帝王院高等学校
お嫁!お嫁!お嫁サンバでカーニバル!
あーだの、うーだの。
右往左往し唸っている、歳の割りに白髪が多い頭を目だけで追い続け、漸く彼は眉を潜めた。

「好い加減、腹を括れ」
「ひゃ?!」

丁度目の前を過った尻を鷲掴み宣えば、奇妙な声と共に跳ねた男は顔だけ振り返り、いつからか悪くなった視力を補う為に掛け始めた眼鏡を手で押さえる。

「だから眼鏡を前から押さえるなと言うのに…指紋が付く」
「ごめん」
「二度と戻るつもりのなかった此処まで威勢良く車を走らせておいて、いつまで悩んでいるんだ。土壇場で尻込みするなら、社で大人しく企画部の企画書にいちゃもん付けていれば良かったろうに」
「そんな、俺が社員を苛めて楽しんでるみたいな事を言わないでくれよ…」
「違うのか?」
「断じて違う。見込みがある奴には、アドバイスはするけど…」
「『はぁ?生鮮詰め放題?舐めてんのか、単に安けりゃ客が喜ぶと思ってんのか?力ずくで詰め込んだ肉や魚が帰宅する頃には目も当てられない状態で、折角の鮮度も生鮮部の皆がお客様の為にやった懇切丁寧な下拵えも、無駄にするってか。は、その程度も考えられない馬鹿が入社してたとはな』が、アドバイスとはねぇ」

ぐうの音もないらしい。
そうだろう。鬼の常務と言えば、我がワラショクグループの社員で知らぬ者はない。普段はヤクザも逃げ出す荒んだ雰囲気ながら、左薬指の結婚指輪を決して外さない生真面目な性格に女性社員の信頼は篤いが、男性社員からは怯えられている。

「言うべき所は言えって言ったのはそっちだろ!」
「人見知り且つ世間知らずの君を、此処まで育て上げた自分の腕が怖い…。ふぅ」
「お陰で俺ばっか悪者だ…。太陽坊っちゃんなんか俺を見る度にビクッてするの、知ってるだろ。全部先輩の所為なのに…」
「お陰で人を舐め腐った夕陽さんが、お前にだけは逆らわないだろう。得てしてこの世は、一を得れば二は得られないもの」

必殺技の『舐めてると犯すぞ』で己の尻を心配する社員が連日助けてくれと泣きついてくるが、残念ながら、その心配は一切なかった。言うつもりはないが。

「悩むのは勝手だが、一時間もこんな排気ガス臭い所で待たされた人間の気持ちを考えろ。社長の所へ今すぐ駆け付けたいのは、こっちも同じなんだ」
「判ってる。…良し、腹は括った。守義さん、行こう」
「威勢だけは良い。手と足が同時に動いてるのは?」
「おっ、俺はこれが一番歩き易いんだ」
「へぇ、結婚8年目で初めて知った」
「………こんな所まで来て苛めなくても…」

どうも口許が緩んでいたらしい。
じとりと睨まれたのでわざとらしく微笑めば、目に見えて嫌そうな顔をされてしまった。

「はぁ。妻と言うものはビフォーアフターでこうも変わるものとは…詐欺ですよ、詐欺」
「小林専務、聞こえてますけど?」
「聞かせているんです」
「…でしょーね」

どうも臍を曲げた様だが、ドスドスと駐車場を通り抜けていく足並みに迷いは見られなかったので、成功だろう。




















「Wazz up shawty(よう姉ちゃん)」
「あ?」
「…じゃねぇ、間違えた。何つーか、その、悪かったな?変なもん見せちまって」
「は、はい…いいえ」

呆れ果てた表情に脇腹を小突かれ、ぼりぼり頭を掻きながら宣えば、恥ずかしげに俯いた女は消え入りそうな声で呟いた。
然し頷いたかと思えば首を振っており、動作に一貫性がないので実の所、嵯峨崎佑壱には良く判らない。

