帝王院高等学校
強い絆で結ばれた関係でございますっ
「神と人の違いは何だと思う?」

かつりと、文字量の多い方程式でホワイトボードを埋めた教授が振り向いて、突如投げ掛けた問い掛けに学生らは口を閉ざした。

「僕はこう考える。偶像と実像。与える者と与えられる者。祈られる者と縋る者。赦す者と赦される者。つまり、双方は決して交わらない。一つのパラドックスだ」

不思議そうな学生らに構わず話を続けた男は腕時計へ目を落とし、握ったままだったペンのキャップを閉めた男は眼鏡を外す。

「昔、彼の有名なミッドナイトサン教授はこう唱えた。神と人の違いは、全と善だと。どう言う意味か、誰か判る人は?」

ざわざわと微かなざわめき。
相談し合う学生らからは結局めぼしい回答はなく、さもあらんと頷いた男は白衣のポケットへ眼鏡を差し込み、

「神は絶対的な全であり、人は何に対しても善を求めるそうだ」
「リチャード教授、悪い人間も居ますけど?」
「良い事を言う。そう、だがどんな人間も共通しているのは、自分に対しては『善』だと言う事だ。他人に対しては悪だろうが、自分に対して悪である人間は居ない」
「はぁ、何か屁理屈に思えますが」
「これは『悪魔』教授が唱えた説だと言ったろう?」

揶揄めいた笑みを納得していない学生へ注いだ男は、時間だと手を叩く。おもむろに席を立つ学生らが退室していき、最後にホワイトボードの文字を消した男は暫く立ったまま。

「神の行いは全てが善、神の行いこそ世界の真理、…成程、カエサルの命令なら帰ってくるのか、君は」

ぽつりと、囁いた言葉は未だ帰らぬ恋人に。
今ならまだ、明日までに日本へ行ける事は知っている。






















どさりと、倒れてきた体を抱き止めた。
力の抜けた体躯は酷く重く、まるで羽交い締めにされているかの様だ。
ぱちぱち瞬いてみるものの、視界は黒一色、巨大な焼き海苔が眼を覆っているのだろうか。

いつから人は、巨大なおにぎりに?


「あらん?」

はたり。
辺りを見渡して、瞬いた。此処は何処だ。やはり真っ暗で、ひんやりしている。

「くんくんくん。ほぇ」

抱き締めた重みを嗅げば、すぐにその正体に気付いた。視界が使い物にならないとして、何の問題もない。

「あふん。汗臭くもなく、かと言って何の特徴もない、極めて普通な洗濯用洗剤的清潔なカホリはタイヨー。タイヨータイヨータイヨーちゃん、副会長様ァ!僕をどうなさるおつもりなのォ?ハァハァ」
「…」
「ふぇ。ぐっすり」

死んだ様に眠る見慣れた顔をぺちぺち叩く。立体駐車場の様なコンクリートだらけの四方、薄暗さに慣れた目で太陽を抱き上げ、息を吐いた。

「はァ、ときめくにも明るさが足りないにょ。腐った男に抱き着いちゃうタイヨーが愛しくもあり、憎くもあり、くんくんくん。この白檀のカホリは二葉先生?!」

ぶしゃー!
梨の妖精に負けない汁が鼻から吹き出した気がしなくともないが、そこはそれ、いつもの病であると遠野俊は満足げに頷いた。

「何があったのか後で詳しく聞かなくちゃ…。それにしても、何で真っ暗なのかしら?カイちゃん?ふぇ、カイちゃんは居ますか?」
「ぎり」
「ほぇ?」
「ぎりぎりぎりぎり」

