帝王院高等学校
中途半端なパズルは萎えちゃうにょ
腰に巻き付く腕から僅かばかり力が抜けた所で、それまで敢えて見ない振りをしていた膝へ目を落とす。

「よ、加賀城宗家。俺持ち2年Dクラスのノルマ、完了したぜ」

過ごし易い晩春の深夜にも関わらず、上半身裸で作業に取り組んでいた上級生の一人から声を掛けられ、トンカチを下ろした。

「…その宗家っての、やめてってゆってるのにぃ」
「あン?仕方ねぇだろ、加賀城もう一人居るんだからよ。片やバスケ部のハイパーエース、片やハイパーセレブ紅蓮の君親衛隊長」
「ハイパーって、そんな事ないと思うけど…」
「しかも高校生社長とか、どんだけだよ」
「そ、それについては…ノーコメントっす」

簡易ライトを当てていた看板をしげしげ眺める先輩を余所に、胡座を掻いていた足を片足だけ解く。

「つーか、烈火の君ってマジ加賀城宗家に懐いてんのな。…ひょえー、寝顔が兄弟クリソツ!」
「べ、別にっ、ななな懐いてなんかっ」
「Sクラス出身で元ABSOLUTELY総帥なんか、手懐ける加賀城様は素敵でちゅね〜」

悪気はない、のだろう。
恐らく三年生、先程までオレンジの作業服がトレードマークのチャラ三匹と親しげに話しているのを目にしている。だから、悪気ではなく後輩に対する親しみと、獅楼が苛め易いタイプだっただけ。気さくな親しみに、悪気はないのだ。

「え…Sクラスにだって、いい人はいるよ!皆だってさっき、差し入れ貰ってたじゃん!」
「ん?…あ、あー、あれか。天の君だっけ?確かに外部生って事で、期待してた奴も居るみてぇだけどよぉ。いつまで保つかね…」
「総長…っ、と、遠野は優しいよっ!ケンゴさんみたいに蹴ったりしないし!あ、あと、山田はたまに怖いけど誉めてくれたしっ。えっと、あと、あべ…安倍…は、鉢植えの植え替え手伝ってくれた!」

痛い子を見る目の上級生を、悔しさを噛み殺しながら睨み付ける。膝の上で寝息を発てている零人を起こせば面倒だから、座ったままだ。

「…おいおい加賀城宗家、俺ぁ別に左席を批判してる訳でも嫌ってる訳でもねぇぞ?どっちかっつーとカルマ側だしよ」
「え、そーなの?」
「そ。松木と竹林と梅森は幼馴染みっつーか、初等科の六年間同室だったんだわ」
「まつき?たけばやし?うめもり?…誰?」
「聞いて驚け、今思い付いたクオリティの疾風三重奏の本名だ」

獅楼の頭の中を、凄まじい速さでチャラ三匹が駆け抜けた。まさかの松竹梅。なのに木林森のインフレ。組み合わせてイーブンになる三人の名字に感電していると、獅楼の下ろしたトンカチを拾いながら屈み込んだ半裸ジャージは、最後の釘を手早く打ち付けた。

「今は、な。まだ良い奴かも知らねぇけどよ。Sクラスだろ。その内、感化される。良い意味でも悪い意味でも」
「判んないじゃん。遠野は…大丈夫だよ。変わんないよ、きっと」
「左席委員会ってだけで、俺らパンピー生徒にとっちゃ恐ろしい存在だぜ。マジな話でさ」

その上カルマの総長となれば、全校生徒は逆らわなくなるに違いない。何せあの佑壱を力で捩じ伏せ、総長の地位を手にしたのだから。

「紅蓮の君だって優しいのはお前らにだけだ。親衛隊でもカルマでもない奴にとって、触らぬ神に何とやら…。高野にしろ藤倉にしろな。Aクラスに落ちたっつっても、アイツらが話してんの、お前か松木達だけじゃん」

腹の下がもやもやする。
彼の言い分は尤もで、俊が総長だと知らなかった獅楼も当初は、外部生が鬱陶しかったものだ。Sクラスはその大半が隔離されていて、稀に見る生徒の大多数が一般クラスを見下している。一般クラス生徒が、進学科を嫌うのも無理はない。

「不満そうだな、加賀城宗家。…おい、頼むから泣くなよ、烈火の君が起きたら止めろよ!」
「ぅう…おれ泣かないし…強いし…ぐうぅ」
「あー…ったく、悪かった。何か焦ったっつーか…俺ら就職組にゃ、これが最後の裏方参加になるしよぉ」

そうか。体育祭は秋で、勉学優先の帝王院学園の体育祭はあってないが如く。文化祭ならぬ学園祭が行われる頃、三年生は皆、就職や進学に追われている。

「何だかんだ、12年間楽しかったわけ。初めは寮なんか巫山戯けんなっつー感じだったけどよ、今じゃ実家より落ち着くし」
「…」
「自分が作れる最後のイベントぐらい、パーっとやりてぇんだわ。オーケー?」
「お、オッケー」
「話が判るな、流石は加賀城宗家。だからお前って得だよな」
「へ?おれが得って?」
「カルマなのに怖がられてない」

