帝王院高等学校
ハラハラ波乱のダイジェスト
「俊江…コホン。トシさん。何故またそんな衣装を…?」

珍しく辺りを警戒しながら声を潜めた錦織要は、内心ばっくばくだった。喉から心臓と肝臓が飛び出しそうな程ばっくばくだった。

「一度でイイから生の男子校が見たかったのょ」
「ああ、その気持ちは俺にも判りますが…」
「ちょっと前にドラマがあったでしょん?女の子がイケメンだらけの男子校に通う奴。あんな学校あるわけないわって思ってたんだけど、舐めてたざます。イケメンばっか!最近の子は綺麗な顔してるわねィ、足も長いし背も高い…ハァハァ」

駄目だ、この母子そっくりだ。
要が若干遠い目をした事には誰も気付いていない。

ちらりと帝君席を見やれば、どう見ても俊には見えないロークオリティーな帝君が居るが、溝江と楽しく新歓祭のしおりを読んでいるので心配はない。いざとなったら左席委員会の名を出せば何とでもなる、と、要は諦めた。
そんな事よりも今は、以前、街中で会った事のある俊の母親を如何にして持て成すか。それが肝心だ。

「総長…猊下は第一大講堂に向かわれる筈です。お会いになられるなら案内しますが、どうされますか?」
「そのゲーカって馬鹿息子の事?むふん、何が悲しくて息子の顔見なきゃなんねェの。俺そっくりで目付き悪ィわ、モテないわ、気付いた時には不登校だわ、深夜に盗んだ親の目で抜け出すわ、勝手に総長なんかやってた時には狩ってやろうかと思ったけど、」
「狩っ?!」
「ま、今は友達も居るみたいだし、心配なんかしてない。性格はともかく、面倒臭がらずに仲良くしてやってね、カナメちゃん」

きつい目付きを和らげ、ふわりと笑った人に頬を染めた要は素直に頷き、拳を握り締める。

「任せて、下さい。命に代えても必ず、猊下をお守りします」
「大丈夫大丈夫、俺の子ですょ?無人島でも生きてけるんじゃない?何でも食べるし」

確かに、と。
神妙に頷いた要が何やら考え込み、少年に紛れたババアはデジカメを光らせながら一年Sクラスに溶け込んだ。基本的に世間知らずしか居ないSクラスに、疑う者は居ないらしい。

「あれ?溝江君、戻ってたんだね。宰庄司君はまだ来てないのかな?」
「おや、野上クラス委員長。無事で何よりなのさ。時の君は?」
「寮で別れたんだ。僕、眼鏡が壊れちゃってね。あ、これはスペアなんだけど」
「それは大変だったのさ。僕も眼鏡をなくしてしまってね、大講堂の警護に紛れるつもりだったのだけど、諦めたのさ。天の君親衛隊を名乗る者として、太縁眼鏡は欠かせないからね」

眼鏡談義に花を咲かせる二人をデジカメに収めたおばさんは、どちらが右側か考えた。身長は二人とも同じくらい、要よりやや低い。
片や育ちの良さそうな貴族風イケメンで、さらっさらの茶髪は天然の様だ。片や人の良さそうな学生は、地味な眼鏡が良く似合う、インテリ系だった。線が細く男前とは言えないものの、スラッとしていてババア的に得点は高め。どちらがどちらでも、大変ハァハァする。

「イチきゅんはガン攻めっぽいんだけど、そうなるとカナメちゃんは健気受けよねィ?むむ。馬鹿息子め、折角シューちゃんに似てるんだから目付きさえ良かったらイケメン派だったのに…はァ。息子攻めなんか萌えないわ、ナイナイ」
「…トシさん?」
「カナメちゃん、イチきゅんと末永くお幸せに!」
「は?」
「あ!でも、おばさん的にはユーヤきゅんもイイ攻めになりそうだと思うのょ!圧倒的なイケメンだったもの!ハァハァ、でもイチきゅんは身のこなしに隙がない子だし、気遣いも出来て礼儀正しい所がおばさん的に満点なの。サーファーっぽいだけにギャップ萌え」

要は考える事を放棄した。
佑壱×要の妄想で弾けているババアを生温く見守る事で、俊から隼人×要の妄想を小一時間聞かされた時と同じ現実逃避に逃げたのである。

「ふ、この俺以上のイケメンなど居ない。…判っているんだろう、トシ」
「舜、アンタさっきからキモいんだけど、それ誰の真似?まさか俊?アンタの頭の中で俊ってばどうなってんの?」

