帝王院高等学校
ドSフェスティバルまで残り何秒?
「俺だ」

人気がない事を確認して、名義の違う携帯を開く。非通知で発信した相手の呑気な声音はすぐに崩れた。

「…間違いない。ああ、初代の嫁だった」
『ンな馬鹿な…。見間違いやないんやな?何がどうなってんの…!』
「知るか、こっちが聞きてぇ。…で、当の初代は何してる?」
『居らん。祭の元からややこしい奴連れてきて、阿呆な事企んではるのは間違いない』
「…マジか。初代は何を考えてんだ、どう見ても裏目にしか出てねぇだろ」
『あー、ややこしい。ほんまややこしい。こっちは実家が死ぬほど大変やっちゅーねん。いやもう、マジで…』

聞きたくない、と、にべもなく吐き捨てれば、東雲は乾いた笑みと共に、それは良かった俺も言いたくないと呟く。
腕時計を見やれば残り一時間もない。

『とりあえず…大丈夫やと、思うねんけど』
「俺はアンタは信用してるが、初代には何の恩もねぇ。これ以上、ボンボンの遊びに付き合ってられっか」
『阿呆抜かせ。マジェスティはともかく、遠野には恩がないとは言わせへんで?』

頭が痛い。
確かにそれを言われると弱い事は自分でも良く判っていた事だ。

『お前の弟の治療、ついでにお前の母親を看取ったのもあそこやさかいにな。グレてグレて大変やった捻くれもんに、親友になろう言ってくれた物好きは、誰かいな?』
「…嫌だね、人の身辺嗅ぎ回りやがってボンボンが」
『お互い様やろ不良共。久し振りに東京戻ってきた途端、庶民な俺は喧嘩売られたんやで?こっわ!東京こっわ思わたね!』

そう。
教師となって母校へ赴任した東雲村崎に、街中で喧嘩を売った馬鹿が舎弟にいた。よもやそれが二代前のマジェスティとも知らずに、見た目が変わっていて気付かなかった零人もまた、騙されたのだ。
ダサいスカジャン、ボロボロのヴィンテージジーンズ、当時の東雲の外見は、どう見ても浮浪者だった。

「ち。とりあえずもう少しだけだからな。…悪い、携帯が鳴ってるから切るぞ」

自分のスマホが音を発て、隠し撮りした佑壱の待ち受け画面に表示された名は、噂の『親友』だ。親友と言うより悪友ではあるが、かなりの修羅場を潜ってきた男でもある。
真面目な筈の医学生だが、今では殆ど通っていない、同じく大学生だ。

「久し振りだな、元気だったかよ」
『迷った。助けてくれ』
「は?何処で?」
『あー…何だ、ヴァーゴ?乙女座?何か良く判らん喫茶店みてぇな所で、餓鬼共に絡まれてんだ。殴ったら問題になんだろ?』
「何ですぐに拳で片ぁ付けようとすんだテメェはよ、そこで大人しくしとけ。つーかマジで来たのか、榊」
『当然だ。ファーザーの晴れ舞台を見ずに、ランチばっか作ってる訳にゃいかねぇ』

キリッとした声だ。
零人が俊の正体に気付いていると暴露した途端、隠さなくなった男は、表向きカルマにこそ所属していない事になっているが、実際はメンバーの一員だった。
零人が何度誘っても決してチームにつるむ事のなかった彼が、紆余曲折を経て、高坂の監視下に置かれ、初めは佑壱の警護からカルマに近付いたと思われていた。けれどその全てが。

「…ったく、怪しまれずカルマに入る為にわざわざ後ろ暗いホストクラブで努めたり、行くつもりのなかった医学部に入ったり、卵も割れなかった癖に包丁握ったり、とことんマゾだぜテメーは」
『煩ぇ。最初こそ親父の命令だったがな、俺はファーザーに惚れてんだ。見てろ嵯峨崎、テメェんとこのキンキラ共よりうちのが上だって事を見せ付けてやらぁ…触んな餓鬼共!俺はホモじゃねぇ!ああ?!カルマだと?!確かにそうだが…サイン?!喧しい、レッドスクリプト送り付けんぞゴルァ!』

