帝王院高等学校
迷子のオタクと幽霊二匹で探索中
真っ直ぐ伸びる無駄に長い廊下を歩く内に、この道がなだらかなスロープになっているのではないかと気付いた。
つまり、少しずつ下へ下へ向かっている。

「こんなに長かったっけ」

確か、突き当たりに十字架の形にステンドグラスが嵌った壁があった筈だ。
神威に出会えた安堵と、彼以外には触らせた事のない体の中心を弄ばれながら深い口付けの嵐に呑まれ、気を失った辺りが曖昧だった。

「早く行かないと始まっちゃう」

長い指が優しく、けれど容赦なく、怯えながら強度を増す熱塊を翻弄する生々しいフラッシュバック。
瑞々しくも妖艶な唇に喰らい尽くされそうになりながら、出来たのは必死にしがみつくだけ。


どうして居なくなったの?
何でこんなところに居るの?

言いたい事が沢山ある事に気付いたのは今頃で、あの時はそんな事微塵も思い付かなかった。
ああ、こんなに綺麗な生き物が獣の様に自分を貪っている、と。畏怖に近い快楽の底には、凄まじい優越感。

誰かが言った。好きじゃないと嫌いじゃないは違うと。けれど今は大した違いはないと言える。

「カイちゃん、何処?」

誰かが、好きじゃなくても一夜の愛は交わせると言った。そう、嫌いじゃなくても人は別れを選ぶ。

「一緒にお祭り行きましょ、カイちゃん」

ああ。
どうして今まで、平気で一緒に風呂へ入りながらBL談義に花を咲かせる事が出来たのだろう。
どうして今まで、平気で一緒のベッドで朝まで目覚める事なく眠れたのだろう。

一つのスナックを分け合い、
ああでもないこうでもないと他人の恋愛話に真剣になり、
ああでもないこうでもないと新しいミックスジュース制作に没頭したり、
大好きな声優のBLボイスドラマで顔を赤くしたり、BLゲームの過激画像で憤死したり、ああ、どうして今まで全てが平気だったのか。

「聞こえてたらお返事してちょ、カイちゃん」

ポテトチップスはコンソメがお気に入り。スナック菓子の新商品には興味がないらしく、なのにBLの新ジャンルには臆する事なく足を踏み入れる。
人混みが苦手で、他人に触られるのは恐らく嫌いな方。なのにどんなに騒ぎ立てても俊が寝るまで傍にいて、どんなに寝返りで蹴り落としても全く気にしていない。

「カイちゃん…」

一度、あの彫刻めいた白磁の腹筋に、とんでもない痣を見た。
何処の不良攻めに押し倒されたのか興奮半分、憤り半分に尋ねれば、お前に蹴られたと何でもない様に彼は言った。
謝れば、気にするなお互い様だと。

「あんよ痛くなってきた気がするにょ」

そうだろう。
神威の痛々しい痣に負けず劣らず、俊の全身隈無く虫さされの痕があったのだから。
キスマークも傷害になる事を知らないのだろうか。いや、彼なら知っていても構わず我が道を行くだろう。

マイペース。
ある意味、傲慢なほどにスローテンポ。けれど本を読むスピードは神憑り的な速さで、一度読んだ本は一言一句暗記しているそうだ。
俊は気に入ったものは覚えるが興味がない事はすぐさま忘れてしまうので、羨ましい才能だと感心した。

けれど神威に宿題の手伝いは期待出来ない。最初に頼んだが、途中式などすっ飛ばして答えを弾き出し、途中が判らないのだと言っても真顔で『途中とは何だ』と言う。
この答えが出るまでの計算式を知りたいと言えば、