佑壱は持ち前の人見知りを発揮しぶっきらぼうに謝ると、そそくさと着物を掻き寄せ、数分前に守ってやると宣言したばかりの金髪の背後へ隠れたのだ。

「…何やってんだテメェ」
「だってアイツ叶の姪なんだろ?つー事はお前、裏家業の危ない奴だって事だろうが…」
「安心しろ。的中率100%を騙る詐欺占い師だが、ンなもんに騙されるのは馬鹿だけだ」
「占い師だと?ふん、俺は炊きたてのご飯占いしか信じねぇ男だ。悔しかったら立ててみろよ!米を!」
「テメェ本当はただの馬鹿だろ?脳味噌の用量、犬以下だろ」
「テメーに言われたかねぇわ馬鹿猫。悔しかったらベンガル語で今の台詞ほざいてみろ。ん?」

忌々しげにそっぽ向いた日向の脇腹をドスドス小突き返し、にまにましているオカンは悪い顔だ。この喧嘩は喧嘩にならない事を、日向は痛い程知っていた。

「様ぁねぇな高坂、せめて6000ヶ国程度喋れる様になってから挑んでくるこった。ま、そんでも負けねぇ俺、絶対の自信」
「…殺意しか湧かねぇ」
「In Tamil?(タミル語で?)」
「Othaaaaa!!(オター!)」

叫んだ高坂日向に、ぽーっと佑壱を見つめていた夢見る少女が目を吊り上げる。然し腹を抱えている赤毛は股間の生地だけ何とか押さえながら、上半身ははだけたまま、あられもない姿を晒し続けたのだ。

「ぎゃはは!良いぞ高坂、今度ルークの前で言ってみろ」
「上等だ、見とけ馬鹿犬。あの帝王院を爆笑の渦に落とし込んでくれるわ」
「っ、アンタいつまで馴れ馴れしくしてんのよ!」
「あ?」

飛び付いてきた少女の腕が日向の腕に巻き付き、数十センチの身長差を補うかの如く目線を合わせようと強く引き寄せた。大人しく頭を下げた日向に極細眉を跳ねた佑壱は、大きな手でガシッと異性の頭を鷲掴み、

「そいつに気安く触ってっと妊娠すんぞ」
「Don't press your luck.(どう言う意味だテメェ)」
「佑壱様ともあろう御方がこんな男を庇って差し上げる必要はありません!」
「庇ってねぇよ。お前、コイツがどんだけ下半身野郎か知らねぇから、」
「黙れ嵯峨崎、話をややこしくすんな」
「存じています!ベルハーツは屋敷中のメイドに手を出して、度が過ぎるとお祖母様から度々折檻されてましたから!」

ぱちぱち。
瞬いた嵯峨崎佑壱の目尻が切れ上がった双眸が日向へ突き刺さり、誉れ高き中央委員会副会長は天を仰いだ。

何とした事だ。事実ではないか。
紛う事なき事実である。するつもりはないが弁解は出来ない。6000ヶ国の言葉を持ってしても弁明は不可能だ。どんな凄腕弁護士にもそれは出来ない。あの神威より乱れた生活をしていた事は、二葉から何度も指摘されている。

あの男にだけは言われたくなかったが。

「Hay bitch.(おい淫乱) テメー最低だな?知ってたけど」
「…まぁな」
「誉めてねぇ」
「だろうな」
「若い内は遊びたい気持ちも判らんでもねぇけど、恋人が出来たらやめとけよ?特にアメリカ人相手だと慰謝料が大変だから。な?」

彼なりの慰めは判ったが、このしょっぱい感情をどう消化すれば良いものか、高坂日向は乾いた眼差しで再び空を見上げる。ああ、雲が白い。もう一度、オターーー!と叫んでみようか。

