帝王院高等学校
草木も眠りオタクも目覚めない朝六時っ
「おや。そんな所で何をしているの?」

その問いに答えはない。
小首を傾げ近付けば、男はぼんやりと目を開いたまま座っている。

「…何だ、スパークしちゃったみたいだね。良かった、でもやっと会えたね、ナイト」

頬を撫でても反応はない。虚ろに何処かを見つめたまま、かもすれば死んでいるかの様だった。

「僕が来たからにはもう大丈夫。何の為に僕が18年も隠れてたか判る?ふふ、取引だったんだよ」
「…」
「オリオンが僕を助けてくれた。ああでも、僕は死んだ事になってるんだ。でもね、それでも良いんだよ。僕はあの子を助けてあげられて死んだんだもの、二度と会えなくても良いんだ。組織内調査部でずっと息を殺して、キングを見守りながら君の手足になる。それがたった一つの約束だもの。レヴィとナイトの墓守が僕の役目だもの。そうでしょう、ナイト?」

白檀の香り。
檜の香り。
座り込む男の膝に頭を乗せて寝転がれば、幾つかの足音が近付いてきた。けれど構う必要はない。

「ナイト、眼鏡を忘れているね。ふふ、僕がちゃあんと用意してあげたから、大丈夫だよ」

取り出した黒縁で虚ろな眼差しに蓋をする。眼鏡。形は違っても、あの子と同じ。



「大丈夫、全部忘れてしまえば良いんだ」
「…」
「こんがらがっちゃった頭をリセットしよう、ナイト」


蒼い眼差しに慈悲さえ滲ませて、笑う声は何処までも密やかに。





































ばちーん!
見ていた自分が痛いと思うほど見事に決まった平手打ち、然しそれを避けなかった男が去っていくと、それまで張り詰めていた表情の親友は腰が抜けたらしい。



「何の、冗談、だ」
「冗談、だったら良かったんだが…。立てるか?」
「…駄目だ、頭がパンクしそうだよ俺は。おかしいな、学生時代はそこそこ成績は良かったんだよ僕…」
「ああ、知ってる。一ノ瀬と二番争いをして、いつもお前が勝ってたな」

肩を貸すつもりで伸ばした手を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。よろめきながら耐えれば、鋭い舌打ちが聞こえてくる。どうも転ばせたかったらしい。

「今はどっちなの、え?この野郎」
「しがない総務課長です社長」
「ムッカつく、昔の話とは言えこんな馬鹿を好きだった時があったなんて…!忘れてしまわないかな!」
「そうだったのか?」
「とぼけやがって!知ってて知らんぷりした癖に、こんの性悪俺様野郎!」

激しく蹴られた。かなり重い蹴りだが、これが好きだったと言う相手にする蹴りだろうか。

「過ぎた事だよ、うん。君に振り向いてもらえない悔しさから学園中の男共と寝てた俺が初めて外に出て初々しく文通なんてしてた女の子とイチャイチャしてたって、すっかり過去なんか忘れて俊江さんにベタベタしてた誰かさんには、全く!どうでも良かったんだろ、ええ?!」
「落ち着こうかオオゾラ君、声がでかい」
「どうせキングにも犯された馬鹿な尻軽だって思ってたんだろっ、ちくしょー!!!」
「ははは、首、首がもげてしまうよ社長、ははは」
「どう言う事なのか洗いざらい吐きやがれバ会長!何であの男から『初めまして』なんて言われなきゃなんないのかな、僕は!そんなに僕のお尻は記憶に残らなかったのかな!ええ?!魔性の白百合と言えばねっ、そりゃあ学園中の男が求愛してきたものさ!君は興味なかったかも知れないけどねー、能無し会長!何の為に僕は方々であらゆる女性に手を出してたの?!陽子ちゃんからは心底見放され息子からはヤリチン扱いされてまでっ、全部!家族を守るためじゃないか!いつ見つかっても良い様に戸籍まで偽造して!妻と子供の事を隠す為に遊びまくって!バカじゃないかーっ!」
「どう言う事も何も、義兄さんが言った通りだ」

