帝王院高等学校
宇宙人との交信はアイコンタクト
好きな食べ物は肉、肉、肉。

今までどんな食生活だったんだと聞き出せば、てらいなく返ってきた言葉は『ステーキか焼き肉』だった。

生来の偏食家らしく、野菜だの魚だの、大人が食べろと勧めるものは一切食べない。どんなに切り刻んで混ぜ込んでも食べない。日本人の癖に米は勿論、パンも食べないと言う。炭水化物は『お好み焼き』なるものしか食べないと聞き、待合室に置いてあるパソコンで調べた事がある。良く判らない食べ物だった。フライングディスクの様な。

スナック菓子は大好物。然しコーン系かポテト系のものに限り、ミール系のものは決して食べない。
ドイツ生まれで2歳まで育ったと言う子供の主食はソーセージ、おやつはウインナー。夜食はフランクフルトなどと宣った時は、思わず手が出た。怒りより呆れだ。


これに頭を抱えた保護者と医者は、口を揃えて懇願してきたのだ。見張っていて欲しい、と。

ただでさえ現状、奇跡的な回復を見せてはいるものの、一時は死を覚悟せねばならない程の重傷・重体だった子供は、一ヶ月も経つと前述の通り、毎日毎日『肉』のラブコールを繰り返した。
これに慌てない大人は居ない。それに判らない子供ではなかった。当の怪我人本人はともかくとして。

「な、お肉は?今日こそカルビは出るんだろ?」
「ざけんな。胃が半分吹っ飛んだっつってんだろ。十二指腸もソンショーしてんだ、大人しくミルク粥、沢山食べろ」
「あ?沢山?」
「お代わりはスプーン一杯まで良いってよ」
「いやだー!!!もうっ、俺こんな飯じゃ死ぬって!この病院は俺を殺すつもりだー!!!」
「煩い」

初対面の頃は『僕』と言っていた癖に、猫被りだった我儘大王は依然として逆らい続けた。数日前はベッドを抜け出し、何処ぞで買い食いをしたらしくその場で吐血し運ばれた癖に、反省している気配はない。欠片も。

「なー、毎日お粥かオートミールって、馬鹿じゃん?今は夜だけだけどブスブスブスブス注射されて、俺ヘロヘロよ?血ぃ吐いても構わねーから肉!肉喰わせろ!肉!」
「駄目だ」
「ちょっとだけなら良いだろ?!フランクフルトとは言わねーから、アメリカンドッグ!」
「聞こえねーな」
「お前は鬼か!お前、5歳だべ?俺ら育ち盛りだろぃ?お肉食べないで何食べんの?」
「ミルク粥?」
「フランクフルト?!やっぱマスタードたっぷりのフランクフルトかよ?!」
「聞けや」

鬼気迫る表情で宣う男はベッドの上でジタバタと暴れ、テーブルの上のトレーをさっと避難させた裕也はエメラルドの瞳を眇めた。もうこうなったら好きにさせるしかない。勿論、肉は却下だ。
少々暴れる程度はリハビリだと、保護者からの言葉がある。医者は目を吊り上げて否定していたが。

「オレだってお粥とサラダしか食べてねーだろ」
「嘘吐け!お前は骨折だろ?!注射もされてねーんだろ?!お前の飯には牛乳ついてるし!俺なんか水よ?水って、ふざけんな!」
「水うめーだろ?ミルク粥と牛乳とか逆にメニュー可笑しいだろーが。何が不満なんだよ」
「なにもかも全部が不満なんだバッキャロー!!!俺に内緒でソーセージ食べてんだろ?!ソーセージ好きだって言ってたじゃんか!なぁ、なぁ、一口で良いんだよ。な?ボランティアだと思って、な?」
「ぼらんてぃあ?何それ」
「他人に優しくしてやる事っしょ。覚えとけ」

生後半年、歩くより早く子供用の玩具のオルガンを弾いていたと言う奇跡の神童は、大人に囲まれて生活してきたからかませている。この年で御託を並べ大人を煙に巻くタチの悪さで、医者も保護者までもお手上げだ。
肩の骨に軽いヒビが入った程度で『骨折』と診断された裕也は、半月から一ヶ月に伸びた入院の理由を知っている。医者の職務怠慢だ。

