帝王院高等学校
真っ向から対峙したもん勝ち!
隠れるつもりはない。
見つかるつもりもない。

初めから全てが定められた轍の上。逸れる事など決して有り得ない、永き道の最中にある。



「レッドスクリプト」



穢れのない白亜の壁に刻んだ文字は赤く、紅く。





儚い夢を、僅かに色付けたのだ。
















男とは何処まで愚かな生き物だ。そう、一度は考えた事がないか。
脳に送られる血液以上に、肉茎へ送られる血液が多い。故に起こす然程遠くない失態に気付いていれば、過ちに手を染める事などなかった。


女は内側の感情を化粧に隠し誘惑する。
男は敷かれた罠に気付かぬまま、操り人形の様に、全ては後の祭り。


敷いた罠はいつしか己の首を絞める。
予感していた事だ。罪は必ず返ってくる。音もなく、気配もなく、気を許したその刹那、愚かな雄の喉を喰らうのだ。





昨日、犯した罪が今日、喉を掻き喰らい。
明日は既にこの世のものではなく、土へと還るばかり。



魂は何処へ辿り着くと言う。












「久しい顔を見た」

顔に「げ」っと一瞬たりとも匂わせなかっただけ、自分を誉めてやりたい。背に走った悪寒じみた気配に耐えつつ振り返った先、気色悪い程に整った顔があった。

どっちだ?
などと言う疑問は、毛程も悟らせない。

「これは、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。叶桔梗が次男、文仁にございます、陛下」
「何だと、そなたセカンドではないのか」

何処から取り出したのか、エノコログサをふさふさ揺らした男は首を傾げた。鼻先に当たる猫じゃらしにイラっとしたが、顔には出さない。兄弟一の短気と亡き母が笑ったが、過去の話だ。

「良く似ているが、そなたは母親似か」
「お戯れを…」
「駿河の元へ案内して貰えるか、叶文仁」

喉が鳴ってしまったのは、我ながら失態としか言えない。どうしたものかフル回転で頭を回したが、

「警戒する必要はない。そなたが私を悪と判断せし時は、躊躇いなく狩るが良い」

相手の頭脳には欠片ほども、敵わなかっただけだ。供もなく一人である男の申し出を、断る選択肢はない。兄へ聞くだけ無駄だろう。呆れられるだけだ。

「…畏まりました」

つくづく感心する。
三歳まで仏壇の前で何度も何度も泣いていた泣き虫が、こんな化物だらけの場所で生活しているのだから、不思議でならなかった。


キングかルークか。
残念ながら、見た目だけでは判断は付かない。こんな事なら馬鹿娘のどちらか、または先程軽々しく逃がしてやった弟を連れておくべきだった、などと嘆いても今更だ。


キングかルークか。
どちらにしても、分が悪いのは変わらない。













「待たせたか、ゼロ」

人混みに紛れた鍔の広い白い帽子は、自棄に輝いて見えた。陽光を遮り僅かに影になった顔、きらきらと煌めく金糸が眩しい。

「…いや。あー、何だ、遠路はるばる、ようこそ」
「ふふ、何を他人行儀な事を。ロケーションが終われば、私が帰る場所はこの国だ」

疑う余地はない。
兄弟揃って父親似の顔形だが、その雑じり気のないブロンドを見ればそれが本当の母親である事は、いやが上にも思い知らされる。
実家にはそれほど戻っていない。この人が居ない時ばかり狙った様に帰宅しては、父親からいい加減にしろと嗜められるばかりだ。

「そう、ですね。じゃ、佑壱の所に案内するんで」
「どうやら、私は歓迎されていないらしい」

くすりと。小さく笑った口元を認め、曖昧に首を振った。嫌ってはいない。父親の不甲斐なさを呪った事はあるが、この人は被害者だ。判っている。
亡き母の望みで産まれた自分は、愛されてきた。母からも父からも、恐らく、この人からも。