眼鏡コレクターの野上によって極めてオタクっぽい黒縁眼鏡へ取り替えた遠野舜は、上靴の中にシークレットソールを三枚ぶち込み、短い足を頻繁に組み替えながら、やって来た東雲村崎を混乱の渦へ落とし込んだのである。






「第三講堂、第三講堂。うーん、それにしても大分変わってるなー、昔はこんな所に講堂なんかなかったのに…」

メモを片手に人混みを掻き分け、漸く目的地が見えてきた。
ズレた眼鏡を押し上げ、賑わう生徒らの隙間を潜り抜けて、ざわめく会場へと足を踏み入れたのだ。

「あ、すいません。Sクラスの席はどの辺?」
「それならステージの前だよ。あそこに天の君が居るだろ?」
「そらのきみ?」

黒縁眼鏡は首を傾げ、声を掛けた生徒か示す先を見やる。

「…どこ?俊君が居るなら好都合だけど、」

Sクラスのバッジを付けた生徒が集まる所まで小走りで近付いて、キョロキョロと会場内を見回した男は、視線を感じて口を閉ざした。ポカンと、こちらを見てくる少年が顔より随分大きな眼鏡越しに見つめてくる。その隣には随分くたびれた後輩の姿。そちらはまだ気付いていない。
誰かに似ていると思ったが、その前にもう一人、整った容姿のすらりとした少年を見つけて顔を伏せた。

「…あの子、錦織君だ。不味い不味い…」

そそくさと逃げようとして、ガシッと手を掴まれ飛び上がり、恐る恐る振り返る。先程目が合ったちびっこだ、と、ほっと胸を撫で下ろして、認めた違和感に眉を寄せたのだ。

「お主、ヅラだろィ?…こっち来い、ズレてんぞ」
「あへ?」
「若いのにハゲてんのか?可哀想に…良し、イイぜ、バッチリざます」
「あ、そう言う事か。ごめんね、ありがと」

ステージの脇まで連れられて、ステージに飛び乗った少年からささっと髪を整えられた。満足げに飛び降りた少年に頭を下げれば、得意気に「イイって事よ」と頷いた彼は席へ戻ろうとする。
無意識に手を伸ばして、何故か、肩を掴んでしまった。

「あらん?何?」
「何処かで…会った事、ないかな?」
「俺と?何ナンパかょ?」
「違う違う、純粋に」
「けっ。そんじゃ、会った事はない」
「そっか…。ごめん、呼び止めて。あとコレ、本当に有難う」
「トシさん、大丈夫ですか?」

聞き覚えのある声に揃って目を向ければ、訝しげな表情の要がやや警戒しながら近寄ってくる。大丈夫大丈夫と朗らかに笑う小柄な少年を庇う様にエスコートして、刺す様な視線を注いできた。
これは不味いと素早く顔を反らし、目当ては居ない事を確かめる。

「大講堂に居なかったからこっちだと思ったのに…何処に居るんだろ、アキも俊も」
「天の君、何故こちらに居られるんですか?左席委員会は大講堂なのさ」

赤縁眼鏡を掛けた少年と擦れ違った瞬間だった。
背後から聞こえてきた声に振り返り、その声の主と思われる黒髪ボブの少年の背中を見れば、向かい側に茶髪の生徒が二人居る。
その内の一人は地味な黒縁眼鏡を掛けていたが、どう見ても、探している遠野俊ではないのだ。

「来るのが遅いのさ、宰庄司。君は一体何をしていたんだい?」
「すまなかったね溝江、目か覚めたら保健室だったのさ。養護教諭が見当たらなかったから、勝手に出てきたのさ」
「青春時代にはそんな事もあるのさ。それはそうと、こちらの天の君は此処で式典を受けられる事に決まっているよ」
「ふむ、それはまた異な事を。天の君は左席委員会の生徒会長でいらっしゃるのに?」

怪しまれない様に近付いて、彼らの会話を盗み聞いた。
オロオロと二人を見ている黒縁眼鏡の生徒は、小声で何やら呟き、声は聞こえなかったが、口の動きを見れば、何を言ったのかは簡単に判る。
遠野俊です、と。囁いた事は。



「え、影武者?」

ついつい口に出してしまい、辺りの生徒が振り返る。
不味いと口を塞いだが、幸運にも、バレてはいないらしい。


早いところ逃げよう、と、会場を足早に退散した。
廊下へ出た所でポンと肩を叩かれ、ビクッと震えれば、不思議げに首を傾げる無駄に大きな男が見える。
顔にはこれまた黒縁眼鏡があり、染め抜かれた金髪が完全に浮いていた。

