帝王院高等学校
騒げや叫べ!親睦会二日目表舞台に突入です!
額にじわっと滲む嫌な汗を手の甲で拭えば、はらりと抜け毛が一・二本視界の端を掠めた気がしたが、見なかった事にしよう。

「…諦めたらそこでゲームオーバーだよ俺、信じるんだ。俺は禿げない」
「はあ?なーに、バーコード校長の毛根死ねってゆった?ハゲでも頑張って生きてるのにい、最低だねえ」
「言ってないっ。何てコト言うんだい、お前さんは。校長はあれだよ、ストレスとかあれとかで、ちょいとばかし荒れてるんだよ…」

同情してしまうのも無理はない。気弱そうに加えて胃も弱そうな校長は、真面目な教頭以外聞いてなさそうなしどろもどろとした挨拶を終え、燃え尽きた風体で壇上から降りていったのだ。何やら囁き掛けた二葉にペコペコと頭を下げている姿がまた、哀れすぎる。
それにしても講堂内の殆どの生徒の視線は、やはり中央委員会役員の元に注がれていた。会長以外の目立つ二人、派手な正装の二葉と日向に加えて、佑壱まで揃っているのだから仕方ない。

「あー、頭皮が荒野って事?だいぶ酷いんじゃない?ハゲに恨みでもあんの?アデランスのCMオファー来たら譲ってあげるからあ、鎮まりたーまーえー」
「…もう!そうじゃなくて、高野と藤倉も来ないなー、って思ってたのっ」
「ユーヤはどっかで寝てんじゃなーい?つーかお腹空いたー」

心配している気配も緊張している気配もない隼人に呆れつつ、頼もしいと思う事にした。
開幕し数分が過ぎて、校長を筆頭に来賓挨拶が滞りなく進められていくのを壇上の真下で眺めながら、ざわついている雰囲気に皮膚がひりついている感覚に息を吐く。

「朝ご飯食べてないしい。さっちんめ、イーストにはお弁当作ってあげてんのにさあ、隼人君のお稲荷さん忘れてたとか有り得ないよねえ。…って、アンタ何してんの?猫背すっごいんだけど」
「…聞かないでくれないかい。お子様なお前さんには判らないんだねー」
「うっざ。犯すぞてんめー」
「は、使いもんにならないだろ、どうせ。ふん、色気のない童貞ですいませんね」

掌に『滅』と書いて飲んでみたが気が滅入っただけだったので、無意識で『鬱』と書いて飲んでみた。胃がキリキリと軋む。

「やさぐれたDTってメンドイよねえ、その辺で抜いてきたら?」
「あー…嫌だな、緊張してるかも…」
「何で?」

下品な手つきでニヤニヤしながら空中を擦っている隼人は軽やかにスルーしたものの、心の中がそわそわと落ち着かない。嫌な予感がする時に似た、意味不明な焦燥感だ。

「俊はカイ君と幕内に引っ込んじゃったし、西園寺先行で夕陽も行っちゃったし…さ」
「挨拶すんのは会長だけだろーが。アンタが緊張するってどーゆー事なのよお」
「俊が…何かやらすんじゃないかって…考えただけで、ねー」
「居なかったら居なかったでうっさい癖にい、居たら居たでそれってさあ、その内ストレス死すんじゃない?何、本当はマゾなのー?」
「残念ながら俺はノーマルですー。ちょいと隼人君、胃薬持ってない?」
「隼人様と言え」
「あっそ、持ってないんだねー。使えない男だよ」
「バイアグラに言わせて犯すぞこんにゃろー」

睨まれ怯んだが、すぐに眉間に皺を刻んだ隼人と言えば、おぇっと吐く様に舌を出し、言うに事欠いて、

「…やっぱ無理、想像しただけで色々萎えちゃったー。ごめんねえ、隼人君の事は諦めて欲しいにょー」
「いやいやいや最初から望んでないし、変な想像しないでくんない?こっちも吐きそうなんだけど…うおぇ」
「はっ、眼鏡のひとに穴と言う穴ガタガタにされちゃいました的な余裕?つーかコレに立たせるなんてえ、あの眼鏡め、やりおる」
「あ、穴って?!ささされてないしっ、ほっんと何処まで失礼なんだい!って言うか普通逆だろ!」

声を抑えていたつもりだったが、数人が聞き耳を発てている気配に気付く。『眼鏡のひと』と言う代名詞が白百合に直結するとは思えなかったが、ただでさえ睨まれている立場なので下手に目立ちたくはない。胃がギリギリ軋んでいる様な気がしたのは、気の所為だろうか。