青春とは難しい。
あの帝王院神威を爆笑の渦に陥れるのと、どっちが難しいだろうか。どうもイーブンな気がしてならない。

「さぁ!早くこちらへいらして下さいませ!御身が汚されてしまいます!この病原体から離れて下さい!ベルハーツ、アンタ息してんじゃないわよ!」
「うぜぇ」
「つーか佑壱様って何だ、恐ぇな。まさか俺の子を妊娠したなんざほざくなよ、俺は持参したコンドームしか使わねぇ派だ。ゴムに穴が開いてたなんて白々しい事は…やめとこ、思い出したくねぇ」

日向を決して最低とは呼べないこれまた最低男は身震いする。過去の恐怖を思い出したからだ。

「何にせよ、男も女もねぇ、名乗れ。最低限の礼儀だろうが」
「あ…私とした事が、怒りの余り我を忘れておりました…」

げしっと日向を突き飛ばし、もじもじ照れながら髪を弄る「変な女」に、赤毛はもじもじと山吹色の生地を弄ぶ。何だかんだ、最後の彼女に振られてからこっち、若い異性と会話する機会は無いに等しかった。
特に俊が入学してからは健全な生活だったのだ。日向からハイウェイスターと馬鹿にされる程には。我ながら情けない早さだった事は、認めざるえない。

「リン=ヴィーゼンバーグと申します」
「あ?リン、リン…あ、ああ!お前、あのゴスロリ双子か?!ババアのSPの!」
「っ、覚えて下さっていたのですか?!いや〜ん、恥ずかしい!」

羞恥心からか、バシバシと日向を叩きまくった人は情熱的に佑壱を見つめ、ついつい股間を見てしまっては悶えている。これは近付いたら駄目な女だと心の中で呟いたオカンは、つつつと少しばかり距離を置いた。

「じゃ、ババアも来てんのか?」
「シスタークリスはアビ………嶺一さんと、」
「此処に居たのかファースト」

かつり。
苔と芝が混じる煉瓦の石畳を弾く靴音に、一同は振り返る。

「…出やがったな」
「お前の日本語の汚さは、私にも理解出来る」
「Sorry, get lost at once. Fuck off please!(悪いな、今すぐ失せろ。消え失せて下さい!)」

痙き攣った佑壱から僅かに離れた位置で青冷めた日向は、神々しいプラチナゴールドの髪を翻す女性の背後、険悪な表情のもう一人から素早く目を反らした。

「我が子の品の無さを語るだけ無益な事もない。リンの悲鳴が聞こえたので来てみれば、ファースト。その惨めな姿は何のジョーク?」
「煩ぇ。シャドウウィング持ち出してステイツに戻ったんじゃねぇのかババア。今度は何の用だ」
「卒業を控えた甥の顔を見たかっただけだ。同じグレアムに在りながら、イクスとは天地の差と言うより他ない」
「テメッ、」
「いや〜ん、久し振りに可愛いユウちゃんと話せて照れてるのね〜!可愛いぃぃぃ」

怒りの形相だったオカンは、然しオカマの黄色い声で沈黙する。オカンのオカンはフッとニヒルに笑い、ちらりと目を向けた日向に軽く頭を下げたが、オカンとオカマは気付かない。
オカンとオカマ、何と紛らわしいのか。

「やぁだ、きったない格好ねぇ。生地は悪くないみたいだけど、肝心要の帯は何処なの〜ぅ?」
「近寄んな。香水振り過ぎだ新人類、臭ぇ」
「アンタは鼻が利き過ぎんの。もう、照れてないで来なさい」

がばっと両手を広げた女装男に、嵯峨崎佑壱は今、日本で一番冷たい眼差しで微笑んだ。呆れ果てた山田太陽よりまだ冷たい眼差しだ。燃える様に赤い瞳にも関わらず。

「何の真似デスカ」
「何って、ハグよハグ☆ぎゅーっと抱き締めてあげるから、遠慮しなくてオッケーよ?」
「You have to go to the hell, early.(テメーは今すぐ地獄へ落ちろ)」
「やだぁ!エンジェルが反抗期?!アタシ受け入れらんないー!」
「俺も新人類が父親とか17年経っても受け入れらんねぇわ、I can't take you anywhere.(っつーか、テメーと居るだけで恥ずかしい) ハゲてシね」
「どんだけ〜!」

