帝王院高等学校
ブラック企業とブラコンに半ケツを下します
「うっせぇな、判った判った、写真撮って来てやるから叫ぶな」

電話口から刺す様な声に痙き攣りながら、片手で割った卵を手早く掻き混ぜる男は流れる様な動きで半解凍した肉の塊にペッパーミールから挽いた黒胡椒を振り掛けた。

「ああ、今日はランチまでだ。いつものバイトが二人、仕込みは終わらせとくから頼む。…ああ?テメェはレジに入んな、俺のメモ通りにランチだけ作ってろ。他のメニューは材料切れっつっとけ」
「おはようございます、店長」
「早く来させて悪いな。………良いか、愛弟子の写真が欲しけりゃ余計な事ぁすんな。判った判った、可愛い弟の写真だろ、しつけぇ野郎だ。だからうっせぇ…あ」

肩で挟んだ受話器が滑り落ち、入ってきたバイトの青年が慌てて拾い上げる。まだ騒がしい電話口から声が漏れていたが、仕込みを優先した店長は「切れ」と一言。慣れたもので、苦笑しつつ電話口に「と申してますんで失礼します」と伝えた彼は通話終了ボタンを押し、元の場所に受話器を置いた。

「今の斎藤さんですか?」
「ああ。家の都合で開店ギリギリに来るんだと」
「あ、でも来てくれるんですか?助かりますー」

開店は11時、喫茶店としては遅い方だろうがレストランとしては一般的で、ランチタイムは15時まで。それから3時間店を閉めて、18時からバータイムとして間接照明に変え、ムーディーなカフェバーへ姿を変える。
昼夜でメニューが替わる為に仕込みも二倍、なので朝の忙しさはランチタイムの忙しさとは一味違った。

「前から言っといた通り、悪いが俺は開店前には出るから、任せたぞ。まかないはホルモンを味噌で漬けてあるからそれ焼いて、後はランチの余りもんでもつまんどけ」
「了解でーす。今日はランチだけでしたっけ。あ、でもデザート系は出しても良いですか?盛り付けは僕でも出来るんで」
「そうだな、覚えてるもんは出しても構わんが、無理すんなや。万一お客キレさせて、オーナーの耳に入ったら全員吊るされんぞ」
「心得てます。兄貴からオーナーの恐さは耳タコなほど聞いてますから」
「そうだったな。アイツ元気か?一昨年脱退してから結婚したんだったな」
「あー、こないだ帰ってきた時に子供がやっと歩いたって言ってました。義姉さんの実家の工務店で働いてるんで、色々あるみたいですけど」

そら大変だな、と肩を竦めた男が無駄のない動きで器具を片付けていき、倉庫からコードレス掃除機と菷を運び出してきたバイトは、手早く掃除機を掛けてから、店中の窓を開け、店内の各席をざっと整えてからテラス席に舞い込んだ落ち葉を掃いていく。
早朝の商店街に、人はまだ殆ど見当たらない。今日はいつもより早い出勤だ。

「てーんちょー、回覧板が着てますー。お隣に持ってくんで印鑑下さーい」
「あ?さっき見た時はなかった筈だが…ほらよ」
「今日は旦那さんが持ってきたんですかね。奥さんだったら絶対声掛けて来ますし」
「何でも良いわ。客でもねぇのにべらべら長時間つまんねー話ほざかれんのも迷惑だ」
「店長、…ファーザーの前でそれ言ったらそれこそ吊るされませんか?」

顔色の悪いバイトを横目に回覧板のチラシへ目を落としつつ、

「…言うなよ?」
「幾らファンでも、兄貴と違ってカルマに入りたいともファーザーに話し掛けたいとも思いません」
「それが良い。俺だってメンバーじゃねぇし」
「医学生のヤンキーとかないですわー」
「店が繁盛し過ぎてるお陰で単位足りてないがな。そろそろ休学すっか…」

何せ店長とオーナーが揃ってイケメンなのでアルバイト募集に引っ掛かるのは女ばかり、辛うじて入ってきたバイト数人で殺人的忙しさの店を回さなければならない。去年までは夕方から頻繁に顔を見せていた佑壱も頻度が減り、殆ど過労死寸前だ。
回覧板のチラシに生命保険のものが紛れている事に気付いた二人は何ともなく沈黙し、目を見合わせた。

「お前、そろそろ社員になれよ…」
「…保険加入してくれるって言われてもご免です。保険入った瞬間死にます」
「今誰か一人でも辞めたら俺泣くぞ。泣いて玄関先で土下座すんぞ。ゲイの痴話喧嘩だと思われたくなけりゃ、俺を捨てんな」

インテリ風に見せて中身は元ホスト。殺意さえ感じる凄まじい目で見つめられたバイトは己の体を抱き締め、逃げ腰半分、

「わー、愛されてて僕も泣きそうだなぁ…。その前に斎藤さんを何とか騙くらかせないんですか?お友達でしょ?」
「ありゃ気前が好すぎて経営には向かねぇ。しょっちゅうサービスしようとする馬鹿だから。昔から馬鹿餓鬼だった」
「ああ…。店長が若かりし頃につるんでたお仲間の一人でしたっけ…」
「馬鹿抜かせ、アイツは後輩だ。いきなり喧嘩吹っ掛けてきて、ぶっ飛ばしたらなついてきた根っからのマゾだぞ」
「えぇ?そんな風に見えなかったけど…でも店長、店長も見た目はSっぽいのに休みなしで働いてるんですから、似たもん同士?」
「良く言った、捌いてやる」