「逆〜?何が逆なのお?」
「だ、だから、その、もしそんな状況になってたら、俺が…もにょもにょ」
「ばっかじゃない」
「はい?確かに21番だけど総合点は40点くらいしか離れてないだろ。これだからモテる男はすぐ人を馬鹿にして…」
「あは、駄目だコイツ、馬鹿だけじゃなく阿呆でしたあ。…あのねえ、どう考えても素直に犯される相手じゃないでしょ、腕力も頭脳も足の長さもアンタ負けてんのよ?オール黒星よー?勝ってんのは眉から前髪の生え際までの距離くらいだしい、」
「あっ、純粋な殺意が芽生えた」
「ま。見た目と中身が反比例してる所は似てるかもねえ」

ぼそりと呟いた隼人の目が、西園寺側に流れる。つられて見やれば、帝王院学園に退けを取らない美形が集まった一帯だけ、別世界の様だ。

「どゆコト?」
「あは、足りない脳味噌で考えなさいよー」
「傷付いた。お前さん可愛い笑顔で俺を馬鹿にしたろ、心が血を流してる。責任取って将来的に俺が禿げたら髪ちょーだい」
「絆創膏要る?」
「さっきのまだ持ってたのね…」

控え室から出た辺りまでは、西園寺学園側も生徒会長が戻ってこないと慌てていたが、多忙な理事長が到着したと聞くや否や急遽、副会長のアシュレイが生徒代表挨拶をする事になった様だ。

「あれ。あそこの脳内お花畑ヤローならあ、喜んで足開いてくれそうだけどさあ」
「お花畑、ねー。またうまいコトを言う…西園寺の理事長さんだろ?色男だったけど、雰囲気は何て言うか、鬱陶しさの増した溝江君みたいだった…」
「金持ちなんか皆そんなもんよ。特に親族経営のボンボン社長とかねえ、ちょーしつこい&ちょー頭ユルい」

中々に男前な西園寺の理事長は西園寺財閥の後継者で、手当たり次第の教師を口説いていたものだ。太陽が目にした数分だけで3人を口説いていた。ついでに擦れ違いざま、隼人の尻を凄い手付きで揉んだのだ。
隼人がキレる隙がない程の、鮮やかなお手並みだったと太陽は素直に感心している。

「でもシノ先生はさー、そんな嫌味なくない?俺、中等部の時からシノ先生は嫌いじゃないんだけど…」
「私服があ、だっさい時点でえ、アウトー」
「はいそれモデル目線、ハードル高過ぎる」

然し珍しくまともなスーツ姿の東雲が現れた瞬間、借りてきた猫の様に大人しく来賓席の先頭に座り、チラチラと視線を送っている。今になって視線に気付いた担任と言えば、見た目だけは男前ホストの美貌にヘラっとした笑みを浮かべ、軽く手を振った。どうやら、二人は知り合いらしい。

「うちって、普段忘れがちだけど…多いね」
「ほんとSクラスでよかったねえ、30人だけ覚えとけばよい訳だしー。マジ工業科だけで300人以上とかむさくて暑苦しいよねえ、体育科なんか見てるだけで臭いしい」
「あ、しおりに書いてある。今年のEクラスは307人?二年生は258人、やっぱ三年になると少ないねー、226人。いつも工業コースが定員オーバーしてる感あるね」
「あは。Fクラスは人数表記してないじゃん。合わせたら一学年300超えてんでしょ、特別専修」

帝王院に比べて生徒数が少ないとは言え、数百人の生徒が来ている。互いの教師らが落ち着きなく連携しながら引率している姿は、見ているだけで気の毒だった。

「松竹梅先輩達って、ああ見えて結構成績いいらしいけど、やっぱ就活してるのかなー?」
「松竹梅?」
「お前さん、せめてカルマのメンバーくらい覚えなよ…」
「あは。お宅も覚えてないでしょーが、そーちょー代理」
「48人だろ?覚えてるけど?」

うっそ。
ポカンと目を見開いた隼人に首を傾げた太陽は、口元にのみ笑みを刻み、

「…言ったろ、記憶力には自信があるんだ。何の為に明太子お握り5個も齧って死にかけたと…あ、そうだ」

動きを止めている隼人の弛いネクタイを掴み、グッと引き寄せる。

「お前さんのお義兄ちゃん、本当はかなり賢いんじゃない?」
「…はあ?何、いきなし」
「んー、ちょいと喧嘩売られて頭突きで黙らせたんだけどさー。わざと手を抜いてるんじゃないかって、思ったんだよねー」
「話が見えぬ」
「あはは、賢い頭で考えたら?」
「…暗っ。仕返しなんて根暗のやる事よお」