「怪我人に食わせる肉はねー。諦めろ、往生際が悪いぜ」
「むっかつく!俺がこんなに頼んでんのに!もう良い、オメーとは絶交するっ!」
「ぜっこう?何それ」

父親が率いるオーケストラを引き連れ世界中を駆け巡り、あらゆる知識を備えている健吾は、その性格はともかく明らかに大人びている。ばふん!と布団の中に潜り込んだかと思えば、ちらっと布団の下から顔を覗かせ、呆れた様な表情だ。
この表情は時折見る。話が通じない相手を見やる時の顔だ。つまり馬鹿にされている。

「…あーあ。どうせ看病してくれるなら、カナちゃんのが良かったっしょ」
「何で?」
「可愛いから」
「カナちゃんは男だぜ」
「それが何だ!真実の愛の前じゃ、んなもん何の障害にもなんねーって『罪と薔薇園』のミサエが言ってたろ!」
「こないだ借りたDVDかよ」

ベッドから起き上がれない間も暇だ退屈だと散々周囲を困らせ、体の中身は勿論、鎖骨から腰骨に至るまでの胴体の表面を損傷した為に人工皮膚を移植したばかりの体は、少し動く度に出血していた。だと言うのに何度も抜け出そうとして、最終的には足枷がつけられる所だったのだ。

「訳判んねー事ほざいてんな。良いから食べろ、冷めるぜ」
「う、うう…。肉…脂ギトギトの、霜降り肉…カルビ…、うう」
「オレもお前とおんなじもんしか食べてないっつってんだろ。これが嫌なら点滴するっきゃねーな。どっちにすんだよ?」
「どっちもイヤ!」
「ガキみてーな事言ってないで食べろ、冷める」
「いやいやいや、ガキだもん。俺らお子様だもん。チンコに毛が生えるまではガキなんだよ!親父が言ってた」
「はぁ?チンコに毛なんか生えねーだろ」
「あ?生えるって。親父ボーボーだもんよ。オメーんとこの父ちゃんもボーボーだろ?」

そんな事を言われても困る。
元々仕事が忙しかった父は月に数回帰宅すれば良い方で、家に居てもリビングで静かに新聞や本を読んでいた。話し掛ければ返事はくるが、息子の立場から見ても親子ほど年が離れている様に見えた母は明るい人だったが、父の記憶は殆どない。

母の葬儀にすら現れなかった男だ。
突然帰ってきたと思ったら、屋敷で働いていた大人を全て解雇し、二体のロボットを連れてきた。今はその二体が留守番をしている筈だ。

「そんなの知らない」
「父ちゃんと風呂入るだろ?」
「シャワーに二人で入る奴なんか居ねーだろ」
「シャワー?!お前んとこ金持ちなんだろ?メイドとか居たんだろ?でっかい風呂入ってたんじゃねーの?!」
「母ちゃんが生きてた頃は入ってたけど、死んでからは『水道代が勿体ないから』っつって、シャワー時間5分だったぜ」

目を見開いて沈黙した健吾に首を傾げた。
何か可笑しい事を言っただろうか。それどころか、母が亡くなってからの食事はパンだけだの、傷んだ野菜を適当に刻んだだけのサラダだの、それすら食べられるだけマシだった。
シェフの食事は運ばれてきた後は、執事や年輩メイド達が食べるのだ。若いメイド達は咎めて辞めさせられたり、叩かれたり、どちらにせよ、庇ってくれる人達は次々に居なくなった。

「ソーセージが好きだったのはガキの頃だぜ。どうせ肉なんか、何日も食べてねー。病院は良いよな、毎日お粥が食える」
「お前…」
「腹減り過ぎたら寝れなくなっからな。夜遅くまで灯りつけてっと、ババア共から蹴られる」
「…ババア共って誰?」
「辞めたメイド。母ちゃんの前じゃニコニコしてたけどよ、昔からアイツらオレを抓ったり蹴ったりすんのが好きなんだ」
「んな訳あっか!ソイツら何処に居んだぁ?!良し、俺がぶっ殺してやるっしょ!」
「は?何怒ってんだよ?もう辞めたから何処にも居ねーよ」
「何だよ!くっそ、むっかつく!俺のばあちゃんはオババだけど超優しいっつーの!肉巻きおにぎりマジうめーっつーの!」
「そうかよ」