間近から、恐ろしい音が聞こえてくる。
黒板を鍵爪で削る様な、余りにも恐ろしい音だ。

「ヒ、ヒィイイイ!!!タイヨー!タイヨーちゃん!おかしいにょ!これはきっと、イケてるどなた様かの親衛隊によるいわゆる制裁じゃアアア!そう考えれば萌えるざます!苛め=制裁、ハァハァ、やっと!やっとBL学園的王道フラグがやって来たァアアア」
「ぎりぎりぎりぎり」
「ヒィ!お化けの仕業では!ない!決して違う!ポルターガイストなんてポストカードみたいなもんだコラァアアア!僕は信じます!科学を!そしてボーイズラブの存在を!悪霊退散んんん」

光の早さで駆け出し、転んだり壁に衝突したりしつつ、闇の中を彼は走った。バイオハザードじみた真っ暗な世界を、何の手懸かりもなく。

「ヒィ!何で見えないにょ!はっ、眼鏡?もしかして眼鏡が…なっ、掛けてる!しっかりした手触り、重厚感、抜け目なく掛けてるだと?!ちゃんと掛けてるのに見えないなんて!ぐす」
「ん…マヌーサ…」
「ひょん!タイヨーちゃん?!起きたの?!オタクのピンチに颯爽と起きてくれたの?!」
「ぎり」
「ヒィイイイ」

恐怖の余り足が笑っている遠野俊、眼鏡のレンズに度は入っていない。

「怖くないにょ!怖くなんてない!にょ!ふぇ、うぇ、おぇ、はっ!そうょ、歌いましょ!隣のオッタク、オターク、オッタク、オッタァク♪」
「ぎりっ」
「ひ!こここ子供の時にィだけェ、貴方は読めないィ、R18ィ♪」
「ぎり!ぎり!ぎり!ぎり!」
「心なし音が酷くなってるわょー!いやァアアア鎮まりたまえー!臨兵闘者皆陣列在にょん!鎮まりたまえー!」

混乱の局地に立たされた彼は、アニメで築き上げた知識から有名な呪文を叫んでみたが、最後の詰めが甘い様だ。

「ぎり」
「いやー!近い!走っても走っても音が近いんだけどォ?!はっ、もしかしてこの短時間でオバケのレベルが上がってるにょ?!」
「ぎりぎりぎっぎっぎー」
「心なしかドラクエのレベルアップサウンドに聴こえたァアアア、いやー!タイヨーちゃん起きてぇえええ!…返事がない、ただのタイヨーだ。俺はァ!平凡なチミが好きだァアアア!!!」

形振り構わずひた走った末に、水の音を聞いたチキン腐男子は足を止めた。

「ひょえ、何か聞こえたにょ。くんくん、ふんふん、ふぇ。プールの匂いがしますん。久しぶりに使った水道みたいなカホリ…くんくん、ふむ。例えるなら、トイレでお水を流した後みたいな?」

どんな例えだ。

「水場の近くには奴が集まると言う…ヒィ!くらげ?!夏場の海にはクラゲが!沢山!イチが華麗に捌いて酢の物に?!ヒィ!」
「ぅ」
「ぎょふ!…タイヨー?!満を持して起きたなり?オタクを弄んで本当は最初から起きてたって言っても怒らないから、ユー、素直になりなょ」
「うなぎ」
「くぇ?鰻?蒲焼きのうなちゃん?蒸籠で蒸したふかふか触感のうなちゃん?アタシどっちも好きょ?」
「食べたい…」

健やかな寝息が聞こえてきた。
微笑ましい寝言に眼鏡を光らせた男は、暗さと幽霊に対する恐怖をさらっと忘れ、一歩踏み出す。

「うなちゃん…食堂に確かひつまぶし膳があったよーな、なかったよーな。お腹ペコペコなりん。イチに電話してお弁当作って貰わなきゃ。ん?マジカルバナナ、電話と言ったら携帯♪携帯のライトつけたら明るくなるにょ。僕としたオタクが、うっかりしてたなりん」