「気を遣うな馬鹿者。子供が何を悩んでいるのか、可笑しい男だな」
「子供って…14しか離れてねぇだろ」
「難しく考えず、お前には親が三人居ると思えば良い」

風が強いな、と。
微笑みながら帽子を外した人を見た周囲が、俄にざわめいた。無理もない、ハリウッド常連女優がこんな所に居れば、騒ぎたくもなるだろう。

「そんな気楽な…。いや、そうか、じゃ、そうするわ。いつまでも餓鬼臭ぇ息子で悪かったな、母ちゃん」
「何、ファーストに比べれば可愛いものだ」
「は…まぁ、確かに…」
「あれはお前を嫌っている訳ではないんだ。私はともかくレイの事も、内心はいとおしく思っている」

サイン良いですか、と、ミーハーな保護者が声を掛けてきた。庇う様に身を乗り出したが、サインに快諾した人は笑顔で流暢な文字を書き、朗らかに握手に答える。何とも気さくな事だ。

「アンタ…プロダクションの規約とか、大丈夫なのか?」
「ふ、ラスベガスに拠点を置く我が社は、嵯峨崎所有だぞ。問題はない」
「マジかよ、いつからンな手堅くやってんだ!」
「あちらでは税金などあってない様なものだからな。節税対策と言う大人の知恵だ、日本では私の名が役に立たないだろう?」
「…悪」
「誉め言葉か?ふ、不細工な顔をする」

鼻を細い指でつままれた。
細い指の割りにかなり痛いと顔を顰め、逃げる様にたたらを踏みながら後退る。

「そろそろ式典か」
「あ、ああ。大講堂の方が良いだろ?佑壱もルークも挨拶で上がる」
「何だ、敷地内のモニターで実況放送はないのか?」
「あるけど…良いのかよ?」
「何、ライブも生放送も同じ様なものだ。それよりゼロ、私は屋台と言うものに興味がある。いか焼き、林檎飴、…どうだゼロ、食べたいものがあれば買ってやるぞ」
「…あのさ、俺を幾つだと思ってんの?」
「私は永遠の26歳らしいが?」

12歳は無理がある。
顔にそう不満と呆れを浮かべれば、揶揄めいた笑みを滲ませ、正門前に雄大に広がる広場をずんずん進んでいく背を追った。
嫌いなのではない。苦手なだけだ。こんな同世代にしか見えない女を、母として見ろと言うだけハードルが高過ぎる。

「勝手に歩き回んなって!」
「レイは午後に来るそうだ。それまでエスコートしてくれ、マイローズ」
「ぶ!」
「何だ、その不細工な顔は」

息子をローズなどと良く言えたものだ。
だから苦手なんだと言う言葉は呑み込んだ。控え目な笑みを浮かべた美女は、そわそわと落ち着かない様子であちらこちらに忙しなく目を向け、今にも走り出しそうな気配を漂わせている。

「ああ、これがハイスクールガーデンか。青少年だけの学舎とは…けしからんな、女を排除するなど今の時勢に合わんだろうに」
「今は男が襲われる時代なんだよ。エスコートされたいなら勝手に歩き回んな、頼むから…」
「ふ、私に手を出す勇気のある者など、そうは居らんよゼロ。永久の26歳とは言え、中身は40歳前のおばさんだ…ゼロ、あれは何の店だ?あの暖簾には何と書いてある?…たこ焼きだな。ニューヨークで食べて以来だ、間違いない、鰹節の香りだ」
「ちょ、」
「すまん少年、私は日本語が読めないのだがこの店はたこ焼きだろう?何だと、お好み焼きだと?二つ頂こう」

止められない。
と言うより話を聞いていない。
完全に佑壱の母親だと呆れたが、人見知りしない所と緊張と言う言葉を知らない所は全く違う。逆にたちが悪いとしか言えなかった。

「マジェ…烈火の君、そろそろ式典が始まるっスよ?」

見覚えがあるとは思っていたが、3年の学年章を付けた作業着の店主は、制服姿ではない。

「お前こそ着替える時間ねぇぞ?」
「自分は良いんスよ、2回留年したけど無事去年卒業したんで。これ昔の引っ張り出してきた奴です」
「んだよ、最上階に進んだのか?」
「っス!2区の工業キャンパス通ってます。後輩と元担任にに頼まれまして…何人か潜ってますよ、マジェスティ」
「マジか」

