帝王院高等学校
混沌より浮上せし不浄の漆黒
「この辺りで確認されたのが、昨夜。最終履歴以降、本日は一度も確認されていない…ねぇ」

校舎北西宮裏、雑木林が近く、なだらかな坂を登ると歴代会長記念碑がまるで墓の様に並ぶ、広場がある。その脇、ネットで囲まれたテニスコートとブルペンを備えたバッティング設備、山を一部削り出して整備したゴルフコースが併設されているが、体育科の生徒以外には然程知られていない。

「ノーサからの報告はありましたか?」
「リブラセントラルへ向かうとの報告後は、ありません」
「そうですか」

人手が足りないと小さく愚痴る。
風紀委員会は班長格が進学科の有志であり、体育科や元体育科のCクラス生徒などが大多数で、中等部・高等部、総勢60名程度だった。
その半数を、校舎を中心とした学園主要部へ配置せざるを得ない今、割ける人数はそのまた半分までが関の山だ。人手が足りない所の話ではない。

「次から次へと、良くも悪くも気が休まる暇がない」
「やはり西園寺学園の協力を仰いだ方が宜しいでしょうか?実は、職員の一部からその様な意見が出ていまして…」
「おや、君はわざわざ他校へ我が校の恥を晒せと?」
「そ、その様な事は…。天の君は、西園寺生徒会長の血縁者であらせられます。他意はありません」
「そうでしょうねぇ。然し今は可能な限り穏便に済ませた方が得策です。でなければ、箝口令を敷いた意味がありますかねぇ」

来賓を招いている今、ホスト役である帝王院学園が手を抜く事は当然、許されなかった。こんな時だからこそ問題は起きるものだ。

「いずれにせよ、避けるべき問題は避けねばなりません」
「はい」

万一、誰かが一年帝君に危害でも加えようものなら、悲惨でしかない。山田太陽の怒りは言うに及ばず、普段怒る事などまずないだろう、あの男が。

「アンダーラインが解放されている今、地下だけでも最低で20名を使わざるを得ませんねぇ。どう足掻いても、探索は困難を極めます」
「念の為、先に警備員を含めた職員数名を探索に駆り出しています。極秘裏を優先しておりましたが、上院理事会より一任頂きましたので、追って人数を増加したいと考えています」
「遭難の可能性は確かに否めませんからねぇ。ですが校内を重点的にお願いしますよ。灯台もと暗しと言います。帝君とは言え、監禁されている確率は決して0ではない」
「畏まりました。失礼します、局長」

掛けていく風紀委員を視界の端に、外した眼鏡を胸元から取り出したグロスで磨く。

「ステルシリーライン・オープン」
『コード:ディアブロを確認、おはようございますマスター。本日も大変お美しい』
「ふふ、聞き慣れた賛辞ですねぇ。こちらはもう夕方ですよ。さて、中央の演算は完了しましたか?」
『対象外エリアはティアーズキャノンで62%、アンダーラインで32%、リブラ内モードチェンジ頻発により測定不可能。その他施設を含めた結果、捜索が必要とされるエリアは敷地内平面図の凡そ58%、立体化した場合は64%に満たないものと想定されます』
「おやおや、中央情報部を以てしてもその程度とは。弱りましたねぇ、何日探せば良いものか…。陛下の用命でなければ無視したいものですよ」
『マスター、キング=ノヴァをスコーピオ内部で確認しました。カメラ映像の解析結果を報告します、学園長室内に東雲財閥会長、加賀城財閥会長、叶財閥会長を確認』
「文仁が?おや、それはそれは愉快山の如し」

それはキナ臭い。
磨いた眼鏡を掛け直した二葉が唇へ笑みを刻めば、携えていたタブレットが短く振動した。

「おやおやおや、クライスト卿とシスタークリスがお揃いとは…。流石はスペシャルイベント、サプライズ盛り沢山で微笑ましいものですねぇ」
『嵯峨崎嶺一、嵯峨崎零人、クリスティーナ=グレアムを含めた集団はティアーズキャノン中央エントランス前に捕捉』
「とは言え、イベント前に有給休暇を盛大に消費した勝ち組の私は働かなくてはいけません。帰ったらハニーが難しいお顔で歯軋りなさっている事でしょう」
『おめでとうございます』