ガクンガクン揺すぶられながら宣えば、とうとう彼は全ての気力を失ったらしい。

「…じゃあ、考えてなかったと言えば嘘だけど…。君の言うキングと、あのキングは全くの別人だった、って事かい」
「さっきの彼が俺の言う『義兄』、書類改竄で高等部へ編入しすぐ帝君となった方の帝王院帝都は、初めから偽りだった。…そう言う事だ」
「何、それ。…じゃあ今まで何だったの、キングは生きていたんじゃなくて、あの時、秀隆は…」
「命懸けで悪魔を倒していたんだ。あの時、何も出来なかった俺らの代わりに」

大きな犬を飼っていた。
黒い艷やかな毛並みで、大きな体格の雄。学園に迷い込んできた野良犬を手懐けたのは自分達。初めの内は決して近づいて来なかった。痩せこけて、何日も食べていなかった筈だ。何せ冬の寒い日だった。

「…ならもう、誰を憎めばいいのさ。…神威は?キングじゃなく君の子だったらいいのに、って。何度も考えてきたんだよ僕は。それがキングじゃなくて、しかも、あの子の父親は僕達が…」
「もう良い、言わなくて良い」
「そんなの、神威が可哀想じゃないか…」

彼の言葉は正しかった。そう、子供には何の罪もない。
なのに今は、その倫理的な正論でさえ頭に入っては来ない。胸の奥でじくじくと嘆き悲しむ声と痛みが、最早その境目まで飲み込もうとしている。


「義兄さん、は。シエの記憶を取り戻す為に協力してくれる」
「…そうだ、俊江さんは孫が出来るまで思い出さないんだっけ?どうするの、そんな滅茶苦茶な催眠掛けちゃって…本当に馬鹿なんだから君は。もういっそもう一度口説く所から始めれば、」
「そうだ、俺が馬鹿だった。悪魔を遠ざけなければいけないのに」
「秀皇?」
「近付けるべきじゃなかったんだ最初から。俺は判っていたのに、どうして、こんな所にあの子を…」
「どうしたの秀皇?ね、何だか顔色が悪いよ…?」

溶ける溶ける、何処から何処までが自分なのか判らないほど。全ての記憶が漸く一つに交わって、最初に浮かび上がってきたのは憎悪に近い感情だった。可愛がっていたからこそ、裏切られた様な悲しみばかり、全身に。


「…神威は俺の子じゃない」
「何があったの?」
「あの子は俊を苦しめる、悪魔なんだ」






可哀想に。ああ、そうだ、確かに可哀想に。
あの時死んでいればあの子は罪を犯す事などなかったのだ、と。本気でそう思った。




































『面白くない顔をしているな、貴様』




声を聞いていた。
それは、夢うつつの世界だ。



『捕まえ損ねた蝉に、小便でも引っ掛けられたか?』
『─────無礼な』
『戦後、急速に高度成長を遂げたアジアの島国に礼節を問うとは、面白いな。時として礼儀を忘れた方が正しい時もあろう、そう、子供は子供らしく少しばかり羽目を外すくらいで』
『…下らん』
『可愛くない子供だな』
『黙るが良い、人間が』
『お前も人間だろう?で、お前の、名前は?』


夏の日、夏の公園、蝉の声。
照り付ける太陽、風の無い炎天下、焼き付く肌が痛みを放っている。

片方の声は、そうか。祭美月のものだ。来日してすぐ、彼の父親がやってきた。金と欲に塗れた汚らわしい男だった様に記憶しているが、男はただの付き人だった。


ブロンドの美しい女性を傍らに、黒髪の男は灰掛かった緑の眼差しに嫌悪とも畏怖とも取れる微かな色合いを必死で封じ込め、アジアへようこそ、と。おおよそ歓迎しているとは思えない表情だった様に思う。あの家系には度々珍しい眼を持つ子供が生まれるのだと聞いたのは、いつだったか。


大河白燕と名乗った男の腕に抱かれた子供は、父親似の緑の瞳を吊り上げていた。不審者を見るかの様に。
祭楼月と名乗った男の傍らには艷やかな黒髪の子供。祭当主の期待に満ちた眼差しが二葉へ注がれている事には気付いたが、あの頃から鉄壁の愛想笑いだった男が何を考えていたかは知る由もない。






