に移るのは、床に散る色素のない、前髪。

「や、やめなさい神威!何をしているんだお前さんは!」
「私は陛下に、許されざる大罪を犯してしまいました」
「待って、話は聞くから頭を上げなさい!僕はそんな事をさせる為に来たんじゃない!」
「お許し下さい、父上」
「やめてくれ、お願いだから…!謝るのはお前さんじゃないんだよ!僕の方こそ、」
「Close your eyes.」

光が消えた。
ただ一言、その囁きは、世界から光も、色も、音も、全てを奪い取ったのだ。


「そなた」
「やっぱり、効かない」
「今、何をした」
「お前に俺の魔法は効かない」

闇の中、佇む男の顔は見えない。
ただその声だけが世界を支配している。何故、いつか父と呼んだ人は今、腕の中に居るのか。何故、二葉は崩れ落ちたのか。何故、ソーサーを落とした人はソファの上に転がっているのか。

「何故ならばお前は、あの子に守られてしまったからだ。カイ。壊れた楽器に愛された、哀れなお姫様」
「俊」
「遠野俊。お前が呼ぶそれは、一体誰の名前だろう?か弱い外部生、それとも敵対するカルマの皇帝、それとも、腹違いの…弟。」

神よ。
この世には慈悲などやはり、存在しない。
神よ。
この世にはやはり、一切の容赦がない。

「…お前は全て承知の上で、俺の前に現れたのか」
「全ては物語が紡ぎ出した極当たり前な展開の一部だ。知る必要はない。俺は最初から全てを知っている」
「そうか」
「帝王院神威。哀れな子。その聡明過ぎる頭でお前は、何を考えているのだろう」

引力だろうか。磁力だろうか。
体は一歩一歩、それに近付いた。キラリと僅かに煌めいた何かが漸く網膜に映し出され、ドッグタグだと判る。それは、自分が彼に贈ったものだ。

「今はただ、お前の事ばかりを」
「それは誰?退屈凌ぎに丁度イイ、世間知らずの下級生か。自分を裸の王様と軽んじた敵か、ただ踊らされるだけの左席会長か」
「…違う、俺は」
「違う、俺は」

闇の中、爛々と輝く漆黒を見た様な気がした。
笑む唇が奏でるその声が、酷く自分の声に似ているのは。



「『自分が人間を愛せるのか知りたかっただけだ』」

これが全て、夢だからだろうか?




























「何やってんだ、アンタ」

一際冷めた声音を聞き止め、山田太陽は我に返った。
足元でじゅわりじゅわりと音を発てる黒い物体からは敢えて目を反らしたまま、顔を向けた先に立っている無表情の男を見やる。

「ふ…藤倉、君?そ、そんな怖い顔して、どうしたの?」
「オレの視界に入るなって言ってある筈だぜ、…親父」

ぱちくり。
アーモンドアイを瞬かせた太陽は裕也の視線の先、年こそ重ねてはいるが顔立ちは彼に良く似た白髪混じりの男へ向けた。

「お、親父、って、お父さん?ちょ、お前さんはお父さんに何て事を言うんだい!謝んなさい!」
「でもよ、」
「デモもマリモもないだろ!そんな子に育てた覚えはありませんよー」
「育てられた覚えがねーぜ」
「イチ先輩の母乳で育った癖に!」
「マジか。知らなかったぜ…んな訳ねー」

どうやら裕也も混乱していたらしい。
ぱしん、と、軽く太陽のデコを叩いた男は気まずげに口を閉ざし、深い溜め息を吐く。先程までの険悪さはない。

「えへへ、ナイスツッコミ」

真顔で裕也のツッコミを浴びた太陽はボケ抜いた照れ臭さで頭を掻くが、隼人と二葉の兄、二人から冷ややかな眼差しを浴びてぶんぶん頭を振る。シリアスに慣れない男だ。

「じゃない、えっと、いや待てよ、俺じゃ話を纏める腕がない。カモンぱやティー!お前さんに決めた!」
「丸投げすんのやめてくんない」
「じゃあお前さんは俺にこのグダグダな状況を華麗に捌く技量、つまりスキルがあると思ってんのかい?!俺はね!ゲーム用語以外の英語にはまるで自信がないんだ!」
「そんな自信満々にゆってんじゃないわよお、バカー、デコ広ー、山田ヒロデコー」
「とっとと状況を纏めてくんない?お前さんは笑いを舐めてるね」