太陽を片腕に抱き変えて、もう片手で尻ポケットに感じていた携帯の感触に手を伸ばす。

「タイヨー、やっと寝顔を見られるねィ…。くぇ。くぇーっくぇっくぇっ。君を照らすライトが付いちゃうぜょ?」
「すーすー」

ぱっと明るくなったが、平凡な寝顔がホラーにライトアップされてしまい、腐男子は無言でライトを消した。
童貞には辛い映像だったからだ。童貞でなくとも辛い光景だったが、今はそれを議論している暇はない。

「ゆっくりネンネなさって…。それにしてもいつの間に僕達こんな所に閉じ込められちゃったのかしら。生の親衛隊も、小説の世界の親衛隊に負けず劣らず過激でミステリアスで、今日もハァハァが止まりませ、ほわちゃア!」

つるんと、足元が滑った。
ばしゃん!盛大な水の音と共に腕の重みが消えて、ズポッと詰まった耳は、ゴポゴポと言う泡の音を聞いている。明らかにこれは、水の中の感覚だ。

「ほ、むにょ?ごぼごぼごぼ、ゲフっ、ひょえ、ごぼごぼごぼ」
「っ、ごほっ。何?!何これ、え、水?!暗っ!何が起きてるの?!」
「ごぼごぼ」
「そこ、誰か居るのかい?!」

掻いても掻いても水の感触、流石に目が覚めたらしい太陽の声に返事をしたつもりだったが、黒い水を飲んだだけ。

「何処、あ、これ?っ、重!」
「ごぼごぼごぼ…ぷはん!ひゅー、ひゅー、ひっひっふー…こほっ!」
「大丈夫?!もしかして俊?!」
「あい、ひゅー、ひゅー、貴方の遠野俊ですん、じゅるり。ふぇん、鼻水まで塩素の味がするにょ」
「ちょ、何処に居るのか全然見えないから暴れないで!ここ!ここに落ち着いて立ってごらんよ、足着くから!」
「ふぇ?ぐすっ、あ、そう言われてみると床らしきものが……………ない、何にもない」
「え?!」

すぽん。
掴んでいた手首らしきものが抜けて、俊の声が聞こえなくなった山田太陽は飛び上がった。潜ろうにも暗すぎて見えない。

「ちょ、俊?!何で暗いんだよ!俊?!」

慌てて暗い水の中を掻き分ければ、今の今まであった足元の地面が消えた。一瞬沈んだ瞬間、足に何かが触れて、太陽は構わず身を沈み込ませる。


(あった、これかー!お、重っ、)

見えないながらも両手で抱えて、床を蹴り水面を目指す。浮力に逆らわず進めばやっと顔に空気が触れて、腕に抱えた重みを手探れば、頭らしきものに触れた。

「俊!ね、俊ってば!」
「…」
「くそ…!早く上がらないと!もう、何で暗いんだよ!俊、俊、しっかり!誰か!誰か居ませんか!」

明かりさえあれば。焦りながら水を掻き分け、冷えてきた体を震わせ叫べど返事はない。

「こんな時は確か…く、くろのすすくえあ?!何だっけ、あ、そうだ、オープン?!」
『コード:アクエリアス、サブクロノスを確認』
「良かった…!ごめん、どうしたらいいか判んないんだけど、助けてくれない?!」
『現在地を確認…98%、直ちに強制排水を行います』

ザーザー、凄まじい勢いで流れていく水音を聞いた。下手に動けず、死に物狂いで抱き抱えていた俊がくしゃみをした瞬間、山田太陽の張り詰めていた顔が一気に冷めたのだ。

「ついでに明るくなったら助かるんだけど」
『了解』

パッと、頭上の照明が発光する。プールにしては侘しい水溜めの中央、水嵩を減らしていくコンクリートの中で、太陽から僅かに離れた位置に大きな穴が開いているのを見た。どうやら俊はそこへ嵌まり込んだらしい。
結構な深さで、渦を巻く水が減っていってもまだ底が見えなかった。背を震わせた太陽は、じりじりと排水されていく中心部から離れる。

