帝王院高等学校
たまには説教されることもあるよねー
「あーきちゃん♪」

苛立つ呼び方に眼光鋭く振り返った山田太陽へ、ビクッと震えた彼は思いも寄らぬ相手だった。

「か、川南先輩?すいません、どっかの下半身野郎と勘違いして…」
「アハハ…どっかっつーか、うちのウエストが迷惑掛けてる系?今度捻り殺しとくよ、悪いね」
「ひ、捻り殺」

見れば見るほどに北緯とは似ていない。
特筆するべきは表情だ。兄はいつも明るく、健吾に近い性格を匂わせている。総会や行事の時は自治会の進行役として必ず壇上を賑わせ、学園新聞を発行している編集部の部長だと噂だ。
あらゆる人間の秘密を知っているらしく、風紀とも繋がっているとかいないとか。

質が悪いのは間違いないだろう。


「えっと、何か用ですか?」
「そ。お宅の会長、どこ?」
「…俊に何の用があるんです?」
「うっわ、ちびりそ♪ホラー系〜」

態とらしく肩を竦めた男を睨めば、通りかかった西園寺学園の生徒がチラチラ見つめてきたのが判った。ただでさえ人目を引く川南北斗の容姿だから、仕方ない。

「申し訳ありませんが、会長なら打ち合わせに行きました」
「あっれー、可笑しいな?さっき陛下と一緒だったと思うんだけど♪」

全身から血の気が引いた。
踵を返し掛けた体勢を翻し、無言で北斗を見やる。

「な、んだって?」
「濃厚なラブシーン見ちゃった系♪」
「っ」
「やめときなよ、デバガメなんかさ」

講堂へ引き返そうとして手首を掴まれた。離せ、と身を捩るが、見た目に似合わず力が強く微動だにしない。

「離して下さい!」
「ん〜?どっしよーかな〜♪」
「いい加減に、」
「その辺にしとけよ、キタさん」

ぐいっと引っ張られる力に逆らえず、体が傾ぐ。ぽすっと誰かに抱き寄せられ、頭上から落ちてきた溜め息に見上げれば、神秘的な紫の双眸と目が覚める様な金髪。
但し、どちらも偽物だ。中等部時代の彼は、黒髪に黒眼だった。あの頃より、美形さ加減には磨きが掛かっているが。

「げ」
「おいおい、助けてやったんだぜ?げって何だよ、げ、ってよ」
「…有難うございます王呀の君、ではサヨウナラ」
「コラコラ、嫌そうな面でそそくさ逃げない」
「あっは!嫌われてやがる系っ、だっせ!ウエストだっせ!」
「うっさいな!笑うんじゃねぇよ、キタさん!」

ゲラゲラ腹を抱えている北斗は勿論、その上を行く美貌を誇る西指宿の登場で、益々視線を集めている様だ。
然も人形の様に西指宿から抱き込まれ、足掻こうがにっちもさっちも行かない。体格差は勿論、これが不良と平凡ゲーマーのスペック違いと言う訳とは、情けないにも程がある。

「あーあ、面白いもん見たし今日の所は引き下がるよ♪いきなり中央委員会に勝負ふっ掛けてきたらしい天の君と、…カルマの新しい総長にインタビューしたかった系なんだけどね♪」

カチンと固まった太陽を妖しい笑みで一瞥し、手を振りながら去っていった北斗に瞬きすら出来ない。

「あちゃー。バイスタンダーでいっちゃんタチ悪ぃのに目ぇ付けられちまったなー、アキ」
「バイスタンダーって?」
「あん?ABSOLUTELYランクB、幹部クラスの事だよ。ウエスト、イースト、ノースサウス、…セントラルの4人だ」
「4人?えっと、西指宿先輩と東條先輩、あと川南先輩で…もう一人もこの学園に居るんですか?」
「さぁな」
「さぁな、って」

ぐしゃぐしゃと太陽の頭を撫で、漸く抱き締めていた腕から太陽を放した。

「多分、あの人しか知らねーんじゃねっか」
「あの人?」
「キタさん。イーストも俺も知らないセントラルが何者か、あの人は」
「って言うか、川南先輩と西指宿先輩って同級生でしょ?何で…や、何て言うか、その、余所余所しい?かな。何か変だな、って」
「…あー、そう思うんなら、弱味握らせねー様に、だな」

