帝王院高等学校
今際に躍り狂う道化師の嘲笑
「俊、あーた、いつまで起きてんの?」

風呂上がりにも関わらず色気のない甚平姿の母親が、相変わらずノックもなしにドアを開けた。遠くから聞こえてくるゲームサウンドは、父親が安い発泡酒をお供に奏でているものだろう。

「明日早いんだから早く寝なさいよ。7区のバスターミナルまでは歩くっつってなかった?6時半には出るんでしょ?」
「ん、もう少し読んだら、寝る」
「テンション上げすぎて式の最中に寝ちゃったら、友達出来ないわょ」

にまにま見つめてくる母親が、本棚を勝手に漁った。内心ハラハラしながら、古紙収集に出していない週刊漫画の残りが並ぶだけの一角を横目に、ぐっと拳を握り締める。

「地図見てんの?しっかし、何回見てもでっかい学校ねィ」
「ん」
「あ、そう言えば、お隣の斎藤さんとこの妹さんにお願いしてたんだけどさァ」
「佐々木呉服屋」
「そうそう、和装の斎藤さんとこと違って、あっちは今カジュアル専門でやってらしてねィ。お願いしといたら、あーたの制服の替え、安く縫ってくれるって」

パンフレットに同梱されていた制服の採寸をお願いした呉服屋は、家の隣の呉服屋の跡取り娘の妹で、嫁いだ先がこれまた呉服屋と言う、斬新な家庭だ。ライバル業の様に思えるが傾向がまるで違うので、双方の家の関係は良好だと言う。

「何か知んないけど、制服もタダ、教科書もタダ、入学金も授業料も全部タダなんて、気前のイイ学校ねィ。佐々木さんとこの旦那さんが褒めてたわょ、帝王院に入学するなんて凄いんだって」
「ふーん」
「イチきゅんと同じクラスだとイイわねィ。あーた、中学じゃぼっちだったんでしょ?くぇっくぇっくぇっ、またぼっちになったら慰めてあげるわょ!くぇっくぇっくぇっ」
「それが母親の台詞か」

息子の悲劇を軽やかに笑い飛ばして跳ねる様に出ていった母の腕に、寮へ送り忘れたBL雑誌があった様な気がしたが、止めても無駄だ。
読み更けていたパンフレットへもう一度目を落とし、同じクラスにはならないと、小さく呟く。


「イチは2年生だから会わない。もし会えたら、新しい番号を教えてあげないと」

パンフレットに折り込まれた巨大な敷地マップを見つめたまま、チクチクと縫い続けていた骨付き肉の髪ゴムを、開いたままのガマグチへ放る。

「要、健吾、裕也、…隼人は最後になりそうだ。怒っていそうだな」

緑豊かな、広大な学園。
男ばかりの男子校、明日にはそこへ、足を踏み入れている。

「出来れば会いたくない」

怒っていそうだ。そしてまた、怒らせそうだ。慕っていた男が15歳だと知ったら、皆、居なくなるに決まっている。

「それでも俺は、逃げられない。会いたいと思ってしまう俺は、嫌われても逃げられない」

いつまでも、可愛い犬では駄目なのだ。
いつまでも、嘘ばかりを重ねたら駄目なのだ。
真実が腐敗して消えてしまう前に、積み重ねた嘘を取り除かねばならない。



「…俺の可愛いワンコ達の憂いを取り除いて、」

それは、自分の責任だろう?



「皆が、幸せであります様に。」



欠けた月、
深い夜の静寂で明けるまで、眠らずに。



「…声を潜め、跪け。
 俺は俺以外の誰でもない。これから先も変わらない。約束はただ一つ。



 俺はそれを、忘れたいと思う」










眠れ、
眠れ、

俺はお前には負けない。
けれど恐らく、勝つ事もない。



(首輪を掛けてやろう)
(あの、人を人とも思わない)



眠れ、
眠れ、


これは最初から何一つ変わっていない、ただの喜劇だ。






「月へ祈り、己が過ちを悔いるがイイ」


友達は手足の指の数くらいで良い。
合わせて20本、それ以上抱える器ではない事くらい、知っている。

犬なんか要らない。
大切な大切な仲間を、犬だなんて、酷すぎる。



「歌を歌おう。
 皆が微笑む歌を。
 犬に捧げる子守唄を。


 交響曲第零番、漆黒の鎮魂歌。」



手の懸かる犬は、一人で十分だろう?