「如何なされた」
「…び、びっくり、したー。メイ、じゃなかった…何だっけ?」
「覚え難いのであれば、李と」
「ごめん、李。俊君も太陽も見付からなくて、出てきたんだ。…秀皇はどうしてる?」
「遠野会長であれば、既に大講堂に。俺は姿が見えず御身を探しに、此処へ」
「ありがと。僕、表向き死んだ事になってるから、下手に動くのは不味いよねー。…困ったな、俊の振りして紛れ込むつもりだったんだけど…」
「何か不都合が?」

人気のない抜け道をスイスイ進む長身を早足で追い掛けながら、山田大空は息を吐く。不思議げに振り返った長身を見上げ、溜息をもう一つ。

「不都合って言うか、さー。上手く行ったり行かなかったり…君にしても、こんな簡単に信じてくれるとは思ってなかったんだよ。僕も、秀皇も」
「何故?」
「18年前、生後一週間にも満たない君を大河に預けたのは僕達の幼稚な判断だった。あの時は、他に方法がなかったんだ。ごめんね、李」
「訳を知らず、のうのうと生きてきた俺に頭を下げられる必要はない。今更、亡きサラ=フェインを母と呼ぶつもりはなく、ルークを兄と呼ぶには些か抵抗がある。…だが、今に至る父上の苦労を思えば、王の命令が無くとも、俺は手を貸した」
「ありがと」
「礼は不要だ。天の君は俺が探す。出来れば西園寺に紛れ、パパ上は暫しお待ちを」

そしてその眼鏡はやはり似合わないと、黒縁眼鏡を外した男から眼鏡を取り替えられて肩を竦める。見れば見るほどに理事長そっくりな美貌は無表情で、父と呼ばれるにはかなりの抵抗があった。

「そのパパ上って…まぁ僕が冗談で言い出した事だけど、何か照れ臭い。戸籍上、僕は秀皇の養子なんだし、何だったらお兄ちゃん?とか?」
「お兄ちゃん」
「…ごめん、やっぱ無し。何だろうね、複雑過ぎて訳判んないね、僕らの関係性って」
「一つ、はっきりしている事がある。何にせよ、俺の遺伝子が父上の遺伝子と関係があるならば、天の君は…紛れもなく、俺の弟だ」

少しだけ、眼差しを解した男は足早に去っていき、取り残された男は、ゆっくりと息を吸い込む。


「…キングが敵だと思ったら、今度は神威が敵だとか、何が何だか、未だに良く判んないけど」

全てがきちんと片付けば、永年苦労させた妻と旅行に行くのも良いな、などと。他人事の様に呟いた。

「あ?」
「え?」

途端に、廊下の端の防火戸が勝手に開く。
現れた金髪の長身を一瞬だけ見間違えて、その隣、見事な赤毛をボリボリ掻いている長身を見るなり、山田太陽の父は人差し指を突き付け、叫んだのだ。

「アンタまで忍び込んだのかい、オカマー!」
「は?カマ?何だアイツ失礼な奴だな、テメーの知り合いかよ、高坂?」
「知り合い、っつーか、…マジでどうなってやがる…」

佑壱と大空に挟まれた高坂日向の苦労は、始まったばかりだ。










「のびちゃん…。ああ、まぁ、うん、どう見てものびちゃん、やね」
「遠野俊です!」
「あ、うん、あんま喋らん方がええよ。声変わり済んでへんやろ?」

野上と溝江の策略により、見た目は何とかオタクに擬態したチビは素直に口を閉ざし、ぐいぐいと眼鏡を押し上げた。増えてきた西園寺生徒らを見るなりビシッと背を正し、

「…兄貴は居ない、バレない」
「西園寺の遠野会長はお兄さんなんだね。天の君の従兄とは聞いていたけど…」
「流石は遠野家なのさ。存在感が天の君に似ているね、声は全く似ていないけれど」
「シークレットソールさえ抜かなければ170cmキープ、殆どバレないのさ。スペア眼鏡はないから気をつけてくれたまえ」

東雲村崎は呆れ果てた。
隠すならもっと小声で話せと肩を落とし、聞こえない振りを装いつつ、悟りを開いた表情の要の隣、これまた黒縁眼鏡とデジカメを忙しなく光らせている見覚えのない生徒の肩を掴む。