「あれ排水溝?危な…俺もギリギリな所に立ってたんだ」
「ふぇ、ごほっ、ゲフ。ピュー」
「ちょ、」

抱えていた俊の口から吐き出された水が、顔に直撃した。悪気がないのは明らかなので文句は言えまい。
激しく噎せながら抱き付いてきた俊を真顔で受け止め、山田太陽はびしょ濡れの前髪を片手で掻き上げた。

「うぇーん!死ぬかと思ったにょ!カナヅチなのに底がなくて死を覚悟したにょ!げほっ、ごほっ、うぇん、これが本当の底な死フラグ!」
「言ってる場合かい。何がどうしてこんな事になったのか意味不明なんだけど、とにかく良かった。怪我はない?」
「携帯が水没しちゃったけど、マンホールの中でヘドロ相手に生き残ったこの子はきっと防水だから問題ないなり。タイヨーがイケメン過ぎて心臓が破裂しそうな程度です!じゅるり。助けて貰った感謝のチューをギブユー」
「ノーセンキュー。防水じゃなかった時の事は考えたくないんだけど、本体は元気だねー。今度こそ歩けるだろ、離れなさい」

太陽はべりっと巨大なコアラを剥がす。

「うへー、ビショビショで気持ち悪い。ったく何でこんな目に?最後の記憶が曖昧だなー」
「ふぇ。イケメンに吸い付きたいと願うのは腐ったオタクの摂理なのに…ふんふん、はふん。二葉先生のカホリが消えちゃったにょ。うぇん」

しょんぼり肩を落としながら離れた黒縁眼鏡の台詞に、濡れたシャツを脱いで絞った太陽は首を傾げた。

「へ?二葉先生?誰それ」
「うぇ?二葉先生は今をときめく白百合様ょ?」
「え?あ、ああ、そっか、白百合だっけ。ごめん、一瞬思い出せなかった。何でだろ、ボケたのかなー」
「タイヨーちゃん、あにょ、その大量の痣はどうしちゃったにょ?何処の俺様攻めから激しく犯されちゃったにょ?お決まりの言い訳ベスト1、蚊に刺されただけだって言ってみてもイイわょ?」
「痣?」

遠野俊は恥ずかしげに顔を反らしたが、チラチラと盗み見ては顔を覆う。太陽の貧相な体に、夥しい数のキスマークがあったからだ。

オタクは思う。
色素が薄く、あるかないか判らない、空気の様な存在感だった乳首が、ツンツンしていると。

ちょろりと鼻血が吹き出した。
それはもう、ちょろりではない。

「ツンデレー!」
「…はい?」
「大人の階段登るぅ、君はもう、ツンデレラさ!」
「あはは、聞いた事ある歌詞なのに音程が影も形もないってどゆコト。そして選曲が古い」
「ハァハァ、ちょっと前まで陥没気味だったのに、思春期とは残酷なものざます!こんなに尖ってしまうなんて!お母さん悲しいにょ!謝って!」
「ごめんよ、いつからお前さんは俺の乳首の母親になったんだい」

オタクはうっかり口から出してしまい、ハーフパンツを男らしく脱いで水気を絞った太陽から白い目で見られてしまった。心に大ダメージだ。

つまり無傷。


「それにしても、ここ何処?灯りがついても暗いし、何か埃っぽいよねー。そもそも誰か居そうにないし」
「判んないにょ。タイヨーがどさっと落ちてきて真っ暗で、ポストカードがギリギリしてて僕の胃もギリギリしたにょ」
「何でポストカード?」
「ギリギリの戦いだったにょ」

