帝王院高等学校
会長不在で狂気と不穏と負のどつぼ
「これ見ろ、やっぱ無理じゃね?」
「あ?」

ばん!とはち切れんばかりに吹き飛んだドアに眉を跳ね、喧しいと怒鳴るべく振り返った高坂日向は、執務室の中、定期報告にやって来ていた川南北斗以下多数の役員諸共、言葉を失った。
高等部自治会のメンバーもちらほらとやって来ている中、西指宿よりも出現率の低い中央委員書記が半裸なのだから、仕方あるまい。

「肩痛ぇし、二の腕ン所も破れそうだしよ、何っつっても前が閉まんねぇんだわ。高坂、無理」

ムチムチの両腕が辛うじて入っただけの、今にもはち切れんばかりにピチピチな佑壱の胸元は、堂々と挑発的な胸板と乳首が惜しみなく丸出しだった。

「そろそろ背中がヤバい…あ!ビリっつった」
「………判ったからもう良い、脱げ」
「おう」
「っ、誰が此処で脱げと言った!向こうに失せろ馬鹿が!」

躊躇なくギチギチの衣装を脱いだ佑壱へ今度こそ牙を剥いた日向に、そこまで怒らなくても、と渋々仮眠室へ戻っていく佑壱の背中には痛々しいほどに赤いタトゥーが燦然と鎮座している。
ざわりと俄にざわめいた役員を眼だけで黙らせ、苛々と己のデスクの上に座った日向は長い足を組み、ブレザーの中へ手を差し入れて北斗から止められ、舌打ち一つ。

「サブマジェスティ、流石にこの時間から堂々と喫煙は不味い系ですよ〜。あれは匂いが残りますし…」
「…悪い。で、二葉は何の音沙汰もないのか?」
「っス。何せ昨日までマジェスティに一言もなくサボって旅行に行ってた御方なんで、このまま式典もフケそうな気がしないでもない系?」
「一年の山田は?どうせ近くに居るんだろうが」
「真っ先に確認しましたよ!所がどっこい、山田太陽は自室に居る系で、さっき同室の安部河桜が部屋を出る時に中へ話し掛けていたっつー報告が上がってまして〜」
「間違いないのか?」
「山田太陽の姿は確認してないんで、何とも言えないんですけど〜」

とりあえず、カードを放置して姿を消した二葉の姿は見つかっていない、と。北斗の痙き攣り顔を横目に、近くの役員へ手を上げた日向は息を吐いた。

「まぁ良い、放っておけ。時間まで戻らなかったら俺様が何とかする」
「お願いします〜。親睦会にこっちの役員が欠けてたら激マズ系なんで…」
「…ああ、二葉はどうでも良いが、左席会長はどうだ?」
「こっちもさっぱり。…つーかサブマジェスティ、マジェスティに内密で本当に大丈夫系です?」

声を潜めた日向に倣い、同じく顔を寄せ声を潜めた北斗に日向は肩を竦める。バレたらバレた時だと一言、役員が運んできたティーカップをそのまま受け取って、仮眠室から出てきた佑壱を視界の端に捉える。

「どうせ大した用じゃねぇ。お前はターゲットを見付けたら俺様に報告を寄越すだけで良い」
「了解」
「何こそこそ顔突き合わせてんだ、テメーら?」

ぬ、と割り込んできた佑壱に、気付いていた日向は無反応だが、北斗は背を向けていた為に跳ね上がる。

「ケルベロス…じゃなかったや、紅蓮の君、おはよー、今日も偉そ…じゃない、イケてる系!羨まし過ぎだよ〜!」
「はぁ?そうか?」
「うんうん、北緯は幸せだね、うんうん、兄として僕はとっても嬉しいよ嵯峨崎君」
「嵯峨崎君だ?何か変なもん喰ったのか、ナミオ兄よ」
「カルマイェー!イェー!」