思い出した、一つ下の後輩だ。
見覚えがあるとは思っていたが、成程、卒業生は明日から開放だとばかり思っていただけに、驚いた。

「…んな事より流石ですねマジェスティ、今回の連れも有り得ねぇ美人じゃないっスか!何処でナンパしてくるんですか?」
「馬鹿野郎、この人は………母親だっつーの」
「はぁ?ハハオヤ?ハハオヤって…何スか?」
「私の話か?私はゼロの母だよ少年、マザーだ。ゼロの目とファーストの鼻は私に似たんだ。そっくりだろう?」

目を見開いて時を止めた後輩に罪はない。
たこ焼きが焼けていく様子をそわそわしながら待っている人は、帽子を被ったり脱いだり落ち着きなく動きまくり、焦げているのではないか?こっちはタコが小さいぞ?などと余りにも煩かった。

「少年、これは香ばしい醤油の匂いなのか?焦げている訳ではないのか?すまんな、私はファーストと違い炊事が出来ず、ゼロと違って裁縫も出来ず、レイと違って掃除洗濯をしないので違いが判らない」
「…混乱させて悪いな、とりあえず黙らせる為に焼き置きでも何でも構わねぇから一つくれ」
「二つだ、ゼロ。お前も食べたいだろう?それとも半分ずつするか?それならふーふーしてやる。猫舌だったろう、お前は」

いつの話だ!
と怒鳴る前に、顔を真っ赤に染めた屋台店主が機敏に焼き上がったたこ焼きをパック詰めし、鰹節&青海苔3倍(推定)、マヨネーズはボトルごと袋に放り、

「お代は要りません!あざっすお姉さん!」
「そうか?相変わらずジャパニーズは優しいな、愛しているよ」
「こ…光栄っ、でっ、すっ!」

前屈みに倒れた後輩を冷めた目で見据えたまま足で蹴り飛ばした零人を余所に、大聖堂の鐘に良く似たベルが鳴る。式典の始まりを知らせる鐘、ざわめいていた人気はまばらだった。

「本当に、良いのか?」
「行きたいのか?心配せずとも、式典の内容は録画しているだろう、対外実働部が」
「…おいおい、迂闊だぞ」
「気にするな、近くに我が家の手の者は居ない。私の来日は、兄上の許可を得たものだ」

ああ、苦手だ。
本当に、何処までも苦手だ。


「つーか…本気なのかよ、アンタ」
「何がだ?」

およそ世俗など何も知らない様な顔で、躊躇なく焼きたてのたこ焼きなど頬張る光景から目を逸らし、花壇の縁に腰掛ける人の爪先を見た。艶やかな黒のパンプスから伸びる細い足首、白い肌、ダークサファイアの瞳、光に満ちたブロンド。
何も彼も、キングに瓜二つ。まるでクローンの様だと。考えた事がある。

「ああ、あれか。ステルスのハイジャック」
「っ、おいぃ…」
「ふ、知られたら知られた時だ。グレアムが長子後継だったのは、一世紀前までの話。我が父レヴィ=グレアムは、事実グレアムの末子だった」

あちらこちらに設置されたモニタにはまだ、何も映し出されてはいない。ちらほらと見える一般客向けの屋台、配備された案内役の生徒らが幾らか、とても静かだ。

「ファーストは逃げた。だが先に逃げ出したのは私だ。親友を二人も失って、自分だけが幸せになろうとは、図々しいにも程がある」

喉が乾いた、と。
にっこり笑った唇、マヨネーズと残り1パックのたこ焼きが入った袋を押し付けられた。

「然しレイの若い頃にそっくりだ。どうだ、恋人の一人や二人居るんだろう?いつ紹介してくれるんだ」
「そんなもん居ない」
「ふん?然しお前、名古屋でホテルに子供を連れ込んだのだろう?」

