帝王院高等学校
合言葉は「お〜ぷんま〜いあ〜いず」にょ!
人にはそれぞれ、得手不得手がある。
導く事を得意とする者、従う事で実力を発揮する者、実に様々だ。

個には個たる証があり、個特有の個性をキャラクターとして位置付けたとしよう。仮に、銀幕に立つ役者を演者としようか。ならば監督する者を指揮者として、更には傍観者である者は観客だ。


さて、まだ足りない。
誰も気付いていないのだろうか?


ほら、欠けているのは誰?



王子?
騎士?
魔法使い?



そのどれもが『演者』である事を知れば、自ずと答えは出るだろうに。






「家族。…思ってもいない事をわざわざ口上し、敢えて他人も当然の子供相手に謝罪する」

それが如何に奇妙かお判りか、と尋ねれば、目を見開いたまま硬直している男は唇を震わせた。

「私の記憶とて完全ではない。足りぬ隙間を自己都合で補完している可能性もあるが、それを踏まえて尚、私には貴方を正しく認識出来ない」

言外、お前は誰だと尋ねれば、漸く、男は眉間に皺を寄せる。先程までの、友好的と言えなくもない態度は霧散し、敵意を放出した。

「…悪魔が。子供らしく素直に騙されておけば良いものを」
「理事長に牙を剥いたと伺った。些か、配慮に欠ける浅はかな行動だ。儚い記憶ではあるが、貴方は聡明な男だった。それでは愚行の理由が説明出来ない」
「愚行、だと?」
「16年もの長きに渡り、過去一度として姿を現さなかった帝王院秀皇が今になって。理由として挙げるならば、息子の身を案じて、か」

敵意は殺意となり憎悪となり、荒んだ切れ長の双眸に宿る。貫かんばかりの視線を瞬き一つせずただ見つめ返した。
やはり、何一つ感慨はない。いつか暗闇の中で聞いた、低い穏やかな声。自信に満ちていた姿なき父の声を記憶から掘り起こしてみるものの、たった数ヶ月前までは容易く思い浮かんだそれが、今はもう霞掛かっている。今にも消え失せてしまいそうなほどに。

「11年程になる。私は神の目を盗み、この国へ戻った。貴方々の庇護を失い、精神を喪失したサラ=フェインと共に渡米した私は、以降、この国へ足を踏み入れるまで地上へ上がった事はない」

意志の尊重など皆無だった。
突如として神男爵が引き連れてきた銀髪の赤目の子供に、神の従者らは『不吉だ』と口を揃え、早々に殺せと上奏する。然し何を考えたのか、男爵は不吉な子供に役職を与えたのだ。

三歳になろうとしていた、幼子に。
大陸の地下、遥か広大な疑似都市『セントラル』を統べる12柱の一角、枢機卿の立場を。

いつしかブラックシープ『厄介者』と呼ばれ始めた所以は、産まれが牡羊座だったからだ。そして白羊宮・牡羊座は、タロットに於いて『皇帝』を示している。ブラックシープと言う陰口には、次期男爵へ対する畏怖を込めている部分も大きいと、愉快げに宣ったのは二葉だ。

今の白羊宮枢機卿の位置には佑壱が在り、磨羯宮『悪魔』の位置に二葉が示されている。天蝎宮『死神』には佑壱の父である嵯峨崎嶺一、射手座『節制』には…。


思い浮かんだ顔には興味はない。誰にも告げていない様だったが、いずれ判る事だ。佑壱にも、勿論その他にも。

「四年半振りに見る貴方には、新しい家族が在った。だからこそ私は未練になりかねない感情を淘汰し、その日、帝王院秀皇と言う一切への依存を手離した。残ったのは、悪魔への憎悪だけ」

目を見開いた男の表情は、今度こそ本物の様だ。本心から驚き、ただ純粋に、信じられないものを見る目で見つめてくる。

「な、ら…どうして奴を殺さない!どうして生かしておく?!それはお前が悪魔の息子だからだろう!」
「何年経ったか、ご存知でしょう」
「何年だと?!っ、16年だ…!貴様が言った16年も俺は…っ」
「仰せの通り16年。貴方が姿を消した最大の理由である胎児が、今や男に抱かれる事を覚えるまでの、永い月日だ」