通りゃんせ、
通りゃんせ。

此処は何処の細道じゃ、
天神様の細道じゃ。












「ちょいとして下しゃんせ」



















―PIERROT in the dark―












「こんな所に引きもってたんだ?」


















願いは些細なものだった。


初めて本よりも大切なものを見つけて、初めて目を奪われた綺麗な人に、どうしても、近寄ってみたかっただけだ。
一度だけ、一度だけ、と。

「此処は、暑い」

木陰、東から昇り詰めた灼熱のサンフレアは頭上で、世界から影を奪った。

「いつも寝てる」

黒いローブ、フードから微かに覗く白金はまるで夢物語の様に美しく、強い陽光を帯びて黄金色に染まっている。





「今日は起きているのか」
「…何だ貴様」

一度だけ、見間違えた。
黒いフードを被るそれは、同じ顔をしていたがまるで別人で、ただの一度も見た事のない眼差しは蒼く、まるで宝石のよう。

けれどその時は本人なのだと、信じていたのだ。


「棒など持って、王を狙っているのか」
「棒?…違う、これは竹刀。剣道の道具だ。誰かを傷つけるものじゃない」
「剣道?貴様は武士か?」
「もののふ、…そうだな、俺はナイト」
「チェスの駒の様だな。だったら、『ルーク』と呼べ」
「ルーク」

差し出した麦茶を彼は飲まなかった。
風の様に枝を飛び越し消えていく背を見送ったまま、憧れを瞳に讃えて、


「それなら俺は本物の騎士になって、君を迎えに行くよ、ルーク」





蝉が鳴いている。
まだ見ぬ愛しい人を求めて強く、叫んでいる。
















士には何が必要だった?」



体は動かない。
ならば逆に、彼の心は動いていない筈だ。

「馬」
「そう、。将棋とは違う。己の手足の様に動く、有能な駒のこと」

虚ろな眼差しで近付いてくるそれは、友達などではない。初めから、互いに。決して交わらない事を知っていた。

「眠れ。子守唄を歌ってあげる」
「俺の所にれてきた、あの人は何?」
「あの人?」
「知らないりをするんだ、いけない子だね」

首に腕を回し、膝の上に乗り上がる重みに首を傾げる。唇が触れる寸前で囁く声が、鼻先と鼓膜を同時に震わせた。

「してない。川南北斗は計算してなかった」
「気安く俺の寝顔を他人に見せないでよ。犬だって飼い主にみ付くんだって、忘れたのかい」
「判ってる。どうすればイイ?俺以外には手を出さないでくれ」
「他人を踏み台にしてまでせになろうとした癖に、今頃綺麗事を言わないでくれるかい」

ポンジュース飲みたいな、と。
笑う声が鼻先に口付けてきた。然程好きでもない癖に、と。心の声が聞こえたのか否か、指が唇を撫でてくる。

「俺より先にかれた癖に。想定外だよ、あれは手に負えない。俺の二葉を飼い慣らしてるってだけでも、したいくらいなのに」
「…」
らないの?あれを壊したらお前さんは、俺を殺すんだろう?」
「そんな事はしないと、約束した筈だ」
つき。俺よりルークの方が、大事な癖に」

抵抗する気はない。裏切りを彼は、決して許さないからだ。

「騎士になりたかったのに、もうめたの?俺から逃がす為にわざわざ、き放すんだ?大事な癖に、お前さんは愛情深いね」
「…違う。あるべき姿に戻すだけだ」
「騎士になる為に、お前さんは俺へ辿り着いた。酷い王様、皇帝の癖に士になりたがった、魔法使いの成れの果て」