何を怒っているのかはとうとう判らないままだったが、ぷりぷり頬を膨らませながらガシッとスプーンを握り、流し込む様に食事を始めた健吾は綺麗に完食すると、一日の摂取量を決められている水をガブガブと2杯飲み、

「がっ、ゲフ」
「お前、いつの間に隠れて飲んだんだ?」
「………腹減って…つい………コーラを…」
「本物の馬鹿だろ」

慣れたナースコール、真っ白なシーツを汚した薄い茶混じりの粥は、肉汁の様だと神童はほざいた。

「血は出てねーから呼ばなくて良いって…」
「んな汚い所で寝られねーだろ」
「う、うう。また婦長のババアから叱られるっしょ…」

諦めの悪い男だ。
吐いた所為か喉が乾いたと裕也の牛乳を飲もうとして、駆け付けた鬼の婦長から怒鳴られたのは、自業自得しか言えまい。
























酸素を喰らい、


捕食者のつもりが


炭素をわれ。


気付けば物言わぬ骨と化した


流鏑馬が如くせし過日は、何処たるや。


(始まりはもう、覚えていない)(気付けば辿り着いていた)(喰らった数だけ喰らわれて)(肉体が滅んだ刹那、意識は眠りに就いたのだろう)

(永久の)






悔いはなく、(生にも死にも
救いはなく、(生にも死にも



今際に吼えるは未練の奏でる鎮魂歌。





「…終ぞ逝く人よ、宙へと還れ」
「何か言った?」
「死ねば人は、何処へ逝くのかと。考えておりました」
「…簡単よ、なくなっちゃうの。全部。日本だと火葬だからそうねィ、幾らかの骨だけ大切に残るかもね」
「それでは残りは?」
「纏めちゃうのよ、きっと砕かれるか捨てられる。そうでもしないとあっと言う間にそこら中、骨だらけょ?そう思わない?」


今は独り、(名もなき森羅の精霊よ)(姿なき万物の神よ


「イイ目をしてる。…そうねィ、知識に飢えた学者みたいよ」
「お戯れを。私は一介の学生です」
「学生だからこそ、じゃないの?頭がパンパンになるまで知識を溜め込んで、死ぬ前に何を知るのかしらねィ」

ああ。
初めて女と言う存在を、聡明だと感じた。誰も彼も外見や声が違うだけで大差ないものとばかり考えていただけに、穏やかな口調で紡がれる言葉遊びの様な台詞は、酷く心地良い。

「そして皆、目には見えない分子レベルまで散り散りになって、自由に地球を飛び回るのょ。怖いものなんか何もない。だって私も、お主も・ね。






 確かに此処に、存在してたんだから。」








『魂の骸は何処へ還る』のか、そればかり。













「さて、君は何処から話せば満足するのかしら?」


漆黒の瞳孔が、真っ直ぐに見据えてくる。
子供をあやすような笑みを湛えたままで。




















「り、理事長…?え、ほ、ほんもの?」
「ぐぇ!ちょ、神崎、絞まってる、絞まってる…っ」
「昨日まではそうだったが、今は違う」

こくりと頷いた男の、無表情だが余りにも整い過ぎた現実味のない美貌を前に、山田太陽の頭を抱き抱えた神崎隼人と言えば、およそ誉められたものではない不細工な顔だ。

「あ…あのさあ、もしかして、りじちょ、こないだ総会に出てたあ?」
「しかと記憶している。そなたは勇ましく、いなり寿司を頬張っておったな」
「え、…そこ?覚えてるのそこなのお?」

立派な応接セットのソファに並んで座る5人は、幾ら立派な革張りのソファだろうが3人掛けである事に気付いていないのだろうか。
小柄な太陽も、みっちり隙間なく並ぶ他の四人から押し出された形で肘置きに乗り上がっている。その上で、隣の隼人から抱え込む様に肩を組まれており、無理な態勢で酸欠気味だ。

