帝王院高等学校
すんでの所で寝落ちは特技ですん
「ぁれ?」

荒い息遣いで辺りを見回した桜の隣で、同じく眉を寄せた東條が無人の踊り場を見回した。

「天の君はもう行ったのか?」
「ぇ?さっきまで見える距離に居たょ?幾ら僕でも、そんなに遅くなぃもん」
「…急ごう。式典が始まれば、自由に動ける範囲が狭まるのは必定」
「ぅん。ぁ、ちょっと待って。ケータイ鳴ってる…ぁ」
「どうした?」

先に歩を進めていた東條が振り返り、携帯を掲げた桜がパチパチ瞬きながら東條を見やる。


「太陽君からだ」











「何か判った?(´`)」
「溝江と宰庄司が懲罰棟に入れ込まれたのは、少なくとも総長が懲罰棟に入る前でしょう」

パソコンを弄っていた要を覗き込みながら、首を傾げた健吾は襟足を掻いた。

「誰が入ってっかなんて一々見てなかったもんなー(´・ω・`) つっても、総長が居たのって面会室だろ?」
「まぁ、懲罰棟では比較的下層なのは間違いありません。ユウさんが二日入っていた独居房は、まだ奥にある筈です」
「んな事より、どうするつもりかよ」

じゃがりこサラダ味をボリボリ齧る裕也の声に、サンドバッグをバシバシ殴っていたタンクトップ姿の隼人が振り向く。

「んなもん、放っておけばよい。何で隼人君がンなザコ助けてやらないけないにょ。マジ怠いんですけどー」
「総長命令だろぉがよ(´Д`)」
「ボスはボスであってボスじゃないんでしょお?巫山戯けんじゃねーよ、サブボスが総長とか抜かしてんのはボスだけだっつーの」
「だったら総長は総長のまま、俺らには何の変わりもない事だ。グダグダ抜かすなら、お前だけ抜けろハヤト」

要に睨まれ片眉を跳ねた隼人は、然しスポーツドリンクのペットボトルを掴み無言だ。
そこに、ダンボールを抱えた獅楼がやってくる。

「みんなー、お祭りのパンフレット持って来たよー。あれ?総長は居ないの?」

キョロキョロと辺りを見回す、見た目だけなら屈強な不良として通用するだろう獅楼に、とりあえず飛び蹴りを与えた健吾はダンボールを奪った。

「蹴んなよ、可哀想だぜ」
「鍛えてやってんだっつーの(・∀・) 愛ある躾じゃろ(`・ω・´)」
「酷すぎる…ケンゴさんの、ばかー!」
「も一発いくか?(・∀・)」
「うわーん」

賑やかな庶民愛好会のドアが再び開き、入って来たのは北緯だ。これまたダンボールを抱え、健吾に苛められている獅楼を華麗にスルーする。

「会長はまだ居ないんですか?」
「ホーク、その荷物は?」
「北斗を脅して来ました」

冷ややかに可愛らしい顔で宣った彼は、中から幾つかの書類を出した。

「ノースを脅した?」
「白百合の書斎から、風紀に関するものだけパクらせました」

真顔で硬直した要、裕也、健吾、そして隼人に構わず、書類から地図らしきページをめくった北緯がペンを握る。

「前に、中央委員会には校内の間取りを変化させて構築し直せるって言ってたでしょ」
「あー、ありゃマジだったっしょ(´Д`) 左席は会長だけしか出来ないみたいぞぇ」
「めっさら難しいもんねえ。下手したら怪我人が出ても可笑しくないんだから、当然にょー」
「確か深夜に大規模な改造がありましたね。隼人が繋ぎ目の間に転落した事があった」
「ダセーぜ」

裕也が呆れた眼差しで隼人を見やるが、当の本人は裕也が食べ残したじゃがりこをボリボリ齧っていた。

「此処に書いてあるには、懲罰棟は90のキューブで作られてる可変領域らしいっス」
「うっわ、想定内過ぎてワロス(´・艸・`)」
「然し、この図面が本物なら、正面から懲罰棟に入るのは十中八九無理ですね」

地下から伸びるエレベーター、懲罰棟の辺りは無数の四角が並べられ、縦横斜めに矢印が引かれている。ルービックキューブの様に定期的に動いている様だ。

「北斗が言うには、入り口はアンダーライン三階、此処だけは変えられない造りみたいです」
「エクストラゲートからじゃなきゃ入れねーんなら、土台無理な話だぜ。警備ぶっ飛ばして侵入するっきゃねーな」
「つい何時間か前まで通ってたんだから実証済みだけどよ、出口はすぐに消えちまうっしょ(´`)」

懲罰棟にあるエレベーターのパネルで目的地を指定すると、その場所で降ろされる。校舎だろうが寮だろうが、普段見慣れた場所まですぐに辿り着いた。

「こんな時に副長が居れば…」
「ホーク、過ぎた事です。ユウさんの事は後にしましょう」
「入獄者は掲示板で調べればすぐに判る。自治会以上の権限があれば、カードで逐次調べられるらしいぜ」
「隼人君のカードで調べたけどお、今の懲罰棟は表向き無人なんだよねえ」

