帝王院高等学校
ぎゅぎゅっと情熱的な朝つめこみました!
「ロマンと論理的綺麗事は別もんだろ」


あ、夢だ。
疑うべくなく納得したのは、声こそ呆れるくらい尾てい骨に響く雄の、見た目は『お姫様』が居るからだ。


「おや、夢と現実の違いとでも仰いますか?面白味のない。お砂糖は?」
「俺様はテメェと違って哲学御託並べる趣味も茶に砂糖入れる趣味もねぇ」
「ダージリンはミルクティーが一番ですよ。お子様には理解出来ない様ですねぇ、ふぅ」

あの頃は今よりも髪が短かったのか、と。
きらきら光を反射させているブロンドに近付いた。

夢の中だからその背中は勿論、ポットに茶葉を落としている叶二葉でさえ、自分には気付かない。
夢の中で夢と現実の違いを語っている二葉はギャグだった。余りにもシュールな。

「テメェのが誕生日遅ぇだろうが、二週間。どっちがお子様だぁ、糞餓鬼が」
「若い者への嫉妬は見苦しいですよプリンス。天使には会えましたか?」
「…テメェ」
「おや?会えたけれど想像とは違った、とでも言いたげな表情ですねぇ」

いつだったか。
ああ、二葉が来日したばかりだったか。そうだ、確かにこんな光景を見た覚えがある。二葉のお陰で迂闊に外泊できなくなった腹癒せか暇潰しか、あの頃の零人はそれはもううざかった事を覚えているが、あの時も確か、つまらない理由で呼び出されいやいや向かった執務室でディープキスをカマされ、半殺しにして逃げてきたのではなかったか。

「毎週毎週、バンパイアも喉を鳴らす情熱的な真紅のワインを献上しているのにねぇ。報われないものです」
「黙れ殺す性悪変態ロリコン野郎」
「たったの二歳違いでロリコンとは…ふむ、言い得て妙。何故ならばこの国にはショタコンと言う文化があります。つまりお稚児趣味…耽美的な響きだと思いませんか、高坂君」
「…相手は初等部だぞ」
「おやおや、この私に不可能があるとでも?人の欲望とは、その程度のしがらみでは押さえ込めないものです」
「檻に入っとけ犯罪者」

目の前の小さな背中は、あの時見た後ろ姿に違いない。
ああ、やはり。覗き込めば随分可愛らしい顔をした、今では見る影もない男が眉を寄せている。この頃は俊と出逢う以前。零人への反感と若気の至りでカルマを創設し、夜遊びに忙しかった。

「所で殿下、今やプリンセスと呼ばれているそうですが、あはは、良くもまぁ君を女性視出来たものです。相変わらず、何処の国も馬鹿ばかり」
「テメェに比べりゃ、殆どの人間がそうだろよ…」
「何せ大学院まで卒業して再入学ですからねぇ。うふふ。でもまぁ、中学校は初体験なので楽しむ事にします」
「………好きにしろ。俺様を巻き込むんじゃねぇぞ、判ってんな」
「はいはい。君が廃人になるまで追い込んだ誰かさんの様に、強姦なんて馬鹿な真似はしませんよ。今はまだ、時折遠くから窺えるだけでも十分ですとも」

そうか。思い出した。
あの頃の風紀委員の誰かが事件を起こした。当然だがSクラスの生徒で、被害者はそのクラスメート。複数人から暴行を受け耐え切れず自主退学し、それが噂として広まったのは加害者である風紀委員が重傷を負って入院してからだ。

あれは二葉がやったものだと皆が噂し、誰もが二葉に手を出すなと囁きあったものだ。数年振りに再会しても胡散臭い眼鏡だけが記憶と違うくらいで、他は殆ど変わっていなかった。そのムカつく程の美貌も、人を馬鹿にした喋り方も。

「対外実働部の人間が紛れ込んでますねぇ、気付きましたか」
「知る訳ねぇだろ」
「早速私へ編入祝いを持って挨拶に来ましたよ。ふふ、彼らも大変といえば大変ですね、何せ事実上マスター不在と言った方が正しい。お子様過ぎるファーストに代わってクライスト枢機卿が名を置いてはいますが、彼が本国へ姿を表せば殺されても文句は言えない。シスターテレジア…クリス閣下は立場上、陛下の叔母として認知はされていますが…陛下の就任と共に半ば追い出されてからは、女優をしている様です」