「はあ。何がどうなってんにょー?…ちょっとー、ユーヤもっとあっち行ってよねえ」
「無理言うなや、オメーがデカ過ぎんだろーがハヤト」
「…おいおい、喧嘩すんなし(´°ω°`)」

隼人の隣に裕也、その膝の上に足を投げ出している健吾と、そのまた隣に苛々と貧乏揺すりしている眼鏡が一人。
胸元の煙草を触っては、駄目だと頭を振っている男は両手を組み、タップダンスばりの早さで爪先でとんとんしている。

「それで…俺らに話って、何ですか?俊だけ別室なんて…」
「そなたの疑問は当然だ。一年Sクラス山田太陽、そなたにはセカンドが目を掛けているそうだな」
「セカンド?…あ、あー、二葉先輩…白百合様ですか?えっと、それが何か?」
「把握しているだろうとは思うが、私の公的の名である帝王院帝都と言うのは偽名だ。否、国籍は確かに存在している。20数年前に駿河夫婦が授けた名は、キングダムを訳したものだ」

見事にきょとりと首を傾げた5人に、無表情な元理事長は瞬いた。

「一年Sクラス神崎隼人、一年Aクラス藤倉裕也、一年Aクラス高野健吾、そなたは誰だ?この学園の人間ではあるまい?」
「あ、まぁ、はい、何つーか、コイツらの保護者みたいなもんです…。お気になさらず…」
「何だと?ではそなたの遺伝子が彼らに引き継がれておるのか?」
「「「「「はい?」」」」」
「然し一年Sクラス神崎隼人、並びに一年Aクラス藤倉裕也は、両親共に他人だ。そなたは何だ、その若さで祖父ではないとすれば曾祖父なのか?」

麗しく首を傾げた金髪に、5人は目と目で通じ合う。
何だこの宇宙人は。会話が通じねーぞ、と。

「あの、榊さんはその、何と言うか…」
「マサタローは老眼ジジイなんですう。りじちょ、保護者だからって血が繋がってるとは限らないにょー。隼人君はこんなジジイと身内なんて断固お断りするからあ」
「太郎てwwwいつまでそのネタ引き摺ってんだよwww」
「仕方ねーだろ、源氏名がミヤビだったんだぜ?ヤクザにミヤビ殺すと言わせしめた男は、兄貴だけだぜ」
「よせやいユーヤ、昔の話は」

照れ気味の大人はもぞりと身をよじったが、狭すぎて殆ど動けなかった。喜劇の様な悲劇だ。でかい男が鮨詰め過ぎる。

「…ふむ。理解した。そなたはミヤビでありタローでありサカキでもあるのだな」

どんな理解力かは不明だが、無表情で頷いた金髪に一同は沈黙した。隼人の腕から抜け出した太陽は下がり気味の眉を寄せつつ、ぐいぐいと隼人のシャツを引っ張ったが、笑顔の隼人から脇腹を抓ると言う返答を受けて痛みに悶える。

「あー、もー、何かしんどいなあ。りじちょ、ぶっちゃけ聞いてもよいですかねえ?」
「良かろう、遠慮かはするな我が子よ」
「わ、我が子?!」
「生徒は皆、私の息子も同じ事。相違あるか?」
「あは。そーゆー事なら、了解しましたあ」

親指を立てた隼人の順応性に、太陽は心から感心した。
この理事長とは一度話した事があるものの、半ば怒鳴り散らかした様なものだった中央委員会との勝負宣言を、出来れば忘れていて欲しい。山田太陽はデコに光る汗をそっと拭う。

「ぶっちゃけえ、りじちょってえ、悪者なんですかあ?だってえ、かいちょのパパなんでしょお?だったらグレアムの王様だよねえ」
「…悪者?確かに我が名は対外的にキング=ノヴァ=グレアムと言うが、戸籍上、ルークの父ではない」
「戸籍上ー?」
「遺伝子学上は、答えに窮する所だ。真実が明らかになるまで、今暫く待たれよ」

宇宙人だ。やはり隼人も宇宙人だったのだ。
太陽には一ミリも理解出来ない会話から目を反し、元々大きくない体を縮こまらせた。すると目があった健吾が腕を伸ばし、清涼菓子のタブレットケースを近付けてきたのだ。条件反射で開いた掌に、コロコロとラムネ形状の粒が幾つか転がり落ちる。