平凡の冷たい視線を浴びた隼人は感電した。何だ、いつから裕也と自分の扱いにこんな差が出来たのか。いつの間に。ほんの数週間前まで、確実に始業式典の時までは話し掛けるとビクビクしていた癖に。

「…いつか犯す」
「良し、俺も男だ。ぱやティー、優しく抱いてあげる」

ビシッと腕を広げたチビに一年Sクラス二番、神崎隼人は沈黙した。何処から道を間違えたのか。いつから左側から右側の扱いを受ける様になったのか。
さらさらの黒髪をガリガリ掻き苛立ちを隠さない、隼人と目線の変わらない男を見やるが無視されてしまった。おのれ、どの角度から見ても二葉のクローンではないか。二葉以上に傲慢な雰囲気を隠していない。寧ろ放出している。

「猿、オメーが何とかしろし」
「無理言うなし(´;ω;`) タイヨウ君の指名はオメーだろうがぃ、ハヤト」
「あーもー、隼人君だって呑み込めない時があんの!大体それ!見てよねえ!」

ビシッ。
隼人が指差す先、ひっそり床を掃除していた茶髪白衣が目を丸めた。全員の視線が保険医へ注がれ、

「どっからどお見てもオッサンじゃん!これが隼人君のじーちゃんな訳ないもん!そんなの絶対有り得ないもん!」
「おお隼人、そんなに儂を恨んでおったのか。すまなんだ」
「ちょっとお、気安く呼ばないでよねえ!」
「う、うむむ、マヨネーズつきのエビフライでも、機嫌は治らんか?ケチャップライスもつけるぞ?胡瓜とハムのポテトサラダも好物だったろう?あ、いや、鎌倉デパートのプリンがついたお子様ランチ、」
「判ったー!判ったからそれ以上は喋んなあああああ!!!!!」

沈黙した男達の視線が隼人へ移り変わる。
当の神崎隼人は湯気が出そうなほど真っ赤な顔で怒鳴ったまま、肩で息をしていた。下がり気味の目尻が光っている様な気がしない事もないが、カルマのメンバーにして隼人の甘党はとっくに知っていた裕也と健吾は無言だが、一年Sクラスのご主人公にしてツッコミ所に餓えているあの男だけは、爛々と目を輝かせた。

「お子様、ランチ?」
「黙れ糞チビ泣かすぞ」
「へー、天下の星河の君がお子様ランチ?プリンがついてる?あー、国旗を模した旗が刺さってたりするベタな奴だったり?ん?どうなんだい?ん?」
「…てんめー、俺を誰だと思ってやがる」
「え?神崎隼人」
「ですよねえ。サブボスー、いじめはよくないよお、舎弟は大切にしないと駄目なんだよお、ワンコは可愛がらないと泣いちゃうんだからあ」
「ごめん、俺、実はペットは躾が重要だと思ってる派なんだー。昔飼ってたハムスターを躾過ぎて円形脱毛症になっちゃってさー、それから入寮したから、死ぬ前は丸々太ってて毛もふさふさしてたんだけどねー」

柔らかく微笑みながらほざく太陽に、全ての人間が沈黙する。笑顔で語る内容ではない。特に某白衣は研究者故に、鼠の躾…と呟いて遠くを見た。


そこで、何処ぞに隠れ潜んでいたらしい黒い鼠がちょろりと現れる。他の皆が身構え、素早く動いた叶文仁が踏み潰そうと足を振り上げたが、



「おすわり」

静かな声が、囁いた。
何故か素早くその場で正座してしまったカルマ三匹と、ソファの上で正座した学園長を余所に、金髪の美貌が緩く目を細める。榊は空気を読んで遅れて正座した。

「ここはお前さんが遊んでいい場所じゃない。あるべき場所に、戻りなさい」

ばちん。
抜き取ったベルトで鼠のすれすれの床を叩いた太陽は、真顔で呟き続ける。そわそわと身を震わせた黒い鼠は然し、ややあって方向転換し、ちょろりと外へ向かって出ていく。

「人様に迷惑を掛けたら、怒るからねー」
「チュー」

まさか。
外へ消えていった鼠のものと思われる鳴き声に、正座した4匹のカルマと一匹の学園長は目を見開き、麗しい美貌で瞬いた叶文仁と言えば何度も太陽と外を見比べ「マジか」と繰り返していた。