『そなたに教授する謂われはない。…消えろ、脆弱な人間』

じわり、じわり。
確実に紫外線が蝕む、感覚。

この記憶はいつのもの、だったか。記憶が曖昧だ。幾つもの断片的な記憶が自己都合のまま繋がって、明確な記憶として再生される事はない。聞いていただけの他人の会話を自分の記憶と思い込むほど、曖昧だ。


『脆く弱いのは人の常。この身には太陽神の迸りを掬った血液が流れている、だから人間だ』
『…偶像崇拝は愚の骨頂だと知れ』
『太陽が嫌いなのか、お前は』

違う。これは確かに、自分の記憶だ。
ただ、恐らく自分は眠っていた。日差しから逃れるように。だからこれは一方的な会話を聞いていただけで、返答は全て、声になっていない。そうだ。

『触るな』
『気付いたか?…何度見ても、ルビーの様な紅い瞳だな。とても甘そうだ』
『…触るな、』
『酷い熱だ。脱水症状を起こしているかも知れない。だから水筒を持っておいでと行ったのに』


浮遊する躯。
木陰へ木陰へ移り変わる風景、額に冷たい感触、蝉の声。


『麦茶の方が良かろう。カフェインが含まれていない』
『…ん』
『慌てず、ゆっくり飲むんだ』

唇に冷たい感触。けれどあれは生温かった。近づいてくる足音、これは、誰だったか。

『そいつ、いつも寝てます。えっと、起こす、アイツから怒られます。あそこ、アイス食べてる、意地悪です』
『君はお姫様の騎士か?綺麗だな。髪がきらきらしている』
『お姫様?だれ?』
『名前は?』
『なまえ?…んー、あ、ネーム?マイネームは、』
『…ルー、ク』
『あっ。こいつ起きました』

枯れた声は自分のもの。間違いない。
蝉の騒がしい音、額を撫でる手、不審者ではないと悟ったのか、単に転がってきたボールを拾って満足したのか、日向の足音が遠ざかる。

『…ほう、チェスの駒みたいな名前じゃないか。歩兵なのに陽の当たる場所を厭うのか』
『色素欠乏…だ。厭う厭わんの問題ではなかろう…』
『そうか。…ふ、今日は沢山喋るな。この間より』

遠くから誰かの幸せな笑い声が聞こえてくる。
近くから蝉の声が絶えず、絶えず。


『そなたの名、は』

声にはならなかった筈だ。掠れた喉は張り付き、水を水をと喘いでいる。
また、唇に何か触れて。冷たい液体が喉を通る。

『もう忘れたのか?…ナイト=ファーグランド。同じチェスの駒だな』
『…下らん、戯言を』
『戯言か。信じるも信じないも即ち自由、信じないならば良かろう、』
『何が可笑しい』
『私がお前の騎士になってやる。太陽を嫌い強がるばかりで寂しがり屋な、…月の女神の騎士に』

冷たい掌、涼やかに吹き抜けた一陣の風、にも関わらず力強い蝉の声が、



(誰が、虚勢だと。私が太陽を厭うのではない)


『二度目だ。今度は忘れないでくれ。誰よりも強い男になって、』


(誰が、孤独だと。厭うのは、…太陽の方だ)


後は全て、夢の中で吐き捨てた言葉だ。音にはなっていない。
だから彼は楽しげな声音で囁いたのだろう。だからそれを聞きながら酷く苛立った気分で、声にならない憤りを抱えたまま、





『…迎えに行くと言っただろう、ルーク』























「何をしている」


数時間振りに見た男の声音はいつもと同じ、無機質を固めたものだった。
ロッキングチェアーに揺られ夢うつつだった人が目を擦りながら起き上がり、何事かと首を傾げている。目を閉じていただけだと思っていたが、どうやら自分も少しばかり眠っていた様だ。

「お帰りなさい帝都さん。まぁまぁ、どうなさったの?頬に手形がついてますよ?」
「…そなたが気に病む必要はない。隆子、休むなら寝所へ」
「あら、ごめんなさいね。お友達方とお茶をしていたら、いつの間にか…」
「お手をどうぞお祖母様。お供致します」
「あら、有難うルーク、きゃ!あら、あらあら…」

