帝王院高等学校
お茶のお供には濃い味のお菓子でっ
「…やはり、何度調べても陛下の血を継いだ証は出ないのう」

薄暗い部屋のモニタを今の今まで眺めていた男は背凭れに背を預け、長い息を吐いた。

「以前、サラの元から採取した毛髪が、明らかにルーク坊ちゃんのものではない事だけは確かだが…。あれのサンプルはまだ残してあったかな」

立ち上がり、巨大な冷凍庫の分厚い扉を前に立ち止まる。

「…ルーク?何故、帝王院秀皇はそう名付けられた。己の子であればナイトを譲れば良いだけ、陛下の子だと疑っておったならばそれこそキングとでも名づけておけば良い。男爵は唯一無二、亡きレヴィ前皇帝が継承しなかったキングの銘は、彼の長兄が継いでいたものだった」

キングもクイーンも、盤上には一つしか存在しない。
爵位を持つ者を王、その配偶者を女王、長いグレアム一族の歴史の中で、その二人は特別だった。

だからこそレヴィ=グレアムは自身こそ王を名乗る事はなかったが、三度の妻を娶り八人の子供を失って尚、最後の后に迎えた彼だけを、クイーンと呼んだ。あの男らしい彼は決してそれを認めず最後まで自分を騎士と呼び死んだが、ヤヒト=メア=グレアム、クイーンである人間のみが名乗る事を許されたメアの名を持つ、ナイトメア。

王の傍らで王にのみ幸福を与える黒髪の騎士。

「盤上、に。ルークは二つ。…陛下が仰ったのは、成程、確かにこれは不自然。聡明な帝君であり、我が冬月が仕えた帝王の末裔が名付けたにしてはお粗末だ」

夥しい数のケースを掻き分け、保存ストッカーから取り出した試験管を手に取り、踵を返す。

「ルークは、二つ。…双子だったとすれば、対比してみるも一興よの。何せ手掛かりがとんと存在しない」

昔、哀れな女が自分を頼ったのは、自分が人工授精で子を作ったからだ。
研究ばかりで家庭を顧みず、通過儀礼の様に結婚した女は元から年上だった事もあり、気付いた時には子供が産めなくなっていた。女が妊娠可能である時期など知れている。なのにただの一度たりと文句一つ言わなかった老いた彼女はいつしか蝕まれていた病を抱えたまま、たった一度だけ、子供が欲しいと言ったのだ。

手術をすればあと数年、生きられたかもしれない。
然し彼女の命を守る為とその願いを無視する事は出来なかった。自分は、いつか過ごした地獄の様な実家でひっそり息を潜めていた伯母の様に。あの金に汚く女子供にも手を挙げたよそ者の伯父の様に、家督を虎視眈々と狙っていた叔父の様に。家族を省みる事なく、人を不幸にしたのだ。


体外受精で老いた子宮に子を迎えた彼女は酷く幸せそうだった。
無事生まれたら今度こそ手術をすると笑っていた彼女は無事出産し、それから数年を生き延びたが、漸く物心が芽生えたばかりの娘を残し旅立ったのだ。
男手一つで育てた娘は早々と家を出ていき、いつしか日本に定着していた。女優として人気を博したのは最初の何年か、今では辛うじて仕事を繋いでいる状況だと言う。

彼女が現れたのは15年程前に一度だけ、生まれたばかりの赤子を抱いて、やつれた顔の目だけがギラギラと吊り上っていた。誰の子供かは言わず、『失敗した子育てをやり直させてやる』と押し付けてきた子供は乳離れも済んでいないに違いない。

拠点を日本へ移す事にした。
丁度その頃には神の代わりに日本へ渡った男が内密で子供を作っていたとして、幹部クラスの監視役が必要だった事もある。けれど遅かったが。全てはいつも、手遅れになってから知らされる。


「…検査結果が出たか?」
『照合エラー。幾つか類似点はありますが、二つの遺伝子は一致しません。仮想領域で培養した結果、コード:ルークのものと一致しました。該当のない毛髪はDNA配列から想定される成長パターンを可視化、合致率は11%〜70%程度と想定されます。解析結果を展開します』

モニタに映し出された顔。
現皇帝の煌びやかな銀髪。
もう片方のデータは幾つかのパターンに分かれ、それぞれ違いはあれどどれも双子とするには似ていない別人の顔だ。何せ髪が黒い。