そうか。
盗み聞き、したのかも知れない。罪悪感からか今の今まで忘れていたけれど、あの時。
世間話には興味がないのか、見た目に似合わず紳士らしい男の小さな頭へ手を伸ばした。にこにこ紅茶を啜る二葉よりも大きい自分だけがこの光景に相応しくない気がしたが、ふと。目を上げた日向の眼差しが見上げてきた様な気がして、びくりと伸ばした手を引っ込める。



「He forced swallow my blood in front of me.(いやいや飲んでた)」

目が合っている。しっかりと。
けれど彼の台詞は二葉に向けられたものだ。あの時、自分は何処かに隠れて聞いていただけなのだから。

「君の血液は百年物のワインよりも赤く、お子様にはその味が判らない。ロマンティックじゃないですか」
「…好い加減にしやがれ、ロマンと論理的綺麗事は別もんだっつったろうが」
「困った人ですねぇ。言うでしょう、Think rich, look poor.(貧しくとも心は豊かに) いつか王子様の贈り物に込められた情熱的な愛に気付いたお姫様は、涙ぐんでその愛を乞うのです」


その時あの男は何と言った?誰よりも姫様じみた容姿に嘲笑を滲ませて、吐き捨てる様に。

ああ、そうだ。思い出した。
彼は言ったのだ。その甘い甘いキャラメルの様な双眸に浮かぶ理知的な光を歪め、









「One of these days is none of these days.(そんな日は一生来ねぇよ)」


































情熱的な男だ、と。
依然暗い空はそろそろ明け始めたのか、僅かに青を混ぜている。覚醒したばかりの頭は今まで見ていた夢の余韻を残したまま、痺れた右腕に気付きながら、腕に抱えていた何かをただ見つめるばかり。


「あー…?……………綺麗な顔だな、おい…」

無意識に呟いて、左手を持ち上げ静かな寝息を発てる頬を撫でた。すべすべだ。何だこの頬は、手触りが良い。ぼやっと美しすぎる寝顔を見つめていると、指に掛かる寝息が僅かばかり乱れ、伏せられていた色素の薄い睫毛が震える。

「ん…」

短く息を吐きながら目を覚ましたらしい男と、暫し目が合う。ぼーっとふにふに頬を軽くつまんでいると、どうやら相手は硬直した様だ。目を見開いたまま、微動だにしない。

これ幸いに薄い唇もふにふに揉み遊び、チュっとキス一つ。おはようのキスはアメリカ人の挨拶だ。これをやって怒る女は居ない。歴代の彼女にももれなくやってきた。佑壱の低血圧に怒っていても、大概がキス一つで機嫌を直す。体を合わせるのはそれなりに覚悟が要るが、キスは簡単だ、と考えて、誰かがそのキスを大切にしていた事を思い出すも、誰だったかまでは思い出せない。


「はよ」

へらっと笑いかけ声を掛けて、ふわりと頬に流れていた前髪を耳に掛けてやった。
ああ、髪も手触りが良い。

「可愛いな、お前」

などとへらへら笑っていると、やっと低血圧にも程がある脳味噌へ血液が回ったらしい。

ビタっと動きを止めて、今繰り広げた己の行動を反芻する。カッカッカ、顔が燃える様に赤へ染まりきってやっと、バッと手を離した。頬やら唇やら好き勝手触られていた男はまだ、動かない。何と言う事だ。

「っ、こっ、こここ高坂…?!」
「な、んで…」
「てててててテメー、テメ、…っ、お、おは、おはよう?!朝、朝か、そうか朝だな!もももう六時だぜ?!」
「………あ、ああ、おはよう。………ちっ、いつベッドに入ったんだ…覚えてねぇ」
「つーかテメ、何で制服のまんま寝てんだ?!皺になんだろ、脱げ!!!」

余りの恥ずかしさに痺れた右腕を日向の頭の下から抜き取り、しゅばっとベッドから飛び降りておろおろと部屋の中を動き回る。床にいくつもボトルが落ちているではないか。

「ったく、散らかしやがって!テメー、未成年の癖に飲酒しやがったな!」
「…テメェもビール飲んでたじゃねぇか、この間」
「話をそらすな!片付けろ酔っ払い!」
「着替えてからな。流石に今日は走る気にもなんねぇ」