痙き攣りつつも振り返り、クラスメートである佑壱へ適当に言葉を濁して素早く離れていった。挙動不審にも程がある。

「何だぁ?可笑しな奴だぜ、ナミオ兄」
「ノーサはテメェが苦手なんだろ」
「…あ?何でだよ、俺ぁアイツには何もしてねぇぞ?あれ?もしかして何かしたっけ…?」
「じゃあ訊くが、その理由は?」
「理由だと?ンなもん、敵じゃねぇからだろ?」

雑魚だし、と。
何の悪気もなく吐き捨てた佑壱はネクタイの喉元を軽く揺すり、締め付けがキツかったのか、豪快に引き抜く。

「ウィンザーノットは駄目だ、絞まり過ぎる。慣れない事はやるもんじゃねぇな、くっそ」
「…あ?何だよ」
「テメーの結び方、どうなってんだそれ」

日向の着替える様子を観察していた佑壱は、日向の珍しいネクタイの結び方が気になっていたのだ。見様見真似で、多分ウィンザーノットではないかと知識を振り絞ったが、普段は極一般的な方法で結んでいるのでどうにも具合が悪い。

「お子様はプレーンにしとけ」
「はいはい、出た出た。たった一学年違いで年上振る器の狭さ、嫌だね、これだから日本は。大体テメーも俺も17歳だろうが。年上振るな不能」

ざわり。
再びざわめいた室内、痙き攣った日向ががしりと佑壱の頭を掴んだが、掴まれた男は気にせずネクタイを試行錯誤している。ノーダメージだ。

「…テメェ、誰が不能だ。変な噂撒き散らすな馬鹿犬」
「紛れもなく不能だろうが。この俺が自ら舐めてやるっつってんのにもごもご」

聞き耳を立てていたらしい役員らが目を見開いて凝視してくるので、日向は慌てて佑壱の口を塞ぐ。確かに事実だが、恥じらいと言うものは嵯峨崎佑壱には無かったらしい。

「おま、噂されんのはテメェもだぞ!判ってんのか、馬鹿が!」

口を塞がれてもやはり気にせずネクタイを巻こうとする佑壱の手からネクタイを奪い、噛み付かんばかりに顔を近づけたは日向は、周囲から見るとキスシーンにしか見えない事に全く気付いていない。
なのできょとんと首を傾げた眉無しは、ややあって唇を尖らせ、チュッと吸い付いた。完全なる嫌がらせである。

だがそれにより、日向に差し入れを持ってやってきた親衛隊数人と、職務に励んでいた役員らの呼吸が止まったのだ。


因みに、部屋の片隅から見ていた北斗の呼吸も、同じく。


「…既にテメーを毎晩犯してるっつー名誉毀損な陰口を叩かれてる俺に、恐ぇもんはねぇんだよ、ボケが」

声もなく怒りに震えている日向の耳元で囁いた佑壱は、前に流れていた長い髪を掻き上げ背中側に流し、戸口で固まる親衛隊らに向かい、満面の笑みを浮かべたのだ。
至近距離で目撃した日向が無意識に目を細めるほどには、眩しい笑みだった。

「おいおい、そんな恥ずかしがんなよ日向。後で思いっきり可愛がってやっから、俺以外のオトコ咥え込んだら、…判ってんなぁ?」
「っ、テメ、」
「いやー!」
「きゃああああ!!!」

男らしいにも程がある佑壱のエロい笑みに、顔を染めた親衛隊らは混乱しながら走り去り、中央委員会役員は魂が抜けた様な表情で身動きしない。

「光王子が紅蓮の君にぃいいい!!!」
「あれやこれや咥え込まされてるなんて!わきゃー!!!」

言い返すタイミングを完全に逃した日向は真っ青だが、気が晴れたらしい佑壱は「勝った」と一言、再びネクタイに悪戦苦闘を始める。あれやこれやとはどれだ、と呟いた日向に答える者はない。

「………マジ、かよ。嘘だろ…。テメェ…冗談にも程がある、だろうが…どうすんだよ、この始末…」
「あー?何ビビってんだタコ。大体な、お前が甘やかすから奴ら際限なく調子に乗んだぞ。そんなに自分の親衛隊が可愛いか、ドスケベホモが」
「そう言う問題じゃねぇだろうが!」
「じゃ、どんな問題だ?」

