帝王院高等学校
皆イベント前に浮かれっぱなし
「…と、上院からのお達しがありました」

ボケーと、近年頭髪の寂しくなってきた高等部教頭の言葉を聞いていた男は我に返り、無言で頭を下げた。

「御言葉、肝に命じます」
「はい、はい、ではこれで…」

ペコペコ同じく頭を下げてそそくさ去っていく教頭は何処か覇気がなく、事の重大さを教えている様だった。
何せよ雇用主と雇用される側、

「どっちに付く、言われてもなぁ」

どうしたものか。
ぼりぼり頭を掻いて、椅子の背凭れに掛けたばかりの派手なジャケットを手に取る。最早一人ファッションショー所ではない。
無意識にラメ入りのパープルカラーシャツを纏い、無意識に奇抜な南国フラワー柄のパッションカラージャケットを纏い、一昔前の芸人じみた大きめの蝶ネクタイを絞める。全て無意識だ。

「…親子喧嘩にしてはマジやな、理事長。どうせぇ言うのん」

鏡の前で整った顔を顰め、息を吐く。
悩んでも仕方ないかと舌打ちした男は、改造済の旧型携帯を取り出し、尚も眉を寄せた。

「あ?神崎、錦織に…まさかの山田まで、アイツら懲罰棟に何の用やねん。ま、判ってるけど…はぁ」

校舎内に確認した生徒の数が少ないと調べてみれば、案の定、想定外の組み合わせで三人、想定内の結果。今回ばかりは目を瞑ろうと乾いた笑みを一つ、本音は『助かった』だ。

「今回の理事会は何や大荒れみたいやし、下手に動いて目の敵にされたら敵わん」
「そうですよ宮様。そもそも東雲の跡取りが教師に甘んじるなどあってはならぬ事態」
「宮様があの暴虐無人な白百合様が初恋でらしたのは重々承知しておりますが、だからと言って時の君を贔屓なさってはいけません」

ぬ、と現れたうざったらしい自称ステワードらに痙き攣り、滑り転げ掛けて踏ん張った男は緩いウェーブの掛かった黒髪を心なしか乱し、顔を真っ赤に染める。

「い、いつの話をしてんねや」
「あれは宮様が初等科一年の頃の話でございます」
「初々しい宮様は、スコーピオから顔を覗かせる白百合様とまるでラプンツェルの如き密会を重ね、いつしか奴隷に成り下がられました」
「誰が奴隷や!」

脱いだ服を投げ付け、目を吊り上げた男はジタバタと地団駄を踏んだ。

「所で宮様、恭様から年賀状が届いてました」
「今更?!もう五月やで?!」
「初主演映画の撮影で先週まで沖縄に居られたとか。宮様、嬉しそうなお顔で何よりです」

弟からの葉書を横目に、真顔で汚れ物の臭いを嗅ぎまくる変態執事共に突っ込む気力なく肩を落とした東雲村崎の背後、いつの間にか戸口に立っていたらしい眼鏡っ子の眼鏡が曇っている。

「宮様、後ろ後ろ」
「あ?…あれ、のびちゃん?」
「先生、あんなド鬼畜が初恋だったなんて…僕とっても悲しいです、はい」
「あはは、誰がド鬼畜やねん」

眼鏡っ子は二人。
一人はボサボサの黒髪でニマニマ笑っており、一人はズレたアイスブロンドのカツラをそのままにシャープな眼鏡を曇らせていた。
その後ろ、これまたズレたウルフカットの金髪を被った男は両手で顔を覆い、巨体をモジモジ揺らせている。

「………何や、この完成度笑えるほど低い茶番は」
「帝王院学園一年Sクラス遠野俊、左席会長です宜しくねー」
「西園寺学園一年進学科遠野和歌、生徒会長です」
「さ、西園寺学園一年進学科、リューイン=アラベスク=アシュレイ、副会長、だ」

ビシッ。
ノリノリな黒髪眼鏡の隣、クネッと恥ずかしげにポーズを決めた他校の制服に身を包んだ二人はどちらもカツラがズレており、

「ち…父上。恐れながら俺には、この役目はやはり荷が重いのですが…」
「大丈夫だ、パパは既に腹を括っているぞ。元生徒会長だからって日本人なのにクォーター役だぞ、泣きたい気持ち」
「俺如きが甘えた事を…申し訳ありませんパパ上」
「はいそこ、ガタガタ言わない。にょ。えっと…メイちゃん、お前さんはロイちゃんで、パパじゃなくて遠野会長だから。にょ。因みに僕も遠野会長。遠野と遠野。紛らわしいけど、間違えないでねー」