二重人格。
ぼそりと呟かれた隼人の台詞に微笑み掛ければ、目を逸らされた。地味に傷付く。

「俺の中でお前さんが一番扱い易い部類に入ってるんだよー、ごめんねごめんねー」
「古いっつーの」
「錦織はガード固いし藤倉はともかく高野は良く判んないしさー、俊に至っては判り合える日が来るのかなー」

一瞬、口を噤んだ様に見えた隼人は然しすぐに表情を戻し、無関心を装ったかの様に首を捻った。

「猿なんか見たまんまでしょーが。ユーヤはまあ、訳判んないけどお」
「そう?俺は判り易いと思うけどねー…あ、白百合様と目があった」

背後で殺気を放った気配がしたが、どうせスヌーピーなので気にしない。会場入りした瞬間からボススヌーピーが付き纏って来ていたが、シカトしろと隼人が真顔で言ったので素直に従っている。

「高野と、あ、俊とイチ先輩かな?それ以外には興味無さそうって感じする」 
「当然。カルマのワンコはあ、デリシャスボス以外に尻尾振んないエリートワンコなのお。追伸、美味しくないボスは一人でシコシコしてろ」
「あはは、神崎はリストラね」
「やだー、上司が横暴だって訴えてやるー」
「えっ、どこに?」
「週刊文春?」

芸能人が恐れるゴシップ界の老舗。
ポカンと目を見開いた太陽を見やりわざとらしく咳払いした隼人は、キョロキョロと壇上の端を見やる。

「あ、ボス。何だあ、普通じゃん。何で左席は衣装ないの?予算ショボいし」
「予算って幾らなの?錦織なら知ってるよね」
「理事会からの書類見てえ、ちょー怖い顔で『餓鬼の小遣いか』ってビリビリにしてたからあ、5000円くらい?」
「庶民愛好会なんか今まで部員居なかったから予算なんか出てなかったけど、それって少ないの?」
「インターハイ常連でバスケ部のお、3年に加賀城昌人って居るでしょ?」
「あ!日本代表に選ばれたんだっけ?加賀城君の従兄弟だよねー」
「遠征費諸々で年に200万くらい出てる筈だけどー?バスケ部の予算とはモチ、別にねえ」
「うわー、知らんかった…」

俊の挨拶は最後らしい。
二葉の挨拶で騒がしいにも程がある盛り上がりを見せた講堂に構わず、顔を近付けて雑談を続けてきたが、日向が壇上に上がるとまた黄色い声。
挨拶など殆ど聞こえやしないし、聞くつもりもなかった。

「うっさいなー、もう。高野と藤倉はやっぱあっちに行ったのかなー、こんな事なら俺も第三講堂に行けば良かった…」
「カナメちゃんから怒鳴られるだけだし、放っときなさいよ。どーせ馬鹿猿の事だからあ、ユーヤのケツ追っ掛けてベタベタ付き纏ってんでしょ」
「へ?逆じゃないの?」

はあ?と、耳を塞ぎながら、目で馬鹿かと言わんばかりに睨め付けてきた隼人を見つめながら、思ったまま口を開こうとして静まり返っている周囲に気付いた。


「「え?」」

隼人と共に顔を向けた壇上には、何故か、あの男が。












憂い姿も素敵、と。
感嘆一色の他学部執行部役員らを一瞥し、幕内から壇上へ足を向けた。何が素敵なものか、類稀なまでに最悪ではないか。

苛立ちを表に現さないのではなく現せない、そんな自分か余りにも哀れだった。
自分の登場で喚き立つ会場は夥しいまでの人のゴミ箱。キャーキャー耳障りな歓声に迎えられ、いつもの愛想笑いを張り付けたまま、恐々窺ってくる川南北斗から受け取ったマイクが、微かにハウリングするのに目を細めた。


全てが苛立たしい。
慣れている筈の歓声も我儘な雇い主の無茶振りに踊らされている現実も、ゴミ箱の中に殆ど埋もれている後輩を瞬時に見つけてしまう己の優秀な視力も、どれを取っても腹立たしい事この上ないではないか。

「堅くなる必要はない。好きにせよ」

早い話が“何かやれ”。
中央委員会を統べる誉高い会長とは思えない発言に、ビビる報道部部長は然し面白半分が窺える表情で、二葉の一挙手一投足を盗み見ていた。何かやれ、と言う曖昧な命令に従うのか、否か。あの叶二葉だ。