その声の所々に熱を感じる。
狂暴な本能を封じ込める為だけに奪った情熱が、戻りつつあるらしい。何故、今なのか。

「俺は、」
「お前さんのお祖父さんからオレンジを貰ったよ。っぱくて、一舐めしかしなかったけど」
「そうか。…想定外だ」
「他人の幸せなんかどうだっていい。どうしてそこまで固執するんだい?自分がせになってこそ、この世界は極彩色で埋め尽くされるのに」
「シェークスピアはもう、見たくないんだ」
「でも好きだろう?ね、だから俺はお前さんだけは幸せにしたいと思う。シェークスピアみたいな人生を、えてあげるよ」
「太陽」
「何だい、?」
「朝を忘れ、己が欲に溺れたまま眠るがイイ」


へらりと。
虚ろな眼差しの下、唇が笑みを描く。








俺に命令しないでくんない、ご主人様



鷲掴まれた顔が、燃える様に熱かった。

















何処かで何かが、壊れた音がした。



「ヨーヘー、おみゃあ、頼んだたこ焼きは?」
「悪ぃ、さっき初代総長の小林さんが居て、差し入れてきた」
「何ぃ、びっくらこいた。小林総長がござらしたの?どえらい事だがね、俺も挨拶せなあかんだに?」
「おみゃーは標準語喋れる様になってからにしろ、恥ずかしいから」
「350円のお値打ちたこ焼き手渡すのと、女受けがええみゃーみゃー訛っとるの、どっちが恥ずかしいか考えてみぃ」

ほのぼのと語り合う熊とイケメンは、随分ボロボロな姿で掛けてきたヤンキーが目の前ですっ転んだ瞬間、真顔で吹き出した。

「わ、笑ったら悪いでよ。おうじょこいた、太一、そっちは見るな」
「そんな事あらすか。こんなん笑ったったらええんだに、本人の為にも。あおぢだらけで転けてこざらした、わやこいとりゃーすわ」

プゲラプゲラ、注意している弟も吹き出すのを耐えて酷い顔だが、熊はもっと酷かった。酷すぎて見ていた誰もが笑ってしまう程だ。

顔を真っ赤に染めたヤンキーはスヌーピー柄のシャツの埃を払い、キッと周囲を睨んで黙らせる。スヌーピーに気付いたレジスト弟の方が、先に笑みを止め、片手を上げた。

「お前、技術B班の佐野じゃん。何、ソルディオのストーカーはどした?」
「あ?!うっせんだよ平田!…って、テメ、今ソルディオっつったか?!何で知ってんだ!」
「何で?何でって、時の君がカルマの3代目になったんだろ?表向きはともかく、学園中の悪餓鬼共は知ってんじゃね?」
「マジかよ!」

頭を抱えて座り込んだヤンキーに、熊さんが「クラスメート?」と尋ねた。中等部の頃からFクラスの熊さんには、見知らぬ生徒だった様だ。

「佐野だよ佐野、初等部の時に缶蹴りやったりしたろ。佐野電子工業の息子」
「えー?覚えてにゃーよ?おぼこい子は忘れん筈だが、んー、めちゃんこめんこいケンゴには遠く及ばんとしても、中々めんこい。ホテル連れてこ」
「ヒィ!やめさせろ平田!」
「太一、悪さしたら後ろの方々から殺されてまうで?」

顔色の悪い弟が指差す先、陽気な金髪熊さんが目を向ければ、陽気な金髪熊さんが前々から目をつけている蜜柑頭が居た。
然し隣にはいつも通り葱頭と、熊さんの好みではないが別嬪な青頭、健吾には遠く及ばないがそこそこ可愛いでかぶつも居るではないか。