妖艶なまでに、刺々しい嘲笑を浮かべる佑壱は目が笑っていない。

「あれか、昔テメーの所為で退学した奴が居たな。テメーが半殺しにした奴に代わって、叶が風紀に入ったんだろ?」
「…判っててやったのか、テメェ」
「この俺を誰だと思ってやがる、ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ殿下。俺は親衛隊なんざ心の底からどうでも良いと思ってるがな、…テメーの所の隊長だけは絶対に許さない」

殺意。
久しく見なかった、これが本当の、嵯峨崎佑壱の本性だ。油断していたつもりも忘れていた訳でもないが、改めて背を走る悍しい何かに呑み込まれる。


「死ぬより辛い目に遇わせて、後悔させてやる」

普段の刺々しい言葉遣いではない。
舌足らずとさえ思わせるほど幼い、甘ったるい声音だった。

「柚子が、お前に何をした?いつだ、最近か?」
「あれは隼人を馬鹿にした。あれは総長に嘘を吐いた。…俺は絶対、許さない」
「話せ、嵯峨崎」
「なぁ、高坂。お前に知る必要があるのか?クラスメートの一人も守れなかったテメー如きに、この俺が信用するとでも?」

日本語だっただけマシだろうか。
本当に口も利きたくないのであれば、佑壱は理解出来ない言葉を使っただろう。けれど然し、教えるつもりがないのも本心だと思われる。このプライドの高い生き物は、少しでも失態を見せ瞬間に、見限るのだ。容易く、家族でさえも。

「話すつもりがないならそれで良い。…だが下手な真似はよせ。あれは何をするか判んねぇ男だ。現に今まで一度も、尻尾を掴ませていない」
「ふん」
「嵯峨崎」
「だったら食い付かせるだけだ」

お、巻けた、と。
日向のネクタイと己を見比べて満足げに頷いた佑壱は、日向のティーカップを持ち上げ、不味い、と呟いた。不気味なまでにいつも通り、口調に不穏な気配はない。

「冷めてるアールグレイは苦味ばっか残って飲めたもんじゃねぇ。おい、俺にコーヒーくれ」
「テメェ、わざとか」
「ブラックでな」
「嵯峨崎!わざと焚き付けて仕掛けさせるつもりか、テメェは…!」
「イグザクトリー」

どすん、と。
無人の会長席の机に腰掛け、日向を真似て足を組んだ佑壱は愉快げに手を叩く。

「何を、」
「大正解おめでとさん」
「…」
「はん、俺が何を考えてるか気になるのか?そう、俺は考えたんだ、高坂。何処で何が食い違ったのか、全部、初めから」

痙き攣った日向は尚も口を開き掛けたが、その前に遮られた。

「なぁ、お前は判るか?判る訳ねぇよなぁ、何も知らねーもんな、テメーはいつも」
「…」
「だから決めたんだよ、考えても無駄だ。判んねぇなら片っ端から要因を消していけば、いずれ元凶に突き当たる」

マラリアを媒介する蚊一匹の為に国を焼き払うと言わんばかりの言葉は、現実味がない。緊迫した表情で窺ってくる役員の視線を感じながら、目を逸らせないまま。

「あれがどんな手段にせよ俺に刃向かった瞬間、世界から消してやる。家も身内も全部、五体満足なのは今の内だけだ。…この俺に刃向かったんだ、それなりの覚悟はあるだろう」
「本気、か」
「冗談だと思うか?文句ならルークに言え、奴がこの席に座れる内に、なぁ?」

お前は何も判っていない、などと。言える立場ではなかった。
何も判っていないならまだしも、全てを把握した上で嵯峨崎佑壱と言う人間は、罠を張っている。自らに訪れる一切を省みずに、全てに、情け容赦なく。