騒がしい通話口を耳から離し、仕方なく小走りで並木道を目指す。一般入場はまだの筈だが、恐らく佑壱辺りが保護者用の招待状を彼へ渡したのだろう。

「ひっ、足が早ぇな最近の餓鬼ぁ!糞が!やっぱ運動不足か…!」
「おい、榊。こっちだ」

ズレ落ちたシャープな眼鏡をそのままに、呆れるほど見た目は良い男が駆けてくるのが見える。その後方に、中等部から選抜された道先案内の生徒と思わしき数人が眼をハートにしているのが見えた。
彼らは零人が睨むなり追い掛けてくるのをやめて、そそくさと戻っていく。何事だと眉を顰めれば、

「ぜぇ、はぁ、ごほっ、ま、待たせたな嵯峨崎零人、はぁ、悪い、どっかで休ませて…げほっ」
「お前…何だそのシャツは…」
「…あ?はぁ、はぁ、ああ、これか?ごほっ、ごほっ、こりゃ、今年の新作だ。要るなら二・三枚送ってやる。はぁ」
「………いや、気持ちだけ受け取っておく」

一つ年下の親友が着ている、デカデカとカルマのロゴが刻まれたそのシャツは、確かに以前、佑壱や隼人らが寝巻き代わりに着ている所を寮で見た覚えがある。黒地に表面は赤文字でフレーズが刻まれ、裏には白でKARMAと大きく印字されており、かなり目立つ。
カルマファンの生徒らがこのシャツに関心を示したのも無理はないと溜息一つ、近場の自動販売機で買ってやったドリンクを与えて、芝生の上に座った男の隣で煙草を咥えた。

「校内で吸うな、不良」
「式典中は此処が一般客用の喫煙所だ。大学エリアは二ヶ所しかねぇから、苦労してんだよ。職員室も禁煙だ。舐めてやがる」
「ふん、百害詰んで一利も無し。喫煙なんざ良い事ぁねぇ、やめとけ。口寂しいんならもみじでもしゃぶってろ」
「もみじ?」
「鶏の足だ。ありゃ良い出汁が出る」

キリッと宣う悪友に再び溜息を吐けば、キョロキョロ辺りを窺っていた榊が弾かれた様に立ち上がる。

「シロ!」
「榊の兄貴ー!迎えに来たよ〜!」
「遅いぞ馬鹿野郎…!」

零人は瞬いて、目を擦った。
赤いパトラッシュが、デカいネロに駆けてくる様な光景が、今正に繰り広げられたからだ。そして獅楼が駆けてきた方向、校舎を背後にぱちぱち瞬いているのは何を隠そう、

「山田、左席副会長がぼーっと見てないで何とかしろ」
「おはようございます烈火の君。俺はたまたま通り掛かっただけなんで、失礼します」
「総長」

キリッと眼鏡を押し上げたカルマ最年長は、見た目はイケメン執事に見えなくもない男前な顔で優雅に頭を下げ、やはりキリッと肩に掛けていたショルダーからラップに包んだ何かを取り出す。
たまたま通り掛かった、とほざく太陽は、第一講堂にまだ誰も集まっていなかった為にやる事がなく、その辺を散歩していて獅楼を見掛けたのだ。
講堂に早めにやって来た東條とイチャイチャしていた桜を残し、太陽は獅楼を追い掛け、今、心の底から悔やむしかない。何とか逃げたいが、ドS臭が半端ないマスターが、実のところ太陽は苦手だった。

「総長?!いや、あの、山田です。お久し振りです榊マスター、その節は…どうも…」
「今朝蒸したばかりの抹茶まんっス。お納め下さい」
「あ、あの、さ、榊マスター…、俺はその、総長になったつもりは…」
「シロ、お前には肉まんをやる。俺をファーザーの所に連れていけ。挨拶がしたい」
「えっ?!で、でも兄貴…その…」
「嵯峨崎か?アイツは確かに元ABSOLUTELYの総帥だが、気にする事ぁない。奴は俺より弱いから、とっくに口封じしてある」

にや、っと悪人にしか見えない笑みを浮かべ零人を見やったカフェカルマの雇われ店長に、獅楼と太陽は揃って背を正した。
二人が知り合いだったらしい事、榊がパリッと着ているハイセンスなシャツのデザイナー、ショルダーバッグの中身など、突っ込みたい所は幾つも山の様にあるが、山田太陽が呟いたのはぽつりと一言。