僅かばかり蒼い眼差しを歪めた男の背後に、何とも言えない表情の第一秘書の姿がある。状況を知らない彼女を前に何を言える筈もなく、手を取った人を抱き上げ真っ直ぐ寝室へ向かいベッドへ下ろせば、カーディガンを脱ぎながら柔らかく笑んだ人は何処までも幸せそうだった。

「あんなに軽々、私を抱っこしてくれるなんて…本当に大きくなったのねぇ、ルーク。…そうね、あなたはもう18歳だもの。立派に大人ね」
「お戯れを。思慮の至らぬ私など未だ赤子同然、…風邪を召されぬようお休み下さい。明朝、式典の出席がございます」
「そうね。お休みなさい、ルーク」

皺の目立つ白い手の甲に口付け、ブランケットの中へその手をしまってやり、背を向ける。部屋を出る間際、もう一度名を呼ばれ振り返った。

「…貴方には話していなかったけれど、あの子…秀皇がねぇ、見つかったのよ」

うとうと、寝入る間際の舌足らずな声音は酷く幼い。知っている、と。言わなかったのは彼女への配慮、などと。綺麗事は通じるだろうか。

「まだ何かあったのだけど…何だったかしら………良いわ、今度ゆっくり、話すわね…」
「良い夢を」

照明を落としドアを締めれば、待っていたらしい男が無表情で見つめてくる。どうやらご立腹の様だと他人事の様に考えて、構わず目の前を通り過ぎソファへ腰掛けた。


「ネルヴァ卿、茶を此処へ」
「…畏まりました」
「構うなネルヴァ。此処はセントラルでもなければ、そなたはセカンドに役職を譲った身。これに従う謂れはない」

哀れ、金髪と銀髪の台詞で路頭に迷った男はバトラーを呼びつけ、茶の用意を任せている。触らぬ神に祟りなしとばかりに早々と部屋の隅に退避し、傍観を決め込んでいる。

「そなた、何を何処まで把握している?」
「…さて」
「答えよカイルーク。…無論、返答次第では爵位剥奪程度では済ませぬ」

ならば答えてやろうと、気怠い足を組み、唇に笑みを刻む。笑う、と言うのは簡単だ。二葉の様にただ、唇を吊り上げれば良い。


「では全て、と。お答えしようか」
「全てだと?」
「そう全てだ、キング=ノヴァ。貴方の遺伝子を以て生み出されたシンフォニア、全20体のプロトタイプから成功したのは2体だけ。アダムとイブ、ロードとクリスティーナ」

神でさえ言葉を失う瞬間だ。これは酷く気分が良いと思った。けれど自虐的な愉悦はそう続かない。

「彼らを研究班は貴方の弟妹として育てた。然しそれらの報告がなされたのは随分と後の話らしいが、父上。今の医療班の班長は、当時のプロジェクトに加担していた一人でもある。当時の責任者の殆どはシリウス卿の怒りを買い姿を消したので、他にこの話を知る者はいない」
「…何処で調べた」
「何、セントラルサーバーに残っていただけの事。私はマザーサーバーのデータを全て把握している。機械頼みで無知な支配者など先が知れていると思いませんか」
「馬鹿な事を」
「例えデータを消した所で無意味だと申し上げよう。ご存知でないと見えるが、一度記憶媒体に書き込まれたデータは、例え消去しても何らかの足跡が残る。米国の国防総省のサーバーであろうと、私を前では意味を成さない」

息を飲んだのは壁際の秘書だろう。不気味なものを見る目をしている。

「愚かにも彼らは考えた。不完全体である皇帝では先が知れている。ならばアダムとイブを掛け合わせ子を作れば、完全なる神が生まれるのではないかと。…いつの世も、下らん事を考える者が居るものだ」

運ばれてきたティーカップから湯気が登る。口を開かない目前の男を眺めれば、確かに左頬が赤い。まるで叩かれたと言わんばかりに。

「計画が露見したのは30年前。当時16歳だったロードが先に日本へ、その数年後、発見当時13歳だったクリスはセントラルの最深部へそれぞれ隔離された。それからすぐにクリスは留学生だったクライスト卿と出会い、逃亡を謀る。然し残念ながらそれは失敗した。…それからは私の想像に過ぎないが、」

