帝王院高等学校
愛がなくても利益があれば縁談なんて!
下らない感情論を宣うな。

愛などなくとも、凡そ大半の人間は他人と交わる事を好む。獣にしてもまた然り。愛、と言うものの正体は種の継承に於いて発情を促す、云わば自家製の媚薬だ。或いはスパイスか。
何にせよ、精神的に興奮せねば体が応える事はない。特に雄は。

愛しているだの、私だけのものだだの、数多の女達は決まり文句の様に欲深い口先で繰り返す。それに答えてやりながら無様な、と。嘲笑う自分もまた、恐ろしく無様な雄だ。

下らない、と蔑み見下している筈の他人を、あたかも望んで抱いている様な素振りでエスコートし、心では利益ばかり計算している。然し実際は、『したいからしている』だけに過ぎないのだ。
見下し蔑みながらも損得を鑑みた上で、などと。笑わせる。ただの言い訳だ。嫌なら触りもしない。


『愛しているわ』

例え、手袋一枚。
必要のない避妊具一枚。

『私だけのネイキッド』

隔てていたとしても、他人の皮膚に触れる、なんて。ましてや粘膜になど。…吐き気がする癖に。




『僕は君を愛してるんだ』



笑わせるな。



『いつか君にも判る時が来るよ』



…笑わせるな変態が。








「せんぱ…!ちょ、っと待って…っ、汗凄いから俺…舐めないで下さ、…っ、ぁあ!」




問1。
去りし日に見下し嘲笑ったあの惨めな男と今の自分は、どう違う?


答えろ、『いつか』を思い知った惨めな加害者。
犯した罪と膨れ上がった利益のツケを精算する時が来たに違いない。








「おや。…開口一番お説教か」

つんざく怒号に一つ笑い、空いた耳を軽く掻いた。静かな暗闇に慣れた鼓膜が一瞬で崩壊したのだ。まぁ、怒りは判らなくもないが。
何せ怒らせる事に関しては自他共に認める程に得意、専売特許と言っても良い。

「そうガミガミ言うと白髪が増えるよ」
『誰の所為だと…!』
「えっ。もしかして私?」

電話越しに声もなく肩を震わせている男の様子が判る。然し声を発てて笑うのは流石に可哀想だろう。幾ら愉快だとしても。

「それで、あちらはどうだね。お前でも事は易くない様だが」
『…あんだけ派手にやらかしたんだ。そう簡単に捕まりゃしねぇだろうよ』
「困ったねぇ。出来るだけ早く手を打たないと、一族の将来に関わる一大事。…私が代われるものなら代わりたい所だけれど」
『…御冗談を。両家初の「縁談」に、繁栄を望めない中年の宮様が出る幕はありませんよ』
「そう皮肉めいた事を言うでないよ、月の宮。お前は本当に意地が悪いねぇ」

困ったものだ、と。恐らく誰が見ても『どこが?』と言うに違いない声音で溢せば、やはり通話口から『その割りに楽しそうだね』と返ってきた。
語弊があるので言うが、確かに不愉快ではないが楽しくはない。断じて。当主たる者、焦りは禁物だ。辛うじて冷静を保っているだけだ。

まぁ、それを言った所で誰もが『何の冗談だ』と言うのだろうが。

『意地も悪くなる。兄さんのお遊びは次の機会に改めて付き合うから、今は戻って来てよ。…何おっ始めるつもりか知らんが、私利私欲にしか目がない奴等に巻き込まれる事だけは勘弁願いたいね』
「時に文仁。可愛い弟を婿にやるのはともかく、婿を貰うのはやはり不味いだろうねぇ?」
『…はい?可愛い俺が何だって?』
「お前の何処が可愛いものか」

30過ぎの中年、と言う台詞は自分にも返ってくるので飲み込めば、忌々しげな舌打ちが聞こえてきた。同じ顔をしているだけに、良く似ているものだ。二人の弟のどちらも可愛いが、手が掛かる子程…馬鹿程可愛いと言う喩えもある。つまり、そう言う事だ。

『はん、阿呆二葉を婿にだと?兄さんらしい考えだ』
「また皮肉かね」
『灰皇院の跡継ぎに嫁がせるにも、うちには女が居ない。叔父上の子供も男。…母さんが戯れに約束なんかした所為で貴葉は、』
「文仁」

懐かしい声を思い出した。
怖いものなど何もないとばかりに笑う、お転婆娘を。情けない兄を尻目に母親を守った、お転婆娘を。

「…母上が遺したものだからねぇ。それが例えただの世間話に等しい戯れ言だとしても、私にはそれに従う責務がある。息子として、当主として」
『貴葉は居ない』
「知ってるよ」
『約束は不履行だろう。…第一、灰皇院の跡継ぎは失踪直後に、』
「籍は入っていない。山田大空なんて私のクラスメートには居なかった。帝王院秀皇も帝王院大空も、私が高等部二年に進学する頃には死んだとさえ噂されていた。中央委員会を引き継いだお前が一番知っているだろう?」

懐かしい顔を思い出した。
同じ学年でありながら一度として言葉を交わした事のない、中央委員会長の顔を。全てに於いて完璧だった。主に相応しい、天に立つべくして産まれてきた男。