「あれー?皆さんお揃いで俺に会いにござらしたの?ハヤト、ケンゴには敵わんけど、相変わらずどえらいめんこいね。いっぺん抱かれたってちょ」
「死ねばよい。後10cm伸びてからほざけ、ちび熊ー」
「おみゃあ、もうちぃとみゃあ小さかったら日本一めんこい男なんに、育ちすぎやて」
「ハヤト、相変わらずモテんな!(*´Q`*) 結婚式には呼ばなくて良いから!(´`*)」
「殺すぞお、アホ猿。てんめーが嫁いどけー」
「ユーヤ、ハヤトが苛めるの(;ω;`) 仕返ししてくんない?(´;ω;)」
「ハヤト、弱いもの苛めはダセーぜ」
「あは。ごーめんね?」
「(´;ω;`)」

嘘泣きで裕也の尻を蹴った健吾は、熊と目があって素早く隠れた。自分よりずっと小さい、オタク母の背後に、だ。

「チミ、うちのケンゴンにセクハラはやめィ。ケンゴンはユーヤンと番わせるって決まってンのょ!」
「は?」
「はい?!(´ω´;)))」
「邪魔せんといたってちょ。…ん?おみゃあ、女やら?男でにゃあ、女やら?」

持ち前のエロスカウターで見抜いた熊さんに、神崎隼人は痺れた。経験人数は決して少なくない筈だが、「あれえ?」と焦り顔で頭を抱える。何故、皆、判るのか。裸でもないのに。

「何で女が制服着とりゃーすの?貸衣装屋てあったかいな?」
「ふ、これはメイドイン佐々木呉服屋のオーダーメイドょ!息子の着替えを頼んだついでに作って貰った、幻の帝王院高等部女子バージョンコスチューム!」

スカートもあるわょ!
と、ぺたんこな胸を張ったオタク母に、カルマの4匹は感電した。この親にして、あの子あり。

「スカート?何ぃ、ズボン穿いとるがね。やるならとことんやらな」
「どーもすいません」
「で、お姉さん最上階の生徒やね?何部?学園の中は理数と総合だけやったやら?」
「最上階?」
「うちの大学の事っス(´・э・`)」

きょとんと首を傾げたオタク母に、背後に隠れていた健吾が囁いた。

「はい?ちょっとチミ、おばさんが大学生に見えたってか?ギャル?ギャルに見えたってかィ?」
「お?そら見えるけど、何?」
「いやん、お主中々話が判るじゃないかァ!名前なんて言うの?熊さん?」
「平田太一。熊でもゴリラでもええよ」
「これはこれはご丁寧に。遠野俊江ですん、ヨロ」
「ほーか、俊江ちゃんか。痛!」

華麗な回し蹴りで熊を吹き飛ばしたのは、我らが左席会計、予算の為ならカツアゲも辞さない、錦織要である。
ぱちぱちと拍手を送るワンコとオタク母の元、拳の骨をゴキゴキ鳴らしながら熊の顔を片足で踏みつけた男は、目を据わらせて暗い笑みを浮かべたのだ。

「恐れ多くも遠野猊下の母上様に、俊江ちゃんだと?…死んで詫びろ、下等人種が」
「猊下の母?!猊下て、シー…痛!ちょ、待ったってちょ、蘭姫さん!」
「俺をその名で呼ばないで下さい!」

適度に死体と化した熊の上で息を吐いた要は、皆の視線を浴びている事に気付くとネクタイを締め直そうとして、裸ブレザーだった事を思い出した。照れ隠しなのか、隼人の腹に擦れ違いざま重い一撃を与えて、悶えた隼人を余所にオタク母へ頭を下げている。