「…烈火の君より強いんですか?マスターって」
「…手段を選ぶか選ばないかの違い、だな」
「手段?」
「………歌いながら喧嘩する様な奴らがまともだと思ってたのか、お前」

成程。
痙き攣った太陽がカルマの本物の総長を思い浮かべ肩を落とすのと同時に、零人もまた、肩を落とした。

「類は…友を呼ぶ…」
「賢いじゃねぇか山田。もう一つ良い事を教えてやる、精神的マゾは人をいたぶる知識が豊富なんだ」

佑壱も裕也も要も健吾も良く考えれば吊り眼気味。
隼人は顔立ちこそ優しげだが根性は捻くれており、その支配人たるや総長は、極道にしか見えない素顔。

「ファーザーには辛子だけ詰めた辛子まんを作ってきた。…おいシロ、黙っとけよ?総長を泣かせるチャンスだ」
「榊の兄貴っ、頑張って…!ユーさんから叱られてたらおれ、庇うし!」

カルマ二匹の会話は聞かない事にした。
佑壱の拳骨を覚悟で飼い主に悪戯を仕掛ける様なドSな犬共は、速やかに連行するしかない。目と目で会話する零人と太陽の足は真っ直ぐに、第一講堂へと突き進む。



この二人もまた、ドSだった。















「初めまして、マスターファースト」

にこにこと宣った見知らぬ男を一瞥し、コーヒーを啜った佑壱は、目の前の男ではなく、日向と会話している銀髪を見た。べらべらと何かを喋り続ける男の話など欠片も聞いていない。
こちらからは後頭部しか見えない神威の低い声は嫌でも耳を震わせ、一瞬だけ、冷笑を滲ませた日向がこちらへ向かってくるのが判るとすぐに、目を反らした。

「よう、交換留学生。一日体験入学だってなぁ?楽しんでいけよ」
「有難うございます。マスターセカンドが唯一認めた日本のディアブロは、面倒見が良いんですねぇ」
「ま、副会長だから当然だな」

朗らかな会話だ。白々しいほどに。
佑壱は無言でコーヒーを飲み干し、空いたカップを二人の間に突き出して、ぽいっと。日向ではなく、見覚えのない男の胸元へ投げた。

「線香臭ぇ。葬式にでも行ってきたなら、塩巻いてこいタコ」
「お線香?」
「よう、マジェスティ」

ぱちくりと瞬く男の隣、ピューと口笛を吹いた日向は佑壱を止めもせず、笑いたいのを耐えている様に見える。グラスに注いだコーラを無表情で啜っている神威は肩越しに一瞥をくれただけで、すぐに顔を戻した。

「相変わらず、羨ましいくらい顔色が悪いじゃねぇか、兄サマ」
「そなたの健康的な肌が羨ましい限りだ」
「髪はどうした?そのまんま式典に出るつもりじゃねぇだろ、流石のアンタがよ」
「何か不服があるか?」

白々しい会話だ。
我ながら、日向達など可愛いと思える。トラウマじみた苦手意識を何とか飲み込んで、ポテトチップスの盛られた皿を持ち上げ、神威の目前、ローテーブルに直接腰掛けた。

「冗談だろ?一年Sクラスの奴ら、アンタが顔を隠そうが流石に気付くぜ。聞いた話じゃ、八つ当たりで2・3人ぶち込んだそうじゃねぇか」
「八つ当たりとはまた、言葉が悪い」
「見てた奴が言ってたぜ?息切らして声を荒げた陛下様が左席会長に逃げられて、随分落ち込んでたっつってな」

神威の表情は見えない。
銀面から覗く赤みを帯びたハニーアイズは宝石の様で、およそ人間のものとは思えなかった。この国にやって来る前は、いつも、深紅に染まっていた双眸だ。