『ルークの所有する遺伝子では推測される全ての仮定パターンでヘアカラーは白磁、アイズカラーは蒼、黒、赤褐色。重度アルビノ症状により第一段階では紅、人工角膜定着後に投与を開始した紫外線保護薬により紫外線下では淡黄』
「何、それでは若の髪はアルビノで減色した訳ではなかったのか」
『コード:ルーク遺伝子配列に著しい障害を確認。以降、継続診断は不可能。残るデータの仮想復元での信頼度は最高で70%、ヘアカラーは黒、赤褐色、アイズカラーは黒、灰褐色、焦茶。保有するDNA体の血液糖質はO型Rh+、帝王院秀皇のDNA配列に33%適合』
「…ふぅむ、まぁそうだの。判っておったとは言え、やはり簡単には行かないものだ。なーに悪足掻きじゃ、データバンクに残る全ての職員のDNAと該当するものはないか調べてくれ」
『了解。セントラルマザーサーバーに保有する全記録を解析、解析終了時間は想定300時間です』
「暫く懸かるの。良い、何ぞあれば儂の固有回線に送ってくれ。セキュリティは厳重に、他に知られてはならん」
『了解。シークレットモードで解析を開始します』

短いノックが聞こえてきた。
認証すれば自動で開くドアを叩く物好きは、この場所には殆ど居ない。返事をすれば開いたドアの向こう、湯呑と茶菓子をトレーに乗せた女性は皺くちゃの顔に笑みを浮かべやってきた。

「久し振りじゃのう、婆さんや。死んだ時のまま変わらず、アンタは美人じゃのう」
「いやですねぇお父さん、お仕事ちょっとお休みにして、お茶にしませんか。そろそろ隼人が帰ってくる時間ですよ」
「…そうだなぁ、もうそんな時間か。おい婆さん、もっとこっちに来てくれ」
「はいはい、何ですかお父さん」


素直に近付いてきた人の首に手を回し、もう片手で傾きかけた湯呑を受け止めて。





「アラーム設定を解除し忘れておったわ」

























迷えば良い。
悩めば良い。
取り返しの付かない所まで迷い込め、たった一つの選択肢に希望を抱くほど疲弊し手を伸ばせ。
止まるならば寧ろ喜んで、他の誰からも奪われぬ場所で二人きり。
老いるならば寧ろ望んで、



おまえだけ あれば ほかに なにも のぞまない



おまえ の こえを きくだけ の みみ と

おまえ の すがたを みるだけ の め と

くちづける ため の くちびる

いだく ため の かいな



それが すべてだ。

それが すべてだった。




迷い込み鼓動を止めて、魔法を掛けろ。
二人の人間が共に老いる魔法を。
人間へ生まれ変わる魔法を。




優しく髪を撫でるその手で、その唇で。



赤い、紅い、
禁忌の実と同じ、所有の烙印で。




お前は知っているのだろう?
呪文は既に、唱えられている事を。









私は最早抜け殻だ。
七日の愛を歌い続けた蝉の、成れの果て。












さぁ。
いつまで躊躇っている。いつまで嬲り続けている。

僅かでも慈悲があるのならば躊躇わず、寧ろ一切の容赦なくその刃を突きつけろ。
私の耳と目と唇と腕を残す所なく全てを灰塵へと還すべく、果てしなく膨大な宇宙へ屠る為に。








混沌から生まれし騎士よ。黒き刃を掲げし皇帝よ。





















空蝉である私を殺せ。



















ガサガサ慌ただしい部屋に気づいてドアをから覗き込めば、ここのところ別人の様に大人しかった双子の片割れが生き返ったかの様にメイクアップに勤しんでいた。ばっちり塗り込んだ化粧は然しいつもとは違い、完全に作ったナチュラルメイクではないか。ナチュラルに見せた特殊メイクだ。どう見ても慎ましい良家の才女にしか見えない。

今度は何を企んでいるのか。


「り、リン?おはよう。何これ、どうしたの…?」
「あ!良い所に来たわねランっ、ちょっとこれ見て!こっちのワンピースとこっちのスカート、どっちが良いと思う?!」
「え、ええ?どっちもあんまり露出がないんじゃない?リンはミニスカートかシースルーばっかりじゃん」
「だから地味なアンタに聞いてんのよ!どっちがアンタの好み?!」

何が何だか、恐る恐るワンピースを指差したが、それは完全に彼女の好みではない。地味な淡い色合いの、丈が長いものだった。春らしい色合いではあるが、意気揚々と着替えている人の性格とは真逆の装いだ。
随分雑然とした部屋の中は何日も引き篭っていただけある。付けっぱなしのパソコンにはナチュラルメイクの講座が表示されており、菓子の屑や化粧道具が散らかったテーブルには数々の雑誌。何となく見れば、ローカル誌を飾っている男達の表紙に『カルマ特集』とある。