全ては山田太陽オーケストラによる歯軋りが原因だと、哀れ鈍いチキンオタクも演奏者である本人も気付かなかった様だ。

「何にせよ、ろくでもない。悪戯にしては手が込んでるよ、水没させるなんて…」

殺す気か!と、舌打ち混じりに吐き捨てた太陽に、遠野俊は沈黙を貫いた。水没させたのは何を隠そう、この腐った男である。オタクは空気を読む事にした。

ぎりぎりぎっぎっぎー。
俊の空気を読むスキル『エア計』がレベルアップ。残念ながらテニスのスキルは一ミリも上がっていない。未だ未知数だ。

「俊はどうやって連れてこられたの?何か覚えてる?」
「多分、801%の確率で親衛隊の仕業だと思いますん。ハァハァハァハァ…このまま閉じ込められて、厳つい狼から剥がれて揉まれてアレがアレしてアレで、いやァアアア!二葉先生のテクには敵いませんんん」

何でお前さんが白百合のテクを知ってるんだ。
冷めた笑顔の山田太陽は、とうとうツッコミを諦めた。腐ったコイツに聞き出せる事などない。

「8倍の確率って、それ確定だよねー」
「ほらほら、下駄箱に毎日脅迫状が届いてたじゃろィ?オタクはこれが生の制裁じゃないかと眼鏡の下から睨んでるにょ。いつかチワワから虐げられる時が来るに違いないと、入学する前から眼鏡を洗って待ってたのょ!」
「あーうん、そんなもん首を洗って待ってんじゃない。うわ…然しそれって、白百合親衛隊か光王子親衛隊か…大穴で神帝親衛隊も有り得るよねー、ABSOLUTELYは敵だし。どっちにしてもここから出なきゃ」
「ダーリン、オタク眼鏡の底から恐いにょ。下手に動かないで濡れた体を温めましょ、そーしましょ。へっくちゅ!」
「ハニー、だったら俺を撮影しなくていいから服を脱げ。絞ってあげるから」

大人しく濡れた服を脱いだ俊の割れた腹を何となく見つめた太陽は、自分のペラペラな体に目を落とす。痩せているが、筋肉はない。

「うーん、俊、やっぱいい体してるよねー。何で?あんな食べてるのに何で?どんなチート?」
「ニート?そーねィ、腹ペコだからだと思うなりん。何もしてないのにお腹空いてるもの」
「寝てても腹は減るもんだよ。うちの母さんなんか、俺がたまに里帰りしてもワイドショー観ながら花林糖ボリボリやってるから」
「うちのババアはしょっちゅう鶏ガラをボリボリしてるにょ。起きてからぷよぷよしかしてないのに。洗濯機回しただけで干すのは僕だもの。放っといたら掃除機の紙パックも替えないにょ」
「俺なんか帰宅直後に積もる話もないまま『掃除機掛けろ』だよ?掛けたら掛けたで礼の一つもないからねー、あんのオバサン」

ぎゅるるるるるん。
しがない息子同士の母親自慢(?)は、再び爆音を奏でたオタクの腹により中断する事になる。

「ふむ、もしかしたら寝てる間もハァハァしてたのかしら。それ以外には思い当たらないにょ!さっきまでお口の中が餡子味だったけど気の所為なり!だってお腹鳴ったもの」
「凄い音だったねー。ロングブレスダイエットって奴?俺もハァハァしよっかな。案外腐男子って、体力使いそうだし」
「ふぇっくちゅ!…ふむ、親友のタイヨーが風邪引いたら困りますにょ」

眼鏡を怪しく光らせた親友に、平凡は下がり気味の眉をキリッと持ち上げた。が、すぐに下がる。

「俺は平気だけど、親友の俊が風邪引いたら困るよねー。鼻水出てるよ」
「チワワの皆さんには申し訳ないけど、逃げるのも立派な戦術じゃア。オタクを侮るなかれ!」
「良し来た、この借りは後で左席権力をフル行使して晴らすともー!」
「左席権力?なるへそ!了解しましたァ、クロノススクエア・開けゴマっ、帰り道が知りたいにょ!」
『エラー、コード:萌皇帝は削除されました』