「…成程、灰皇院に恥じぬ、素晴らしい才だ」

囁いたのは理事長だった。
ぱちくりと瞬いた太陽は自分が見つめられている事に不思議げだったが、元男爵が秘書を手招き英語で何やら囁くのを認め、裕也に張り付く。

「あれ、何て言ったの?」
「あー、何か役職がどうとか言ってたぜ」
「…おい、何でユーヤに訊いたのお?そこは隼人君に訊く所でしょうがあ」
「え?だってごちゃごちゃ煩いんだもん、お前さん」
「むっかつく!」
「それに藤倉の方が何かと頼りになるし」
「どゆこと?!ちょっとユーヤ、オメーどんな賄賂握らせたのよお!」
「あ?知るかよ。顔じゃね?」
「よくゆった、この天下無敵のイケメン隼人君にオメー如きが顔で勝てると思うなよ」
「お前ら低レベルな喧嘩はやめろっつってんだろ。オーナーにチクるぞ」
「一年Sクラス、山田太陽」

いつの間にか煙草を咥えている榊が呆れ果てた様に宣うと、凛とした声が太陽の名を呼ぶ。
ぴたりと動きを止めたブレザー達の隙間をカツリカツリ、縫うように歩を進めたエメラルドの瞳を持つ男は広げた布の上、煌めく白銀のプレートを差し出し、跪いたのだ。

「えっ」
「これはマジェスティからの正式な託宣。慎んで受け取るよう」

怯んだ太陽が抱きついたのは隼人だった。
何となく勝ち誇った表情で裕也を見た隼人に対し、当の裕也は跪く己の実父を見つめたまま難しい表情で、健吾が腕を掴むまで何やら考え事をしていたらしい。

「あの、どう言う事なんですか?いきなり託宣とか言われても俺、」
「君は陛下より、光栄にも役職を賜った。ステルシリーソーシャルプラネットセントラル、部署は組織内調査部。与えられしコードは、」
「ざけんな」

太陽の腕を掴んだのは、厳かに宣誓する男の息子だ。良く似たエメラルドの瞳がかち合い、たたらを踏んだ太陽は回り込んでいた榊の腕に助けられる。太陽が離れた事にも気づかないらしい隼人は、窺う様に親子の睨み合いを凝視したまま、微かに笑んだ。

「ノヴァの12枢は崩壊した筈だぜ。今ここで、コイツを引き込む事はノアへの反逆と見なす」
「退け、リヒト。お前は所詮、柱には刻まれていない」
「何であれ、オレは現職の欧州統括部マスターだぜ。オレの会話は全てマジェスティに伝わる。…判ってんだろ」
「コード:ベルフェゴール」

囁いたのは、金糸。
世界を支配する威力を秘めたその声は、本当に、父子良く似ていた。血の繋がりを疑うべくもないその声は、静かにダークサファイアの瞳を裕也へと注ぎ、目元に笑みを滲ませたのだ。

「怠惰を司る悪魔のコードは、潜むルシファーを示すものだ。…そなたは常に、ベルを覆う隠れみので在らねばならない」
「…」
「それは、カイルークの指示か」
「アンタには、関係ないだろ。オレはアンタの駒じゃない」
「あは。判ったあ」

風を切る音。

「ユーヤ!」

吹き飛んだ裕也が叫んだ健吾と共に床へ崩れ落ちるのを認めた太陽は、然し反応する前に遮られる。


仲間を殴り飛ばしたのは、隼人だ。



「やっぱねえ。お前がさあ、…セントラルの正体だ」

獰猛に笑う灰の目が歪む。

「神帝にボスの存在をチクったのも、派手にリブラに落書きしたのも、俺を誘拐させたのも全部、お前らだねえ?あは♪おっかしいと思ったんだあ、猿が助けに来たよねえ。有り得ないもんねえ、あんなの。わざとらしすぎ」
「…」
「ちょ、ちょいと待ってよ、神崎!何、お前さん何を言ってるか判ってる?!藤倉も高野も仲間だろ?!それをっ、」
「あは。…仲間?」