優秀だった嵯峨崎嶺一は本部のスカウトを受け、対空情報部への入社が決まった。彼の実家がアジアの航空会社である事から、未踏の地であった日本への橋掛かりにするつもりだったのだろう。社訓である日本への不介入は前々代の取り決めたものだ。威力は薄まっていた。

出会った二人は恋に落ち、監禁されていたも同然の娘は初めて見る赤毛の男の手を取る。
彼女は男の命と引き換えに地中深くへ戻り、以降、ファーストが生まれるまで軟禁状態にあった。


「貴方からの命令は出ていない。とすれば、彼女らの正体の露見を恐れた元老院が命じたのだろう。然しクライスト卿は諦めてなどいなかった。彼女の身柄と引き換えに得た枢機卿の地位を活用し、息を殺して待ったのだ」

何処で二人が再会したのかは判らない。けれどイブは身篭った。
元老院満場一致で母子共に葬られそうな所で漸く、神は口を開いたのだ。生かせと。殺す事は許さないと。

「彼女は貴方の妹などではない」
「おやめ下さい坊ちゃん、」
「彼女は貴方そのものだ、キング=ノヴァ。それはロードも同じ事」

ならば、と。
組んでいた足を解く。歯痒げな秘書を横目に沈黙している神を見据え、

「気が狂ったサラ=フェインは赤子の髪を後生大事に持っていた。赤毛の、ダークサファイアの瞳を持つ子供。私の様に異常な状態で生まれた子供ではなく、健康体の子供。成長すればブロンドになると狂った様に何度も繰り返していたが、残念ながらあれは黒髪だったらしい」

彼女は時折時計塔へやってきては、優しい人を罵り足蹴にしていった。
ロードをキングと信じ慕っていた女は醜い嫉妬をしたのだ。あの悪魔は、秀皇を取り巻く全てを破壊しようとしていたから。帝王院を掌握し、いつか己こそが神になるのだと本気で信じていたに違いない。

ただ、望まず作られただけで。


「サラは愚かではない。産み落ちてすぐに聞かされた私達の血液型で悟っただろう。ロードと同じ蒼い目を持つ子供が、誕生して良い筈がなかったからだ。私はAB型。A型のサラとAB型の帝王院秀皇から、О型は生まれない」

だからどんなに子供を愛していても、彼女は手放すしかなかったのだ。殺されてしまうと錯乱して秀皇に取り縋り、助けてくれと泣き叫んだ。

「ならば私は誰の子だと考えた事はある。この顔で、けれどファーストはО型だ。クリスも枢機卿もО型である事は調べてある。ならば同じ遺伝子から作られたロードも貴方も、О型であるのが事実。けれどロードとサラから私は生まれない。そう、奇跡でも起きない限り。ではやはり私は帝王院秀皇の子だ」
「…」
「だが万一。有り得ない事とは言え万一、私がロードから生まれていたとして、私もファーストも、貴方の子である。ただそれだけの事。それは先にお伝えしたでしょう、父上」

幾つも考えた。
いつか、幼いあの日、暮れなずむ町並みを並んで歩く夫婦の姿を見つめ、声も泣く泣いた日からずっと。

美しい光景だった。
愛し愛される者同士が仲睦まじく並んで歩く、ただそれだけで。自分が如何におかしい女から生まれたのか思い知り、自分が如何におかしい子供か思い知るには十分だった。


「なればこの国の戸籍上、帝王院秀皇の義兄である貴方の息子であれば、私の名が変わる事はない。帝王院神威、そう名付けたのは他でもない、帝王院秀皇その人である限り。…何か異論がおありか、キング=ノヴァ」
「…如何なる、如何なる理由があるとして、そなたが許される事はない」
「私は帝王院の保有する全ての株を手に入れ続けます。誰に何度邪魔をされようと、死するまで」
「何を考えているのだ、そなた」
「申しませんでしたか?特に何も。…いや、敢えて言わば、」



窓の向こうが明るくなってきた。
小鳥の囀り、こんな日でも朝練を休まない勤勉な生徒らが声を出しながら走っていく足音、





「未だ現れぬ、騎士の事ばかり」

←いやん(*)(#)ばかん→
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