はたりと。
動きを止めた二匹は見つめ合い、首を傾げた。

「どゆコト?」
「…さァ?削除されましたって言ってたにょ。オタクの存在感は削除される前から空気より薄いと評判なんですけども」
「存在感はともかく、削除ってそんな馬鹿な事あるかい。クロノスライン・オープン、俺達外に出たいんだけど」
『コード:アクエリアス、サブクロノスを確認。了解、通路の解析を行います』
「ふぇ」
「俺のは使えたけど?」
「イジメなの?とうとう機械からもイジメられちゃうクラスの一流苛められっ子になったんですか?めそん、まるでシンデレラ。ダーマ神殿で腐男子に転職するにょ」
「ダーマ神殿にそんな職業はない」
「でもっ、でもっ、悲しさと共に迸る満足感が否めないのょ!」

クネクネ半裸で悶える黒縁眼鏡に平凡は遠い目をするしかない。喜ぶなと言った所で無駄だからだ。

「そこは否めろ。俊、リストラされたんじゃない?」
「ブリザラ?」
「それは凍らせる呪文だねー」
「サンダラ?」
「あー、あれは痺れるよねー」
「バーニングマンダラ?」
「何で炎だけセーラーマーズやね〜ん」
「「ルネッサーンス!」」

阿呆二匹のハイタッチが華麗に決まった。
決まったが、双方の手が濡れていたので、ベチンと言うしょぼい音だったと記しておこう。

「リストラねー、リストラ。つまりクビになったってコト」
「ヒィ!僕がオタクだから追放されたにょ?!腐男子だからリストラされたにょ?!本当の本当に転職しなきゃならないざます!退職金はBL漫画何冊分の図書券ですか?!」
「この時代に図書券?図書カードじゃなくて?」
「アマ●ンギフト券だと大変喜びますん」
「それは俺も喜びます」

ぐっと親指を立てたオタクに、ゲームはア●ゾンで買う派のゲーマーも親指を立てる。この二人、シリアスな会話が全く続かない病気に掛かっていた。連載開始直後、4話目の出会いからだ。

イッツ不治の病。


「はァ。やれと言ったりいきなり辞めさせたり、オタクを弄ぶなんて酷いにょ。こう見えても僕ってば肉食系腐男子なのょ!鶏肉なら全身余す所なくしゃぶり尽くす超肉食系なんだからァ。メラメラするにょ」
「そこでファイラ。ここが現実でなかったら、中央委員会を燃やしてやったのに…」
「でも良く考えたら僕ってばお仕事した覚えがナッシン。こりゃリストラされても仕方ないざます、てへぺろ☆参ったネ!」
「ってゆーか多分、神帝の嫌がらせだと思うよー。お前さんの偽物用意してたかんな、あんにゃろー。俺に喧嘩売ってるんだよ。あの代役が武蔵野よりずっとレベル高い奴でさ、頭来るったらない」
「何ですって、よりによって僕の偽物じゃとォ?この腐り果てたロークオリティをわざわざ演じるなんて、そやつ中々侮れんにょ」
「自虐的に褒めてる場合かい。ここは怒る所だから」
「さーせん」

マロンカラーの生地にピンクのスライムが跳ねてる太陽のトランクスに目を奪われた腐男子は、眼鏡をくいくい押し上げ、肩を落とす。流石にハイセンス過ぎて俊には理解出来なかったらしい。

「やっぱただの虫刺されなのかしら…」
「はい?何か言った?」
「んーん、気にしないで欲しいのょ」

あれは勝負パンツではないと悟った俊は呟いたが、この世にはこのハイセンスなトランクスに動じない眼鏡も居るのだと知るのは、まだ先の話だ。

「そ?じゃ、行こっか。何か放送でナビしてくれるみたいだから」
「はァい」
「変な奴が邪魔してきたらボコボコにしていい。俺が許す」
「頑張るにょ。僕が死んだら秋葉原に骨を撒いてちょーだい!」
「あはは。負けたらお前さんを黒板消しの様に壁に叩き付けるからねー、シーザーさんよ」
「ハァン!」