「この行事が終わった時、俺は全てを手に入れる。信頼も権利も全て、…全て、だ。一つ残さず、必ず取り戻す」
「自分がどんな目に遇うか、考えたのか」
「犯されようが嬲られようが、大した事じゃない。どうせすぐに治る」
「そんな話じゃねぇだろうが!」
「そんな話だろ?致命傷程度じゃ俺は死ねないんだ。聞いてるだろ、ディアブロ」

どう説得すればこの自虐的な性格を正せるのか。
我ながら哀れなほどに回る頭を持ってしても、方法は見つからなかった。


優雅にコーヒーカップを煽る野性的な仕草さえも神々しく、光に満ちた窓を背に。
面倒見の良さを演じているだけの慈悲を知らぬ生粋の王子は、ただ。確定事項を聞かせているだけだ。
そこに他人の意見など必要としていない。ただの一言も。



「心配すんな、すぐに終わらせる」
「…」
「これで勤勉な副会長の肩の荷が一つ、下りるだろうからな」

何を言っても所詮、通じないのだ。
いずれ会長となるだろう、壮大な自尊心を宿す男の前では、庶民の言葉など、ただの一つも。























「カズカ?Oh、何と言えば良いのか…少し縮んだか?」

つーか別人じゃん、と呟いた瞬間、山田夕陽から腹に蹴りを受けた金髪の長身は声もなく悶え落ち、何事もなかった様に真顔で自校の生徒らを眺めたドSは底冷えする笑みを浮かべる。

「遠野会長は風邪で喋れないから、僕が代わりに命令するよ。下手な騒ぎを起こしたら足の爪を剥がすから、恥ずかしい真似はしない事。当然、判ってるよね?」

一瞬で西園寺学園高等部一同を恐怖で染めた男は、そのまま気弱な教師らに進行を放り投げた。どうせ数時間後に控えている開会式の説明程度だ、挨拶の時にだけ訪れる予定の若き理事長が居ない今、実質学校を支配している西園寺生徒会は教師よりも力が上だった。
この辺りの事情は、同じ私立である帝王院も大差ない。生徒=お客様、事業体の弱味だ。

「…顔に似合わず、無体だな」
「ちょっと、あんまり喋らないで下さい。会長を近くで見た生徒が殆ど居ない事を逆手に取ったとは言え、声は流石にバレますから。馬鹿みたいに、朝礼を録音してる奴も居るくらいだし」
「すいません」

口を閉ざした偽会長のアイスブロンドは、良く似たカツラだ。近くで凝視すれば流石にバレるだろうが、ドSブリザードで凍り付いている進学校の優等生らは極力夕陽を見ない様に、ぼそぼそと説明を続ける学年主任らを凝視している。
悶えていた金髪が何か言いたげに口を開いたが、二発目はお断りだったのか単に日和見主義なのか、とうとう言葉に出す事はなかった。

「オーマイガー。…ヤスアキ、日本は怖い所だね」
「だったらとっととアメリカに帰れ不法滞在者」 
「ちょ!誤解されそうな事を言うんじゃないよ!ビザあるから!ちゃんと更新してるから!やめて!」
「日本語流暢な癖にわざとらしく不馴れな振りしてるあざとさがキモい。額のホクロ漂白しろ変態」
「この国は異国人に優しくないっ!俺はこれでも君の先輩なんだよ?!訴えてやる!」
「黙れ、セクハラで上告するよ」
「控訴する前に最高裁?!ヒィ!」

華麗に泣かされた金髪副会長は気弱な教師陣から慰められており、益々生徒らの顔が強ばる。横柄無慈悲な会長はともかく、この役員代理は纏う雰囲気さえドSだった。欠片も優しさが感じられない。勿論、冷たい美貌の会長も、だが。


「後はあっちが集まってから、どう誤魔化すか考えてて下さい。言ったと思いますけど、僕は一切フォローしないから」
「言い出しっぺは社長なんだが」
「往生際が悪いんだけど、会長」

妻以外には基本的にドSの偽会長VS兄以外には果てしなくドSのブラコンによる睨み合いは、怯える西園寺学園生徒らの前で暫く続いたらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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