「我が校の生徒が大変失礼しました。後程生きている事を後悔させますので、お怒りをお鎮め下さい」
「カナメちゃんは裏表激しいのねィ」
「え?」

ショックを受けたらしい要が自問自答を始め、殴られた意味が判らなかった隼人の憤り少しばかり晴れた所で、弾かれた様に顔を上げたババアが辺りを見回す。

「今、悲鳴が聞こえたよーな?」
「ったく、タイヨウ君が何処に居んのか聞こうとしただけで逃げやがって、スヌーピー野郎(´°ω°`) レジスト味方に付けてんじゃねーべ?(´°ω°`)」
「そ、そんなつもりねぇよ!本当に知らなかったんだ!ご主人様がカルマの総長になってたなんて…!」
「あ?オメー、こないだの集会出てなかったのかよ。山田がコスプレしたぜ」
「こないだの集会は提出が遅れてた実技課題があったんだよ!…ご主人様のコスプレなんて…聞いてない…」
「うっわ、ひでぇ。仲間外れにされてたん?(´°ω°`)」
「可哀想だぜ」

エルドラド幹部はFクラスの生徒が大半で、残りのメンバーは他校が多かった。帝王院学園内のエルドラドメンバーはレジストよりも少ない様で、それでもカルマよりは多い。

「エルドラドって今どんくらい居るわけ?φ(・ω・)」
「多分、全部で60ちょいだと思う。総長に聞かなきゃ判んねぇよ」
「カルマは48人だぜ。把握してねーのかよ。オメー、下っ端だな」
「弟熊、レジストは?φ(・ω・)」
「弟熊は勘弁してくれよ高野…。うちは100行かない。毎年減ったり増えたり、そっちもだろ?」
「まーなwカルマは入るだけで大変だしw(*´Q`*) 一昨年まで30人くれーしか居なかったしw」

校舎が見える並木道、寮の庭も見える水路添いは日差しも強く、両親と久し振りに対面した生徒がベンチで話し込んでいたり、こっそり隼人の写真を撮っていたり、西園寺の生徒らが巨大な綿飴を囲んでいたり、長閑だった。
ヤンキー談義で盛り上がっていた健吾と裕也は、会話する気はないが無言で混ざっている隼人の背後を見やり顔を合わせた。

「うにゃ?カナメは?(´°ω°`)」
「そう言や、姉さんも居ねーな」
「あれえ、今まで居たんだけどお」
「二人ならこそこそ顔寄せて、校舎の方向に走ってったぜ?」
「ヤンキー会談、イマイチ花がない」

そこに、今の今まで居なかった眼鏡と、デジタル一眼レフのモニタを面白くなさげに見つめているベージュ色が割り込んだ。
驚きの余り隼人に飛び付いた健吾を、当の隼人は華麗に弾き飛ばし、ヤンキー座りで欠伸を発てた裕也は弾き飛んできた健吾が背中に抱き付いてきても微動だにしない。

「榊の兄貴、綿飴買わされてんのかよ」
「デケーだろユーヤ。凄ぇぞこれ、500円だってよ。安過ぎて笑えんだろ」
「あは。一口ちょーだい」
「寄るなハヤト!テメェの一口は完食だろうが!しっしっ」
「ケチ。老眼でケチとか最悪だよねえ」
「つーか、ホテルみてぇな寮とゲーセンみてぇな部室?行ったけど、本気でファーザーは何処に消えたんだ?」

執拗に綿飴を狙ってくる隼人に、俊用の大盛り辛子まんをカスタードだと言い含めて手渡した雇われサド店長は、喜び勇んで頬張った神崎隼人がパタリと地面に倒れた事にも、それをパシャッと激写した川南北緯にも構わず、食べ飽きた綿飴を健吾へ押し付けた。

「こんなイベントをあの人が逃すとは思えねぇんだが」
「リブラにも部室にも居なかったって、マジ?(´°ω°`) うわ、綿菓子うっまw」
「俺は今日、殿にはいっぺんも会ってねーぜ」

健吾の綿飴を手で千切った裕也は、声無く悶えている隼人の口元へ綿毛を押し付ける。もぐもぐ無抵抗で舐めた隼人は裕也の指まで齧り、不味いと呟いた。

「うえ、ユーヤ固くて不味いんだけどお。死ねばよい」
「勝手に齧っといて逆ギレかよ。濡れ衣感パネェぜ」
「ちょ!隼人君の服で汚い手を拭くんじゃありませんっ」
「あ?テメーの唾液だろうが、どう言う言い分だよ」
「コラコラ、喧嘩すんな。オーナーにチクるぞ、お前ら」