冷めた祝福に頷いた二葉はタブレットの待受を満面の笑みで眺めたが、初等科と思われる生徒の修学旅行らしき集合写真だ。小さく小さく、某山田太陽が映っている。
集団旅行で気が滅入っているのか、隣で不機嫌そうな顔をしているクラスメートにビビっているのかは、残念ながら不明だ。

「はぁ。何と愛らしいのでしょう…」
『お気を確かにマスター、我らが特別機動部当局に散々溜め込まれたフィルムには、その様な表現に適した被写体は確認出来ません』
「ハイビスカスのレイで顔が埋ってしまった所など、何度私の息の根を止めたものか…ふぅ」

初等科の修学旅行はほぼ毎年行われるが、5年生で転入してきた太陽は二度しか参加していない。2歳年上の二葉は当時中一で、日本へ帰国する前だった。
その翌年、太陽が6年生の時に行った沖縄旅行の写真は、密かにカメラマンを雇い抜け目なく揃えてある。これはその一枚だ。

「はぁ、ふぅ。こんなに愛らしい子も大人になってしまうんですねぇ。あんなに小さいお口であんな事をされてしまったら、出すものも出ませんよ、ええ」
『…』
「息の根も鼓動も止まりそうでした。いえ、実際止まりました。イメトレは重ねてきたつもりだったんですが、所詮、リアルクオリティには太刀打ち出来ないお粗末さ」

5年生の時の日光東照宮への見学旅行は、学園が雇った臨時のカメラマンが生徒を平等に写したものである為に、太陽が写った写真は少なかった。その数少ない写真が見切れていたり後ろ姿だったり、叶二葉の個人的な怒りが積もるには充分だろう。

『マスター、恐れながら視力を測定させて頂きます。暫く瞬きをせずにお待ち下さい。』
「大河朱雀如きがハニーの隣の座をゲットするとは…ふぅ、もう少し懲らしめておけば良かった。どうせなら片目くらい抉っておけば…」
『マスター、報告を継続しても宜しいでしょうか』
「ええ、構いませんよ」
『数十分前まで行動を共にしていた残り数名はマスターから400メートル離れた、陽ヶ丘に向かう様子を確認しております』

ひのがおか。
呼ばれる事はほぼ無いに等しい、記念碑の眠る場所。運動施設を含めた呼び名は別にあるが、あの記念碑部分だけはそう呼ばれている。
なだらかな丘の頂上、空に最も近い拓けた場所にあるからだ。

「流石に陽ヶ丘に監視カメラはない。テニスコート近辺、直近の映像を展開して下さい」
『了解』
「…おやおや、これはまた、見覚えのある方が居ますねぇ」

懐かしい人を見た。
いつも眉を吊り上げていた、パート帰りにくたくたな姿で迎えに来る、女性。

「紫水の君の趣味には合わないと思いますが…ふふ、これは私自ら赴いて、ご挨拶しなければなりません」
『東雲村崎は第二級警戒対象です。幼少時より軍隊の訓練を、』
「それが何か?」
『…失言でした。お許し下さい、マスターディアブロ』
「ネイキッドで構いませんよ。叶以外であれば、何と呼ばれようが大差ない」

夫婦だろう。
そうだろうとも、傍らの旦那には面識がある。つい最近、記憶したばかりだ。

「暫く呼ぶ事はないと思いますので、移動させた私の部屋周辺を監視していて下さい。あの子が万一目覚めて外に出ようとすれば、一大事ですから」
『了解。リブラ最下層、廃棄物集荷エリアを監視します』

そして、彼女を忘れる筈がない。
母親でなければ有り得ないほど似ているのだ。昔から殆ど変わっていない。あの頃はいつも、パート先の制服を着ていただろうか。





100円のアイスキャンディーで100回。
300円のアイスクリームならばその三分の一。
500円のアイスクレープは気に召さなかったらしい子供は、あの2週間に満たない真夏の公園で、一体幾つの冷菓を舐めただろう。



いつも舌を緑に染めて、泥だらけの手には構いもせず。額で括った前髪が揺れていた。





『やっぱまっちゃが一番、おいしーよねー』
『…年寄り臭ぇ』


一万円分のレシートは、彼の母親が持っている筈だ。

























「今の悲鳴は…?!」
「待てアレク、俺も行、」

慣れないヒールが煉瓦畳に嵌まり込んだのか、クキッと足を取られて転んだ妻に、男は沈黙した。きらびやかな校舎を見上げていた他の面々だけに留まらず、おやつを膝に語らい合っている生徒達や通り掛かった一般客からも痛いほどの視線を感じる。