「そう苛めるなファースト。どれ、菓子を分けてやろう」
「わー、嬉しーい。俺、ポテチだーい好きー」

佑壱の持つ皿へ手を伸ばした神威の頭上へ持ち上げた皿を、躊躇わず引っくり返す。息を飲む他人らの気配を認め肩を震わせながら、流石に痙き攣っている日向を視界の端に。

「ど、兄サマ?ポテチシャワー、楽しいだろ?」
「確かに、愉快だ」
「はは!勿体ねぇ、食べ物を粗末にする奴は猊下に怒られるかもなぁ」

ケタケタと声を発てて笑う佑壱を止める者はない。
仕方ないとばかりに佑壱の手から皿を奪い取った神威は、ポテトチップスの浮かぶグラスを見やり、呟いた。

「空いた皿を下げよ。ファーストに彼の正装を持て」
「仰せのままに」

ソファの端。
先程着替えたが入らなかった中等部時代の佑壱の正装を片付けていった役員を横目に、姿形はまるで似ていない従兄弟は暫し見つめあう。

「我が仔猫はまた、可愛い悪戯をする。式典内での挨拶は考えたか?」
「俺はやんねぇぞ」
「何、少々躓こうがそれもまた一興。…慕う人神皇帝の前で、男を上げる好機ではないか?」

ふんぞり返る従弟へ顔を寄せた神威の台詞は、佑壱にしか届かなかった。目に見えて反応した佑壱の手は神威の胸ぐらを掴む直前で躊躇い、力なく、地へ落ちる。


「…最初から、って事かよ」
「幾ら私でもそこまでの力はない。千里眼でもあろうものなら、可能だろうがな」
「いつからだ」
「統率符を与えた頃には半分以上、確信していた」

やはり最初からか、と。
ぎりぎりと歯を噛み締めた佑壱は憎悪を隠しもせず、無言で睨むばかり。不穏な空気には気付いている役員らは然し、狼狽える事などなかった。日向以外は。

「紅蓮の君。畏れ多くも陛下の前にございます。こちらのお席をご利用下さい」
「紅蓮の君。足元を掃除致しますので、ご移動願います」

機械仕掛けの人形を思い出す。
無条件に誰もが信頼し従事する神格化された男、表情が崩れる所など見た事もない。ずっと。一度も。

「なぁ、」
『プライベートライン応答、コード:ルークに通信要請です』

伸ばした手が冷たい銀に触れて。

『南米統括部より前期傘下企業の速報をお知らせします』

何をしようが声を荒げる事のない男の髪に散ったスナックの欠片が、滑り落ちるのを見た。無粋な報告を聞きながら、淀みなく指示する従兄の露になった眉をまず先に。

『ペルー、アルゼンチンの通貨は現状維持。日本、フランス、中国より新規企業進出が多く予定されたブラジルは大幅の値上がりが確認されましたが、現在は比較的安定しています。アメリカ大陸全土に於いて目立った算出では農林水産でプラス4ポイント、期待されていた観光分野ではマイナス1ポイント』
「今年度は北部ステイツ全土で大規模な乾燥被害が確認されている。総収益が少々下がった所で、懸念する必要はなかろう。下手に手を回す必要はないと通告せよ」
『了解。直ちに南アメリカ全土の調査を開始します』
「…相変わらず綺麗な顔してんなぁ、マジェスティ」

固い金属は手の中に、ひそりと。
久し振りに見た神威は、幼い記憶よりずっと、当たり前だが大人びて、吐き気がする程の色気を漂わせている。
表情のない眼尻を撫で、形の良い頬を伝い、無駄な肉のない、顎を掴んだ。

嫌がる気配はない。
その眼に映り込んでいる自分を確かめて尚、この眼には何も映っていないのではないかとさえ、思う。


「いつまでも思い通りになると思うなよ」

唇が触れるほど近くに、噛みつかんばかりに牙を剥いて、囁けば。
作り物めいた美貌は眼差しに僅かだけ、笑みを乗せた。間近で見てしまえば最早言葉を失うしかない、絶望的な美しさだ。

「…物珍しい事を言う。息吹いてよりこれまで一時として、斯くの如く驕慢な考えを擁した事はない」
「我を知らねぇだけだ」
「事実、意のままにならないものばかりだ。臆面もせず欲したが、この手は空いている」

両手を持ち上げた神威の手に、苛立ちそのまま仮面を押し付ける。その手がもしも塞がっていたなら。つまり、

「冀望するだけ無駄だぜ。諦めろノア、あの人は誰彼構わず口説く天性のホストだ。人を好きになった事なんかねぇだろアンタは。だから簡単に騙される」
「そうか」
「愛してるぜ兄様。だから悪い事は言わねぇ、手を退け。大人しくあっちに帰って、家庭的な女を捕まえろ」
「そなたの様な女か」
「は!そりゃ良い、俺以上の女が存在したらな」