はち切れんばかりの胸板を、深紅の薔薇の刺繍が施された派手なチャイナドレスでぴっちり包んだニューカマーが嘆いた時、新たな刺客は現れたのだ。

「ああッ、そこの目が潰れそうになるくらい眩しいイケメンは、パパの大事なひなちゃん!会いたかったよぉぉぉ」
「ヒトチガイデス」
「こ…高坂、それ父親かよ?!いや、言わなくて良い、顔が…ブフッ!老けた高坂…!グフッ!似過ぎにも程が、程があんだろ…!」
「煩ぇ!テメェに言われたかねぇっつってんだろうが嵯峨崎ぃ!」

高坂日向17歳、今世界で最も冷たい眼差しで微笑んだ彼は、日向そっくりな中年の登場で声もなく笑っている佑壱の頭をいつものノリで殴ってしまい、最大のピンチを迎えたのである。


「誰の息子に手ぇ出してやがんだコラァ!」

本日の教訓。
オカンとオカマは猫科の敵。

「んだと?!人の可愛い息子にメンチ切ってんじゃねぇ、ニューカマー!やるつもりなら年上だろうが容赦しねぇぞゴルァ!」
「上等だ!俺が上下関係っつーもんを叩き直してやらぁ!」

ライオンVSワンコの仁義なき宿命は、虎の刺青VS薔薇の刺繍へと移り変わろうとしていた。

「リアルVシネだ…。高坂の親父さんパネェな」
「あれの何処にビビってんだ、笑わせんな馬鹿犬」
「君、急所が見えてしまうぞ」

本物の極道の巻き舌を聞いてビビった嵯峨崎佑壱17歳は、はらりと捲れた着物から縮こまった股間のエクスカリバーを晒し掛けたものの、いつの間にか隣に居たイケメン女性から、そっと押さえて貰ったのである。

「なっ、何っスか?!」
「怯えなくて良い。私は、そこで仏頂面を気取っている男の母親だ」
「高坂の?!嘘だろ、若ぇ!」
「これは私が縫ったものだが、縮緬の帯がなかったかな?群青の」
「スんません、落としちまって…」
「それは大変だったな。日向、手を貸してくれるか」

ちょいちょいと日向を手招いた人に目を見開いた佑壱は、キョロキョロと二人を見比べた。甘いミントキャンディーの様な青味掛かった碧眼にゴージャスなブロンド、日向の金髪と良く似た色合いだ。
母親の前では大人しい日向にも怯みつつ、何となくオーラを感じてしまう彼の母親を凝視する。何だ、この惹き付けられるオーラは。何だ、この抗えないオーラは。

「…手を貸すのは良いが、対処出来るのか?」
「マジっスか?何とかしてくれるんスか?」
「裁縫道具はいつも携帯している。不格好だが、仮縫いで袷を閉じてしまえばワンピース紛いなもの程度には…ああ、そこに落ちているネクタイを拾ってくれ」
「スんません、それ多分使えねぇっス。さっきブチっつってたから、切れてる…」
「問題ない。この生地に白の帯は合うだろう。先にこれを縫うから、待ってなさい」