ぴたり。
呼吸も、その脈動さえも忘れた様に動きを止めた男には、斯くも残酷な言葉を理解する余裕はないに違いない。














唐突に目が覚めた。
嫌に全身がすっきりしている。体も、頭も。

「…ダイイングメッセージ?」

白のブランケットに埋もれた肌色は、酷く目立つ。その上、Iniibig na iniibig, mahal na mahalと赤字で刻まれていれば、余程でない限り気付く筈だ。例外なく自分も、そうだった。

だが然程興味はない。
それより、随分と面白い話をしていると目を細め少しばかり笑い、久し振りの感覚をしっかりと確かめた。
握っては開く、繰り返し両手の感覚を確かめて、質素なベッドから降り立ち、背を反らして体を伸ばす。今の所、特に違和感はない。

「さて、どうも中途半端に目が覚めた。…もう俺に会いに来てしまったんだな」

懐かしい、とても懐かしい気配がしている。
遠くから、そして、とても近くから。どちらの価値が上かは言わずとも知れているが、優先順位はどちらも同じく低かった。

真っ白な部屋の異端は自分だけ。
決して生白い訳ではない、けれど浅黒くもない肌を暫し眺めて、首に掛かるシルバーチェーンに手を掛けた。


ブチリ、と。
引き裂かれる音は一瞬、黒いドッグタグは重力に従い床を跳ねる。


「首輪は嫌いだ」

白一色の部屋は余りにも奇妙だった。けれど白ではない自分こそ奇妙に思えてくるから不思議だ。

「…ステルシリー、ディープケイアスインサイド・オープン」

照明が消えた。純白の世界は漆黒に染まり、壁一面がスクリーンとして光の羅列を受け入れる。

『前回の起動から十年以上経過しました。おはようございます』
「おはよう」
『調律師、ケイアスインフィニティを確認。御命令を』

腹の奥に違和感がある。仄かなもので、活動には影響はない。予想は付くが頭の中を埋め尽くした想定のどれが正しいか、今はまだ答えは出ない。

「命令、と言う程ではないが」
『あらゆる指示に従います。御命令を』
「俺の楽器は何処に在る?」
『サーチ開始。………100%、全所在を半径1キロ圏内に確認しました』
「そうか」
『最短8メートル先、』
「ああ、それはイイ。放っておいてくれ」

真っ白な部屋に光が戻り、笑いながら目を閉じる。
ああ、賑やかな所だ。機械螺子が回る音、配管を伝う水の音、送風口の遥か彼方には風と、幸せそうに笑う人々の、楽しげな声。

この世の幸を掻き集めたと言わんばかりに、幾つもの声が合唱している。聞いているだけで、こちらも楽しくなってくる様な。そんな声。

「キャラクターは…そうか、これは新しい楽器に仕上がってる。ただ少し、亀裂が走ったか」

悲しい淋しい痛い辛い。
ただそればかりを繰り返している泣き声は、現実世界のものではなかった。悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい、とても、悲しい。
助けてくれと、声無く泣いている。

「…可哀想に。助けてあげたくなるじゃないか」

無惨に引き裂かれたドレスを掻き抱き、ひたすら、ほろほろと。空を濡らす春雨の様に、ほろほろと。

「幸せにしてあげるから目を閉じて。さァ、お休み」


憎い・と。
呪いの様に聞こえてきたささやかな声に、笑った。


『普通の人間』は、どうしてこうも愚かな生き物なのだろう。幸せにしてやるから安心しろと言ったのに、喜ばないとは。


「Must close all eyes tiny babe.(か弱い子、全て忘れてお休み)」

やはり壊れているに違いない。
壊れた楽器は幾ら丁寧に調律しても元の音を奏でる事はないのだと、知っている。




































経過報告。
キャラクター「ルーク」、キャスリングの気配は未だ無し。
キャラクター「クイーン」、道化師としての役割を果たし、現時点の変化はなし。
キャラクター「ビショップ」、キャラクター「キング」、未だ忍耐強く耐え忍ぶ。監察者としての役割は大いに果たしているものと思われる。
キャラクター「ナイト」、未だ自らの意志はない。



キャラクター「ポーン」、現時点を以てその「価値」を「破棄」。


以降、淘汰された「もの」への修復は行わない事とする。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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