「良く判んないんですけどー、そんだけ似てたら親子じゃん?」
「そうか」
「ほらそれー!喋り方も何となく似てるしー、やっぱ親子じゃん?」
「私の日本語は著しく一般的なものと理解している。ルークのそれとは、些か違うのではないか?」
「いやいや、全然一般的なものと思わないで下さいねえ、全然一般的じゃないからあ」

隼人よりずっとアイドルっぽく親指を立てた健吾に口パクで礼を言った太陽は、ほぼ生まれて始めて食べるそれの味を知らなかったのだ。

「ぐふ!」

山田太陽、苦手なものは炭酸・はっか。
中等部に上がるまでお子様用歯磨き粉を使っていた男に、ブラックミントは少々無理があるだろう。顔中の穴と言う穴からあらゆる汁を吹き出しそうになりながら、涙目で頑張る男は小刻みに震えている。
その様子で事態を把握した健吾は同情じみた表情を浮かべたが、すぐに吹き出してしまい口を押さえながら顔を背けた。悪気はないのだと思われるが、太陽のデコに青筋が浮かぶのも無理はない。

「1年Sクラス山田太陽」
「は、はい?!ななな何ですか、理事長先生?!」
「先生?私は教員ではないが、日本の子は理事を先生と呼ぶ事もあるのか。良かろう、みーちゃん先生と呼ぶが良い」
「えっ?!むっ、無理です!」
「何故だ。私はそなたに謝らねば、」

がちゃりと扉が開き、色んな意味で涙目の太陽は素早く目を反らし、戸口を見た。白髪混じりのロマンスグレーが、数人の大人に連れられて車椅子で入ってくる。

「あ、学園長先生」
「…先生?確かに私は中等部の教鞭を取っていたが、君は教え子ではなかったろう?」
「駿河、話は終わったか」
「話?何の話だ、帝都」
「大殿、生徒が吃驚していますよ。所で彼らは、何をしているんですか?」

学園長と大差ない年嵩に見えるスマートな男は、緩くウェーブが掛かった肩口ほどの長さの髪を結っている。こそりと隼人に知った顔かと尋ねれば、隼人は太陽へ「東雲」と呟いた。

「…シノ先生のお父さんってこと?若っ」
「うちの担任は三十歳の時の子供だった筈だから、あれでも還暦間近だねえ」
「お前さんはほんと何者だい」
「天才イケメンスーパーモデルの隼人君です」
「あー」
「反応が薄いんですけどー?何よアンタ、苛められたいのー?薄いのは頭髪だけにし、」
「…あ?何か言ったかな、神崎君」

ぎゅむん。
急所中の急所、腰骨の下で大人しくボクサーパンツに包まれているイケメンスーパーモデルのイケメン狼を、山田太陽はスラックス越しに笑顔で握り締めた。
それを見ていた健吾は裕也の脇腹を肘で突き、吹っ飛ばされた裕也は然し榊を押し潰しただけだ。真顔で硬直した隼人は息をしているのかさえ、怪しい。

「一年、山田太陽」
「は、はい?」

学園長席に腰掛けた男が、窓辺を背に呼び掛けてくる。慌てて隼人の急所から手を離した太陽は背を正し、苦しい体勢で向き直った。夕日が微かに、差し込んでいる。

「学園内での恋愛沙汰にまでとやかく言うつもりはないが、度が過ぎれば処罰はするぞ」
「す、すみません。これはその、そう言うのではなく、えっと、友達同士の戯れあい、みたいな…」
「ふむ。まぁ良いだろう。所で、君らは帝都に呼ばれたのか?」
「え?あ、いや、理事長に呼ばれたって言うか、学園長に呼ばれた俊を待たせて貰ってたんですけど?」