縋りついてきた太陽の胸ぐらを掴み、容赦なく引き上げた隼人は顔を近づけ、唇は笑ったまま。目は凍らせて。

「俺に仲間なんざ居やしねえよ。甘えた事ほざいくな、ぽっと出の部外者が」
「な、」
「お前、言ったな?何も彼もボスが全部の図を書いたってよ。それならそれでよい、あの人のやる事が間違ってる筈がねえからな」
「それは俊が仲間だから、だろ?」
「違う」
「違わないだろ!カルマは皆、仲間じゃないか!」
「あは。だってアイツらは俺らを仲間だなんて、思ってないもんねえ」

隼人が座り込んだまま起きない二人へ目を向けた。

「だって他人だもん。ボスとアンタは…まあ、今知ったばっかだけど身内らしいし、努力するなら隼人君の家族として認めてやってもよいよ。でもねえ、そいつらは他人じゃんかあ。血なんか一滴も交わってない、なのに仲間だ家族だなんて、笑っちゃうでしょお?」
「そんな…。だって、イチ先輩は、皆の…」
「ユウさんは、仕方ないよねえ。だってあの人、笑えるくらいヘーカが大好きじゃん」

太陽が眉を跳ねる様を見つめ、隼人はひたすら愉快げに。声を踊らせた。

「サブボスはあ、知らないでしょー?あの人が髪伸ばし始めたのってねえ、神様が現れた頃なんだよお?あは。違うか、伸ばしてたのは伸ばしてた。有り得ないくらい伸びるのが早いからあ、あの時までは小まめに切ってただけかもねえ」
「…それが何だよ。今の神帝陛下は短髪じゃんか。そりゃ、身内だから好きで当然だよ。でもイチ先輩は俊の事だって、」
「だから当然だってゆったじゃん。アンタ何聞いてたのかなあ、21番君」

久し振りにそう呼ばれたと。
むすりと黙り込んだ太陽を余所に、座り込んだままの裕也の前まで長い足を近づけた男は色素の薄い双眸を細める。

「ねえ、全部知ってた?ヘーカとボスが、兄弟かも知んないってさあ」
「…オレが知るわけねーだろ」
「あは。信じると思う?」
「さーな。お前の自由だぜ」
「見てよこの態度、かっわいくないよねえ!ちょっとサブボス、ぶっちゃけこっちが訊きたいくらいなんだけどー?何でユーヤの味方なんかすんの?グレアムに取り入りたいから?」
「違う!俺はそんな事、考えてない!」
「だろうなぁ」

榊は黙ったまま白煙を吐き出し、愉しげに唇を歪めた叶は肩を震わせている。話に割り込んできた声を鋭く睨む隼人は、二葉と同じ顔を認め唇を尖らせた。

「おっさんはあ、黙ってろ」
「ちょ、神崎!誰彼構わず喧嘩売らないの!」
「でも、」
「兄ちゃんの言うことを聞きなさい!」

ビシッと眉を吊り上げ宣った太陽に、堪えきれず健吾が吹き出した。隼人から睨まれ目を反らしたが、肩が震えている。

「水瓶座だったよねえ、てんめー」
「あ。…あはは、えっと、そう言う神崎君は…蠍座、だっけ?あはは」
「年下は引っ込んでろ。…チビ」

ぼそっと隼人が呟いた台詞に、山田太陽のデコが光った。たった数ヶ月でも、離れているものは離れているのだ。こんな兄は欲しくなかったと呟いた太陽に、隼人は無言の笑顔で応える。

「知能指数低そうな所はそっくりだ」

その皮肉たっぷりな指摘に、太陽と隼人は同時に顔を向けた。揃って『何だとコラ!』とでも言いたげな表情だったが、嘲笑を浮かべている叶文仁を目にするなり、これまた同時に顔を反らす。確かに、似てなくもない動きだ。

「失礼、山田の若様。冬月の餓鬼の台詞は尤もだ。敵味方を履き違えると、命取りになる」
「…どう言う、意味ですか?」
「アンタは帝王院…つまり、俺ら側の人間だろう?そこの育ちすぎの餓鬼もそうだ。でもそっちの二人…特に、その緑頭の餓鬼は話が違う。そいつは、」

