帝王院高等学校
ハッスル!マッスル!レッツ開幕式!
黒い影が追ってくる。
ずっと昔からいつも、それは夢の中にだけ現れる正体不明の何か。

本当は色など判らない。
眩い光の様にも思える。振り向いたら死んでしまうのだと何故か知っていて、

「一同、起立」

東の空が闇に支配されるのを見上げながら、きっと。

「これより、帝王院学園西園寺学園合同、両校親睦祭・歓迎祭を執り行います」

何も出来ないまま。
(呑み込まれる瞬間・を)
(待っているとしたら)

(何と愚かな話)


「俊君、まだ見つからなぃ?」
「携帯にも連絡を入れてはいるんですが、マナーモードの様です」
「あ、会議の時に設定やってたっしょ(つД`) だからメールも反応ねぇんか(´Д`)」
「…ち」

舌打ちらしき音に、皆の目が裕也へ刺さる。然し当の本人は素知らぬ顔であらぬ方向を見た。
舌打ち厳禁、取り決めたのは佑壱だ。律儀に守るのはやはり、未だに彼がカルマの一員として根付いているからだろう。

例え、中央委員会席に腰掛けていようと。

「あっちはオールキャスト勢揃いか」

西園寺学園の生徒、帝王院学園の生徒で犇めく大講堂はざわめきが止む気配はない。
それぞれ、双方の生徒会役員を見やりきゃあきゃあ黄色い悲鳴を挙げている。

「はー、こうして見ると壮観だねー」
「見た目だけだっちゅーにょ、中身スッカスカな奴らばっか。あんなんにキャーキャー馬鹿だねえ」
「モデルのお言葉とは思えないよねー」

パイプ椅子から今にも転げ落ちそうなほど深く腰掛けていた隼人が瞬き、顔だけ振り返って滑り落ちた。あんぐり口を開いていた健吾が素早く指差し、声にならぬ悲鳴一つ。

「たたたタイヨウ君?!Σ( ̄□ ̄;)」
「ただいまー。つーか進学科の列に何で澄まして潜り込んでるのかね、高野も藤倉も」
「太陽君っ?!ぇ、その格好…!」
「ヤッホー桜、何だか天皇猊下の姿がないみたいだけど」

携えていた幾つかの紙袋を呆然としている隼人、要、健吾、裕也に放り投げた山田太陽は晴れやかな平凡スマイルを振り撒き、親指を立てた。

「途中で買ってきたお土産が早速役立つとは思わなかったよー。…行こうかこの野郎、たまには目立ってみたい平凡魂ファイヤー!」

親分気質、と書かれた臙脂色のシャツとピンクのジャージを纏う左席副会長に、血を吐いた役員は無言だった。



一方、その頃。

「始まったみたいだねー」

ヘッドホンを押さえながら呟いた男は、照明係が配置する講堂の中二階からホールを眺める。

「然し君、そのシャツはどうしたんだい?」

振り返り、疑問に思っていた事を口にすれば、同じくヘッドホンを首に掛けていた長身がニヒルに笑った。

「可愛い生徒からのお土産ですわ。あかん、俺の好みのツボを的確に突いてきよる。末恐ろしい奴っちゃ」
「そうかい。ま、好みは人それぞれだからねー」

いや、庶民スタイルと書かれた臙脂色のシャツと三本ラインのジャージ姿では、美貌も台無しだ。

「時にマスター、マジェスティはまだ連絡ないのん?」
「…困った人だから。目を離すとすぐ居なくなるのは、いつまで経っても治らないみたいだよー」
「あー、気持ちは判らんでもない」
「敵ばっかりだったからね。信用出来る人間なんか、彼には居なかった」
「何言うとるの、アンタは別やろ」

まだ現れないか、と。暗幕の隙間からホールを眺めながら、伊達眼鏡を押し上げた。

「彼が僕を見捨てなかったのは同情からだよ。…分家筋の皇なんか、何の価値もないんだから」
「何?」
「何でもない。早いところ理事長探し出して、秀皇が手を出す前に止めなきゃ」
「はいはい」
「…須く。真皇の威光を知らしめるんだ」