「畏まりました、陛下」

こやつ後でどうしてくれよう、そんな事を考えながらもすらすらと役員挨拶を済ませ、にこりとスマイルサービスを果たした二葉に、会場内の八割が悲鳴を上げる。
残りの二割は二葉を恨む不良らの憎しみに満ちた目。憎いが実力行使では負ける、だから睨む、つまりその行為に意味はない。

特にスヌーピーストーカーと化した同級生の茶髪ハーフは、山田太陽から付かず離れずの位置で中指を立てていた。部外者が役員席で何をしているのか、聞くだけ無駄だろう。

笑顔をやめ、唇を薄く開いた二葉が舌先で下唇を舐めると、声なく悶えた会場中が鼻を押さえ屈み込んだ。ご多分に漏れず、ボススヌーピーも、だ。ちょろい。

然し流石、山田太陽には何の効果もなかったらしい。
寧ろ嫌そうな顔で『ばーか』などと呟いているではないか。安い言葉で腹の中の本音を零したとすれば、『食べてしまいたいほど可愛い』だった。確実に引いただろう。それにしても隣に居座る糞餓鬼…否、神崎隼人。

「…顔が近過ぎる」

憎らしい後輩を睨み付けたが、奴は太陽を見つめたままこちらを見ようとはしない。本能的防御だろうか。

然しながら眼鏡のレンズを一枚隔てただけで、悍しい程の殺意を秘めた睨みなどに効果はなかった。
ばたばた倒れ込む者も見られたが、駆け付けた担架で運ばれる者は一人としていない。まだまだ序の口なのだ。スタートダッシュの美形で倒れていては、後悔する事になる。

ギラギラと鈍く光る眼光で二葉と入れ代わりに現れた高坂日向を目にした大半の一般女性客が、迸る悲鳴を轟かせた。これには予想していなかったのか痙き攣った日向が珍しく目を丸め、母性本能を擽られたらしい親衛隊からも爆音が上がる。
可愛らしい生徒ばかりだが、過激派で知られた恐ろしい集団だ。この様に、頬を染めてきゃいきゃい騒いでいるだけなら可愛いものだが。

「…中央委員会52代副会長、進学科三年高坂だ。初となる西園寺、帝王院、両学園の合同親睦会にお越し頂いた全ての方に、まずは御礼申し上げたい」

日向が喋ると、僅かばかり悲鳴じみた爆音は収まった。然しざわめきは引かないまま、所詮形ばかりの挨拶だと注意を促す事もない。必要があれば日向は、皆へ静粛を促すだろう。今はその必要がないと言う事だ。

「何より前例のない試みであり、数々至らぬ節がある事を先にご理解願えれば幸いだ。我が中央委員会以下帝王院学園全校生徒、至らぬながら全身全霊親睦会成功に尽力する宣誓を以て、挨拶とさせて頂く」

盛大な拍手。
然し片手で制した男は何を思ったのかマイクを握ったまま、幕内へ目を向けた。

「引き続き、次期中央委員会会長の紹介をさせて頂く事をご理解願います。生徒には前期末に正式発表を予定していましたが、来賓各位への報告を兼ねて次期を早めた次第、ご了承下さい」

ざわざわと会場内がざわめいた。
ざわめきは主に帝王院学園生徒のものだが、一部西園寺生徒もざわめいている。一晩であらゆる交流を深めた両校の一部生徒は、互いの学園事情を情報交換しあった様だ。
初っぱなから西園寺が誇る麗しきアイスブロンドの会長が不在、続いて帝王院が誇るプラチナブロンドの会長を差し置いて、よもやの次代会長紹介である。
ざわめきは瞬く間に広がり、教職員にまで及んだ。

「第48代中央委員会生徒会長、進学科2年、嵯峨崎佑壱。壇上へ」

日向の目が真っ直ぐに向かう先。
真紅一色の衣を翻し、漆黒の仮面で顔半分の目元を覆った男が一歩ずつマイクへ近づく足音が何故か、響いている。


「…おやおや、見事なものですねぇ、高坂君」

役目を終え席へ戻ってきた日向が着席すると同時に、笑みを零した二葉が囁けば、煩わしげに睨まれた。然しそれも一瞬の事で、すぐに悪友の双眸は壇上へ注がれ、ひたすらに。

『来季中央委員会生徒会長に就任する事を此処に宣言する。異議のある者は今此処で挙手してくれ』

一切の感情を殺したか如く静かな眼差しで。
神に最も近い一人の子供を、真っ直ぐ見つめていたのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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