帝王院高等学校
上も下もありゃしない!天下分け目の下剋上!
「…鬱陶しい」

うだる様な暑さだ。
この国の蒸し暑さは決して嫌いではなかったが、眩しさには慣れる気がしない。本物の太陽を見るのは久し振りだと感慨深く零したのは、指で数えられるほど最近の話だった筈だ。

「ネイちゃ〜ん、まっちゃ、ゲットしたよー!」

ああ。
また、現れた。煩わしいと舌打ち混じりに嘆息一つ、天空の太陽に負けず劣らず騒がしいこの子供は、この数日ですっかりなついたらしい。何度皮肉を投げ掛けても全く堪えないのだから、大人に囲まれて育った自分に為す術はない。大声で怒鳴るには体力が必要なのだ。

「ねー、ねー、いつもそこに居るけどー、暑くないのー?」
「暑いに決まってんだろ、耳元で騒ぐな」
「でもネイちゃん、あんま汗出ないねー。まっちゃ食べたら出るかなー、だってまっちゃだもんねー」
「お前…さんの、抹茶に対する絶大な信頼は何なんだよ…」
「え?あきちゃんのベロ、緑色?」
「もう良い、真緑の舌を出すな。ただでさえ台風が近い所為で湿度が高いんだ、鬱陶しい…」
「台風って雷さんが鳴るのかなー。あきちゃん雷さん好きなんだよねー、ピカッて光るのカッコいいもんねー。ゴロゴロ、ドカーン!って落ちてー、お母さんが恐がってるとー、楽しいよねー」
「…判って言ってんのか、それ」
「ネイちゃんはー、ベロが緑色でもかわいいねー。あはは」

さりとて、膝の上に遠慮なく乗ってくる子供が遠慮なく口の中を覗き込んで来ようが、振り払う気力は沸かなかった。目を離すとすぐに居なくなる手の懸かる主人を警護する為に、昼夜問わず警戒していればさもあらん。

「んー。ネイちゃんは、この辺でいっちゃん、美人だねー。にじ組のサヤカちゃんよりずっとかわいいもんねー」
「そりゃどうも。嬉しくねぇっつーんだよ」
「あらやだ、照れなくてもいいのよー」
「ババアの井戸端会議か」
「『愛と略奪の団地妻』のミカコさん、知らないのー?」
「四歳が昼ドラなんか観てんじゃねぇ」
「面白いのにー。こないだサトルさんがお向かいのナナコちゃんにチューしたらー、お母さんがテレビ消したんだよねー。でもねー、サトルさんはキョーコさんと毎日チューしてるんだよー?」
「新婚だからだろ。何回するつもりだ、その話」

寝る、と言う、昔は自然に出来た筈のそれが、徐々に難しくなっている事には気付いていた。気を抜ける場所など何処にもない。思えば昔から、ただの一度も。

「何で男って奴はフタマタするのかなー。ねーねー、フタマタってなにー?」
「知るか、俺に聞くな」
「ネイちゃん、あきちゃんがフタマタしたらどーする?泣いちゃう?」
「煩い。少しは黙ってろ」
「あっ、泣かないでいーよ。ごめんね、あきちゃんはナナコちゃんにチューしたりしないからねー。ナナコちゃんはシュミじゃないんだよねー、かわいくないんだもん」
「…いつ俺が泣いたんだ。もう良い、勝手に喋ってろ」

何が楽しいのか、毎日毎日飽きもせず話し掛けてくる子供。
失せろと投げ掛けても、無視して立ち去ろうとも、決してやめようとしない。追い払い続けるのも疲れると知ったのは、この数日間だ。

「あっ。金髪のアイツがまた来た!ち!変な言葉ばっか喋ってムカつくんだよ!あきちゃん、ちょいとそこで爆弾作って投げてくるねー」
「何が爆弾だ、汚い泥団子だろうが。餓鬼が餓鬼苛めてないで膝貸せ、膝」
「えー?お膝は貸せないよー?だってあきちゃんのお膝、取れないもんー。取ったら、痛いよー?」
「取れて堪るか。大人しく座ってろっつー意味だ」
「ネイちゃん、何かお母さんみたいだねー。だってさー、まっちゃ食べるの遅いしー」
「意味判んねぇ。俺は寝る、動くな」
「えー」