『問題を見れば答えが浮かぶだろう。計算など必要ない』

外国語を知りたいと言えば、

『良いか俊、日本語が最も難しい。この小説では蕾、この小説では蜜壺と記してあるが、英訳すればアナ、』
『きゃー』

マイペースはたまに会話が通じない。だから皆は、特に太陽だ。神威と会話していると、『何で会話が成り立ってんのか判らないなー』と苦笑いだか呆れ笑いだか。


「まだ出口に着かない…、何かRPGの魔王城みたいざますん」

偉そうに。
初恋も最近果たしておいて、他人の恋路に我が物顔で踏み入ろうとした愚か者。
人を好きになると極端に、そう、まるで躁鬱状態になる事を知った。

意味もなく涙が出る。
全てが憎くて堪らなくなる。
けれど、楽しくて楽しくて仕方なくて、幸せな気分になる。その繰り返し。

「お化け出そう…。あ、でもお化けよりカイちゃんのほ〜が、たまに怖いにょ」

きらきら。
神威の、光を帯びて煌めくサラサラの枝毛一つない銀髪が好きだ。するりと指を通す感触も好き。
完璧過ぎる美貌にはやはり未だに慣れなくて、キスは勿論、肌を合わせる事も死ぬほど恥ずかしい。
初めてじゃないかも知れないのに。記憶がないから確証はなくても、つい先程の記憶だけで恥ずか死ねそうだ。

「…そうだ、歌おう。あー、あー。カイちゃんがー、夜なべをしてー、コスプ〜レ編んでくれたァ♪」

なのに今すぐ会いたい。
ぎゅっと抱き締めて、ぎゅぎゅっと抱き締められたい。
こんな平凡で地味で根暗な自分が、こんな恐れ多い事を望む日が来るなんて。

恥ずかしい。今すぐ会いたい。死にたい。キスされたい。抱き締めたい。抱き締めて欲しい。ああでもやっぱり会いたくない。

一秒も待たせず今、会いたくて堪らない。



「ふぇ」

何となく落ち着かない心臓を押さえると、長い長い、永遠の様に思えた廊下に果てが見えてきた。
ぼんやり明るいそこは、ホールの様になっているらしく広くなっている。

「カイちゃん?」

あそこに神威が居るのかと走り出せば、仄かに明るかったホールに踏み込んだ瞬間、眩い光に包まれた。

『ようこそ、セントラルブランチコアへ』

いきなりの明るさに咄嗟に目を瞑れば、機械音声が聞こえてくる。
すぐに目を開くと、大中小、実に様々の映像が空中に浮かんでいる。眩しかったのは、この夥しい量の映像だったらしい。

「これ、ラウンジゲートだ」

空中に浮かんでる四角い映像に触れれば、壁の巨大モニタに浮かび上がる仕組みの様だ。どういう仕組みかは判らないが、凄まじくハイテクであるのは判る。

『マスターリング承認。中央支部中枢では、中央情報部への接続を許可しています』
「へ?中央…情報部?」
『疑問探知。中央情報部とは、ステリシリーソーシャルプラネットに於ける全データを管理している、セントラルマザーサーバーの統括部署です。現在のマスターはクライシス第五位枢機卿、全20名所属』

何が何だか判らないが、巨大モニタに機械音声と同じ説明が表示され、何となくクライシスと言う人が偉いのだけ判った。

「ステリシリーって…確か」

昔、父親と同じ顔をした別人が言った。ステルスの悪魔王を倒せ、奪われたものを取り返せ、と。

「…ばあちゃん」

品が良い、優しそうな老婦人を見た。紅い塔のテラスで、車椅子に腰掛けた人は学園長の妻で、今は学園長代理。
親衛隊のチワワ達が、ヴァーゴ庭園から見えるスコーピオを見つめながら、代理は孫を可愛がっていると噂していた。中央委員会長である、優秀な孫を。

「っ」

憎め・と。心の何処かで誰かが笑っている。
気を抜くな弱虫!と、不機嫌な声は聞き慣れた声。少し前まで怖くて怖くて堪らなかったのに、今はそこまで怖くない。



(…知りたいのだろう?)

誰かが囁いた。

(悪魔に奪われたものを取り返したいのなら、そなたは知る必要があるのではないか?)
「知る必要?」
(ステリシリーが何であるかを。真に粛正するべき相手を)
「どうして」
(地に根を張る…そう、例えるなら冥府。決して地上の者が見る事のない世界を知りたくないか)
「地下街に何があるにょ?」
(カイちゃんに会いたいのだろう?…手を貸してあげよう)

勝手に手が伸びた。
何だと瞬く間に自分の手は、幾つもの映像の一つを選ぶ。

「なァに?…あぇ?第一講堂?」
(『祭』が始まった様だ)
「えっ。どうしよう、早くしないと間に合わなくなるにょ!イケメン役員の挨拶を写メったり、チワワの悲鳴をライブ放送したり、動画パパラッチに勤しんだりハァハァしたりするつもりだったのに!」
(それがそなたの望みか?)