太陽の隣、他の四人も首を傾げた。
無表情ではないが威圧感漂う無愛想な男は、若い頃さぞかし持て囃されたに違いない。この歳で、大層男前だ。

「…俊?何だと、此処に俊が来たのか?!」

口の中で含む様に名を読んで、弾かれた様に学園長である帝王院駿河は立ち上がった。

「何処だ!俊、私の孫は何処に居る!」
「っ、あ、あの?!」
「大殿!」
「よせ駿河、我が子らが怯えている」

太陽の元まで転がる様に近寄ってきた男が膝を崩し、控えていた東雲が従者の様にそれを抱き止める。静かな声で囁いた金髪の理事長は幾らか間を置いて、ゆるく頷いたのだ。

「駿河、そなた、呪を掛けられたな」
「何を、言っている?」
「秀皇か。否、万一ナイトが継承していたとすれば、分が悪い」
「帝都」
「龍一郎は記憶改竄の天才だった。冬月のそれは帝王院のものとは少しばかり異なるものだ。…それすら忘れたのか、そなたは」

東雲に肩を抱かれたまま瞬いている男の元まで、しなやかな長身が近付いた。深いディープシーサファイアに黄昏が映り込み、淡い緋色と混ざり合う。


「逃げられたのだろう。致し方あるまい。容易に受け入れられるものではないが、あれには人格が、少なくとも三人存在している」
「…何を言っている?キング、お前はまた私を騙そうと、」
「一人は遠野夜人、一人は我が父、レヴィ=グレアムだ。主人格たる遠野俊…否、帝王院俊をそなたは、確かに見た」

白い手に光が溶けた。
伸ばされた手は呆然としている学園長の顎を掴み、身長差に構わず上向かせる。

見てはいけないものを見てしまった気になった太陽は顔を反らしたが、その瞬間、奇妙な顔をしている健吾を見たのだ。

「おやめ下さい。大殿に気安く、」
「駿河、私の目を視ろ。視覚からの情報に錯乱の条件が存在している限り、それは定着する。そなたが戻って間もない今しか、それを止める手段はないのだ」
「…」
「駿河」

何を見ているのだろうと、太陽は健吾の目線の先を見た。
顔を手で押さえた学園長が暫く俯いて、深呼吸している光景の、まだ向こう側だ。

「………ああ、靄が晴れた。助かったぞ帝都、恩に着る」
「構う事はない」
「お座りになられて下さい、大殿。まだご無理はいけません」
「そなた、些か過保護ではないか?駿河は子供ではない」
「大殿は2ヶ月前に肋骨を骨折なさったばかりなのです!心配して何が悪いのですか!この東雲、家名を叩いてでも大殿にお仕えする所存にございますよ!」

オーバーな動きで、まるで宝塚かベルバラか。
金髪の超絶美形へ果敢にも吐き捨てた男は、ウェーブ掛かった髪を振り乱し、荒く息を継ぐ。

「「骨折?」」

太陽と隼人の声が揃い、理事長と東雲の目が向いた。びくっと肩を震わせた平凡チキンな太陽の隣、隼人は微動だにしない。堂々とした態度だ。

「パヤティー、頼りになるねー…」
「オメーがパヤティー言うな、きしょい」
「俺に魔力があったらメラゾーマだから。今のメラゾーマだから」
「はあ?」

小競り合いで互いの足を踏み合う太陽と隼人は、この至近距離に座っているとリーチで勝っている隼人の方が不利だった。げしげしと短めな太陽に踏まれまくり、ご自慢のブランドローファーがピンチだ。

「ちょ、これ十万するんですけど?!」
「はいはい、セレブセレブ。セレブ自慢ですか?はっ、この山田ヒロアーキを舐めないで頂きたい。俺のローファーは学園指定の19800円ですが何か?」
「喧嘩はやめろ?お前ら空気読むスキルをもうちょい磨こっか?あ?」

流石は社会人。
ブラック企業の雇われボスはニコチン切れで荒んだ顔に男前な笑みを浮かべ、平凡とモデルの低レベルな口喧嘩を黙らせた。裕也がぼそりと「恥ずかしーぜ」と呟くと、太陽の顔が真っ赤に染まる。

