帝王院高等学校
淘汰の果てに刻まれし烙印
(愛しているよ)
(執着を越えて今、依存している)
(愛しているよ)
(君の全てを貪り尽くして)
(誰も幸せになる事のない、未来へ共に)
(君の泣き顔が見たい)
(君の笑う顔が見たい)
(恐怖で歪んだ君の顔を抱き締めて)
(僕はきっと、世界で最も幸せになるだろう)
沢山のゴミと本の山に埋もれている。
色とりどり、綺麗な装丁の本があちらこちらに落ちているにも関わらず、膝の上で広げたままの本を閉じる事はない。
「隠れんぼ。けれど何処にも居ない。誰一人見つからない。だって最初から鬼しか居ない」
ぱらぱら、と。
機械人形の様に開いていくページはどれも真っ白で、少しも面白くない。けれど他の本に手を伸ばそうとしないのは、そのどれもが真っ白だと判っているからだ。
「通りゃんせ、通りゃんせ」
積み重なる本とゴミの高い壁に囲まれて、呟く様に零れた歌は何処にも響かない。ただ、ぱらぱらと。中身のない古ぼけた本を捲る。捲る。
捲る。
何も、面白くないのに。
「此処には何処にも繋がる道がない。出口も入口もない。丸い、丸い、ゴミ箱の底」
巨人の図書館の本棚から零れたかの如く、空間を埋め尽くす本の山にベタベタと、夥しい数の張り紙がある。
“廃棄”
“これはゴミ”
“これは処分済”
“不要品”
“勝手に拾わないで下さい”
“これは要らないもの”
“これはもう捨てました”
“ご自由にどうぞ”
“破棄”
“古いものは壊して捨てましょう”
“断捨離”
“これは不要品なのでご自由にお持ち帰り下さい”
“淘汰”
“ゴミを勝手に拾わないで下さい”
踊る様な文字もあれば、殴り書きの様なもの、子供が書いた様な拙い文字、タイプライターで打った様な文字、まるで記号の様な形の張り紙など、様々だ。
けれどそれに目を向けないのは、膝の上で捲り続けている本が捲っても捲っても終わらないからだった。
「面白くない」
捲っても、捲っても、どのページも真っ白。この本には何の世界観も存在していない。真っ白。真っ白。文字も挿し絵もない、ただの白紙。
「何にもない」
本とガラクタの様なゴミと悪戯じみた張り紙にぐるりと囲まれて、何処かが痛い訳でもないのに座り込んだまま、ぺらり、ぱら、ぱらり。
「何で何もないんだ。そうだ、ここには要らないものだけだからだ」
機械の様に、己の問いかけに己で答えるだけ。此処には他に何も存在していない。此処には他に何も存在出来ない。何も。何も。必要なものは、一つも。
「要らない子なんだ。面白くなくても何もなくても、ここはゴミ箱だから仕方ない」
捲っても捲っても終わらない真っ白なページを捲り続けても、何も変わらない。何も始まらない。だってもう、終わっているからだ。
「物語に結末の先は用意されてない。だからどのページも真っ白。終わった物語はもう、要らない。廃棄しよう。ああでも、最後まで捲ってからにしよう。真っ白じゃないかも知れない。でも、そんな筈はない。もう終わったんだ」
捲っても、捲っても、破っても、破っても、本の分厚さは一向に減ろうとしない。何処かにもしかしたら続きがあるかも知れない、なんて。有り得ない事を口にして、なのに期待などしていない。ただの独り言。
だって此処には、一人しか居ないのだ。
「遠野俊。俺の名前。だけど俺はもう要らない。じゃあ今の俺は誰。今度は誰かに必要とされる人間になるのか。それともまた捨てられるのか。判らない。だってもう、俺の物語は終わった。終わり。終わった紙芝居は捨てられる。過剰在庫は邪魔になる。この本は面白くない。だけど他の本もきっと面白くない。そうだ、歌おう。歌。でも歌ってどうなる。どうにもならない。楽しくなるかも知れないけど楽しくないかも知れない。だって誰も聞いてないのに。それじゃあ独り言と同じ。それなら誰も聞いてないなら気を使わなくてイイ、やっぱり歌おう。どうして歌うんだ、だって誰も聞いてないのに歌う理由がないだろう。じゃあ本を読もう。本を読むのに理由は要らない。要らない子に理由は要らない。要らないから要らない子なんだ。
他に、理由はない」
淘
汰
の
果
て
に
刻
ま
れ
し
烙
印
Invisible stigma After the fall
「遠野俊。要らない子。捨てられたらもう、誰にも拾って貰えない。だから俺は独りぼっち。一人で読書をしても誰もおかしくは思わない。本は一人で読むものだ。そもそもここには誰も居ない。そうだ朗読しよう。誰も聞いてないのに。誰の迷惑にもならないから大きな声で読もう。でもこの本には読む文字がない。だってもう物語は終わった。次は何が始まる。何も始まらない。だってここは、ゴミ箱の底」
びりびり無惨にも破れたドレスの破片が、あちらこちらに散らばっていた。BGMは静寂、独り言、ページを捲る音。
ここには誰も居ない。
ここには誰も来ない。
ここには要らないものしかない。
けれど、要らなくなる前は何が欲しかったのかと問い掛けても、答えはなかった。
「カイちゃん」
だって、全てが終わった後なのだ。
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