「…くっ、不覚にも油断した」
「男らしい転び方だったな…怪我はないか?」
「構わないでくれ、私を甘やかすな。…この程度何ともない!」

キリッと整った王子顔を引き締めた妻はナチュラルメイクとは言え大層美人で、胸こそ無いに等しいがワンピースを纏っていた。
それなのに男性のみならず女性からも視線を集め、しかもそれに気付いている癖に毛程も鼻に掛けず、微塵も気にしていない男らしさだ。

他人へのジェラシーと男の矜持が勝てていないジェラシーで板挟みな極道へ、オカマのニヤケ顔が突き刺さる。

「やぁだ、アンタん所って本当に男女逆転夫婦よね〜。見てよクリス、あれが日本の小汚ないオッサンよぉ。加齢臭がプンプン匂ってきて、臭いったらないわね〜♪」
「レイ、君は時々呆れるほど子供だな。そんな所も愛しいよマイローズ、然し今は控えた方が良いな?ゼロが死に掛けているよ」
「おわ!零人、アンタ何よその顔?!アタシより先に死んだら許さないわよっ」
「………勘弁してくれ、頼むから…」

成人しても、オカマが父親なのは恥ずかしい。嵯峨崎零人の本音である。
名の知れたオネェ系コメンテーターとしてお茶の間を恐怖のどん底に突き落としている男は、瀕死の長男にドスドスと近寄ってガシッと抱き締めた。

「不味いわよクリス!アタシの可愛い息子が死んじゃうぅ!駄目よぉ、零人も佑壱も私の可愛いベイビー達!今でもお乳を吸わせてあげたいわ」
「………殺せ…誰か俺を殺せ…」
「すまないがマイローズ、私はアリーを追わせて貰う。女の悲鳴は、私にも聞こえていたんだ」
「えぇ?!待ってよクリス、貴女って本当にフェミニストよね!アタシより知らない女のが大事?!ねぇ、違うって言って!アタシのが大事でしょっ?!」
「レイ」

仕事柄、髪型がしょっちゅう代わる嵯峨崎夫人は神々しいブロンドだが、地毛ではない。地毛も確かに同じ神々しいブロンドではあるが、ミディアムボブのそれは、ウィッグだ。

本来はベリーショート、駆けていった高坂夫人よりも短く、177cmの長身に小さな頭、然し肩幅はあるので、


「寂しければ、これを私だと思って抱いていなさい」

ばさりと。
ヘアピンごと偽物の髪を引き千切った人がサファイアの瞳を眇め囁けば、オカマは金髪を抱いたまま凍り付くしかない。

「や………いやぁ!アタシも行くぅ!置いてかないでぇ、俺も付いてくー!馬鹿馬鹿、クリスの馬鹿ぁ!」
「…」

脛毛一本ないつるつるの太股を、ドレスのスリットから惜しまず晒しながら走り去っていく背を、息子は無言で見送った。
やはり無言で胃の辺りを押さえ、追い掛けようとしない最後の一人へ目を向ける。

「元気で宜しい事です。ねぇ、零人さん」
「…小林さん、アンタ一応親父の秘書だよな?」
「ええ、秘書であり警護であり、リストラされそうな私を拾って下さった嵯峨崎会長の忠実な狗ですとも。ふぅ、工業科の生徒から貰った回転焼きなんですが、中々どうして、うまい」
「いつ貰ったんだよ、それ…」
「つい先程、後輩を見付けまして」

もぐもぐと和菓子を頬張った伊達眼鏡秘書は、とうとうヤンキー座りで煙草を取り出した。此処は喫煙所ではないと言った所で、無駄だろう。

「後輩?」
「昔の話ですよ。いやぁ、若気の至りですかねぇ?毎晩飽きもせず寮から抜け出す素行不良を追い掛けると言う名目で遊び回っていたら、嫉妬に狂った男共に毎晩何故か喧嘩を挑まれまして…」
「つまり女癖が悪すぎたんだろ、不良風紀委員長」
「おや、身も蓋もない」