『…はぁ。何がしたいの』
「何がしたいんだろうねぇ。私にも判らないな」

但し、王の側には最初から。自分ではなく、あの。空の名をそのまま受け継いだ男が、居た。
母から聞いた事がある。東の忍は総じて空に由来する名を持つと。だから『龍宮』である自分は、もしかしたなら。

「幾ら天に昇ろうが所詮、龍は空に届かないのにねぇ」
『…冬ちゃん?馬鹿な俺にも判る様に話して』
「うーん。つまり、…皇の跡継ぎとの縁談は私が受けるべきかね?」
『何が「つまり」なの!冗談じゃない…!冬ちゃんが俺以外に嫁ぐなんて…っ上等だ!一族根絶やしにしてくれるわ灰皇院めぇえええええ』
「文仁煩い」
『酷い…』

どうしたものか。本当に困った。

『とにかく!冬ちゃんを何処の馬の骨とも知れないスケベジジイに嫁がせて堪るか!』
「馬の骨と言うか時の君と言うか…私の同級生だけどねぇ、彼は。文仁は兄ちゃんを中年スケベジジイだと思ってるのか」
『二葉にしろ!アイツならそんじょそこらのスケベジジイの一人や二人、手練手管口手八丁で丸め込むだろうから!ね!冬ちゃん!兄さんには政略結婚なんか似合わないよ!恋愛結婚じゃないと、相手は勿論この俺!』
「うーん…」
『どうしたの冬ちゃん苦しげな声出して…、もしかして俺の子が産まれそうだとか違うこれは先週末見た夢…ゴホッ』

政略結婚。確かに政略結婚と言えなくもない。
あちら側から掘り出されるまで覚えてもいなかった古びた世間話の末路が、今だ。跡継ぎを失い没落寸前の灰皇院の狸共が、藁にも縋る一心で寄越してきた与太話。

「孫も居るのに、今更息子を人身御供に差し出すなんて。幾ら内縁の嫁だからってねぇ…いや、もしかしたら知らされていないのかも知れないね」
『は。それともこの話すら奴の仕業だとかな』

流石に我が弟、賢い。とは言えその程度想定内だ。
但し、失踪した彼らは、その頃に叶の娘が亡くなった事を知らないらしい。

「…知っていて敢えて、と言うなら、私が二葉を据える事まで計算ずくと言う可能性も有り得る、ね」
『嵯峨崎と繋がってるのは間違いないんだろう?』
「弱ったねぇ。うちとしては大殿に従いたいのは山々なんだけど…若殿は勝手に動き回って私には何のメールも寄越さないのだから」
『冬ちゃん、トマトとスイカばっかり育てて友達居なかったからねぇ』
「返り血を浴びてもあれを齧ってるだけで不自然じゃなくなるからねぇ。後はスイカ割りの振りをするとか」

家としては雇い主を。兄としては弟を。
対極まる二つのどちらを選ぶかは、酷く楽しいクイズの様だ。


下の弟には伝わらなかった様だが。














嫌われている、と言う訳ではない。けれど純粋に愛されてはいない。それは、憎しみに酷く似ていた。

と、思う。


「…他人事」
「ん?どうかしましたか?」

二番目の兄の友人、とは名ばかりの男は、兄とは真逆の人間だった。
明らかに外交的な人種ではなく、喋り方はおっとりと、つまり見た目や服装と同じく地味だ。まぁ、下らない事ばかりつらつら話し続ける通いの女共よりは幾らかマシ、と言った所か。

「退屈ですか?」

遺影で快活に笑う姉が自分の所為で死んだと言う事には、物心付く前から気付いていた。家から一歩も出されぬなまま三年も経てば嫌でも理解する。口軽い家政婦らがこそこそと噂しているからだ。

父の様な長兄は滅多に顔を見ない。下の兄は早々と結婚し、大学生だが子供が産まれたばかり。近頃は頻繁に帰ってくる。但し、妻との折り合いは最悪だ。

産まれたばかりの姪二人。それ以外に子供はいない。母屋の方向から賑やかな声が聞こえてくるが、あれは茶道教室に通ってくる婦人らだと言う。
一度として母屋へ足を踏み入れた事のない自分には、まるで別世界。

「…僕は家庭教師なのに、君の関心を引く授業が出来ないな。これじゃ文仁君に申し訳ない」

退屈な授業、それまで女だった教師らは兄らに色目を遣い次々に追い出され、始めてやって来た男の教師は地味で大人しく、兄達とはまるで違う生き物だった。

異性に対し免疫がないのか、女物の着物を纏い簪を差した三歳の子供でさえ、扱いに困っているのが判る。

「ねぇ、先生」

長兄はいつも『私の宝物』と言う。
次兄はいつも『可愛げのない阿呆』と言う。

「だるいお勉強やほかして、あてを先生の水場に連れてっとくれやす」

子供の無垢さと艶やかな帯を纏い、大人に囲まれ育った異質な生き物の前に現れた『異質』。

「す、すいばって?」

その惨めで哀れな男は一回り以上年の離れた子供に愛を囁き、見下し嘲笑った愚かな子供は海を渡り四年の歳月を経て舞い戻った日の本の国で。


太陽の元。
己が如何に醜く惨めな命かを、思い知る。

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