ぽたぽたと、溶けて滴る緑で濡れた手を舐めた。
半分ほど残ったアイスキャンディーを押し付けた唇がもごもごと動くのを横目に、今日はまだ汚れていない小さな膝へ頭を落とす。

「あきちゃんに命令しないでよねー」
「…うっせ」
「お願いならー、いいけどさー。ちょいとネイちゃん、聞いてるー?もう寝たのー?えー、あきちゃんのお手てベタベタなのにー」
「お願いだから静かにしろ」
「はぁ。ネイちゃんはワガママさんだねー。かわいいから許すけどさー、」



口の減らない餓鬼だ。






「今度命令したら、怒るよー?」
























「悔いはなく、願いは褪せ、祈りは塵に、望みは未だハラワタの底…」

ぶつぶつと呟きながら寮への歩道を歩いていく生徒に、それを見掛けた一般客が怪訝げに眉を潜めた。帝王院学園のブレザーを纏う彼はこそこそと囁かれている事にも構わず、ふらふらと、まるで夢うつつ。

「願う者は色褪せ、祈る者は消え去り、望む者は眠り続けル。ボクは…健吾を恨んでなんか、居なかった。だったラどうして、ボクは誰からも、好きになって貰えなかったんだろう…」

ピリピリと。
音を発てた携帯に、彼は暫く気付かなかった。滅多に鳴る事のないそれを胸元から取り出して、顔半分を覆う前髪の下、瞬く。

「ハイ、お祖父さん。コンニチハ」

久し振りに聞く声だ。
元気か、と。最近は誰からも言われていなかった言葉に口を開いた瞬間、音は喉で掻き消える。

『どうした、敬吾。もしもし?』
「ア」
『…喋りたくないなら無理する事はない』

違うのに。元気だと、今、言おうとしたのだ。
実の母親より、顔も知らない父親より、育てたくないからと押し付けられて尚、名前をつけてくれた祖父も、亡き曾祖父母も、皆。本当は嫌ってなんか、居なかった。ただ少しだけ、寂しかっただけだ。

『健吾はどうしてる?忙しいみたいだが、無理してないだろうか?立場はどうあれ、お前の方が年も上だ。我儘を言われたら叱ってやれ』

そう。息子には敵わない。
羨ましくて妬ましくて、憧れていた。子供の頃は笑いながらオカリナを吹いた事も、あっただろうか。

『何もなければ明日の朝には着く予定らしい。昼までには顔を出せると思うが、すぐにオーストラリアへ経たないといけないんだ』
「…ボク」
『お前の留学期限が切れる前に一度、』
「健吾に嫌われてルから、無理です」

喉に詰まっていた何かが、零れ落ちた。

「ボク、ボク、ちゃんと話せないカラ、嫌われて当然だよネ。なのにボク、健吾に意地悪ばかりしテ…」
『はぁ?嫌われてるって、健吾に?喧嘩でもしたのか?』
「喧嘩?…喧嘩、これ、喧嘩なのかナ」
『男同士、ぶつかる事もそりゃあるだろう。ったく、アイツは相変わらず変わってないのか。敬吾、良いか、お前は大人しくて手が懸からない子供だったから我慢してるのかも知れない。でもそれは健吾の為にも良くない事だぞ?』

鼓膜をすり抜けていく声をただ、聞いている。




「悔いは、なく…」

いつか願ったもの、いつか祈ったもの、今の望み。どれ一つ、はっきりとしたものなどなかった。
後悔ばかりが、体の奥に。




















「昼前にたこ焼き喰ったけど、物足んねーぜ」
「隼人君はあ、さっきさあ、サンドイッチとケーキ食べたんだよねえ」
「女子かよ」
「やだやだ、鉄板ものが男らしいと思ってる勘違いっぷり。今の時代、スイーツを語れない男はモテないよお?」

ポキッと首の骨を鳴らすフレッシュグリーンの隣、両手を伸ばして背伸びした金髪の腰の骨がバキッと鳴った。余りの音に沈黙した二人は、そっと目を反らす。

「運動不足だろ」
「違いますー」

保冷バッグから水筒を取り出した榊の鋭い突っ込みに、神崎隼人は素早く反応した。説得力はない。

「焼きそば」
「わたがし」
「ソース、もやし、青海苔、紅生姜」
「ざらめ、ざらめ、ざらめ、ざらめ」
「ゾンビみてぇだぞ、おまいら」

人が詰め掛けている屋台ゾーンの一角、ザラメ掴み取りと掛かれた看板に目を輝かせた神崎隼人は、スラックスのポケットと言うポケットを漁ったが、校内では財布を持ち歩かない主義である彼はたったの一円も見付ける事は出来なかった。