さっと針へ糸を通した人は王子様スマイルを浮かべ、人見知りオカンのハートを軽く奪い去った。それを見ていた光王子のしょっぱい顔には、残念ながら気付いていない。

「助かりまス。俺の所為でボロボロになっちまってスいません」
「何、どんな衣装も着てこそ価値があるものだ。子供が遠慮などするものじゃない、私に任せておけ」

目映いばかりの微笑みに、アイドルの追っかけの気持ちが判った嵯峨崎佑壱は口を押さえた。つわりじみた吐き気を催しそうになったが、まさか妊娠したのではないだろうか。

「高坂…すまん、俺、継母になっちまうかも知れん。おぇっぷ!」
「「は?」」

どちらの金髪イケメンも高坂だと、うっかり失念していたらしい。

「んな…?!ユウちゃん?!ああ、アタシのユウちゃん、どうしたの?!テメェエエエ!!!こんの糞餓鬼が!俺の目の前で佑壱に何やってくれてんだコラァアアア」
「まだ終わってねぇぞ嵯峨崎ぃいいい」

両家の父親同士による醜い争いは、えづいている佑壱の背中を仕方なくあやしていた日向を見つけたオカマが激怒した事により、終幕したのである。

「アリー、私に手伝える事は?」
「股下を二つに分けて甚平の様にしようと思うんだが、どうだろう?」
「成程、サロペットみたいで可愛いと思う。では此処をこうしたらどう?」
「それは良いアイデアだクリス」

ネクタイの復旧を優先しチクチクやり始めた母親と、二人を止める気がないらしい佑壱の母親を認め、高坂日向は考える事を放棄した。
嵯峨崎佑壱はその空気を読み同情したが、こう知らない人が多いと満足にお喋り出来なかったのである。





















「悪いわねィ、付き合わせちゃって」
「俺に気を遣われないで下さい」
「あふん。最近の子は可愛げないって思ってたけど、カナメちゃんはイイ子ねィ。よしよししてあげましょ。あらん?爪先立ちなのに届かんょ〜」
「あ、有難うございます…」

並木道から続く緩かな階段を跳ねる様に登っていく背を追い掛ければ、くるりと振り向いた人から頭を撫でられた。いや、届かないとぷるぷる震えているので、素直に腰を曲げたのだ。
見た目こそ同世代と変わらないが実年齢は大幅に違うと思われる大人の女性から、こんな子供扱いを受けるのは初めてに等しい錦織要はやや頬を染め、もじもじ身を捩る。

「然し、チミ達は発育がイイですな!俊とあんま変わんないみたいだけど、何cmあるのかね?」
「先日測定した時は179cmでした。それほど大きい方ではないんですが…」
「きゃ!オバサンが学生時代の頃は小柄な子が多かったから、シューちゃんも大きく見えたものょ」
「シューさんですか?」
「俊のパパなの。何だかんだ似てるわょ、目付き以外はねィ」
「そうなんですか!猊下…遠野さんはお父様似でらっしゃるんですね」
「ちっちっち。この目を見てごらん、俊にそっくりざましょ?」

まるで宮殿の様な建物を前にババアが無意識で身構えれば、笑顔の要から「校舎です」と教えられ、大粒の瞳をギリッと潜めた。
それを見た要は確かにそっくりだと感嘆の息を吐き、またもや頬を染める。

「総長が女性だったらこんな感じか…」
「ん?早朝に除雪した?この春先に?」
「いえ、何でもありません」
「でも、さっきの悲鳴は何だったんじゃろ?こっちから聞こえたのは間違いないんだけどなァ」
「失礼を承知でお尋ねします、俺には悲鳴なんて聞こえなかったんですが…」
「オバサンこう見えて地獄耳なのょー、小銭の音なんか繁華街の中でも聞き付けちゃう腕前の持ち主なんざます」

要は痺れた。
繁華街の喧嘩で昔財布を落としてしまった事があり、結局見つからなかった時の苦い記憶を思い出したのだ。現金は持ち歩かない主義なので中身は小銭数枚とポイントカードくらいなものだったが、その数枚の小銭と貯めたポイントだけは未だに悔やまれる。