神威の膝の上に落とした仮面は音もせず。
顎から離した手は、片付けの甘い役員らを睨みつつ、一欠片落ちていた添加物ばかりのスナックを拾い上げた。

「掃除がなってねぇ。テーブルの脚も汚れてんぞ、雑巾持ってこい」
「Mahal kita」

立ち上がった神威の漏らした囁きが鼓膜を震わせて、時が止まった様に動きを止めた佑壱の見開かれた紅い双眸は、ぎりぎりと。油が切れた機械人形が如く、ゆっくり。

「あれの元へは、そう残してきた」
「………笑わせんな、『愛してる』だと?」
「愚かな人間が御膝へ手へ伸ばした時、神は何と言うか、知っているか」

日向が視界の端に。
ヘラヘラと笑う細身の男の傍らで、こちらを見ているのが判る。話の内容は判らないだろう。誰一人、白々しい会話を理解する者はない。
先程からただの一度も、同じ言語は使っていないからだ。

「愛していると宣えば、容易に慈悲を与え給う、残酷にして無慈悲。それこそが人と呼ぶに相応しくない、神が如き所業だと思わんか」
「何、した。テメー、総長に、何、したんだ」
「三度」


林檎を食べた。
と、その一文だけが日本語だった。



「禁忌は大層甘く、胃へ落ちた刹那に、毒へと姿を変える。最早逃れる術はない」
「…」
「禁忌。何を示すかは、己で考えよファースト」


赤。
それは林檎の色の様に鮮明な、赤。
視界が真っ赤に染まり、ちかちかと点滅する。


背を這う恐怖めいた憎悪は、嫉妬を帯びていた。
どちらに嫉妬しているのか判らない自分が、歯痒くてならない。怒りに支配された脳は言葉を紡ぐ事も出来ず、唸りさえ喉を貫く事はなかった。


「嵯峨崎…?」
「高、坂」

日向の声が聞こえる。
呆然とそちらを見れば、にこりと笑んだ他人が、会長席に腰掛けた銀髪へ話し掛けていく。

「どうした、嵯峨崎。おい?顔色が変だぞ、お前」
「…」
「何か言われたのか?あ?どうなんだよ、おい」
「…吐く」
「あ?」
「トイレ、行ってくるわ。便秘かも」
「待て、一人で動き回んな」
「ついてくんな。ゲロぶっ掛けんぞ」

怪訝げな日向の眼から逃れる様に廊下へ向かい、異常に重く感じるドアを閉じて、人気のない廊下は冷え冷えと。



「総長、は。…誰のものにもならない」

零した独り言が乾いている。
涙などただの一粒も、零れはしない。









「初々しいんですねぇ、ファーストは」

可愛らしい、などと呑気に宣う傍らには眼を向ける事なく、近頃使い慣れたノートパソコンのスイッチへ指を伸ばした。

「おや?陛下、ブログでも書いてるんですか?」
「その様なものだ」
「じゃあ、見たら恥ずかしい?僕、見ないから安心して」

ああ。
身を貫く程の殺意だ。他の誰もが気付いていないのか、自分以外に異変はない。


「帝王院」

その一言で、全ての人間が顔を上げる気配。
戸口を向いたまま、こちらからは背中しか見えない男の煌びやかな金髪を一瞥し、キーボードを叩く。すぐ側で微かに笑い声を漏らした茶髪は、けれど口を閉ざしたままだ。

「…これ以上、俺様を怒らせんな」
「判っている。そなたを敵に回す程、私は愚かではない」

振り向く事なく外へ出ていった日向が佑壱を追うつもりか否かは、誰一人、問う事なく。



暫しの沈黙、指は躊躇なくキーを叩いては文字を紡ぎ、ややあって漸く口を開いたのは、一人だけ。


「真面目な人程、怒ると怖いって、本当だったのか。ふふ。お父さんが怒った時も怖かった様な気がするけど、血筋ですかねぇ?陛下」

にこにこと。
笑みを絶やさない声が鼓膜を震わせたが、返事はしなかった。



今はもう、何にも興味はない。
引っ越しを控えて、まるで義務の様に散らかした部屋を片付けている、それだけだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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