もう一度言う、やはり苦手だ。
どうやら兄弟揃って父親似なのだろうと痛感した所で余りにも今更だった。

「黙秘権を行使する。喉が乾いたんじゃなかったのか?」
「まぁ良い。それより、アシュレイの次男が留学しているだろう?あれもハリウッドで子役から業界に携わっていた男だが、お前はもう会ったか?」
「あ?ああ、スキップだったか、最上階…此処の大学に居る。下の街のマンションで暮らしてる」
「あれは長男を追って来たらしいな。昔からとんでもないブラコンで、3年前に問題を起こした為に1年間監禁されていたんだ」
「問題?弟の方は…ロディア=アラベスク=アシュレイだっけな」
「兄のルーイン=アラベスク=アシュレイ相手にマウントを取った様だ」
「はぁ?!」
「つまりファーストがお前を押し倒した様なものだな。未遂だったと聞いたが。監禁されていた間に兄のルーインは日本へ留学、落ち着いたかに見えた。然しこの有様だ。愛は冷める所か燃え上がり、…最早執念だな。家長に自分を絶縁しろと脅している」

縁が切れれば他人だ。今度こそ口説こうが犯そうが倫理的に問題はない、と言った所だろうか。日本では考えられない。

「マジかよ、ロイは西園寺に通ってたろうが、来てんぞ今回…」
「だろうな。双子の父親は兄上の従者だ。ネルヴァ卿も一目置くステワードで、今頃気が気でないだろうに」
「…」
「他人の七難は楽しめ、ゼロ。今回は愛らしいSPを連れてきているんだ」
「楽しめ…っつってもな」

頭を抱えながら苦笑すれば、ぽんと肩を叩かれた。後ろには誰も居ない筈だと弾かれた様に振り返れば、ブスくれた表情の茶髪が立っている。

「…何だ?まさかこれがSP?」
「見覚えがあるだろう。文仁の娘だ」
「は?」
「叶鱗」

ボソッと吐き捨てられた声は、男のものにしては高過ぎた。然しどう見ても男物のパーカーとジーンズ、無地のキャップを被った見た目は少年だ。

「叶…?ああ、小林さん所の姪だな?前見た時はもっとこう、うぜぇくらいケバい餓鬼だった…痛!何しやがる糞餓鬼!」
「うっさいわね!誰がうざい餓鬼よ!アンタなんかこっちからお断りだっつーの!ヤリチン!」
「っ、テメェ、誰がヤリチンだコラァ!」
「はっ!顔は似てても中身はてんで子供じゃない、馬っ鹿じゃない?佑壱様を汚す様な真似したら殺すわよ」
「んだと?!」
「こらこら、やめろゼロ。女性に手を上げるものじゃない」

相手が悪いぞ、と。
呑気に宣いながら、いつの間にか自動販売機でドリンクを買ったらしい人は、プシュッとプルタブを引いた。

「リン。ファーストはセカンドの近くに居る。近付きたくないだろう?」
「…判っています。何処からだろうと、姿を見れるなら構いません」
「ふふ。どうだゼロ、愛らしいだろう?リンはファーストに恋をしているそうだ」
「…………ああ?冗談だろ、俺の佑壱にンな小便臭い餓鬼は要らねぇ」
「何ですって!いつ佑壱様がアンタのものになったのよ!」
「ずっと前からだボケ!弟なんざ産まれた瞬間から兄貴のもんなんだよ!ぽっと出の餓鬼は糞して寝てろ!」

火花散る睨み合いは式典が始まるまで続き、二つ目のたこ焼きを優雅に頬張った人が腹を撫でながら今度はわた飴に目を奪われても、佑壱争奪戦は終わらなかった。

寧ろ始まったばかりである。










「何か嫌な予感がする…」
「何かゆった?」
「や、何でもない」

太陽が隣の隼人に首を振った瞬間、何処か覇気のない佑壱が日向と共にやって来た。挨拶の声を掛けたが、頷いてくれた日向はともかく、佑壱からの返事はない。
ふん、と鼻を鳴らした隼人がテーブル下の天盤を膝で蹴り付けたが、驚いたのは太陽だけだ。何せ左席委員会席には、未だに二人しか居ない。

「ね、俊はまだかな」
「さっきメールしたけど返事ない」
「錦織は第三講堂に居るんだろ?高野と藤倉はともかく、俊は居ないと不味いよねー」
「今Twitterで拡散した」
「電話しろよ」
「はっ、番号知らないんですけどー?」