「ちょーっと、お時間ええですか?」
「あらん?ナンパはお断りっス」
「いやいや、ナンパでない。真面目な話ですわ、俊江さ…ぐふ!」

東雲の腹に素早くボディーブローを放ったオタク母は唇に笑みを刻み、完全に油断していた東雲を引きずりながら、甥にデジカメを投げた。

「舜、イケメンだけ激写してちょーだい。くれぐれも、迷惑掛けない様に。リンゴ飴買ったげるから」

インスタントと縁日の屋台に目がない甥は無言を貫いたまま親指を立て、さささと会場から抜け出したババアとエセホストは人気のない所まで出ると、漸く背を正す。

「お主、何で私の名前知ってんのょ!ストーカー?」
「違いますわ!皇子…秀皇さんの後輩の東雲言います!ぶっちゃけ産まれた時からの幼馴染み!誤解ですよ!」
「シューちゃんの?やだ、てっきりイケメンストーカーだとばっかり。てへぺろ」

東雲の記憶では髪が長かった筈の女は短い髪を照れた様に掻き、ペロッと舌を出した。悪気はない様だが、幾ら何でもやる事が子供っぽい。

「あー…初めまして、息子さんの担任の東雲村崎です。何と言うか、お世話になって…いや、お世話してます。毎日お世話しっぱなしです」
「成程、お世話になってます&私のお世話も宜しくお願いしますん」
「勘弁してぇ、男子校に紛れ込むなんて正気ですか?それとも皇子…秀皇さんの仕業ですのん?」
「なァんでシューちゃんなのょ。単に男子校生やってみたかっただけざます。東雲センセ、許してちょ☆」
「…はぁ。ま、ええですわ。とにかく此処じゃ何ですし、二人の所に案内しますので」
「二人?俊とシューちゃん?」
「や、山田さんと秀皇さんです。二人も訳判らん事企んではるんですよ…」
「良く判んないけど迷惑掛けてるみたいね。良し、シューちゃんにはちょっと説教しなきゃなんないと思ってた所なのょ、お姉さんに任せなさ、」
「おい」

こそこそと人気のない廊下を突っ切り、校舎の境にある小さな校庭に出た時だった。ベンチに座るボサボサ頭がポカンと目を見開いているのを見た東雲は破顔し、呼び止められたババアと言えば、なけなしの眉を寄せている赤毛を見るなりクネっと尻を振り、

「ぷにょ」
「お前…や、アンタ…」
「いっ、いっ、イチきゅんー!おひさー!」
「姐御?!やっぱそうか、匂いでそうだと思ったんスよ…!」
「大きくなったわね、やだ、益々イケメンになっちゃって!くんくん。イケメンはイイ匂いがします。焼き鯖!」
「あざっす。くんくん。姐御はもしや、朝からカツ丼っスか?」
「惜しい!チキンカツょ!」

ガシッと抱き合う、爪先立ちのチビと中腰の赤毛は、真顔の高坂と痙き攣った東雲から引き離され、頬を膨らませた。

「イチきゅん、そこのナイスガイは何?彼氏?ヤキモチ焼いちゃったの?何それ萌ゆる。その辺の喫茶店とかで詳しく話してもイイのょ?」
「東雲、気安く触ってんじゃねぇ!その方を誰だと思ってやがる、テメーは!」
「え?え?何これ、どゆコト?ちょいとムラムラ、何?え?何が何?」

佑壱からは牙を剥かれ、ベンチの上から立ち上がったボサボサ頭からは詰め寄られ。誰がムラムラだと呟く気力もない。

「何でこうなんねや…」
「離せ馬鹿猫コラァ!姐御!東雲の股間ががら空きっス!蹴りで!」
「駄目ょ、ちんちんは。判んねーけど痛いんでしょ?そんな事よりイチきゅん、そこのイケメンに見覚えがあるんだけどイチきゅんからブン取るつもりはないから!安心してちょ!」