「ハヤト、ユーヤ、俺らあっちで休んでっからな。ちょっとオーナーに電話すっからよ」
「判ったぜ」

がっくりとうなだれる長身から数メートル離れた先、焼きそばの屋台の列に並んでいた藤倉裕也は首を傾げ、意味もなくスラックスのポケットを漁る。

「昨日、鼻かんだティッシュが入ってたぜ。ハヤト、何落ちてんだ?」
「…うっうっ、隼人君ねえ、さっきカードなくしちゃったのお」
「あ?何処に?」
「多分チョーバツトー…」
「懲罰棟?何しに行った…あー、山田が言ってたアレかよ」
「わたがしー。えーん、たったの500円なのにー。500円を笑うものはわたがしに泣いちゃうにょー、えーん」
「その割りにすんなり列には並んでんのな。無銭飲食するつもりかよ」
「違いますー、店主をちょっと脅してさー、ツケにして貰うつもりだもんねえ。人聞き悪い事ゆわないでくんない?」

女性客に紛れてヘラヘラしている長身の台詞に、体育会系の列に紛れて欠伸を発てた男は呆れ顔だ。

「そら、人聞きが悪いっつーレベルじゃねー。カルマがカツアゲしてんな。オレが奢ってやっから、順番回ってきたら呼べや」
「隼人君はカツアゲなんかしないしー、カナメちゃんじゃないんだからあ。何なのユーヤ、隼人君に優しくしても抱いたげないよ?むさ苦しいからさあ」
「ジャロに訴えんぞ。オメーのが暑苦しいだろーが」
「ちょっと待ってユーヤ、手をパーにしてみてー」
「あ?こうかよ」
「うーん、おっきさはあんま変わんないかー。掴んだざらめの量で勝負は決まるよねえ…」
「あー、そう言う事かよ。簡単だぜ、両手で掴めば良いんじゃね?」
「何なのユーヤ、アンタ天才なんじゃない?」
「まーな。ルールは破る為にあんだぜ」
「ちょっとお、カッコイイんですけどお」

先に順番が回っていた裕也は、ビクッと震えた工業科の生徒を真顔で睨み付けながら、ジュージュー音を発てている鉄板を指差す。

「肉もキャベツも少な目で良い。もやしと紅生姜で攻めろや」
「はっ?!」
「あと人参がしょぼい。こんなもんでオレは満足しねーぜ」

カルマで最も無愛想な裕也の台詞に、哀れ汗だくの店主は大量のもやしを追加投入。事件は熱々の鉄板で起きている。

「ちょ、ハヤト!…さん。掴み取りは片手っスよ!書いてあんでしょ、そこっ」
「あは。見えなかったんだもんねえ。悪気はないんだしー、よいじゃん?」

見ていた癖に見てない振りで大量のザラメをゲットした隼人は、止める店主を軽やかにシカトして、マシンの中へザラメを投入。事件は綿飴マシンの中で起きた。


しゅわー!
大量に吹き出す綿に歓声が起こる。


「必殺☆星降る隼人君の超絶美技、シューティングコットンキャンディ!」

しゅばっと割り箸を掴んだ隼人はペロリと唇を舐めるなり、目にも止まらぬ早さで飴を巻き付けていった。 

「あんな必殺聞いた事ないぜ」

ぱちぱちと起こる拍手にしょっぱい表情の裕也は、吹き出ても吹き出ても次から次に出てくる綿飴を見つめ、落ち込んでいる綿飴店主の肩を叩いた。

「2つ分の金取って良いから、許してやってくんねーか?何つーか、悪かったな」
「あ…はい、ちゃんとお代を頂ければ別に…」
「きゃー!ハヤトっ、もっともっとー!」
「うわぁ、大きくなってきたねー!もっともっといけるんじゃない?!」

一心不乱に箸を操る隼人を囲んだミーハーな女性客が、勝手にザラメを追加している。裕也と店主は目を合わせ、乾いた笑みを浮かべた。

「いや、まぁ…折角の新歓祭だし、どうぞ景気良くやって下さい…」
「苦労すんな。あの綿飴マシン、商品化したらハヤトにCMやらせろよ。綿飴のみのノーギャラで」
「あ!そ、そうします…!ハヤトさんっ、どんどん行きますよ!ざらめはまだまだありますから!」
「あは。目の前が真っ白なんだけどー」