「カルマって、ファーストのチーム?弱そうな奴らばっかりでプリンスルークに歯向かってるって、あの」
「そうよラン。私やっと判ったの、確かにプリンスルークは家柄も存在感も抜群の結婚相手だった。顔だけなら未だに私はヴァーゴの方が好きだし、あの人を見下した目にぞくぞくしちゃう。…でもね、そんなのは全部偽りなのよ!」
「えっ、えっ?」
「私が馬鹿だった…!ベルハーツなんかに!あんなっ、ずっっっと部屋に篭って勉強かトレーニングばっかしてた奴が婚約者だなんて言われて、我を忘れていたのよ!考えらんない!屋敷中のメイドを体で従わせてる様なあんな男如きにっ!きーっ!」
「屋敷中の男の人を体で誘惑してたリンがそれを言っちゃう…?」
「お黙りなさいこの処女が!」

ガツンと頭を殴られ声もなく屈み込み、恐ろしい笑みを浮かべてわなわな震えている片割れを見上げた。その恐ろしい笑みに悲鳴は何とか飲み込んだが、恐いものは恐い。
ここは大人しく言いなりになった方が賢明である。確実に。

「…ラン、アンタがのうのうと処女で居られたのは誰のお陰が言ってみなさい」
「り、リンのお陰です…っ」
「そうでしょう、そうでしょうとも。頭の中身はすっからかんの癖に睾丸はパンパンの醜いジジイ共を毎晩相手にしてたのは私」
「睾丸…」
「そうね、私の魅力に溺れて言いなりになる男共を見るのは気分が良かったし、セックスは女を綺麗にする最高のエステだもの。ババア…おいぼれた女王には出来ない女の武器を使って地位を確固たるものにする為に、必要だったの。…判るわね?」
「は、はい…。判ります…」
「アンタの言ってた事は半分正しくて半分間違ってたわ。それを見なさい」

腕を組んだエセお嬢様に言われるまま床を見たが、判ったのは足の踏み場がないと言う事だけ。いや、じゃがりこの空きパッケージがいくつも落ちていた。どうやら気に入ったらしい。期間限定や地域限定のものまで落ちている。

「…どれ?たらこバター味?」
「違うわよっ!そこ!化粧ポーチの下に報告書があるでしょ!馬鹿!」
「あ、ああ、これ?」

見つけた書類を持ち上げれば憤怒の表情で頷いた片割れは、乱れた髪を早速ブラシで整えて始めた。変装を得意とする彼女の自毛は濃い栗毛の短髪だが、今日のウィッグはサラサラストレートの赤み掛かった茶髪だ。派手過ぎず、けれど決して地味でもない、お洒落だがでしゃばり過ぎない正にお嬢様。

「アンタはお洒落を全然判ってない馬鹿女だから、カラコンかそうじゃないかの違いなんて判んなくて当然」
「これ、ファーストの義兄じゃない…何?もしかしてリンが調べたの?」
「とんぼ返りで名古屋まで行ってきたわ。アイツん所に守矢さんが居るなんて想定外だったけど、何とか髪の毛を一本拝借して来れたの。…ま、日本の大学じゃ判るのはそこに書いてる程度だけど」
「何でまたそんな事…」
「ふん、あの糞ヴァーゴなんかアンタにあげるわよ…!って、そんな事はどうでも良いわ。見なさい、嵯峨崎零人の眼。あっちこっちで写真を集めたけど、高校時代のあの男はコロコロ目の色を変えてたみたいね。馬鹿ラン、アンタもそのくらいは調べてたから間違ったんでしょうけど」
「どう言う事?でもこの間のあれは絶対コンタクトなんか入ってなかった!なのにこれ、どう言う事なの?!」

書類には紺と書かれている。そして、髪の色は金。そんな、馬鹿な。

「グレアムの科学班だったら、虹彩から何から全部本物そっくりの極薄コンタクトレンズだって作れるでしょうよ。世界最新の医療技術を用いれば、目薬も有り得るわね。アンタが本能的に違和感を覚えたんなら、ゼロは敢えて普段からカラーコンタクトを使ってたのよ。わざと」
「そんな…」
「彼を生んだのはアシュレイ家の長女、マダムクリスの執事だったアシュレイ執事長の最初の妻の娘で、後添いの妻を娶った執事長にはこの他に息子が二人居る。西園寺学園に留学中の一人、幼い頃から子役として全米の映画ドラマに引っ張りだこだった方の双子の弟は帝王院最上学部に留学中。どちらもブロンドだけど、若くして亡くなった長女はブロンドには程遠い赤毛だった。何処にでも居るような、平凡な顔の女」
「…そうよ、生きている頃の写真がマダムクリスの部屋にある。サラ=フェインとアシュレイは幼馴染みで、クリス様の親友でもあった」
「美人で我儘気質だったサラ=フェインの本当の父親は入婿で、離婚してから大学教授をしてる。ブライトン=C=スミス、ハーバード大学の物理学教授。ヴァーゴの専属教師でもあった男よ。…プリンスルークの祖父でもあるわ」
「何処まで調べたの?ちょっと、私には何が何だか…」
「今のフェインにはサラの母親と、今の夫との間に子供は居ない。大きな組織の幹部だった家だけど、今は一般人として生活しているわ」