開いたままだった扉の向こう。
現れた男の姿に、叶文仁は柔らかな笑みを浮かべた。



「おや、面白いメンツが揃っている様だねぇ、文仁。」

つかつかと太陽の前まで近寄ってくる和装姿の男の背後には、スーツ姿の見知らぬ男達が並んでいる。

「冬臣、さん」
「ご機嫌よう、榛原太陽君。良かった、君が悪しきプラチナを受け取る前で」
「…え?」
「君までステルスに染められたら、困るんだ」
「ちょっと、」

穏やかな笑みを浮かべた男の手が、太陽の顎を掴んだ。
眉を跳ねた隼人が止めようと手を伸ばすが、スーツ姿の男らにそれを止められる。

「…本当に、君は困った子だねぇ」
「何、」
「二葉は叶から除籍した子だ。つまり、今の我が家に未婚の子供は私しか居ないと言う事になる」
「あの、それが俺に何の、」
「私と結婚してくれますか、山田太陽君」
「はあ?!」

叫んだのは囚われた隼人だ。
同じく榊も羽交い締めにされている中、学園長が眉間を押さえる。

「やめろ、冬臣。お前が抑えている二人は、冬月の当代と今は亡き明神の孫だ」
「おや、存じ上げておりますよ大殿。然し私にはどちらもただの子供にしか見えない。月神も明神も、龍神たる私を跪かせられますか?」
「おやめなさい、叶の子。天神の御前です」

それまで一切沈黙を守っていた東雲が囁けば、叶冬臣はクスクスと微笑み、太陽から手を離した。


「その天神たる我らが帝王院の大殿は、どうしてマジェスティ=キングと同じ空間に居られるのでしょうかねぇ。いやはや、人知を越えたと言われ続けてきた私の頭脳にも、計り知れない事態は起きる」

今にも口付けんばかりに寄せていた顔も離れ、太陽は小さく息を吐く。それにしても、叶の長男は別格だ。毒がなさそうに見えるが、太陽の危険センサーがピコピコ反応している。ラスボスクラスだ。
喋り方は、文仁よりこの冬臣の方が、二葉に似ている。

「大人の話に子供を巻き込むのは心が痛みますが、これはあちら側から持ってきた縁談なのです。ふふ、あちらは貴葉が生きていると勘違いした様ですが…」
「兄さん、一先ず話は後にしよう。皇子の姿がない」
「おやおや、弱ったものだねぇ。では、そこの暇そうな君達にお願いしようかな」

帯に差していた扇子を抜き取った男は、それでぱちんと肩を叩いた。興を削がれた隼人も太陽も、把握しきれていない裕也も健吾も顔を上げる。

「私は院長に見つかると腹から墨袋を抜かれてしまうから、君達が代わりに陛下を見つけてきてくれるかな。ああ、そう、お駄賃は弾もう」
「あ、あの、その陛下って言うのは…?」
「ああ、流石は私の未来の配偶者。君は本当に勇ましい殿子だ。良し、いいこいいこしてあげよう」

大魔王に撫でられた太陽は遠くを見つめた。この人には突っ込むだけ無理だと悟ったのだ。
ぐりぐりぐりぐり、異常に長い時間撫でられた太陽は大切な何かを失った表情でソファへ座り、隣で理事長が見つめてくるのにも構わず、お茶…と呟いた。

「文仁、未来の義兄様にお茶を差し上げなさい。ふふふ、叶へ本物の空蝉がやってくるなんて夢のようだねぇ。うふふ。時の君、君専用の屋敷はどんな名前がお望みかな?私は龍の宮だが…そうだね、太陽宮にしようか」
「すいません、何も言ってないんですけど」
「子供は一姫二太郎三ふーちゃん、必ずふーちゃんにしないといけないんだ」
「理事長、助けて下さい」
「良かろう。ならばネルヴァが持つプレートを受け取るが良い」

撫でり、撫でり。
何故か無表情の美形に撫でられながらお茶を啜った山田太陽は、何も考えず再び差し出されたプレートを受け取り、

「ああっ!受け取らないでおくれとお願いしたのに!」

慌てる大魔王を見もせず、隼人へ投げつけたのだ。全くもって、見事なコントロールである。

「あは。…これ、どうしろと?」
「俺には荷が重いから任せたよー、隼人兄ちゃん」
「ならばそなたが名代として、組織内調査部マスター、コード:ブラックジャックを名乗るが良い。一年Sクラス神崎隼人」

マジか、と。
双子並みのシンクロで声を揃えたのは、隼人と裕也だった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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