パチもんやないか。
可愛い…訳ではないが、担当クラスの首席生徒はもっとこう、こんな小刻みに「にょ」とは言わない、毒気のない少年だった。

「宮様、凛々しい眼差しでらっしゃいますが、瞳孔が開いてます」
「宮様、理事会の動向を見守るべき時に瞳孔を開いている場合ではありません」

つつつ、と、素早く背後に忍び寄る自称ステワードの元親衛隊隊長と副隊長…つまり元ABSOLUTELY副総帥らに尻や腰を撫でられて、

「このネクタイは斬新でらっしゃる。流石は宮様」
「このシャツは光輝く宮様に大変お似合いでらっしゃいます」

一年Sクラス担任、庶民的漫画とゲームをこよなく愛するダサ教師は見た目だけなら男前の顔を両手で覆い、咽び泣いた。


何処から突っ込むべきなのか。

名誉の為に記しておくが、決してこの偽のび太が初恋などではない。初恋は実家の家政婦の三田村さん(通称ミタさん50歳)だ。







「おい。シロ、見なかったか?」
「おはようございます烈火の君。加賀城さんなら定例の早朝挨拶じゃないかと」
「…あ?ああ、金魚の糞ンとこか」

どうも機嫌が悪いらしい男が近頃ベリーショートに切り揃えた頭を掻けば、怯えた高等部生徒は足早に去っていく。
金魚の糞、イコール紅蓮の君親衛隊を名乗る悪餓鬼の集まりを円満に纏めているのが加賀城獅楼である事は公然の事実だった。カルマ唯一のAクラス生徒だったのも去年までの話だが、彼個人を慕う者は少なくない。体育科と工業科は険悪な仲ではないが他人行儀な節があるが、そのどちらの生徒も抱えている紅蓮の君親衛隊は隊員関係は良好だと言うのだ。

何となく。

「やべ、不味ったか?…今の受け持ちの奴じゃねぇよな」

教育実習期間も半分を過ぎて、普通科と体育科のカリキュラムを交互にそれぞれの担当教諭の補佐として当たっている。後輩とは言え、仮にも教師として努めなければならない期間は生徒だ。それをビビらせたとなれば、色々と都合が悪い。

「クソ、佑壱の野郎何処に行ってやがる。お兄様がデジカメ持て余してるっつーの」

弟は半ば音信不通。然し居場所は判っている。獅楼が学園内に居るとだけ、言った。ならば確かめるまでもないので、今は放置しているだけだ。

単純馬鹿な獅楼の口を割るのは至極容易であり、あれが目を光らせている間は少々佑壱から離れていても情報が入ってくる。でなければただの子供、相手にする理由はない。

「つまんねぇなぁ。…馬鹿シロ弄って遊ぼうと思ってたのに」

退屈だと不謹慎な呟きを一つ。
途端にバイブレーションした携帯を開いて、眉を寄せた。
先程の生徒には悪い事をしたが、特に機嫌が悪いのではない。どちらかと言えば、どうして良いか判らない、と言った方が正しいかも知れなかった。

可愛い弟の監視役。
ただそれだけの子供、後は退屈凌ぎの玩具。口寂しさは煙草で、手持ち無沙汰はクロスワードで、紛らわせた果てに、今。


「…はぁ。とりあえずシロ、捕まえっか」

殆ど会話した記憶のない本物の母親がやって来る。ただそれだけの事だ。









「居ない、ですか?」
「そうなのよ、ごめんなさいねぇ。いつの間に出掛けたのか…あの馬鹿娘、携帯をトイレに置きっぱなしで連絡も付かないし…」

困った様に息を吐く老婦人に首を振り、彼女は持参した手土産をそつなく渡す。

「いえ、早くから押し掛けまして。失礼します」
「何のお構いも出来なくてごめんなさいね、アリィさん」

門から出た所で一つ息を吐いた人は携帯を取り出し、

「ああ、向日葵か。悪いが、私も合流させて貰えるだろうか。ああ、シェリーは捕まらなかったよ」

呆れた笑みの混じる声音で帰ってこいと言う夫へ頷きながら、振り返った日本家屋の門前には、厳かな家名が一つ。

「…遠野、か。いつ訪れてもこの屋敷は苦手だ」

囁く声は、ぽつり。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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