刺身包丁で軽々と骨付き肉をぶつ切りにした似非インテリから、震え上がったバイトは回覧板を抱えて足早に逃げ出す。


カフェカルマ。
ドS店長とドSケルベロスと名高い不良オーナーが切り盛りするそこは、某ドMをパパと呼ぶワンコの集う場所。バイトが次々と辞めたいと漏らしては逃がして貰えないブラック企業。

ザクザク肉を叩き切っていく男は、元々神経質そうに見える美貌をやつれさせながらも、気分はそう悪くなかった。



「まっさか、ファーザー直々に招待してくれるとはな」

彼の携帯の中で唯一保護ロックが掛けられたメールは、煌びやかな男と男が絡み合う無駄に大きなデコメを無視すれば、勤労な彼の宝物になったと言えよう。




そんな彼の携帯に珍しく父親から連絡が入ったのは、仕込みを終えた頃だった。





























「っはよー!とっしっえっ、姉ちゃーーーん!!!」
「ぐふ!」

腹に衝撃を受け目覚めた瞬間、チカチカ舞い散る視界に覗き込んでくる茶髪の子供が見えた。ニコニコ無邪気な笑顔で、たった今、伯母を圧殺し掛けた雰囲気は微塵もない。

「ぅ」
「俊江姉ちゃん、また俺のこと忘れたのかィ?」
「ぐ…」
「イイってイイって、姉ちゃんモルツハイドーなんだろ?年取ったらボケんのはしゃーねーし、今日も自己紹介するから!」

それを言うならアルツハイマー。
しゅばっと腹の上から飛び退いた少年はビシッと片手で指差し、クネっと腰を揺らしながら、バチコンとウィンク一つ。

「俺を聞け、俺を見よ、銀河を駆ける正義の仮面!ダレダーレッドとは俺の名さ!遠野舜14歳っ、嬉し恥ずかし独身です!好きな人はカップメン、好きな食べ物は俊兄ちゃん☆」
「…それ逆じゃね?」
「え?!あっ、また間違えた!ちきしょー、やっぱアホ兄貴が俺のベッドに潜り込んでた所為だ、ぜってーそうだ。…もっかい殴っとけば良かった」

ぶつぶつ呟きながら、畳に転がっていたノートを拾った少年はパラパラと捲り、広げたページを見せてきた。

「俊江姉ちゃん、姉ちゃんはもうアラサー越えちゃってんの。姉ちゃんは見た目だけ姉ちゃんだけどオバンなんだ。判んなくなってると思うけど判ってくれ、何か俺も判んなくなってきた」
「誰がオバンだコラ、鶏ガラと一緒に煮るぞお主このやろ」
「あたたたたた!あたたたたた!!!ヒィ!許しておくんなましお代官様ァ!あたたたたた」

ぐりぐりとこめかみを拳骨で痛め付け、号泣し始めた甥を横目に立ち上がった人はボリボリとキャミソールから丸見えの脇を掻き、ふわーと大きな欠伸を発てた。

「あー、なーんか、凄い良く寝た気分だよィ。…つーか何で実家に居るのかしら?しゅーちゃんは何処?」
「ぐすっ、ひっく………ん?姉ちゃん、お尻ちょっと見えてる。隠しとけよ、一応女の子なんだから」
「あらん?何か頭が軽い…んんん?髪の毛どこいった?…ああ?うん十年懸けて伸ばしてきたご自慢のロン毛が!こりゃ、よもや家出しておるぞ!ん?出家の間違いかァ?」
「へ?姉ちゃん、それ自分で切ったんだろ?父ちゃんが言ってたぞ?」
「…何ですとォ?」

バタバタと布団をそのままに和室から廊下を駆けていく伯母を追い掛けた少年は、姿見を凄まじい眼光で睨む極道面に首を傾げる。彼女のそれは、いつもと違う反応だ。

「んー?何か変だねィ。んーと、俊江姉ちゃん、旦那さんの名前言える?」
「当たり前でしょ、しゅーちゃんは遠野秀隆。惚れた欲目だけじゃなくイケメンで、ぷよぷよが強いのよ!ついでに言っちゃうとあっちの方も、ぐふふ」
「おはようございます伯母さん、うちの弟に変な事を吹き込まないで頂きたい」
「ぷにょ」

ぬぅ、と出てきた長身が少年を羽交い締めにし、旦那の下半身事情を暴露し掛けて未遂で終わった人は唇を尖らせ、いつのも癖の様に髪を掻き上げようとして不発した。

「久し振りじゃない、和歌。西園寺はど?イケメンだらけ?生徒会はやっぱ役員同士でイチャイチャしてんの?和歌もそこらのチワワを片っ端から食べちゃってたりするんざます、イイのょ、おばさん判ってるから。ハァハァするわねィ!」

頭の上にハテナマークを飛ばす弟は兄の腹に肘鉄を喰らわし素早く離れ、弟の鬼強い一撃に鼻息を荒げつつクールを装うドMブラコン兄は、シャープな眼鏡を押し上げる。



「舜、兄さんは朝ご飯でお前が食べたい…はぁはぁ」

悲鳴を上げた少年は、半ケツババアの手を取ると、光の早さで居なくなった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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