何故だろう。
同級生の筈なのに、裕也は大人に見える。何だろう。去年までは帝君としてそれなりに崇めていた筈の隼人は、洟垂れ小僧にしか見えない謎は。

「ふむ、賑やかなものだ。こうも賑やかしいのは、いつ以来か…」
「時に駿河、何故骨など折ったのだ?」
「…病院のベッドが狭すぎただけだ。大した事はない」

忌々しげに学園長が吐き捨てた瞬間、太陽以外は「あー」と途方に暮れた。意味が判らない太陽は裕也の一言のダメージが抜けきれぬまま、きょときょとと皆を交互に見やる。

「あのー、学園長せんせー」
「ああ、君は…確か高等部一年帝君の神崎隼人だな。あ、いや、違う、か。すまない」
「よいですよお、僕ぅ、今は二番ですけどお、何か負けて当然って感じでえ、落ち込んでませんからあ」
「僕…」
「僕…(´;ω;`)」
「プス。デタラメ似合わねーぜ」

全力で笑わない様に耐えていた太陽と健吾は、プスっと言う裕也の吹き出し笑いにつられて崩れ落ちた。太陽は肘置きを掴んだまま、健吾は半身をよじり背凭れを掴んだまま、ぶるぶる震えている。

「こほん。そんな事よりい、学園長せんせーはあ、帝王院駿河せんせーですよねえ?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「ボス…じゃなくて、遠野俊君とお、血縁関係って事でオッケー?」
「オッケー」

段々慣れない猫被りが面倒になったらしい隼人がオッケーサインを出すと、つられる様に学園長は真顔でオッケーサインを出した。目を剥いた東雲に構わず、生徒四人組とブラック企業の店長がそれぞれ顔を反らしたのだ。

「どうした?何を震えている?寒いのか?東雲、エアコンをつけてやれ」
「…いえ、大殿。恐らく彼らは、寒いのではないと思われます」
「何だと?」

なんてノリが良いのか。そして何たる天然具合。
しかもベッドから多分寝相の悪さで転げ落ち、肋骨を折ったのだと思われる。その顔で。

これはもう確定だ。これはもう揺るぎない確証だ。


「じゃあ、さっきのイケメンボス…じゃなくて、秀隆パパさんはあ、」
「あれは私の息子だ。戸籍上、帝王院秀皇と言う」
「わーお…」

ひくり。
唇の端を吊り上げた隼人は、何も笑いたかったのではないだろう。漸く色々把握してきた太陽も、最初から気づいていたのだろう健吾と裕也も、まだ把握しきれていない榊も。頭をボリボリ掻いている隼人を見守ったまま、背を正す。

「あのお、だったらあ、神帝ヘーカは何なんですかねえ?帝王院神威、三年帝君の神の君は、学園長の孫で、理事長の息子だって聞いた事あるんですけどー?」
「…それについては、何と言うか、私にも帝都にも答える事は出来ん。神威に関しては…一つ言えるとすれば、双子の弟には秀皇の血が流れている」
「「「「双子?」」」」

そもそも神威を知らない榊は怪訝げに黙ったまま、四人が声を合わせるのを何事かと伺うばかり。隼人は無意識で裕也を見やったが、当の裕也もまた、珍しく目を見開いていた。
健吾はまた窓の向こうを鋭く睨み、それに気付いた太陽は、今度のこそ、目映い窓辺に黒い影を見たのだ。

「ああ。4月3日、一人の女が双生児を産んだ。先に生まれた子には先天的な疾患があったが、もう一人は…どうだったのか」
「行方は判らんが、ある程度の推測はついている。あの当時、秀皇が内密に話を通せる相手は少なかった筈だ」
「…それで、何が調べたのか?」
「否。調べる前に回線を塞がれた」
「…まさか」
「カイルークは余程私を憎んでいるらしい。…ロードを産み出した罪を」

ロード。
隼人の囁く声を聞きながら、ふらりと立ち上がった太陽が歩き出した瞬間、健吾は駆け出した。



「タイヨウ君!それに近付いたらマズイっしょ!Σ( ̄Д ̄)」

全ての人間の目が太陽に注がれて。
健吾が太陽の肩を掴むのと、太陽が窓へ手を伸ばすのはほぼ同時だった。



「何だ、ただのネズミじゃん。大丈夫だよ、」
「んの、馬鹿!(ノД`)」
「う、え?」

風が吹き込むレースのカーテンの越しに黄昏を帯びた黒い影は、夥しい数で雪崩れ込んできたのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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