穏やかな声音だ。
静かなその声に、沸き立った心がざわりとざわめいた。


「…違う」

望み。
望みとは、何だっただろう。

「悪魔を倒して、復讐しなきゃ」

そうしなければいけないと、言ったから。
それは誰が?

「…あ、れ?違う、俺は生BLが見たくて帝王院学園を選んだんだ。ネットで噂だった、内情が知られてない学校に興味があって、それで…」
(記憶を改竄してしまったか。可哀想に、…ゆっくり、考えなさい。限りなく少ないとは言え、時間はまだある。まずは、今の目的を果たすが良い)

目的。
目的とは、何。


「ぁ」

会いたい。
そう、会いたいんだった。

「ぼ、僕は…」

違う。
勘違いするな。
お前なんか誰にも好かれない。
嫌われてばかりだったじゃないか。何を今更、勘違い甚だしい。

(…情けねェ。それが遠野の男か、ああ?)

だから会いたくない。
お前なんか嫌いだと言われたら、もう生きていけないかも知れないから。
勘違いするな迷惑だと、言われたくないから。


『俊』

目障りだ、と。
近寄るな、と。
消えてしまえ、と。
言われたくない。だから会いたくない。

ああ、なのに、


『愛している』


「カイちゃんに、会いたいにょ」
(では、征きなさい)

勝手に手が動く。
勝手に唇が笑う。
それはまるで神様の声の様に。

「中央支部枢、我が意に従い道を示せ」

誰の声?(聞いた事もない声が喉から漏れた)

『声紋認証…98%、エラー。有り得ないデータです。再認証………100%、再度エラーを確認』
「セントラルインフォメーション・インスパイア。直ちに従いなさい」
『エラーエラーエラー、緊急事態発生。著しく有り得ない現象です。…78%、エラー。特別機動部に緊急要請します、マスターセカンドに緊急指令』
「困ったね。中央情報部のデータが欲しいだけなのに」

全ての画像が赤く点滅している。なのに全く狼狽えず光のキーボードを叩く自分は、何処か可笑しいに違いない。

『エラーエラーエラー改竄されていますエラー、回線にステルス発生、強制終了開始…エラー、非常事態非常事態…ガガガッ。ピピッ。………再起動…チェック終了』
「ふむ。想定以上に容易くハッキングが出来てしまった。今の我が社は何をしているのか。平和に絆され脆弱になったものだ」
『コード無し、第一位レヴィ=ノヴァ=グレアムを確認。御命令を』
「中央情報部の権限を支部に譲渡、以降はクロノス回線に保管。ああ、中央議会には内密に」
『………100%、移行完了。セントラルインフォメーションはただいまよりクロノススクエア保管となります。セキュリティーレベルMAX、必要な情報を閲覧可能です』
「現在のステリシリーを把握しておきたい所だが、我が主はそれを望まない。…とりあえず、『カイちゃん』の居場所を調べろ」
『サーチ開始出来ません。セントラルインフォメーションに該当がありません』
「ナインの息子…名称は何だったか…済まないね、我が主が眠ってしまったらしい。この体の記憶が混乱していて、うまく引き出せない」
『サーチ完了。該当4865人、コード:キング、ナイン=ハーヴィスト=ノヴァ=グレアム』
「それだ」
『エラー。キング=ノヴァに子息は存在しません』

はぁ?と、心の中で首を傾げた愛しい人に笑いかけながら、人相の悪さを綻ばせ笑みを浮かべた男は肩を竦める。

「ナインがノヴァなら現グレアムは?」
『コード:ルーク、ルーク=フェイン=ノア=グレアムです』
「子供の癖に我が主を押し倒していたが、あれがナインの子供でないなら誰の子供だ」
「…恐ろしいくらい昔のお前にそっくりだったなァ、行動が。無表情とか前触れなく押し倒してくるトコとか」
「お陰で、異国の男に孕ませられた同性愛好者として絶縁されてしまった子が居たね、ナイト」
「何によによしてんだよ、ムッツリ」

夫婦喧嘩は犬も喰わない。死んでまで喧嘩する日が来るとは思わなかったと二人同時に笑い、


「では、俊の望みを叶えてあげようか」
「相変わらず黒髪には甘ェな」
「黒髪には・ね」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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