派手になりすぎないアクセサリーを色々と見比べているらしい声を見やり、片付ける気がない本人の代わりに落ちているゴミへ手を伸ばした。

「…ねぇ。これが本当だったら、嵯峨崎零人は誰の子供って事?」
「普通に考えて、母親を偽る事なんか出来ない。父親がもしブロンド碧眼だったら有り得るでしょうけど」
「だったら、」
「そう、隠す必要なんかないわ。ファーストの髪は禁忌の林檎、父親譲り。ダークサファイアの瞳は母親譲り。だったら腹違いである筈の男は、誰に似たのか。フェイン家を遡ってみても、金髪なのは今の当主とその双子の息子だけよ。おかしいと思わない?おかしいからこそ隠していたんだったら判るけどね」
「…」
「で、私は仮説を立てた。偽っているのが父親ではなく母親であれば、ってね」

どう言う意味だと眉を寄せて、暫く考える。教えてくれる気がないらしい片割れが真珠のネックレスを持ち上げた頃、漸く思い当たって目を見開いた。

「も、もしかして、ファーストと零人は腹違いでも何でもなくてっ」
「そうよ、アンタでも理解した?クリスの親友だった女がもし、クリスの卵子を持っていたらって話よ。クリスと逃げようとして失敗したクライストが、二度とクリスに近づけないよう押し付けられた形の監視役、アシュレイの花嫁を身代わりにしたとしたら。…クリスと姉妹の様に仲が良かったらしい女が、親友の男を取った訳じゃなく、親友の代わりに子供を産んだとしたなら。どうなると思う?」
「…代理出産、って言いたいの?…うん、有り得なくもない、か。だったらゼロは正真正銘クリス=グレアムの子供で、ファーストより上の位置にあっても変じゃない。ゼロ=グレアム、プリンスルークより4歳年上の男」
「今頃バロンを継いでいてもおかしくはない、ってね。まぁ、キングの息子であるルーク以外があの元老院に認められたとは思えないけど。けれどもし今ルークが崩御したら、ファーストに成り代わって男爵になる事が出来るかも知れない。何せルークにはまだ子供がいないから」
「うん、何か…まだ混乱してるけど、リンの仮説が正しい様な気はする。それで、何かするつもりなの?これだけ調べ上げたんだから、ゼロの正体を明かしてファーストを蹴落とすつもり?」
「馬鹿ね!何で私が佑壱様を蹴落としたりするのよ!」

佑壱、様?
ダンっと地団駄を踏んだ相手から素早く離れ、ゴミ袋を持ったまま意味もなく首を振る。ぶんぶん振り続けても近寄ってくる相手は固めた拳を下ろす気配はない。ああ、また殴られる、幾ら叶一門の者だろうが殴られれば痛い。二葉が異常なだけだ。あれは痛い。目から火花が出た。

「ひっ、リリリンっ、そのネックレスはお葬式みたいだから外した方が良いんじゃない…?!」
「…そう?じゃあやっぱりこっちにしよっと。うふふ、うふふふふふ…」
「リン…楽しそう、だね…」
「今日から堂々と女の格好で入れるのよ!これが楽しくない訳がないでしょ、馬鹿ねっ」
「えぇ?…まさかリン、帝王院のイベントに行くつもり…?余計な事はするなって、ヴァーゴに怒られたばっかじゃなかったっけ…?」
「ふん!ただでさえ出遅れてるのよ!ああっ、そうじゃなくても佑壱様に私の良からぬ噂を耳打ちしてる奴が居るかも知れないっ!くぅ!でも私は生まれ変わったのよ!あの日あの場所で!あの力強い腕に抱き締められた瞬間からっ、お金や地位じゃない、無論見た目でもない!男はそう、筋肉なのよ!ほら、ここにも書いてあるでしょう!」