心配はしていなかったが、電子煙草だったらしい。煙に似た水蒸気が漂う中、良い年をした大人は暑いと呟きネクタイを弛め、

「その内、それこそいつの間にか、舎弟を名乗る奴らが付き纏って来ましてねぇ。苦労したんですよ。それはもう、ヤる事もヤれないくらい」
「俺が言えた立場じゃないとは思うが、小林さん、アンタは最低だわ」
「褒めないで下さいよ零人さん」
「いんや、全く、これっぽっちも褒めちゃいねぇけど」
「それで、その時の足枷共がやはりいつの間にか勝手な名を名乗り始めましてねぇ。丁度その頃、うっかり妊娠させた女性と婚約させられて逃げ回っていたもので、隠れ蓑にはもってこいだったんですが」

最低では足りなかった。
もっとこの男を現すに相応しい言葉はないものかと頭を働かせたが、残念ながら零人には見当たらない。今度佑壱に聞いておくとしよう。

「その名を、レジストと言うんですよ」
「…あ?何ですって?」
「初代総隊長なんてダサい名で呼ばれて、涙がちょろりと出ました。ふわぁ。…眠い」

ABSOLUTELY前総帥はそのまま沈黙を守った。
毎晩学校を抜け出していた癖に再婚するまで童貞だったオカマと、目の前の電子煙草を吹かす伊達眼鏡と、どちらがマシなのか。



答えは闇の中に閉じ込めたままにしようと思う。






















軽快なメロディーが響いた。
一瞬、そちらへ気を削がれた男に握ったままだったスプレーを振り掛ければ、悔しげに身を翻そうとした男の体が傾いでいく。

「君は惜しいねぇ。やっぱりお兄ちゃん、弟よりずっと骨が折れたよ」
「の、やろぉ…」
「ふふ、まぁだ意識があるの?ナイトには効かないんだけど、普通なら一瞬で良い夢を見ている筈なのに。ほら、そっちの水玉君みたいにねぇ」

ざりっと、砂を握る手を見た。

「アキの携帯かな?ふふ、良いタイミングで鳴ってくれたねぇ、有難う」

爪が食い込む様な音が微かに。そんなに悔しいのかと小さく笑って、音が止んだ方向へ顔を向ける。

「勇敢な君に良い事を教えてあげようか?その代わり、此処で起きた事は見なかった事にして欲しい。そうだね、水玉君への言い訳を含めて」
「て、めぇ…」
「二葉にバレたら困るんだ。僕は生きていてはいけない人間なの。ねぇ、協力してくれるなら、君の弟に関する面白い話を教えてあげるよ?西指宿麻飛君」

忌々しげな目が睨み付けてくる。
マットレスで目を閉じたままのもう一人は深い眠りの中、濃い茶の香りに包まれ、寝返りを打つ事もない。

「知りたい?」
「うぜ…」
「何で高坂日向が狙われてるか。君のお友達から聞いているでしょう?真っ白な髪の毛の、東條君。何で知ってるかって?ふふふ、だって、あの時あの子を殺そうとしたのはねぇ、僕だから」

もう、返事をする気力もないらしい。
潰れそうな瞼を必死で持ち上げている男の目線に合わせる為に屈み、砂の上へ腰を下ろした。無数のセンサーを解除しなければ、どの道、出来る事はない。

「二葉の次に可愛い、僕の従弟。あの子が産まれた時はねぇ、凄くちっちゃくて、可愛かったんだよ?だから二葉もきっと、そうだったんだ」

見てはいないけれど。
呟いて、首を傾げた。生意気な紫の双眸がいつの間にか閉じている。

「寝ちゃったの?ふふ、もし起きてるなら、教えてあげる。約束は守ってね」

ふわり、と。
風が肌を撫でた気がした。ただの勘違いだ。

「冬月龍人、神崎隼人の祖父は妻の最期の望みを叶えて子供を作った。僕と同じ、死んだ筈のシリウスには国籍がないから、その娘も同じ。日本人だったシリウスの妻にはあったけれど、死んだ人間が子供を産むなんて…それは可笑しいよ」

窓は閉ざされ、風など吹いていない。何故ならばこの部屋の現在地は寮の地下で、外は蓄積した廃棄物を集荷する場所だ。

「結婚したくても出来なかったんだ。可哀想だねぇ、君のお父さんは別居してる君のお母さんと離婚するつもりだったのに、相手が逃げたんだよ。お腹に赤ちゃんが居る事を隠してね」

こんな所に中央委員会会計の部屋が丸ごと移動しているなどと、誰が考えただろう。見つけた時は笑ったものだ。
お陰様で服から異様な匂いがする。換気ダクトになど入るものではない。

