帝王院高等学校
情熱的な春は若気の至りで死にかける!
人は悩みが深ければ深いほど眠りが深くなると聞いた。それは本能的な防衛手段、だろうか。

ならば悪夢に魘されている間はまだ、大した悩みではない、と。
言えるのかも知れない。





「…つーかオメー、本業どうすんだよ?(゜∀。) シカト続ける気か?」
「うっせ。副業だっつーの。おいらの職業はイケメン学生よー?ちょいと本気になって東大行くかもよ?」
「刺されとけやw社長からよぉ、恩を仇で返すってな(*゜∀゜*)」
「ばーか」

仕事減らそうか、と。
去年辺りからだろうか。マネージャー曰く未だ素行不良である隼人に、にこにこと狸の置物の様な社長は言った。隼人の本業は高校生だものね、学校や友達が一番だものね。他の何よりも。

「浮き沈み激しーギョーカイにい、この隼人君がまっさかしがみつくとでもー?」

その時は何ほざいてやがる、と。相手にはしていなかった。けれど俊が居なくなっただけで揺らいだカフェの雰囲気は伝染し、最早、カルマは決して、居心地の良いものではなかった。誰に対しても、明らかに。


「お前のその甘い考えを聞いているだけで殺意が湧く」
「あは。やっと喋ったと思ったらさあ、意地悪ゆっちゃってえ」

そう、特に、彼にとっては恐らく、天国から地獄ではなかったのだろうか。

「何が意地悪だか。俺は正論を言ったまでです」







懐かしい夢を見た、と。
腹に重みを感じ目を開いたが、暫く状況が把握出来なかった。

「…えー」

足。腹に足が乗っている。
外灯から離れた人気のないベンチに転がっているらしい自分。運動不足、と言う信じがたい自身との戦いに負けたまでは辛うじて記憶があるものの、だからと言って踏まれる趣味はない。腹筋を鍛えるなら地道にトレーニングが一番だ。
とは言え、どう鍛えれば佑壱や、あのお綺麗な金髪王子の様にバキバキこれでもかと割れるものだろう。腹を。
呼吸を控え目に…殆ど息を止めた状態で撮影に臨む事が多いモデルは、スリーサイズなど誤魔化してナンボ教育を受けている。

「はい、最近体重サバ読んでましたごみんに…じゃねえ、退きやがれ!」

ガシッと腹に乗る足首を掴み、起き上がろうと年相応の腹筋で上体を起こしたものの、すぐにガツンと後頭部を打ち付けた。どうやら顔を鷲掴まれて、ベンチへ叩きつけられた様だ。
寝起きとは言え余りにもダサい、カルマにあるまじきダサ過ぎる状況ではないか。この数年、此処まで情けない気分を味わった事はない。

健吾と二人掛かりで殺され掛けた挙げ句、助太刀に入った義理の兄が二葉から痛め付けられた時でさえ、何とも思わなかったと言うのに、だ。



「…良い顔」

囁きが落ちてきた。
暗さに慣れてきた網膜よりも先に、その声で相手が誰か悟る。ああ、そりゃダサくもなる、仕方ない。そうだ、さっきは仲間思いの自分を見捨てた人非人め、と。詰ったりもした。思い出した。一度は寮に戻ろうと足を向けたものの、何せ明日からは待望の新歓祭、Aクラスの健吾と裕也が素直に準備を手伝っているとは思えないとしても、恐らくカルマほぼ全てが寮には戻っていないだろうと考えれば、自然と足並みは途絶えてしまう。
考えたくもないが、あの佑壱がどうして離れていったのか、とか。少々ガミガミ言われても構わないほどうまい朝飯が食えない、だとか。

あれだけ信頼していた筈の、飼い主が。今は全く判らないのだ、とか。どうして駄目だと、アイツには近付くなと、何度も言ったのに俊は。何年も一緒に過ごしてきた自分達ではなく、知り合ったばかりの太陽やあの神帝としか疑えない怪しい男を、傍に置こうとするのか、と。