途中から飴が顔に張り付いている隼人は、皆から囲まれて元気玉…ではなく綿飴を太らせていく。最早その光景は、見ている者の感動を呼び起こした。


「…何だ、ありゃ?」

焼きそばの屋台へ戻った藤倉裕也は、大量のもやしをヘラで捌きながら呆れた目で騒ぎを見つめている焼きそば店主を、顔へ飛んできた綿飴の綿を舐めながら再び睨んだのである。

「ソースけちってんじゃねー、ドパドパ掛けろ。ソース舐めてっとぶっ殺すぜ」

残念ながら、顔をペロペロ舐めてるのはお前の方だ。











その騒ぎからやや離れた、屋外テラスコーナー。
屋台ゾーンと化した並木道の外れ、校舎を臨みながら休める休憩場のベンチとテーブルを陣取った彼らに、スポットを当ててみよう。

「いつまで付いてくんだテメー、ストーカーかよ!(//∀//)」
「いっ」
「散れ散れ、オメーが居ると変な奴ばっか寄ってくっから!(;゚∀゚)=3」

スヌーピーを蹴り払った健吾がボリボリと頭を掻いて、綿飴の出店で女性に囲まれている隼人と、焼きそばの屋台前で何やら揉めている裕也を見やる。

「北緯、健吾、コーヒー飲むか?あ、悪い、もうねぇわ」
「そんなら何で聞いた(´°ω°`)」

自前の水筒から店で出しているこだわりのアイスコーヒーを注いで休憩している男は、携帯灰皿へ何本目かの吸殻を押し付けた。発信中のスマホを一瞥し、放置する。相手が出るまで掛けるだけだ。

「おい北緯、あの校舎やべぇな、北緯。あれはやべぇ、やっべぇぞ」
「ちょ、声甲高くね?!(*´Q`*)」
「ありゃあ、サクラダファミリアにしか見えねぇ。建設費幾ら懸かってんだ?億で足りんのか?あとあっちの森の中から突き出してる時計台もやべぇわ、寮もやばかった、トイレも広すぎて落ち着かなかったし…色々やべぇ、やべっち」
「やべっち?!(`・ω・´)」

語彙の少ないインテリ眼鏡気取りは、やべぇを連発している。
一番やっべぇのは、隼人の右手の特大雪だるまだ。最早綿飴のレベルではない。騒いでいた客らが写メを撮ってしまう、兵器レベルだ。

「はぁ、俺は俺が小さく思えるぞ…。こうなったら後で集合写真撮るしかない。ファーザーと山田が真ん中な」
「だったらユウさんとカナメさんも呼ばないと。ハヤトさんが有り得ないサイズの綿飴作ってるけど、撮った方が良いかな」
「んー、そうだな…週刊誌に売り付ければバイトのボーナス増やしてやれっから、どんどん撮れ」
「ブラック榊出没っしょ!俺がチンピラに絡まれてんのに助けてくれさえしない、それでも社会人かよ!それでも元ヤンキー上がりのホストかよ!(´°ω°`)」
「は?何で俺がお前を助けなきゃなんねぇの?寧ろテメーが俺を守れケンゴ、オメーの方が強いだろうが。飯喰わしてやんねぇぞ」
「そんな殺生な!育ち盛りに飯抜きとか横暴っしょ!_:(´‘』 ∠):_...」

もやしの量で揉めている裕也を冷めた目で通り過ぎ、ギネスにレッドスクリプトを叩き付ける巨大綿飴を手に近付いてくる隼人は、北緯からパシャパシャ写真を撮られてわざとらしくポーズを決める。

「良いよ、うん、今のポーズで伏し目がちだと加点…良いね、セクシー萌え」
「ちょっとお、何なのよお、乗せるのがうまいんだからあ。でもそんなんじゃ隼人君は脱がないよー?」
「良いね、鎖骨チラ見せ、もう少しサービスしてくれると総長が喜ぶよ」

職業病だろうか、半ばグラビア撮影会だ。
綿飴で殆ど顔が隠れているにも関わらず、危ない所までボタンを外した隼人は、とうとう綿飴の箸を咥え、薔薇代わりにポーズを決め始めた。重そうな綿飴が揺れている。今にも落ちそうだ。

