帝王院高等学校
とりあえず出すもの出して出発っ
DEAR 殺したいほど愛しい貴方




僕から逃げた貴方は
今 何処で笑っているのでしょう。

僕から逃げた貴方は
今 何処で息をしているのでしょう。

貪り尽くしてあげたいほど
そう 犯し殺してあげたいほど



全身全霊で貴方を憎んでいます。





期限は今宵。
太陽が眠り 闇の静寂が姿を現すまでにご連絡下さい。










僕が貴方を見付けてしまう前に。














立ち上がり一歩踏み出した刹那、世界が揺らめいた。
腸を噛み砕こうとしているおぞましい何か。頭の中で笑う声がする。
これは、『騎士』の声だ。

「…勝手に住み着いておいて、無遠慮だな」

頭が重い。崩れ掛けた膝を気力で奮い立たせ、半ば這う様に壁際まで縋り寄る。
小さな。余りにも小さな排気ダクトの格子網の向こうから、大気の音が伝わってきた。

けれどそれは配管を伝う風の音だけだ。誰かの幸せそうな声はまだ、聞こえない。


「煩い。…少し、黙ってくれないか」

お前が黙れ、と。
低く唸る獣の様な声が嘲笑う気配と同時に、世界は闇へ還っていった。














通りゃんせ、















なんて、光景だ。


「っ、あ!ふぁ、わ…っ」

仰け反る喉が上下している。躊躇わず食らい付いた牙は皮膚一枚の弾力を認め甘く噛み付いたまま、間近から漏れる吐息混じりの嚊鳴で鼓膜を燻らせた。

最早己のものとは到底思えない右手は何かをまさぐり、何処かへ辿り着こうとしている。

触れたのは温かい皮膚。
成長期の少年にしては肉付きの悪い、未成熟な脇腹。

左手は遠慮なく押し上げたシャツの下、なだらかな薄い胸板が滲ませる他人の汗を素手で、辿り続けているらしかった。


これが本能のもたらした行為ならば、意識などなくとも人は充分生きていけるではないか。何も。そう、何一つ考えていない。
纏まらない思考ならばともかく、今。自分の大脳は真新しいスケッチブックの如く真っ白で、決して、これは己の意思ではない。少なくとも、理性と言う机上の空論を用いて指し示した場合の『自分の意思』としては、欠片たりとも関与していないと言い切れる。


「ま…っ、待っ、て!」

細い、と言っても細さは然程変わらない。ただ己の不埒な指より幾らか短い、そして酷く熱い手がうなじを撫でた。
ただそれだけで今、純白のスケッチブックに汚れが走る。

「こ、んの…自己チュー痴漢め!俺も、さ、触りた、いっ」

首に回った腕に頭を拘束された刹那、大脳と言うスケッチブックは深紅とも漆黒とも取れない夥しい色で塗り固められ、拘束は容易く指揮者を変えた。
壁に押し付けていた細い体躯を振り払い、小脳の全力を以て押さえ付けた『山田太陽』と言う名の生き物は床に黒髪を散らし、栗色の眼を瞬かせる。



ああ。
なんて、光景だ。



「…こわ」

ただでさえ小さな少年の太股を押さえ付ける様に乗り上がり、小さく溢された台詞になど構わずに、乱れた上半身を哀れむどころかベルトを引き抜く白い手が見える。これは恐らく、自分のものだ。

「…何か思ったんですけど。女の人、いつもこんな感じで見てるんですかねー…。幾ら先輩が物凄い美人でも、やっぱ恐い…かも…」
「…あかん」
「へ?開かない?」

無防備に開いた唇へ躊躇わず己の唇を寄せながら、

「殴れ」
「…っは、はぁ?」
「あかん、こないばばちい場所で盛るとか何、味もしゃしゃりもないやないの。考えられん。さっさとぼろくそ殴りよし…」
「は、え?」
「早う、ほんましんどい。…お願いします、とりあえず叩いて下さい」
「とりあえず?!とりあえずの注文が何だって?!」
「とにかく急所を」
「ちょ、な、何をいきなりっ」

振り上げられた手を、掻き集めたなけなしの理性を死に物狂いで総動員し、頬に綺麗に決まった平手打ちを甘んじて浴びた。
痛みこそないが目から星が飛ぶ経験は久し振りで、漸く、理性が本能を上回った様だ。

「っ、あわわわ!俺人生トップクラスのクリティカル!魔王相手に初撃が会心の一撃とか…!」

ただ、自分と言う人間は情けない事に本能よりも理性の方がずっと、誉められたものではない。


真っ直ぐ自室へ向かう様に設定した箱が動き始めるのと同時に、『潔癖性』と言う本能を覆し、色惚けた理性は再び、手を伸ばした。


「喜んでらっしゃるところ申し訳ありませんが、4分程顔を貸して頂けますか?」
「…はい?何ですか、親衛隊の薄暗い呼び出しみたいな表現ですけど…?」
「文字通り『顔』を貸してくれれば良い」
「は、」

何と言う光景だろう。
山田太陽と言う生き物がただ、そこに存在しているだけだとしても。





「悪い。…我慢の限界」

白に染まった太陽がぽかんと見つめてくる光景は、出来るものなら録画したい程だった。


残念ながら『過去最速の吐精』と言う汚名さえなければ、の、話だが。













「通りゃんせェ、通りゃんせ」

右手を持ち上げ、肩をぐるりと回す。

「此処は俺の細道だ、…ってな」

パキッと軽快に音を発てた頸椎、はっ、と息を吐く様に一度笑って、閉ざされていた扉へ拳を叩き付けた。

「っ、痛ェ!…くっそ。やっぱな、あんだけ遊び呆けてるから腹が出るんだ。情けない…」

僅かばかり形を変えた扉は然し、施錠されていなかった事を知らしめる。無駄骨か、と憎々しい嘆息一つ、八つ当たり混じりに蹴り開けた先は、暗い廊下と風の音。

「判らん。…相変わらずこの体は無駄な音を拾いやがる。トラップだらけだな。…おい」

頭の中で音もなく笑う気配を認め、すぐ真向かいにある扉へ手を伸ばした。

「ナイト、そちらに我が子の気配がする」

唇が奏でた己の声に眉を寄せ、どうしたものかと瞬く。

「ナイン、か?…やっぱり不味いか、『俺』が会うのは」

自分ではない自分、結局他人でしかないのに記憶とは厄介だ。肉体と共に滅びたオリジナルは天国か地獄か、どちらにせよ悩みなく眠っていると言うのに。

「自分じゃない記憶で自分だと思い込んでるだけ、…だと判ってても、お前と俺は別個の意識がある。違いは脳に移植された位置だけなのになァ」

この体は遠野俊のもの、自分のもの、けれどこの記憶は自分のものではない、いや、自分のものだ。死して尚、頭が痛い。

「レヴィ。俺は俺なりにこの子を哀れに思ってるんだぜ」
「君の優しさは生前から知り尽くしているが、ナインではなくこれはカイルークの気配だ。…いや、だが然し、どちらがどちらだろう」
「あ?」
「ほう、気付かないのか?奇妙な気配だ。…ナインでもなくカイルークでもなく、上から。遥か頭上から、気配がする」

己の唇が奏でた台詞を反芻し、見上げた先は薄暗い天井。

「2つ…?」
「いや、併せて3つだ。…ああ、一つ、面白い気配を新たに見付けたよナイト」

体は笑う男に奪われた。どうやら余程『面白い』らしい。この男が微かにでも興奮している。


「懐かしいな。…これはオリオンの気配だ」

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