ぱちくり。
瞬いた太陽に、垂れ目を細めた隼人は冷めた眼差しを注ぎ、

「だからゆってんでしょ、お前、何?ってさあ。何なのほんとに、有り得ないんだけど。俺らはねえ、ケンゴもユーヤも、カナメですらボスのケー番なんか知らない訳よ。メアドも知らない奴なんかザラよ、ザラ。それがアンタ、いきなし親友?メル友?毎晩電話してます?何なのそれ、どんなチートコードだっつーの」

面白くなさげな横顔を暫し眺めて、太陽は顔を伏せた。悪気などないし、勿論、悪い事をしたとも思っていない。けれど何とも言えない罪悪感だけは、そこはかとなく。

「えっと、ごめん」
「むっかつく。何を謝ってんですかー」
「判んない。けど、ごめん。…あれ?やっぱ謝る必要ない気がしてきた、取り消す。神崎こそ何なの、さっきイチ先輩見て『げ』みたいな顔したろ」
「してませんー」
「や、したし。絶対したし」

会長不在。
何の会話をしているのか、居なくなった西園寺会長に代わり二葉と日向と何やら打ち合わせているのは、憎たらしい弟と、胃が弱そうな金髪。
全身が外国人です!と知らせている西園寺副会長と見た目で引けを取らない帝王院副会長の日向は、こうして見ると、顔立ちは日本人だ。けれど不良っぽくは見えない。制服姿もスーツにしか見えない、紳士だった。

中央委員会席に一人で腰掛けている佑壱は、携帯を開いたり閉じたり忙しなく、けれど表情は冴えない。幾つついているのか判らないストラップ、キラキラ光るデコレーションのストーン、隼人がそっぽ向くのでついつい佑壱を見つめていると、顔を上げた彼と目があった。
驚いたらしく少しばかり目を瞠った佑壱は、然しすぐにまた顔を伏せる。ムカっと眉を寄せた太陽が膝で天盤を蹴ってみたが、隼人程の音は発たなかった。何か当たった、そんな程度だ。益々ムカっとくる。

「クロノスライン・オープン、コード:俺からうろついてる会長まで繋げて下さい」
『自動補正、コード:アクエリアスを確認。コード:萌皇帝はセキュリティ発動中です』
「どうにかして」
『命令を遂行出来ません』
「会長不在で式典が出来るか!」

どんっと、テーブルを叩きつけて立ち上がった瞬間、部屋の中は沈黙した。久し振りに驚いて顔が崩れている双子の弟を意味もなく睨んだまま、

「…あー、苛々する。牛の糞を誰彼構わず投げ付けたい、そんな気分だねー」

何故か日向が痙き攣った様な気がしたが、過去最高に目が据わっている太陽は何か閃いたとばかりにパンっと柏手を打ち、へらっと崩れた笑みを浮かべた。二葉が無意識で眼鏡を押し上げたが、誰も気づかない。

「クロノスライン・オープンしてる?コード:俺からコード:アリエスに繋いでくんない?」
『了解。………70%、』

ガチャリと。
ドアが開いたのと同時に、山田太陽は晴れやかな笑みを浮かべる。至近距離で目撃した神崎隼人は背中に這ったあの悍しい感覚を、恐らく生涯忘れないだろう。

「待ってたよ、庶務」
『待ってたよ、庶務』

日向よりも、生粋の外国人よりもまだきらびやかな、銀の髪。艶やかな銀の仮面で顔の全てを覆った長身から、太陽の声が反響してくる。

「間違えた、神帝陛下。こんにちは」
「健勝で何よりだ、一年Sクラス山田太陽」
「元気ですとも、三年Sクラス帝王院神威。お前さんに頼みがあるんだよ、左席委員会副会長としてねー。聞いてくれるかい」