鋭い眼差しはただ、真っ直ぐに。







「な」

式典での正装を義務付けられている中央委員会役員席に、凄まじい緊張が走った。余りの光景に嵯峨崎佑壱が感電した表情で立ち上がってしまったのも、無理ない話だ。

「うぉおおお、ご主人様ぁああああ!!!」
「輝いてます…!ご主人様、輝いてますっス!」
「萌えー!萌えええ山田君ハスハス君は最高の平凡攻めだよハァハァハァハァ」

威風堂々、先陣を切る平凡顔の少年は輝かんばかりの引き締まった表情で、一部の席から茶色い悲鳴を集めている。

「いやぁあああ!星河の君ー!」
「お労しい!カルマの皆様が何であんなお姿にぃいいい?!」
「平凡死ね!消えろ平凡!いやぁあああ」

真っ赤を通り越して真っ青な左席委員会行列。
先陣を切る山田太陽に続き無表情の神崎隼人は『羽ばたけ日本』、凄まじく殺気立った錦織要は『銭形珍道中』、笑いすぎて酸欠状態の高野健吾は『お祭りマンボ』、ボリボリ腹を掻いている藤倉裕也は『菜食主義』の、色違いなTシャツを纏い、驚愕に染まる中央委員会一同の前を堂々横切る。

司会中だったらしい川南北斗が最早声もなく固まっている中、加賀城獅楼、川南北緯、チャラ三匹はどことなく頬を膨らませていた。

「副会長、酷いー。おれらのシャツだけないとか、拗ねちゃうもんね!」
「煩いシロ、お前は新入りだから我慢しろ」
「「「ダシャツでも仲間外れはイヤー!」」」

泣きながらオレンジの特注ジャージにそれぞれ文字を書いているらしいチャラ三匹に、無表情でデジカメを取り出す北緯。体育座りで『の』の字を書いている獅楼へ、デジカメの三脚を立てながら北緯が目を向けた。

「シロップ」
「うぇ?なぁに、北緯さん」
「お前、烈火の君とはどうなってんの?」
「え?!」
「こないだの馬鹿げた茶番、本気で鵜呑みにしてる奴なんか居ないよ。…面倒事になる前にやめろよな」

冷めた表情で宣う北緯を暫く眺め、叱られた子犬の様に巨体をしょんぼりさせた獅楼は、息を吐く。

「あんまり覚えてないんだけど、起きたら裸で…きっ、キスマークが付いてて…うっ、うう」
「ふーん。つまり掘られたと思ったわけ。で?」
「動画撮ってるって。みんなに見られたくなかったら、大人しく付き合えって言われた…」
「どんな動画?」
「えっ?!だ、だから、その、エッチィ奴だよっ」
「見たの?」
「み、見てないけどっ」
「覚えてない癖に見てもなくて判るわけ?」

自分より小さい筈の北緯に見つめられ、座り込んだまま見上げていた獅楼は口ごもるしかない。
それぞれジャージを改造したらしいチャラ三匹が呆れ顔で振り返り、

「つーか、俺ら初期メンバーだからよ、嵯峨崎兄が高等部の時から知ってっけどさー」
「副長が町に出たんだって、最初は兄ちゃんに対する反抗期からだぜ?」
「ま、兄貴の方は溜まったら抜く、ってだけで町に行ってたみてぇだけど。ABSOLUTELYに対抗する為に作ったのが始めのカルマだからよ、理由が情けねーよな」

三人の台詞に首を傾げた獅楼を無表情で蹴り飛ばした北緯は、デジカメにメモリーカードを差し込みながら鼻を鳴らす。

「初等科から入ってる男が高等部までノンケだったのに、今更趣旨替えするわけないだろ」
「ひゃはー。シロップに勃起するわけねーしなー」
「嵯峨崎兄が唯一口説いてたんは、光姫ちゃんだけだもんなー」
「ないない、シロップに勃起するわきゃない。騙されたんだよ、お前はよ」

四人を見上げながら、そうかな、と首を傾げた獅楼はボリボリ襟足を掻いた。

そうか。
あんな格好いい男が、大好きな人と良く似た顔の兄が、こんな図体のデカい馬鹿な自分を相手にする訳がない。

「騙されてたのかぁ、おれ…」

でも、それなら何故毎晩、抱き締められながら眠っているんだろう。毎朝毎朝、求めてもいない口付けで起こされるんだろう。

「馬鹿」
「気ぃ落とすなって。総長に言ったら萌えてたから」
「シロップの癖に、ちょっとしたネタにはなったら喜んどけ」
「ないとは思うけど、本気で惚れんなよ?リアルホモはカルマにゃ要らねーかんな」