「あと、まだ身がついてる鶏ガラを見分けるスキルは負けないわょ!しじみをほじるスピードも!留学してた時に小さな港町でしじみ早食い競争があったんだけどォ、ロシア産だって言うから身だけ5kg喰ってやったぜェイ」
「身を5kg?!」
「寒い海で叩き上げられた魚介って何であんなに美味しいのかしらねィ…じゅるり。今じゃしじみなんか滅多に食べないざます。お高いんだもの!」
「そうですね、可食部に対して単価は高いと思います」
「ちょっと傷付いちゃったとか、ちょっと大き過ぎて出荷出来ない訳ありグルメとかァ、お洒落なお値引きシールで着飾ってる賞味期限ギリギリでイイのょ。腹が膨れるなら、ちょっとくらいお腹壊しても」

くどい様だが、錦織要は痺れた。
ドッカーンと雷に撃たれた表情で動きを止め、青い双眸に光るものを滲ませ、ゆっくり持ち上げた手で惜しまない拍手だ。

「太好了!(感動しました!)」
「謝々、真讓人難為情!(ありがと、照れるわね!)」
「え?」
「そんな事より、カナメちゃんこそ気ィ遣わなくてイイのょ?敬語なんかやめなさい、オバサン海外生活長くて慣れてないからさァ。気軽にママって呼んでくれてもイイのょ?俊ったら一回も呼んでくれない親不孝な馬鹿息子でねィ、何回風呂に沈めた事か…」
「いや、いえ、はい」
「あらん?何かあそこ、オバサンの弟に似たオッサンが居るわねィ」

マイペースなババアはきらびやかな校舎にビビり、中へは入らずに塔と塔の間を縫う様に進んで、緑豊かな花壇の広場に出るなり指差した。

つられるまま要が見遣った先は、正にカオス。
和服姿の男に頭を掴まれている明るめな茶髪の少女と、夜会巻きにした赤毛を薔薇の髪飾りでデコっているチャイナドレスの巨体、その巨体に胸ぐらを掴まれているのは中央委員会副会長に見える。
そして呆けている日向の両腕を片方ずつ引っ張っているのは、派手な山吹色の見慣れた赤毛と、髪と目が黒く変化しただけの日向そっくりな男だ。


その集団の中、こちらに気付いたのは二人だった。


「姉ちゃんんん?!アンタその格好は何なの?!」
「シェリー!その男は何だ!」

ビシッと指を差してくる男と女。男はババアへ、女は要へ指差し、睨んでくる。

「やっぱお主かァ、直江この野郎。うっさい男ねィ、着替え持ってきてないんだから仕方ねェだろうがァ。そんな事よりアリィ、さっきは悪かったわねー。話す間もなくパフェだけ食べて置いてっちゃって」
「秀隆兄さんは?社長さんが探してらして、」
「そうなの!シューちゃんがまた迷子なのょ!」

錦織要は睫毛多めの双眸で瞬いた。
シューちゃんと「ヒデタカ」と言う人間は同一人物なのだろうか。いや然し、今は物凄く冷たい目で睨んでくる大人の女性から目を反らし、さっきから名前を連呼してくる佑壱の元に行かねばならないのだろうか。

「要、こっち手伝え!」
「ユウさん、これは何の騒ぎなんですか?」
「後で説明するからとにかく高坂を助けろっ」
「は?嫌です。何で俺があんな奴」
「あ?!まだチャーハンの事恨んでんのか?!後で新しいの作ってやっから!」
「アンタ達、黙らっしゃい!」

首を傾げる要の耳に、オカマチックな声が突き刺さる。ぐいぐい引っ張られている日向の右腕を片手で引っ張っている佑壱は鬼の形相で、その隣、同じく日向の左腕をぐいぐい引っ張っている黒髪の男は涙目だ。