ぐるぐるぐるぐる、考えないようにしても、ぐるぐるぐるぐる、何度も。

「え、えー…カナメちゃん?あ、あれれー、もしか、して…」
「相変わらず、お前の苦痛に歪む顔は良いな。…あの時より今の方がずっと」
「ひ、ひょえ!」

ずいっ、と。腹の上に折り曲げられた膝が乗り、屈み込んできた青い目が爛々と輝いているのを、その本人の手の指の隙間から呆然と見上げるばかり。

大変だ。覚えがあるぞ、この恐ろしい状況は、二度目だ。あの時は何とか形勢逆転したが、今回は先手を奪われた。形振り構わず叫ぶか暴れるかしなければ、確実にピンチ。超ピンチ。

「カ、カナ、カナメちゃん、新歓祭だよお?あっ、明日の準備しなきゃサブボスがハゲるかもー」
「ああ、ハゲさせとけ」
「ひ、かっ、カナメちゃん、隼人君のベルトはそこが定位置なんです。ちょっと下げて履きたいお年頃なんで、閉め直さなくてよいんです」
「…煩ぇなぁ」

恐怖、もうこの二重人格っぷりが二葉の所為だと知っているから仕方ないと諦めるしかないのだろうか。
否、据え膳は喰うものであり据え膳に据えられたくはない。

「あは、あは、」
「カワイー面で笑って、嬉しくて堪んない?」
「んな訳あっか!」

慎ましい胸元に咲く対の蕾。
まぁ、神崎隼人の乳にそんな可愛らしいものは咲いていないので早い話が単に乳首だが、夜風の冷気にぶるりと震え、にやりと似合わないエロ黒い笑みを浮かべた要に必死の形相で否定した瞬間、ぴんっと引っ掻かれ、みっともない悲鳴は、もういつもの錦織要ではない唇が牙を剥いた瞬間に奪われた。

「む、っぽひょー!こらー!気安く隼人君にチューしないでくれなあい?!幾ら隼人君が足長モデルだからってねえっ、ふぉっ」

何て日だ。
いや何て早業だ。乳首に気を取られてうっかり股間の防御を忘れていた。ああ、ああ、然もこのシチュエーション、身に覚えがある。

「カ、カナ、カナメ、てんめーまだ根に持ってんのかあ!!!」

泣きそうになりつつ叫べば、ふっ、と嘲笑を滲ませた要の手が漸く、顔から離れた。
恐ろしい、佑壱には敵わないとは言え、カルマの誰もが腕相撲で要に勝てた試しがない。因みに俊は最早カウントに入らない。食後のアイスを懸けて挑んだ佑壱(のマシンガン説教)と引き分ける(と言うか最終的には勝っている)時点で、その他メンバーなど勝負にならないからだ。
食後のアイス食べ放題化推進派の俊も、食後のアイスは三つまで!のオカンには勝てないと言う事か。

いやいや、そんな昔から意地汚い総長と口煩い副総長のネタはどうでも良い。今はとにかく、みっともなかろうが貞操を守るのだ。

「つまんね」

腹から降りると同時にドサッとベンチに腰を下ろした要が吐き捨てた。素早くベンチに飛び乗る形で足を折り曲げたから良かったものの、隼人が退かなければ躊躇わずドスッと腰掛けたに違いない。
有り得ないとは言え万一、隼人が妊婦だとしても、だ。親に似てイケメンor美女に育つ素質のある赤ん坊を、奴は踏む。

躊躇なく。

「…あのねえ、カナメ。隼人君はオモチャじゃねーんだっつーのボケ、マジ犯すぞコラー」
「あ?」

どうやら大層機嫌が悪い。
例えるなら生理中の女子、苛々と周囲に八つ当たりまくる情緒不安定なモデルや女優を何人か見掛けた。過度のストレスや無理なダイエットで、その具合も違うらしいが。
食べたい時に好きなだけ食べ、寝たい時に寝る、今では運動など殆どしない神崎隼人には無縁の世界だ。然し要に生理がある訳がない。