「良いぞハヤト!行け!そこだ!絞まってるよ!割れてるよ!腹の肉が横に割れてるよ!」
「バカー!横には割れてないもんねえ!老眼ジジイの、バカー!」

そっと目を反らした健吾の隣、顔を伏せてプルプルしているカルマ唯一の成人は、そろそろ下まで脱ぎそうな隼人にヤジを飛ばす。それは割れているとは言わない。ただの二段腹だ。

「うひゃひゃ、何と言う事でしょう。痛い程の恥ずかしさに穴を掘りたくなりました(//∀//)」
「何ブツブツほざいてんだケンゴ。つーかハヤトのあれ、何してんだ?」
「見ての通りっしょ(>´ω` <)」
「見て判んねーから聞いてんだぜ、オレは」
「肉と紅生姜が多い方の焼きそばくれ(*σ´Д`*) 腹減ったw」
「ざけんな、オメーはお好み焼きしか食わねーっつったろ」
「ちょ!もやしと紅生姜が全力主張してんだけどw肉は?!ねぇユーヤきゅん、僕のお肉は何処なの?!w」
「罪のない一頭の豚が延命した。それだけだぜ」
「店主が得したの間違いだるぁが、バッキャロー!(´Д`)」

ずるずると肉無しの焼きそばを啜る緑頭の背後、何の気配もなく『ぬぅっ』と現れた黒髪に、健吾は動きを止めた。半分パンツが見えている腰パン隼人がウィンクしたまま硬直し、怪訝げな北緯と裕也が同時に振り返る。



「良い匂いがする方に来たが、シエは居ないか…」

稀に見る、正統派の美男。
やっと忍び笑いが止まったらしい榊が顔を上げて、同じく、ポカンと目を見開いた。

「そ、」
「そ…総長…?!( °8°)」
「眼鏡は…っ、ゴフ!」
「ボ、ボボボ、ボスーーーーーーー!!!!!」

誰よりも真っ先に黒髪の男へ張り付いたのは、ずるっとスラックスがずれ落ちた隼人である。焼きそばを喉に詰まらせた裕也は咳き込み、呆然と目を見開いたまま背中を叩いてやった健吾の目は、零れそうだ。川南北緯に至ってはカメラを手にうろうろと足元を探し回ったが、残念ながら、黒縁眼鏡は落ちていなかった。

「…ボス?それは俺の事かね?」
「やだ、やだあ、デリシャスボスのばかー!隼人君以外に素顔を見せたら駄目だってゆってんでしょー?!何で言う事聞いてくんないのお?!悪い子なんだからあ、もー!隼人君にヤキモチ焼かせてえ!」
「そうだったかな?それより、隼人君の頬擦りは痛いな」
「え〜?!何なのお?!隼人君なんてさあ、そんな他人行儀な呼び方、」
「テメェエエエエエ!うちの可愛いパヤティーに何晒してくれてやがる、糞親父がァアアアアア!!!!!」

ニマニマとだらしなく鼻の下を伸ばす隼人は、抱き締めた頭にぐりぐりと頬擦りし満足げだ。
然し突如響き渡った凄まじい声に、無関係だった他人の視線全てが集まる感覚。

「ぷはーんにょーん。何やってんだァアアア、隼人ォオオオ!!!お父さんと言うものがありながらお前と言う尻軽はァ!めっ!こっちに来なさい!うぇん、戻ってきてェ!」
「え、あ…あは、え?ボ、ボス?え?!」
「テメェエエエ、隼人を離さんか糞親父ィイイイイイ!!!セクハラじゃァアアア!!!これはもう訴えられても仕方ない有様!遠野家の全財産に赤紙御礼じゃァアアア!!!バイト幾つ掛け持ちしたらイイのか、判りませんわょーーーっっっ!!!!!」
「ふむ。父さんに糞親父とは酷いぞ、俊。俺は悲しい」
「息子の学校ではしゃぐ中年なんざウンコ親父ざます。ほにゃらー、うにゃらー!悪霊退散っ!滅されェイ!」
「パパはまだ死んでない」
「この野郎っ、35歳の癖に15歳ナンパしやがってボケェエエエ!何がパパだボケェエエエ!!!臨兵闘者皆陣列在にょん!滅されェイ!」
「ボケボケ言うな。パパが本当にボケたら悲しいだろう?」
「いえ、ちっとも」
「何だと」
「ちょいと俊ってばー、置いてかないでよねー」