それは良い事なのか、と眉を寄せれば、笑いながら去っていく背中が遠ざかる。

真っ暗な空には真ん丸お月様がぽっかりと。全ての準備が今、終わった。皆が楽しめる様に。準備に参加出来なかった進学科の皆の分も、一生懸命。
Fクラスまで駆け込んで集めた人手、本番を前にした緊張感だけが残る。

「ユーさん。おれ、ちゃんと総長のゆーこと聞いて待ってるからね」

無意識に撫でた零人の髪は、仄かな外灯に照らされ煌めいた。眠るその手が未だ腰に巻き付いているのを横目に、息を吐く。

「…おれ、ほんとにあの時エッチなんかしちゃってたのかな」

呟いた台詞に返事はない。
一度目が未遂か否かはもう問題ではない様に思えた。けれど誰に相談出来たものではないのだ。


毎晩ベッドに連れ込まれる。
毎晩抱き枕にされて、実は一度、まるっきり意識がある時に襲われた。力で敵う筈もなく、免疫の無さから声も出せず、終わるまでただひたすら我慢した覚えがある。
事後、漸く理性が戻ったらしい男は、震えている情けない姿を見てどう思ったのか。それからは四六時中引っ付いてきた。今夜も準備に忙しい獅楼に付きっきり。言えば手伝ってくれない事もないが、周りの皆が気を遣うから放置している。

確かに寝顔は佑壱に似てなくもない。そもそもの造詣が似ている。兄弟だから当然だ。けれど皆は知らない。獅楼だけが知っている。
佑壱も知らないのだ、と。言ったのは零人本人だ。


「緊張してんのかな、コイツ」

短い赤毛を撫でた。地毛は金色。生え際が煌めく前に染めるから判らない。零人を産んだ茶髪の母親は早くに亡くなった。

「…セクハラ魔の癖に」

明日、彼の本当の母親が来るのだ。







 




狭い通気孔の中で三度、死にかけた。
ジョイントを複雑に組み合わせた様なパイプは頻繁に外れ、組み替わり、時には途切れる。何度か落ちかけたり挟まれそうになりながら、近付いてきた地面に向かって、丁度パイプが外れた瞬間に飛び降りたのだ。

「ふぅ、ナイス着地なのだよ」

久し振りに足を伸ばし、屈んだままだった腰を撫でる。途中途中、外れたパイプの合間から目撃していたものの、一年Sクラス溝江信綱は赤縁の伊達眼鏡を押し上げた。

「改めて眺めてみるに…何とも不思議な仕組みだね」

巨大な。
余りにも巨大な、金色の螺旋。恐らく幅だけで数十メートルはあるだろう。暗闇の中、見上げたそれが何処まで伸びているのかは残念ながら判らない。
捻れた柱を見上げれば、暗闇に蠢く幾つもの歯車と箱が微かに見て取れる。どうやら予想以上、の様だ。

「ルービックキューブ…と言うよりは、複合型観覧車なのかな。基本的にあの歯車の上で横向きに回転しながら、歯車と歯車の重なる部分でエレベーターの様に稼働する。成程、パーツパーツで上下に入れ替わる仕組みか。複雑な訳だね…これを編み出した人は最早人間じゃないのさ」

そう言えば、と。
ずっと聞こえている水の音と鼻唄に、今更ながら振り返る。ステレオタイプな溝江に、この真っ暗なシステム領域にあって何故か巨大な柱部分、つまり螺旋の根元が明るいと言う事実は疑問にならない。
明るいのだから明るいのだ。理由など不要だ。

「ふむ。檜の香りがするのだよ。つまり、温泉が湧いているのか」

こんな所に湧き出す温泉があるのか。赤縁眼鏡を軽やかに胸ポケットへ差し込んだセレブは優雅に螺子へ近付き、巨大な円柱に沿って歩く。暫くして、木枠に囲われた風呂の様なものを見つけた。

「…ん?あれ、こんな所にお客さんだ。こんばんは」

然程大きさはない木枠は畳一畳あるかないか、その下にはその5倍ほどありそうな簀が敷かれており、桶と籠が転がっている。

「こんばんは…なのかな。時間感覚がないのだよ」
「此処は真っ暗だからね。僕が見付けた時は本当に暗くて、これを作るのに苦労したよ」
「然し懲罰棟の奥地に温泉があるなんて、僕のリサーチが甘かったのだよ。早速、学級誌に特集を書かねば…」
「温泉は良いよねぇ。風呂と漫画は日本の文化だよ。日本のお風呂は機能的で衛生的で、温泉には漏れなくおまけがついてくる」

会話がまったりしている。

「Close eyes、檜風呂は目を閉じて楽しむものなんだ」
「ふむ。この温泉の効能は?」
「残念ながら、源泉じゃないんだよね。勝手に採掘したら怒れちゃうから、熱海から取り寄せたお湯だよ」
「ほう、熱海は良いよ。僕も伊豆にある別荘では、」

ザバっと。湯船から立ち上がった背中に、セレブは口を閉ざした。

「長風呂は体に悪いんだってね。君、入りたければお次どうぞ?」

白魚の様な肌。
しなやな肉体は丸みを帯びていて、濡れた黒髪は酷く艶やかなに。

「僕はそろそろ明日の準備をしなきゃならないから、君はゆっくり温まると良いよ」

濡れた体躯をバスローブで包んだ人は、そのまま溝江の隣を通りすぎた。ひたひたと微かな足音を響かせて。


漂ったのは、檜ではなく白檀の、香り。

(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!