帝王院高等学校
ノアの方舟に積む黙示録
以下は、社に残る幾つかの記録と残った証人との会話を繋ぎ合わせたものである。





イギリス、ブラックプール。

草木も眠る深夜に、女王軍を語る者達の襲撃により、当時24歳のキング=ノア、その妻であるナターシャ=クイーン=メア、男爵の妹、弟、母親、使用人、飼い猫に至るまで虐殺された。

これにより、バロングレアムは断絶。


神宰相と名高かった前男爵、キング=ノヴァがその年に崩御した事による惨劇と思われる。
当時の女王子息に国費着服疑惑があり、若き当代男爵がそれを指摘した直後の悲劇だった。


















The apocalypse on the Noah's ark














逃げ長らえた末子、当時6歳のレヴィ=グレアムは生き残った使用人数人と共にフランスへ亡命。






レヴィ=グレアム16歳、ドーバーを渡りヨークシティと交流の深いニューヨークを拠点に起業。


レヴィ=グレアム24歳、亡き長男が爵位を継承した年にアメリカ政府を掌握、イギリスへ警告。


レヴィ=グレアム30歳、本社セントラルファンドを大陸地下に移転。規模拡張。社名をとし、各部門を子会社化。







レヴィ=グレアム33歳。
特別機動部、技術班。並びに欧米統括部専任。


シンフォニア計画発動。







神の体には遺伝子が二つ存在している。
A型とB型、そしてそのどちらをも破壊する抗体、O型に極めて近い血液でありながらABO式ではAB型と名付けるより他ないと思われる。
理論上、存在出来ない筈の血液だ。二重遺伝子による特異と思われる。


一人目の妻、A型。
三度の流産、四度目で出産した胎児は残念ながら数分後に死亡。母体、産後の体調思わしくなく、子宮摘出。神との相性が最も悪かったサンプルであり、出産不可能と診断された後、離婚。


二人目の妻、B型。
運良くすぐに懐妊したが、出産後三ヶ月で嬰児死亡。以降、二度妊娠を確認したが母体との拒絶反応により受精卵の成長異常、流産。度重なる妊娠ストレスから屋敷の金品を持ち出し出奔、後に国外で死亡が確認された。


三人目の妻。母子、異種血液間の拒絶反応を想定し今回はO型を用意した。
一度目の出産は比較的安定、半年に渡り成長を確認。直後の二児は死産。嬰児、健やかな成長空しく心臓に重大な欠陥を確認。現時点の医学では手立てはなく、一歳を待たず永眠。

母親の心身衰弱著しく、現時点で最も神と適合した染色体・血糖質を有するものであり、以降、人工受精に切り替える。




経過観察。
産声を上げたシンフォニア(神の子)は現時点で8人、内一歳を迎えた子供は計2人。残りは生後数日〜数ヶ月で死亡。

受精確率67%、発育確率23%、現時点で最も高い数値である。

全ての血液抗体並びに血糖体を持つ、他に例のない極めて稀であるレヴィ=グレアムの遺伝子は、稀少であると同時に輸血不可能を指し示すものである。

九人目のシンフォニア、一歳の誕生日を迎える。発育は良好。同シンフォニア、二歳の誕生日を迎えた。現時点で臓器の異常は見られない。知能の発育も良好。

レヴィ=グレアムにより初めて子供に名前が付けられた。九人目のシンフォニアは『ハーヴェスト』、豊穣を現す名だ。現にこのシンフォニアは現時点の最高傑作である。



離宮にて療養中の卵子提供者と引き合わせる。
サンプル、シンフォニアの「マザー」と言う呼び掛けに激しく拒絶。錯乱。

「私の人生を返して!子供なんか要らない!こんな子知らない!あげるから私を此処から出してよ!」

著しく錯乱したサンプルがシンフォニアへ暴力未遂、慰謝料を持たせ追放。

サンプルの名はマチルダ=ヴィーゼンバーグ。
長寿が多いとされる公爵家の末端ではあるが、彼の血族との相性は悪くないものと思われる。


然しレヴィ=グレアムが以降、ヴィーゼンバーグを招く事はないだろう。


神の家族を奪った罪深き公爵。彼らはステルシリーに怯える女王の犬だ。






シンフォニア計画、ナインの経過観察により、一時凍結。






以上が、社に残る幾つかの記録と残った証人との会話を繋ぎ合わせたものである。食い違う箇所、史実と違う箇所の改訂は残念ながら不可能だろう。









経過観察。


ナイン=ハーヴェスト5歳、角膜に障害を確認、視力低下。数年に渡り数度角膜移植を行うものの、適合するドナーがなく失敗。


ナイン=ハーヴェスト13歳、技術班の試作人工角膜により辛うじて保たせていた視力を完全に喪失。


ナイン=ハーヴェスト13歳、コード:オリオン・シリウス兄弟の角膜が適合。視力回復に成功する。


ナイン=ハーヴェスト19歳の染色体に著しい異常を初めて確認。生殖器機能不全。彼の体内の精巣が未成熟であり、発見時には完全に成長停止した状態であった。
区画保全部配下医療班はこれを秘匿、凍結したシンフォニア計画を極秘裏に再開させる。