もそもそ起き上がる男の気配を横目に掴んだヘアブラシ、ガリガリといつもより強めに髪を梳く。然し自慢の剛毛はサラッサラで、ちっとも縺れていない。

「一般公開は昼くらいからだっけ?先にあれやんだろ、あれ」
「開会式」
「それ」
「テメェも出席するんだから、礼装着とけよ。後は…あれか、マスク」
「あー、あのダセぇの一式、総長の部屋に置いてきた。コスプレっぽくて喜んでた」
「はぁ?…まぁ良い、無いなら何かそれらしい格好しとけ。昔の奴があんだろ」
「あん?サイズ小さくて前が留んねーよ。面倒臭ぇ、ルークに私服で良いか聞いといて」
「自分で聞け」

ちゃちゃっと慣れた手つきでポニーテールに結い上げれば、鏡に赤毛のイケメン侍が映っているではないか。然し自画自賛で喜ぶ趣味はない。すっかりやる事がなくなり、ブラシの抜け毛を指でつまんでゴミ箱へ叩き込んで、恐る恐る見遣った男の半裸に何となく居心地の悪さを覚えた。

「あー…あー…、そうだ、今日の朝飯どうしよう、この部屋にはガスも炊飯器もねぇし…」
「今日から食堂は休みだ。アンダーラインのデリバリーぐらいか」
「…後で俺の部屋で炊く。そろそろ放置してた米が気になってんだ、生きてるのか俺の道産ななつぼし」
「米に賞味期限なんかあんのか?」
「保存方法の違いがあんだろ、あれやこれが。つまりそれだ」
「…どれだよ、そりゃ」

きょどきょどと狼狽えながら自分も制服のままである事に今更気づき、己へ呆れ果てながらシャツのボタンを外していると、チラチラ見ていた日向の首に歯型がある事に気付く。明らかに女が付けたものではない。見ただけで痛そうだ。

「お、おい、高坂…」
「あ?」
「さ、先に、謝っとく。…すまん、多分、俺がやった」
「何訳判んねぇ事ほざいてやがる。おい、クリーニング放り込んでくっから脱いだもん寄越せ」

男らしく土下座一つ。訝しげな声に従うまま脱いだ服を渡せば、シャワーを浴びるらしい日向はスラックスを穿いたままバスルームへと姿を消した。憎らしいのは何より、自分の低血圧だ。全く記憶がないので、寝ている時に時々やらかしては彼女や舎弟らから今まで何度文句を言われたか。



「あ?!」

聞こえてきた大声に飛び上がり、素早く布団の中に隠れる。
怖々布団の中から顔を出せば、凄まじい表情で戻ってきた日向が唇を痙き攣らせながら目の前で腕を組んだ。

ああ、長い足ですね、などと言ってもどうにもならない事だけ判る。
おやおや怒ってらっしゃる、そうですよね、俺でもたった今そう思っています。ええ。

「…おい、嵯峨崎。いやもうテメェはただの犬で良い。さっきの土下座はこれか」
「…はい…」
「覚えとけ、犬畜生」
「……………はい…」

にやりと恐ろしい笑顔と青筋を浮かべ颯爽とバスルームへ戻っていく背中の見事な刺青をビクビク窺いながら、今頃背中のフェニックスが泣いてるぜ、などと肩を落とした。

「うっうっ、謝っても許さねぇとか小さい男め…デカいのは背とチンコだけか。とんでもねぇ」

いや、此処は素早く自室へ逃げ込み炊飯器に相談する方がずっと効率が良いだろうのではないかと考える。
男は胃を掴めと言うではないか。

但し奇しくも冷蔵庫は空っぽ。一般寮エリアの別荘なるもうひとつの部屋には食材が揃ってはいるが、何せ監禁状態に近い今、残念ながら塩おにぎりだけで掴める胃があるのかないのか。
日向の胃に相談は出来ない今、頼れるのはこの手だけ。最高の塩おにぎりを握るしかない。ぎゅぎゅっと。



「それで駄目ならいっそ奴を握ってやるしかない…こう、シコシコと…」


しゃぶってやれば機嫌は直るだろうか?

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!