佑壱の拳骨は痛い。
カルマで最も普通と名高い藤倉裕也も、カルマで最も性格が悪いと名高い神崎隼人も、不気味な笑顔で口を閉ざす。


「ヨーヘー、あれ誰?」
「さぁ、年上っぽいけど…あんな人、カルマに居たっけ?」
「何だよ、お前らもカルマの事そんな詳しくねぇんじゃん」

それを見ていたレジスト兄弟とスヌーピーは顔を合わせ、見覚えのない雇われ店長の話で盛り上がる。
三人共、何だかんだでカルマファンらしい。
熊は健吾、その弟は佑壱、スヌーピーは太陽の隠し撮り写真をそれぞれ自慢し合い、最終的にカルマのシーザーは格好良いと言う意見で一致した。

「一年の時、エルドラド入る前さ、助けて貰ったんだよ。購買に頼むと高いから、安い工具を買いに街へ出てた時にティラノの奴らに絡まれてさ」
「ティラノ?ああ、ありゃ本物のチンピラだがね。最近、紅蓮の君に消されたカスやら?」
「おーい、無くなったチームを悪く言うなって。確かにカスだったけどな、俺らの前ではヘコヘコして弱かったし」

熊さんは笑顔で、弟は真顔で、エセ双子は毒舌だ。

「だよな。20人くらい居たのに、嵯峨崎達が来た頃には全部終わってた。マジ格好良かった」
「ヨーヘー、20人相手にタイマン張れ言われたら、兄ちゃん死んでまうよ?」
「タイヘー、お前は光王子に埋められても生きてたから大丈夫じゃね?」
「あん時のシーザーに憧れてカルマに入りたかったけど、試験が…」
「「ああ…」」

カルマの入隊試験は難関、これは有名な話だ。
何が難しいと言えば、暗号めいた『カルメニア』に尽きる。カルマメンバーは総長以下全てのメンバーが、その暗号を把握しているのだ。

「交響曲が一斉攻撃で、夜想曲が奇襲で、後は覚えられなかった。…喧嘩で攻撃指定が100種類あるとか、訳判んねぇだろ?」
「カルマの喧嘩はオーケストラって言われとるでね」
「どんな奴にでも試験受けさせてよぉ、暗号を解読されても構わないんだろうな。知ってても、勝てやしない」
「嵯峨崎時代よりシーザー時代のカルマの方が、圧倒的に強いって言われてんだ。でも思うんだよ、シーザーは強過ぎて、甘過ぎる」

スヌーピーは悔しげに唇を噛む。

「ちょっと前まで暴れてた嵯峨崎にやられてメンバー減ってたエルドラドに拾われて、実の所、俺まだ入ったばっかなんだよ」
「フォンナートはただの阿呆だがね。うちに入ってみぃ、工業科で一番多いのはレジストだで」
「や、でも、ご主人様を狐から守るのは、腐ってた俺の使命なんだ」

そしてスヌーピーは拳を握り、顔を上げた。覚悟を決めた、男の顔だ。

「「狐?」」
「グレイブ総長も勝てるとは思ってない。でも、例え相手が白百合でも、逃げたら駄目なんだ。一度売った喧嘩は取り消さない、それがワラショクスタイル!」
「「ワラショクスタイル?」」
「俺は思う!今のカルマは最強だ!だって白百合を体で落としたご主人様が総長なんだろ?!」

興奮し、大きな声で凄い事を叫んだスヌーピーに、ポカンと目を丸めたカフェカルマの店長の視線が刺さる。

「今の話って山田の事だろ?何だアイツ、そんな面白い事やってんの?」

何とも言えない表情の健吾と裕也を余所に、真顔の神崎隼人は頷いて、呟いた。



あれこそハニートラップ、と。

←いやん(*)(#)ばかん→
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