ナイン=ハーヴェスト二十歳。
身内の不幸を知ったナイト=クイーンの後を追ったレヴィ=グレアムの崩御により、九代男爵に就任。コード:ハーヴェストを廃止。
IXキング=ノア=グレアムに改名。



直後、心因的ストレスによる左視力一時喪失。

コード:シリウスから提供された角膜の剥離、修復不可能。
再度ドナーを探す段階で医療班マスター、コード:リヴァイアサンの角膜を移植した。それと同時に彼の角膜の培養に成功。双方、失明回避。




19XX年、2月29日。
八代男爵の喪明け、閏年。コード:リヴァイアサン出奔。それと同時期、中央情報部マザーサーバーよりデータ一部損失。



ノアの勅命により、コード:リヴァイアサンに関する全てのデータを凍結保存。以降、オリオンの追跡はしないものとする。







シンフォニア計画、リヴァイアサンの後任である局長の指示の元、秘密裏に継続。




アダム『ロード』、キングコピーの完全体。オリジナルの身体異常は遺伝子の段階で全て排除済。
イブ『クリス』、キングコピー女体。例のない試作品である為、妊娠可能年齢まで保護観察とする。






イブ『クリス』の自然妊娠出産によるコード:ファーストに、染色体異常を確認。細胞分裂速度に著しい異常。成長加速により自然治癒力が常人の300倍、体脂肪過度燃焼。歴代グレアムに多く見られた欠陥である。七代キング=ノヴァが、11歳にして子を作り35歳の若さで崩御した最たる理由だ。

その類い稀なる血を薄め、成長を抑える事により早期老化を防ぐまでに成功。コード:ファースト、経過は良好と見られた。


悉く以て遺憾だが、今回もヴィーゼンバーグの末裔による成果である。




現在ヴィーゼンバーグに於けるO型の末裔は、ベルハーツ=ヴィーゼンバーグただ一人。彼の存在が許される限りコード:ファーストは安泰と思われる。

転じて、ベルハーツの身に災いが降り掛かれば、コード:ファーストの命に関わると言えよう。





20XX年、7月。

反クライスト派により、ベルハーツの命を狙う者が現れた。その場にコード:ファーストが見られ、彼を警護していた対外実働部数人が負傷。
反クライスト派は捕らえられたが、対外実働部の一部の役員がコード:ルークの命を狙った事が明らかになる。

当時ベルハーツの警護に当たっていたコード:セカンドを狙ったヴィーゼンバーグによる暴挙もあり、その場は混乱を極めた。

コード:セカンドの拉致に失敗した彼らは古き敵であるグレアムの末裔、コード:ファーストを手に掛けようとするが失敗。
ファーストを庇ったベルハーツ=ヴィーゼンバーグが負傷、後に彼らは女王自ら処罰された。





不幸中の幸いだろう。
この事件がなければファーストの延命は不可能だったと言って過言ではない。









「己が罪の名を吼えろ」


懺悔の様に呟いた老人に、車椅子を押していた介護士は緩く首を傾げた。

「今、何か言いました?」

穏やかな潮騒、広い大海原から波と共に流れてくる晩春の風は暖かく世界を包む。

「変ね、口元が動いた気がしたんだけど…気の所為かしら」
「おーい、村山介護士、園長が呼んでますよぉ。交代しましょう」
「あ、はーい。じゃ、お願いします」

膝掛けの上で祈る様に手を組む老人は静かに海を見つめたまま、年配の介護士と入れ替わりに年若いヘルパーが車椅子を押しても眉一つ動かさず、

「おはよ、お爺ちゃん。今日は天気が良いから日向ぼっこしよっか。いつもの、海が良く見えるところに行こうね」

大型連休前の週末など、中心部から離れた海岸沿いを走る車は幾らもない。
物好きなサーファーが幾らか波を追い掛ける海岸、犬と共に散歩している老夫婦、少子化の影響か娯楽飽和時代の産物か、子供の姿は疎らだ。

「待ち遠しいゴールデンウィーク明けに流星群が見られるって、皆が騒いでる。珍しいもんばっかだから楽しみだねぇ」

返事のない老人に、けれど話し続ける介助人の足取りは軽い。

「ああでも、日本はお昼過ぎだったか。皆既日食も此処からじゃ見られない可能性が高いって」

砂の上、弾む車輪、ガタガタと揺られている老人は文句一つ言わず、手を組んだまま。
良く言えば細かいことを気にしない、悪く言えば大雑把で適当な介助人は、走る様なスピードを緩めもせずに突き進むばかり。


「あーあ。超残念だけどぉ、お爺ちゃんはボケてるから判んないかぁ。



 ね、冬月のお爺ちゃん。」

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あきゅろす。
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