部屋は嫌に静まり返っていた。
佑壱は勿論、日向すら目を見開いたまま声もなく、二葉は明らかに無意識で太陽の元まで近付いて、我に返った。

「…陛下、子供の言う事です。真に受ける事のないよう」
「構わんセカンド、下がれ」
「然し、」
「俊が式典に来なかったらお前さんの所為だ。責任を取れ」

恐らく学園の全ての生徒の中で唯一。
堂々と、欠片も怯まず、寧ろ挑む様に。真っ直ぐ目を合わせてそう宣える男など、彼の他には居なかっただろう。

「ほう、責任か。良いだろう、そなたは何を望む」
「会長代理で挨拶しろ。挨拶文は俺が考える。ああ、中央委員会の挨拶はそっちで考えてよ」
「相も変わらず、異な事を言う男よ。私は中央委員会会長ではあるが、左席委員会には何ら関わりのない人間だ」
「あっそ!」

ポケットから取り出した携帯を素早く投げつけた。
想定通り避けられたが、思惑通り、ムカっ腹の立つキザな仮面は弾かれ、カラカラと床を跳ねる。

「あれー?変だなー、庶務にそっくりだ。三年Sクラス帝王院神威、や、一年SクラスBK灰皇院。どっちが本物なんてこの際どうでもいい。三年の先輩にはとてもとても頼めないけど、お前さんなら頼み易いよ。帝君とか関係ない、クラスメートだもんねー、カイ庶務」
「成程、勇ましくも強かな」
「まーね?伊達にこの一ヶ月、副会長やってないからさー」
「良いだろう。但し開会挨拶のみだ」
「オッケー、話が判る!ありがと、陛下!」

堂々と陛下呼ばわりしながら落ちた仮面を拾った太陽は、呆然としている佑壱の前に仮面を置き、にっこりと微笑んだ。神帝に対して真っ直ぐ目を合わせたまま物言いをする程の勇気は流石になかったので、神威の背後に見えた佑壱を見つめていたのだ。

「イチ先輩、これ人質なんで預かって貰っていいですか。俊…左席会長の代理にこんなもん付けさせられないんで、宜しくお願いします」
「お、おい」
「じゃっ、中央委員会の皆さん。暫くこの人お借りしますねー」

開き直ってもまだ神威を直視出来ない太陽は、椅子に座ったまま腰を抜かしている隼人の隣に神威を座らせ、挟み込む様にそのまた隣に腰掛けた。


「失礼しまーす☆」

だが然し、再び開いたドアの向こうから、見慣れた黒縁眼鏡がボサボサの黒髪をそのままに跳ねる様に入室してくるなり、左席委員会席の三人は動きを止めたのだ。

「あらん?皆様ご機嫌よう、僕のお席は何処ですかっ?空いてる椅子に座り放題?」

どかっと佑壱の隣に座ったそれは、間違いなく俊だ。声も、体格も、仕草までも、余す所なく。

「え…俊?そっちは中央委員会だよー、こっち!こっち!」
「あらん?間違えました。ごめんあそばせ」

佑壱に頭を下げて椅子から立ち上がり、太陽から手招かれるまま席へと近付いた黒縁眼鏡が、ギラッと光る。

「えっと、タイヨーちゃん、カイちゃん、隼人ちゃん。お席が満員ざます。うーん、ま、いっか。僕はお膝に座らせて貰いますん、よっこいしょーいち!」

どすっと神威の膝の上に座ったオタクは太陽に向かって親指を立て、分厚い眼鏡の下、唇を吊り上げた。

「親友は隣同士に座ってこそ、真の友ざます」
「…えっと、俊?何かまたキャラが変だよ?」
「ほぇ?」
「あ、や、いい、けど。そんな事よりほんとにそこでいい、の?新しい椅子、持ってくる、けど」
「ちょっと固いけどイイです。はいはい、それでは楽しい式典の打ち合わせをしましょ」

隼人と目があった。
佑壱の目線は真っ直ぐ俊に注がれており、当の俊は、くるんと後に首を回し、式典のしおりを広げ、神威に話し掛けている。

「11時25分から理事・役員挨拶、あんまり長いと嫌がられるからん、一人1分ずつくらいがイイと思わない?うふん」

真っ直ぐ。
この至近距離で、けれど真っ直ぐ。中央委員会会長を見つめられる人間など、だから一人しか居なかった。


日向も、二葉ですら疑っていない。
けれど佑壱の目はじっと、射抜く様に、真っ直ぐに。

←いやん(*)(#)ばかん→
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