「ひなちゃん!今パパが助けてやっからなぁ!汚い手を離しやがれオカマ野郎!誰の息子に触ってんだテメェ、咬み殺すぞ!」
「喧しいわよ!うちの娘になるつもりならアタシの花嫁修行を熟して貰うわ…!大切に育ててきた宝物を簡単に持っていけると思わない事ね!さぁファースト、こっちに来なさい!」
「シャラップ!いきなり現れて意味不明な事ほざいてんじゃねぇぞレイ!今すぐ失せろ!高坂ぁ!しっかりしろ!魂抜いてる場合か、戻ってこい!」

魂が抜けていると言うより、人生を諦めた様な表情だ。そんな高坂日向を助けるつもりなどない要は「ざまあみろ」と内心にやけていたが、ぱちん!と、乾いた音を聴いて目を向けた。



「何じゃいお主、初対面の癖に」

鬼だ。
ピタリと騒ぎが止まり、佑壱らがこちらを見ているのは判ったが、要は動けないまま。

「秀隆の嫁が俺でそんな可笑しいってのか、糞餓鬼ァ」
「そうは言ってません。ただ、初対面ではないと言っただけですよ。相変わらず物忘れが激しい様で」
「んだと?!良し、その喧嘩買ってやるァ!この遠野俊江に売った喧嘩、買い取れると思うなボケェ!」
「やめっ、」

今にも叶長男へ殴り掛かりそうなババアに、やっと動いた要が殴られた。庇うつもりで割り込んだ所、運悪くオタクママパンチの犠牲になったのだ。

「きゃ!カナメちゃん?!こんな美人な顔に傷をつけてしまうなんて一生の不覚!責任取るから!俊に償わせるから!お嫁に来てもイイのょ?!」
「「はぁ?!」」

佑壱と呆気に取られていた弟が同時に叫んだが、唇の端を切った程度の要は起き上がろうとして、わざとらしく倒れる。ババアはまた咽び泣いた。

「死んじゃらめぇ!いやァ!カナメちゃん!お嫁さんが来たら一緒に貯めようと思ってた500円玉貯金用のガマグチ型貯金箱がパンパンになったらワラショクの高級明太子で大きなおむすび作ろうって、その内約束する筈だったのにィイイイ」
「…トシ。そこまでにしとかねぇと、その餓鬼本気で死ぬぞ?」
「ぇ?」

本気で嫁になるつもりだったのか、重傷を装っていた要を凄まじい力で抱き締め叫び続けたババアに、呆れ顔の幼馴染みが声を掛けたのだ。今は息子の日向より、暴走破壊神を止める方が先決なのだろう。

「大変。ちょっとイチきゅん、どーしましょ」
「えっ?アタシ?!ちょ、アンタ何処触ってんのよ!」
「姉御、こっちこっち、イチは俺っス」
「あらん、このイチきゅんは別人かね?ごめんあそばせ、お尻撫でちゃった☆」
「要はその辺に転がしといて大丈夫っス。自業自得なんで」
「そ?クリィ、アリィ、二人共何してんの?」
「俊江、アリーを止めてくれ。糸切り鋏で人を殺してしまう」
「離してくれクリス!冬臣、最早お前を許す訳にはいかない!」
「ちょっと叶さん、知り合いですか?何で今の会話でこんな怒ってんです?」
「雇い主と言いますか…」
「ふんふん、バイト先の店長みたいなもんかね?」

男二人の会話に、素早く割り込んだババアは今の今まで怒っていた事を忘れたらしい。届かないので座らせた金髪の頭を撫でながら、沈黙した男二人に親指を立てる。

「っつーか直江、カナメちゃん起きないから診てくんない?多分寝不足だと思うけどォ、お姉ちゃん手術専門だから」
「俺も元は外科なんだけど?」
「アンタ総合診療みたいなもんじゃろ、院長」
「無茶苦茶かよ」
「ふ、今更知ったのかィ?広辞苑読め、弟は姉の奴隷だって書いてるょ!」

弟は淡く微笑んだ。


「書いてねェよ、ヒトラーが」

←いやん(*)(#)ばかん→
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