良く似た黒髪の身長もさほど変わらない二人が言い争う中、不良三人に担がれた山田太陽がやってきた。

「もう、この辺でいいですよー。どーも有難うございましたー」
「いえ!お気をつけて、エージェントT!」
「何かありましたらお呼び下さい、エージェントT!」
「お疲れ様ですエージェントT!」

騎馬戦かよ。
小さく突っ込んだ榊の前に、すたんと降り立った平凡は、爽やかに去っていく不良らへ手を振った。

「お前さん達ー、酒と煙草とエロいゲームは隠れてやんなさいよー」
「「「はい!」」」

左席副会長らしからぬ台詞だ。

「あ、れ?…俊?えっと、似てるけど似てない、こっちの異常にイケてる俊は何だい?また新しい偽物かなー?でも本物よりこっちの方がいいかもー」
「はふん。タイヨーちゃん!貴方の俊はこちらょ!イケてない僕と言えばこちら!腐りたてのしがない遠野俊たァ、俺の事だぜェイ!」
「む。しがない遠野秀隆とは、俺の事だ」
「え?遠野って…もしかして、遠野課長?あれ?よく見たら遠野課長?!」
「あ、これは父ですん」
「あ、これは息子です」

ピッ。
互いを指差した艶やかな黒髪に、世界は静まり返った。

「久し振りだな、太陽」
「やっぱり遠野課長!お久し振りですー…って、やっぱり親子だったんだねー、俊」
「ほぇ?タイヨー、いつの間に親父と知り合いに?浮気?二葉先生と言うエロい仲の人が居ながら、こんな男と浮気なの?」
「んな訳あるかい。俊、課長の勤め先何処か知らなかったの?」
「ぇ?ワラショク?」
「俺の父親の勤め先は知ってるよねー?会ってるもんねー?知り合いだったじゃん」
「ぇ?ピロキおじちゃんはワラショクですょ。ピロキおじちゃんは親父のご主人様?」
「オオゾラと父ちゃんは友達だぞ、俊。そんな怪しい関係じゃない」

一般客の知識人そうな人々も、帝王院・西園寺、双方の制服を纏う生徒らも、カルマ一同も。全てが静寂の中、騒ぐ三人は気づいていない。



「み…」
「帝王院秀皇?!」

ギャラリーから声が上がった。
首を傾げた俊と太陽が振り返った瞬間、続いて声を上げたのは生徒らだったのだ。


「シーザー?!」
「いやぁあああ、本物だー!!!本物のカルマだー!!!」
「きゃあああああああああああああ!!!!!」
「カルマ?!ほ、ほ、本当にカルマ?!」
「待って、サイン、サイン下さいいいいい!!!」

太陽の背中に隠れたオタクは、青冷めた隼人に担がれて。
青冷めた榊に腕を捕まれたオタク父は焼きそばを抱えた裕也を横目に、キョロキョロと辺りを見やる。

「ふむ。俊、この騒ぎは何だ?何か起きるのか?もしかして食べ放題?それならママが見つかるかも知れないから、パパは残りたいんだが…」
「これだから親父と出掛けるのは嫌なのょー!きゃーきゃー言われやがって、糞親父めぇえええええ!!!!!男はァ、結局顔なのかァ!男は心なんてェ、フィクションなのかァ!」
「顔だと?俊、お前は父ちゃんにそっくりだぞ?」
「知ってたァ!どーせ僕ってば母ちゃんにそっくりなのょー!!!タイヨーちゃん!それでも僕は叫びたい!男は!結局、顔なのょ!二葉先生ハァハァ!モテキングハァハァ!ユーヤンハァハァ!光王子様ァアアア!抱いてぇえええええ!!!ハァハァ」
「あはは、それは俺も知ってたー。顔はいいのに残念な藤倉君、焼きそば食べながら走るのはやめなさい」
「言ってる場合か!(´°ω°`) ヒィ!追っ掛けてくんぞ!(;´・ω・`)」
「ちょっとボスってばー!危ないから暴れないでよねえ!」
「うぇ、おぇ。ふぇん。タイヨーちゃん、たーすけてー」
「あはは、ちょいと俊や、…俺と変わってくんない?」

隼人より足の早い健吾に担がれた太陽は、真っ青な顔で呟いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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