彼の地毛が赤でも黒でもない事を。
可哀想な者を見る目で罵ってくる四人には、言ってはいけない様な気がした。








「…カイちゃん?」

目が覚めて、とても幸せな夢を見ていた気がした。無意識に伸ばした手、白いシーツの波に、黒いシャツが一枚だけ浮かんでいる。

「何処」

シャツを無意識に掴み、上半身裸の体に羽織りながらベッドを降りた。

ふわり、と。
香るのは、酷く懐かしい匂い。

「これ」

確か、エゴイスト。
そんな名前の香水だった気がする。
微かに柑橘の香り。これは部屋中に漂っている気がした。

首に掛けていたガマグチとドックタグがない事に気付き、キョロキョロと辺りを見回す。
すぐにベッドサイドのチェストにそれらを見つけ、やや大きいシャツを羽織ったまま跳ね寄った。

「ぁれ」

メモが一枚。
ガマグチの下に置かれているのを見やり、瞬く。書かれているのは異国の言葉、その下にアドレス。ホームページアドレスのそれには、見覚えがあった。

「ま、はる…きた?」

携帯が見当たらない。
ああ、確か神威を幽霊と勘違いした時に一心不乱で逃げ回り、転けた時に何か落とした覚えがある。
あれか、と遠い目で己の乱心振りを今更恥じながら、所で当の神威は何処だと部屋中を見た。

「今、何時かしら」

何処ぞのスイートルームじみた部屋には扉が二つ。窓はバルコニードアがあるのだが、開けなくても外がコンクリートである事が判る。
ドアノブのない扉。近付いても開く気配はなく、唐突に。

「マスター、リング」

初めて神威と出会った日の事を思い出した。

今でこそ判る。中央委員会の執務室に向かう時、だ。
指輪を嵌めて、彼は何と言った?

「プライベートライン、オープン」

キュイイイン。機械が起こす微かなハウリング、ドアの窪みに嵌めた指輪がガチャリと回り、

『マスタークロノス独自回線構築。…網膜認証100%、声紋認証100%、セントラルブランチコアはただいまよりマスターを最上位として認識します。御命令を』

何だこれは、と。足が竦んだ。

「弱虫、このくらいでビビってんじゃねェ愚か者がァ」

口から零れたのは自分の言葉ではない。

「可哀想だろう、苛めるのはおやめ。…ほら俊、君が望む事を命じなさい」

また。零れた穏やかな声音も、自分であって自分ではない。

怖い。
怖い。
怖い。
自分の中に一体何人、存在しているんだ。


「カイちゃん」

会いたいだけだ。
家族以外で唯一、愛していると言ってくれた人に、抱きつきたいだけだ。
このまま震えている訳には、いかない。

「行きは良い良い、帰りは…。己が身で示すがイイ」

酷く懐かしい声を聞いた。
三人目の声に他の二人が掻き消されて、体から恐怖が消える。



「…じいちゃん?」

そんな筈はないのに。










「お待たせしましたー、我ら帝王院学園左席委員会執行部!トレードマークは平凡☆権力を笠に着た副会長、山田太陽ですよー」

ビシッと親指を立てた山田太陽に、講堂は静寂で包まれた。が、エルドラドのスヌーピーらから熱烈な拍手が涌いたのは言うまでもない。

「はいっ、次!」
「え、えぇ?!Σ( ̄□ ̄;) 俺?!」
「他に誰が居るんだい?因みに、自己紹介も満足に出来ない奴は…俊にチクるから」
「畜生、権力笠に着てやがる…!。゜(゜´Д`゜)゜。」
「はぁい、左席委員会のぉ、ぇっとぉ…便利係?のぉ、安部河桜でぇす!長ぃものには巻かれろ、が座右の銘ですぅ」

キャピキャピ手を挙げた桜が、『期間限定』ピンクシャツを纏い太陽とハイタッチを交わす。
自棄になったのか否か、震える拳を握り締めた要は血走った目で講堂を睨み、

「左席会計錦織要!金と株価がこの世の全て、平伏すが良い!」
「何言ってんの?!Σ( ̄□ ̄;)」
「ハイパーサイバーガイ、長いあんよがトレードマークの神崎隼人君だよお」
「ちょ」
「一汁三菜、藤倉裕也」
「○| ̄|_」

ハイタッチを交わす一同に、床を殴りつける健吾が咽び泣く。こうなったら自棄だと起き上がった健吾は然し、


「左席委員会会長、遠野俊参上☆皆様に萌える式典をお約束しまーす」

ボサボサ頭に黒縁眼鏡を掛けた虹色シャツの登場で、出番を失った。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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