泣きたい気持ちの東雲村崎は縋る様に日向を見つめた。
暴れる佑壱を全力で宥めながら、黒縁眼鏡をバシバシ光らせたチビと東雲に凝視された高坂日向は一言、

「…とりあえず、場所変えるか」
「イイわょ、おばさん付いてく!あ、思い出した」

東雲の腕からぎょひんと離れたババアの眼鏡がズレ落ち、

「オマワリの若い頃にクリソツじゃねェか。おい兄ちゃん、まさか男も女もコマしまくってんじゃない?テメェ、イチきゅん泣かしたら、この遠野俊江が息の根止めんぞコラ」

凄まじい眼光で睨まれた日向は勿論、ボサボサ頭の息の根も止まったのである。とうとう諦めた東雲を余所に、目を輝かせてババアを見つめた嵯峨崎佑壱はぽつり、



「カッケー…」

新歓祭初日、激動の幕開けは、カルマ総長の母によってもたらされたのだ。



現在、遠野俊の現在地、不明。
山田太陽の現在地、第一大講堂。



叶二葉の現在地、第一大講堂準備室。
式典へ出席する役員らが集まる控え室に、彼の姿はあった。



「おはようございます、遠野会長。昨夜は良くお休みになられましたか?」

見覚えがある様な、無い様な。
シャープな伊達眼鏡を抑えつつ、適当に頷いた男は無意識にウィッグへ手を伸ばし、テーブルの下にある足を踏まれた。

「…山田君」
「「はい?」」
「何でもない」

冷えきった控え室に、全く似てない双子。
笑顔でやって来た叶二葉を認めるなり臨戦態勢になった山田夕陽と言えば、やつれた兄、山田太陽にべったり引っ付いたまま、西園寺役員が座る席に腰掛けていた。
向かい側の帝王院役員席には欠伸を放つ隼人と、二葉と共にやって来た川南北斗の姿がある。

「おやおや、山田書記代理。お兄さんは我が帝王院学園の左席委員会副会長でらっしゃいます。そちらの席にはアシュレイ副会長が座るべきでしょう」

太陽が座っている為にあぶれた金髪副会長と言えば、部屋の片隅で膝を抱えていた。慣れているのか、やつれた表情でお気遣いなく、と呟いたアシュレイには目もくれず、助けてくれとばかりに見つめてくる太陽に気付いている二葉は眼鏡を押し上げる。

「アキちゃん、アイツ何か言ってるけど気にしなくていいから。何なら、僕がすぐにでも転校手続きを済ませてこようか?アキちゃんは賢いから試験なんか受けなくても合格だよ」
「あはは、俺は帝王院でいい。帝王院がいい。…ヤス、そろそろ離れよっか?」
「久し振りに会ったんだよ、アキちゃん?どうしてそんな意地悪言うの?…ああ、そっか。僕が最近一日に二回しか電話しなかったから、ほんとは怒ってたんだね?」
「着信拒否してますけどねー」

会話が通じてない。
隼人は他人事ながら面倒臭い弟だと心の中で呟き、二葉の出方を窺った。あの二重人格者が太陽を助けるのか、はたまた無視するのか、興味があったからだ。

「「頼もう!」」

然し、その前にドアがけたたましく開く。

「ば、待っ、何考えてんだ馬鹿、戻ってこい…!」

飛び込んできた黒縁眼鏡と赤毛により皆の視線は戸口に動き、続いてバタバタと入ってきた日向と言えば、佑壱とその隣のちびっこを青冷めた表情で掴まえ、小声で何やら怒鳴りながら再び慌ただしく出ていった。


「な、何だったの?今の?」
「さぁ?そんな事よりアキちゃん、」

目を丸めた太陽に顔を寄せたブラコンの隣、ガタッと立ち上がった西園寺会長は無言で控え室から出ていく。それを止める者はなく、二葉もまた、突如現れた佑壱と日向の謎めいた行動に気を取られたのか、太陽を助ける気配はなかった。

仕方なく顎を掻いた隼人は立ち上がり、テーブル越しに太陽を手招く。恩は売っておくに越したことはない、が、座右の銘である神崎隼人は目を輝かせた太陽へにっこり微笑んで、


「左席のお、打ち合わせしよっかー、サブボスー」
「あー、うん、そうだねー。ヤス、離しなさい」
「ぶー。判ったよアキちゃん、その代わり、後で一緒に回ろうね」

この借りは高いぞと、隼人の副音声を聞いた太陽は、面倒臭い弟と面倒臭い隼人を交互に見やり、目があった二葉を睨む事にした。

「…つーかさあ、どー見ても、左席の挨拶なんか進行表にないんですけどお?」
「いつもの事だろ、そこは何とかするわけ。中央委員会に負けて堪るかい」
「影薄いよねえ、左席。堂々と式典に出る左席、有り得な過ぎて笑えるにょー」

役立たずめ、と言う無言の罵声を浴びた叶二葉は眼鏡を曇らせたが、ざまあみろとばかりに睨んでくる山田夕陽へにっこり微笑み掛けて、三人しか揃っていない帝王院役員席へ近寄るなり、躊躇なく太陽の隣へ座ったのである。

「この役員挨拶の所でまず先に俊が飛び込んで挨拶するから、そのノリで左席の皆で挨拶したら良くない?」
「いっその事、中央委員会挨拶を乗っ取っておしまいなさい。陛下がこの辺りで登場する予定なので、此処で皆さんが乱入すると言うのは?」
「あは。眼鏡のひと、アンタ中央委員会だろーがあ」

テーブルの下で太陽の足に踏まれ続けても左席ハイジャックを推奨し続けた二葉は、終始笑顔だったらしい。
ドMの片鱗は、傷一つなかった白い革靴にくっきり残った足跡が物語っている。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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