「国籍がない姫様は考えた。世間的に知られれば、籍なんかなくても生活は出来るんじゃないか。籍なんかなくても働けて、有名になれる仕事があるじゃない、か…?」

また、風が肌を掠めた。
可笑しいと顔だけ振り返り、目を見開いた。布団の上で片膝を立てた男が、膝の上に置いた右肘で頬杖を付いている。


静かな眼差しは眠っているかの様に、生気がない。



「…何だ、起きてたんだねぇ、山田太陽君。黙って見てるなんて、見た目だけじゃなく躾も悪いんだ?」
「いいや、起きてはいない。何故なら俺は、俺であって俺ではない」

操り人形の様だ。
瞼は開いている。ぼんやりこちらを見つめたまま呟いたその声はその少年のもので、他の誰でもなかった。

けれど、

「でもお陰で、こうして目は開いた」
「…もしかしてナイトなの?どうして君が…」
「ナイト、それは魔法使いの名前だった。そして俺はただのピエロ」
「酷いやナイト、僕に内緒でアキちゃんに催眠を掛けてたんだね。…判ったよ、君には手は出さないって約束する。今はまだ、ね」
「クロノスライン」

ゆるり、と。
茶の匂い、茶の眼差しに、全身を撫でられた。

「オープン」
『コード:アクエリアス、サブクロノスを確認』
「夜と騎士を入れ替えて、12の時を正しい位置に」
「ねぇ。何をしているの、君」
『了解、………38%、』

部屋の照明が点滅している。
暗くなったり明るくなったり、チカチカする世界で彼は、山田太陽は頬杖を付いたまま。

「うなじをチクチク刺されて、気になった。チクチク、チクチク、時計の音みたいに、ずっと。チクチク、チクチク、ほら…こんな風に、ね」

部屋の床一面に、照明が消える度に浮かび上がる巨大な羅針盤の針が、逆回転しているのを見た。こんなものは見た事がない。


「お喋りな口を縫う様に、チクチク、チクチク」
『88%』

まるで映画の様だ。

『クロノスリバース完了。夜を朝へ、騎士を平民へ、12を21へ。コード:サブクロノスをコード:クロノスへ』
「うん」
『混沌は穢れなき漆黒へ。クロノスダークネスサイド・インスパイア、正常起動。初めましてマスター』
「俺が壊れてる。つまりアレも壊れてる。直す気はないんだろ、仕方ない。だって俺達は互いに魔法を掛けた。自分に自分の催眠は決して効かない」

掌を開いた、太陽の左手が伸ばされた。
独り言の様に無表情で呟き続けた男は眠たげな眼差しで、虚ろに見つめる事をやめはしない。

名前こそ光に祝福されている癖に、眼差しは恐ろしい程に熱を感じさせない、これは誰だ。

「ネジがなくなったんだ。でも仕方ない、だってアレは幸せになった瞬間壊れる様に設定されてる。それは俺が決めた。そして俺は幸せ以外にはなれない魔法を掛けられた。仕方ない。魔法使いは、ハッピーエンドにしか興味がない」
「もしかして…君は」
「俺はねー、喜劇の方が好きなんだよ、ジェネラルフライア」

踊らされていたのか、と。
弾かれた様に立ち上がろうとしたが、体は動かない。





「一時的に『弱点』を解いてくれないかい」
『了解。Open Your Eyes』



どうして気付かなかった。
どうして気付かなかった。
どうして気付かなかった。



けは常に、一人では成立しないのだ。)



帝王院に伝わる『魔法』を使えるのは決して皇子だけではない。どうして気付かなかったのだろう。



(それともこれこそが魔法なのか)






皇子でも、ましてや皇帝でもない。
その名を『皇』。他の名を持たない名無し、ブラックシープ・スケアクロウ、影、闇、夜でさえ存在する、純粋な



(ナイトの対)
(眠ったままの、)
(今尚黒い、太陽)







「お前さんは俺の元に来るにはまだ少し、早いんだよ」


口笛の音が鼓膜を震わせた様な気がしたのは、





































Rising the darkness from chaos.











































『コード:ブラックジャック浮上終了、ダークネスサイドは再度ステルシリーモードに移行します。



 Close our eyes。良い夢を、マスター。』



気の所為では、なかった筈だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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