ニッと笑った西指宿が、一瞬だけ冷めた眼差しを浮かべる。すぐに元に戻ったので、見間違いかも知れなかった。

「先輩?」
「お?おー、悪い、セフレに呼ばれてんの思い出した」
「あっそ」
「股開いて疼いてんだろーから、今夜は許せアキ」

尻をむぎゅっと揉まれ、

「一生ほざいてろ性病野郎」
「ぐふっ」

股間目掛けて蹴り一つ、こんな下半身馬鹿に少しでも気を許した自分が大馬鹿だったとデコを光らせながら歩けば、小さな笑い声が聞こえてくる。

「妬くなアキぃ、明日は寝かせねーからよぉ」
「カスが!ABSOLUTELYにはまともな奴が居ないのかい!カス過ぎる!むかつく!神崎にチクってやる…!覚悟しとけカス!」
「おーい、カスカス言い過ぎだって」
「黙れカス!ちくしょう!」

尻を揉まれた怒りは尽きない。これが二葉なら…いやいや、どう言う事だ、開き直り過ぎた。
いかんいかん、落ち着こう。

「…左席が無くなるのは困る。中央委員会は敵だ、敵。…しっかし、俊は何処行ったのかね、本当に。川南兄の台詞はホラっぽいし」

俊が居ない事に気付いた左席委員会は、クラスでも影が薄い武蔵野に目を付けた。
コスプレイヤーと言う彼にオタク変装させ、何とか開会式に間に合ったのは良いとして、コスプレ中は性格まで変わるらしい武蔵野の興奮&暴走っぷりは、正に遠野俊そのものだったと言うしかない。

「はぁはぁ言いながら涎垂らすとこなんか、心から気持ち悪かったよねー。あーうん、白百合の挨拶の時の黄色い悲鳴とか…入学式を彷彿とさせたっつーか…ん?」

携帯が震えた。
式典前にマナーモードにしたそれは、音もなく振動するだけ。


「え」

メール着信を確認し、すぐに振り返ったが、そこにはもう、西指宿の姿はなかった。



『イーストを宜しく。キタさんには注意しとけ』

前言撤回。
ABSOLUTELYには、喰えない奴ばかりだ。












「離しやがれ…!」

やはり贋作は贋作でしかない。
殴りかかってきた手を軽く振り払い、見た目だけは良く化けたものだと、目前の人間に眉を潜める。

「一年Sクラス武蔵野千景」
「っ、え?!」

ズレ落ちた黒縁眼鏡。
呆然と見上げてくる少年を冷めた目で見やり、乱れた髪を掻き上げた。やはりウィッグなど付けない方が楽だ。煩わしくて適わない。
何故、長髪に拘っていたのか。今となっては思い出せもしない。

「な、んで…僕の名前っ」
「つまらん。失せろ、興味が無くなった」
「っ」

カタカタと震える少年は乱れたシャツを掻き寄せ、恐怖に満ちた眼差しで見つめてくる。ああ、こんな動物を一瞬でも抱こうとした自分は、如何に愚かだろう。

開会式の間中、左席側の席を見ていた。
違和感が拭えないながらも、触れるまで俊ではないと確信が持てなかったから、式が終わると同時に彼を捕まえたのだ。


すぐに偽物と判った癖に。
それでも、もしこれを抱けるなら諦める事が出来るかも知れない、などと。馬鹿な事を考えたから、これは報いか。


「…そなたに動く意思がなければ私が去ろう。手間を掛けたな」
「まっ、待って下さい!」
「何だ」
「何で僕の名前っ、知っているんですか?!」

早く、部屋に帰らねばならない。
俊を一人寝かせてきたから、目が覚めたら混乱するだろう。

「…愚問を。私は学園に在籍する生徒は、本校分校留学生、共に全てを把握している」

まだ、何もしていない。
初めて抱いた時はただただ夢中で、気遣う余裕もなかった。震えながら抱きついてくる体温を腕に留めておく事だけに必死で、息をする余裕もなく、ただ。

餓えた獣の様に。

「ああ。一つ言っておくが、成り切るならば己より高次元の配役は避けるが得策だ」
「え…」
「そなた左席会長を真似ていたのだろう?だが然し、最後は別を演じた」
「…あ」
「暗黒皇帝を真似られる者は少ない」