何せちゃんと…ついていた。えげつないアレが。
若気の至りだ。根に持つな、と言った所で無理だろう。あの時は酔っていた。煮終わっていない佑壱作のビーフストロガノフなる俊曰くハヤシライスを、盛大に盗み食いした後だった。目が飛び出るほど高級なワインをドボドボ惜しまず使っていると知っていたら、いや、知っていても食べただろうが。ドボドボ皿に盛り付けた俊と共に、おたまでぐびぐび食べてしまった。アルコールの飛びきっていないそれを、鍋ごと。

「…意味不明な奴だな、お前。追い掛けて来た癖に」

他人に無関心な声は愛想の欠片などさらっさらありはしないが、それでも僅かばかりトーンが違う。凶暴モード終了か、と密かに安堵の息を吐けば、下唇にちりっと痛みが走った。
さっきのチュー強奪事件で負傷した様だ。これは傷害事件じゃないか。

などとほざけば、過去のアレコレにより訴えられてもおかしくないのは自分の方である。と、思い至って泣き寝入りする事にした。憎きハヤシライス、お陰で酔っ払った俊はホストモードで周囲の老若男女を口説き、腰の抜けた女共は恥じらいなく服を脱ごうとしては佑壱と榊から締め出され、店は即閉店した。因みに怒っていた筈の佑壱は俊から唇スレっスレにブチュっと吸いつかれ顔中舐め回され、呆けた顔で固まり二時間は動かなかったのだから見ものだったろう。当の俊は酔いが覚めた時には一切覚えていない様だった。あんな濃厚なチュー、いや、ベロベロと言おうか。記憶を無くすって素晴らしい。

残念ながら全てを覚えている神崎隼人。イコール自分。
俊に口説かれ腰が抜けていた錦織要を、今考えても恐ろしいが押し倒し、服を破る勢いで剥いで…準備体操なしにプールへ飛び込もうとした。抽象的な言い方だ。つまりBすっ飛ばしてC、BL漫画で言えばチューからの朝チュン。

「こっちが近寄ってやれば拒否るのか。は、…面倒臭ぇ」

正直に言えば、自分と言う恐いもの知らずの大馬鹿野郎は、カルマに馴染んでいなかった数年前に。幹部メンバーの中でも特に気に入らなかった要に悪戯を仕掛けたのだ。
それも、人格が変わってる…と言うより、本性丸出しにした時に、である。良く無事だったな、と今は昔の自分を殴りたい。

押し倒した瞬間には化けの皮を剥いでいた要のお尻に、チョン、と。当てて、グッと前傾姿勢に身を任せた次の瞬間には顔面を殴られていた。鼻の骨が折れていなかったのが不思議な痛みだったと記しておこう。
腕相撲には定評がある要の手が股間の隼人氏をガシッと掴み、レディファイ!で、ボキッと横に曲げた。瞬間には気絶したらしい。翌朝佑壱看病により一命を取り留めた隼人に、泣き腫らした俊が隼人の股間を布団越しによしよし撫でながら可哀想にと咽び泣いたのを覚えている。健吾は声が出ないほど笑っていた。後日腹筋が割れた礼だとヤクルトを一本差し出され、投げ返したのも覚えている。まる。

「面倒くせーって…ユーヤじゃないんだからあ。お口が悪すぎるにょー」
「黙れ」
「オーボーだよねえ、ほんっと…」
「横暴か凶暴か調べてみるか?あ?おら、貴様が勃たせろよ」
「ちょ!閉めなさい!チャック!ズボンチャック!ついでにお口にもチャックしやがれー」

恐ろしい笑みでスラックスファスナーに手を掛けた要の手を弾き飛ばし、素早くファスナーを押し上げた。俊が見たら確実に誤解しそうな光景だが、残念ながらどちらにも愛などない。あってたまるか。

「ふん」
「…あー…疲れたー…今回は本気でもお駄目かと…ぐすん」
「お節介野郎」
「ああん?」
「別に」

可愛くない。いつかリベンジしてやる。
殺されない程度に。てへ。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!