ビシッと雑誌の一文を突きつけられて、見れば銀行強盗を倒した手柄を表彰されたカルマ副総長が、総長らしき男を背後に庇う写真と共に質問に答えている記事がある。


『トップシークレットのカオスシーザーに代わり、チーム二位のケルベロスの独占取材に成功しました!謎に包まれたカルマの秘密に迫ってみたファン待望の特集をとくとご覧あれ!』

好きな女性のタイプは、と言う質問に、

「最近の女共は大和撫子魂を忘れてやがる。一汁三菜、化粧で外ばっか飾ってんじゃねぇ、食生活を改善して中身から生まれ変われ」

と書かれてある。追記に「じゃがりこたらこバター味はうまい」と書かれてあった。
続いて、男に必要なものは何だと思いますかと言う質問には、

「なよなよした男が流行ってると思ってる馬鹿が居るが、そんなんだから女より立場が弱くなるんだ。真の男とは己の強さを極め、女子供を守ってやれる力がある奴を呼ぶ。間違っても女子供に手を上げる様なカスじゃねぇ、強さを見間違うな。鍛えた筋肉を暴力に使うな。男が力を発揮するのは、大切なものを守る時だけだ」

何とも男らしいコメントだった。これは男女共に憧れるのも無理はない。何せ顔立ち強さ共に一級品だ。

「リン…まさか…」
「素敵…私は今までこんな素敵な人を良く知りもしないで嫌っていたなんて、本当に大馬鹿者よ…」
「ファーストを好きになっちゃったの?!ちょっと、判ってるの?!だってファーストはっ、」
「言わないで!判ってるわよっ、あんな素敵な人にこんな私なんか似合わないって言いたいんでしょ!」
「いやいやいやいやそうじゃなくて、ファーストはクライスト卿の、」
「ああ!でも良いの!彼を陰ながら守ってあげたい、それだけで良いの!何の見返りも求めずにあのヴァーゴから私を守ってくれた、あの気高くも強く美しい博愛に満ちた真紅の前では世界の全てが霞んでしまうんだから…!」

駄目だ、何があったかは知らないが、打算の塊である彼女らしからず、言葉通り何の企みもないそれは純粋な思慕らしい。

「じゃ、じゃあ、ゼロを調べたのは、ええっと、蹴落とす為じゃなくて」
「当然でしょう!守る為よ。何でか知らないけどゼロは身分を隠してる。だったらそれで良い、万一本当の兄弟だったとして佑壱様を傷付ける様な事があれば、私がこの手でゼロを殺すわ…ふ、ふふふ…」
「り…リン…」
「その為に私、対外実働部の一味とコネを作ろうと思うの。小耳に挟んだ不確かな情報だけど、つい先日、佑壱様の直属の部隊がプリンスルークの怒りを買って殺されかけたらしいわ。その三人は無期謹慎処分になってるそうよ」
「そんな情報どうやって小耳に挟めるの…」
「ふふん、アンタみたいにパソコンをアニメやゲームで使ってる訳じゃないの、このオタクが。いい加減子供向けのアニメなんか見るのやめなさい」
「ひ、人の趣味に口出さないでよっ。イギリスには友達も居なくて、日本のアニメだけが心の支えだったんだから…!」
「まぁ良いわ。プリンスルークもベルハーツもヴァーゴも、全部アンタにあげる。好きになさい」

どれも要らない、と言っても恐らく無駄だ。この我儘女に口で勝てた試しはない。
ピッと散らばったタロットカードを一枚引き抜いた彼女はにやりと悪い笑みを浮かべ、

「女帝の正位置…意味は繁栄、豊穣、母権、愛情、情熱、豊満、包容力、女性的魅力。ふふふ、カードも私を祝福してくれてる」
「最初から見えてただけじゃん…」
「この私、叶鱗が本気になればステルシリーに忍び込むのは簡単…っ。ふふふ、おーっほっほっほっほっほっ!お待ち下さい我が君!今貴方のリンが参りますわ、ファースト…いいえ、嵯峨崎佑壱様!!!ほーっほっほっほっほっほっほ!」

高笑いするお嬢様。
ああ、まるであの有名な白鳥麗子の様だと痙き攣りながら聞いている。

どうして叶の一族は、勝手に主を決めて仕えたがるのか。
出奔した父の叔父である守矢も、今では嵯峨崎財閥会長の秘書であり、その息子もワラショク社長秘書。父である文仁は兄である冬臣にべったりで、二葉は男爵の忠実な秘書であり命令ならば家族をも躊躇なく殺すだろう。
従いたがる性格、どんな手段も厭わない性格、なまじ頭が良い人間が多い為に被害は増す一方。


今は心から佑壱に同情するばかりだと、ランこと叶藍はひっそり滲んだ涙を拭った。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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