どうもわざと手を抜かれそうな気がした太陽は、ジトっと目を細める。

「真面目にしてたら、膝枕してあげてもいい」
「…ふ、この俺をそんなもので従わせるつもりとは笑わせてくれる。あふん、何かァ、アタシお耳が痒いんだけどハニー」
「オッケー、耳掃除も上乗せするよダーリン」
「キャッ腐ー!今の僕は無敵なり!僕の眼鏡が黒い内は誰の好きにもさせないにょ!お任せあれェイ!こう見えて僕、不良さんには負けた事がないんです」
「知ってる知ってる」

山田太陽は遠野俊の操作方法が判ってきた。
飴と鞭がレベルアップ!着々とご主人公の道を歩んでいる様だ。

「所でタイヨーちゃん、今日って何日でしたっけ?新歓祭は明日?明後日?」
「今日は新歓初日。とっくに開会式終わってるよー」
「ぷはーんにょーん!チワワめぇえええ!僕からお祭りを楽しむ権利まで奪うつもりだったなんて許すまじ、その腐り果てた眼鏡に目に物見せてやるわァ!チワワめぇえええ!!!」
「あ、飛んだ。あ、割れた」

此処まで健気にも耐えてきた黒縁眼鏡が、吹き飛んだ。




















「はー、緩やかなだけで結構な坂だったんだわ…」

弾んだ息を整えた人は大きく深呼吸し、等間隔に並んだ黒い石碑の群れを指で数えた。ぽかりと一つだけ空いた所があるが、それ以外は綺麗に並んでいる。

「44、45、46…あれま、本当に46個ある」
「言ったろ?あそこの芝が禿げてる部分に、秀皇…遠野課長の名前があった筈なんだ」
「ふーん。それを例の義兄が叩き割った訳ね。私がドタマ叩き割ってやりたかったわ」
「あはは。…課長が中央委員会会長に就任したのは中等部一年の頃で、記念碑はその時に建てられた」

けれど高等部へ進んだ頃には既に、壊されていた。

「多分、秀隆を捨てなかったからだと思う。秀皇があの人に逆らったのはそれが最初だった。血統書のない野良犬なんか穢らわしいって何回も言われたけど、僕らは逆らい続けたからね…」

記念碑が残っていない所まで近寄って屈んだ夫の背中を見つめ、ぶるんと胸を揺らした人はアーモンド型の目を細める。

「秀皇に秀隆、ね。アンタ、そのワンちゃんのお墓があるって言ってなかった?」
「らしいよ。僕はまだ見てないけど、場所は聞いてる。…本当かどうか判らないけどねー」
「そんなもの、掘ったらいいんだわ」
「は?!」
「ワンちゃんの骨が本当にあったら、信用してもいいって事よ。双子だかクローンだか知らないけど、身内の罪は家族も償わなきゃなんないに決まってんだわ。慰謝料ぶん取って土下座させるべき」
「…」
「そうしなきゃアンタ、いつまで経っても過去から逃げらんないじゃないよ。いつまで経っても『私達を守る為』なんて馬鹿な事ほざいて、自分を蔑ろにしたまんまなんだわ」

何とも現実的な妻の言葉に、男はくしゃりと顔を歪めた。ああ、女とは本当に強い。自分の事ではないのに我が事の様に怒り、反論の余地のない的確なアドバイスを与えてくれる。何の見返りも求めず、まるで、母親の様に。

「じゃ、行くわよ」
「陽子ちゃん、ついてきてくれるの?」
「はぁ?アンタがついてくんのよ、私は場所知らないんだから」

さっさとしなさいと、照れた人は顔を背けながら吐き捨てた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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