驚愕で目を見開いた少年を一瞥し、踵を返す。

「あ、貴方は、まさか…っ」
「少なくとも、私を殴り倒す腕がなければ不可能だ」

そして、遠野俊を真似られる者など誰も居ない。


「真の萌えを追求すべく、精進せよ。」

セックスに飽きた我が身が発情するのは、ただ一人しか居ないからだ。











「なにー?!」

購買で売れ残りの総菜を漁っていた隼人を見掛け、そう言えば今日から暫く食堂が休みだと言う事を思い出した。

開会式の間中、東條と仲直りしたらしい桜がこっそり携帯を漁っては、自治会席で瞑想している様に見える東條からメールが来たと頬を弛めていたのを覚えている。
その度に太陽の肘を突っつき、メールを見せてくるから堪らない。

まるで付き合いたてのカップルだ、と呟けば、満更でもない表情でそんなことないと否定する桜は、残念ながら全く説得力がなかった。
じめっとした気分で中央委員会を見れば、白百合様は高坂に何やら話し掛け笑っているではないか。そう、いつもの光景だ。然しイライラする。


×××を×××した癖に!
××で嫌だって言っても×××して離さなかった癖に…!


エロスキルがいきなり上がった平凡はかなりの苛立ち加減で、左席を恐怖に陥れた。健吾と裕也がいつの間にか居なくなるくらい、機嫌が悪かったのだ。
だから生徒会役員の端くれとして壇上に上がった時、二葉が手を振ってきたが華麗に無視し、態とらしく高坂の足を踏んだ。無言で悶えながら眉一つ歪めなかった彼は、流石だ。

いや、微かに笑っていた佑壱はムカつくから、今度頭突きしておこう。


それはともかく、


「アンタ馬鹿あ?何考えてんのお?」
「ちょ、唾飛んできた!米粒とおかかも飛んできた!ばっちい」
「喧しい童貞が!犯すぞコンニャロー」
「間に合ってますっ」

総菜を広げた休憩所の一角、部室まで保たないと空腹の隼人が買い占めた総菜を並べ、自販機で買った緑茶をお供に二人だけの夕食を始めた。
雑談を交えつつ、先程の西指宿のメールを見せ、それまでのあらましを語り聞かせた直後の神崎隼人が、この様である。

「カスはてめーだ、チンカスが。っとに手に負えねーカスだ、カス21」
「やめて、学年順位を付けるのやめて、何か格好いい」
「格好よい訳あっか、ボケ!てめーは1から10までただのカスだゴルァ!」
「怖い怖い、ヤンキー丸出しだから、ちょ、また飛んできた、エビフライの衣が飛んできたっ」
「…はあ。可愛い隼人君だって我慢の限界があるんだよお、こん畜生。ピーマン食っとけ」
「好き嫌いは………あ、はい。喜んで頂きます、はい。ピーマン美味しいよねー」

へらへらした口調じゃない隼人は本気で怖かった。
チンジャオロースに入っているピーマンをちょぼちょぼ食べ進めながら、凄まじい表情で太陽のガラケーを睨みつけている隼人は、全くこれっぽっちも可愛くはない。ちっとも可愛くない。

「ち。やっぱあの野郎、嗅ぎ付けてやんな。…ま、あっちも判ってんだろっけど」
「隼人ちゃん、今、舌打ち…」
「あ?」
「何でもありません」
「とにかく、川南北斗にはあんま関わんな。判ったな」
「く、口調、口調がいつもと、」
「わ、か、った、な」
「はい。判りました。膝枕しましょうか?あ、耳掃除もします。やります、ええ、俺は貴方様の奴隷ですとも、あはは…」

何処に隠し持っていたのか、無言で綿棒を投げてきた隼人が太陽の膝に寝転がり、結構余裕のあるソファから足を放り出した。惚れ惚れするほど長い足だと、何ともなく誇らしくなりながら、ほじほじ耳を掃除してやる。
うん、相変わらず痛々しい量のピアスだ。一つ数万円するらしいが、痛々しさに霞む。

「川南兄はあ、ヤクザと通じてるとかロクな噂ないんだからねえ。判ってんのお?表向きウエストがリーダー気取ってっけどー、マジな話ABSOLUTELY絡みの街の抗争の大半はあ、ノーサが指揮してたのー」
「うえ?ほ、ほんと?」
「昔ー、ABSOLUTELYに喧嘩ふっ掛けてえ、あ、隼人君が族潰しだった時ねえ。アイツのお陰で眼鏡の人が出て来てさあ」
「白百合?」
「そ。ノーサが隼人君の動きを何で嗅ぎ付けたかあ、未だに判んない」

…怖すぎる。
今更、震えが走った。

「以後、川南兄には注意します。」
「宜しい」
「あ、あの」

宣言した時、近寄ってくる誰かの爪先が見えた。
――――――――――――――――――
後編→

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あきゅろす。
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