プラプラ、学籍カードを咥えた隼人が興味なげに呟いた。左席会長代行だった時に、クロノス権限をコピーしていたそうだ。今では己の学籍カードを改造し、一部の権限を解放している。

「ボスが改造する方法を知ってたら話は早いんだけどー。隼人君には権利がないからあ」

施設内改造の権限は通常、生徒には与えられない。俊にその権限があるのは判っていても、本人が使用方法を理解していなければ意味はないのだ。

「把握してる…と思いてーぜ」
「どう言う意味か言って貰いましょうかユーヤ。総長を侮辱するなら容赦しませんよ」
「落ち着けって。三匹のメガネがどの辺りに居っか判れば楽勝でもよ、何の宛もなく乗り込むのは無謀っしょ(´`)」
「ケンゴさんが珍しく正しい事ゆってる…珍しいなぁ」

呟いた獅楼が吹き飛んだ。

「権限があっても使えなければ意味がない。施設外に、フェムトセルがなければそもそも不可能」
「ナルヘソ。指輪かぇ?万一、総長がモードチェンジ出来たとしても、外からの指示が中に届かなきゃ意味ねーっしょ(´_ゝ`)」
「懲罰棟内部の稼働に、何らの法則性があれば…もしくは」
「簡単に言うけどカナメ、それが判れば苦労しないっしょ(´`) 総長もそのくらい考えてんじゃね?」
「チョーバツトーがあ、アンダーラインの地上部分にあるのは間違いなさそうだしねえ」

地下に伸びるアンダーラインの階段は、地下鉄のゲートの様に点在している。その複数のゲートの中央には、遺跡の様な建物が森の中まで続いていた。

「いっそ、チョーバツトー破壊計画?あは」
「幾ら手がないからと言って、壁をぶっ壊す訳にはいきません。式典が始まれば、部外者が増えるため警備が強固になるのは当然。易々、身動き出来ないでしょう」
「はあ。夜までにどーしろって?何で隼人君が他人を助けなきゃなんないにょ。面倒臭いなあ」
「会長命令です。猊下は武蔵野千景に恩があると言ってました。彼の恩は我々の恩も同然」
「どの道、叶からパクったそれにもセキュリティ内容までは流石に書いてねーだろ」

裕也の呟きを最後に皆が沈黙し、再び部室のドアが開く。姿を現したのは桜だ。

「みんなぁ、ただぃまー」
「さっくん、ボスはー?」
「ぁれ?やっぱり俊君居なぃの?さっきまで一緒だったんだけどぉ、見失っちゃってぇ」
「またどっか行っちまったってか(;´д⊂) 何っつーマイペース、流石ですよ(つД`)」
「それはそぅと、太陽君から連絡があったょ」

興奮気味の桜が行事のパンフレットを手に取りながら口にすれば、要の眉間に皺が寄る。

「…何処をほっつき歩いてるかは知りたくもありませんが、彼は何と?」
「夜にはぁ、帰って来るって。あと、気になる事言ってたんだけどぉ」
「気になる?(´・ω・`)」
「ぅん。メールで送るって言ってた。でもぅ、肝心のメールがまだ届かなぃんだぁ」
「何じゃそら(´ω`)」
「ケンちゃん達にぃ、届いてなぃ?」

桜の台詞に全員が携帯を開いたが、反応を見せたのは隼人だけだ。

「あは。そー言えばあ、サブボスのメアドなんか知らないんだよねえ、隼人君」
「何でケータイ見たんじゃい、この野郎(´_ゝ`)」
「ただねえ、左席サーバーに着信が入ってるよお。随分手の込んだ事するよねえ、21番の癖にー」

改造された隼人のスマホに何らかの表示があったらしく、すぐに要がパソコンのキーボードを叩いた。
ディスプレイを眉を寄せたまま暫く眺めた彼は、読み終えてノートパソコンを皆の方へ向ける。

「『この件に関し二葉は役に立たないから、左席で極秘に動く様に』だそうです」
「ひょえー、いつから白百合を呼び捨てにしてんだ(◎Д◎) 怖ぇえ(((つД`)」
「念の為、内容は口にしないで下さい。何処で聞かれるか判らない」
「メール破棄したらあ、一応サーバー初期化しとくー」

内容が内容らしく、流石の隼人も面倒臭げながら宣った。

「『兵は裏返り黒にも白にも姿を変える。魔法に気をつけろ。踊るのはピエロの役目』」

どう言う意味だと、要が続けた台詞に全員が口ごもる。事態が読めていないらしい桜は首を傾げ、隣の東條に撫でられた。

「なあんか、オセロみたいだねえ。裏返って黒にも白にもなるって言えばさあ」
「オセロに兵なんか居ねぇだろ」
「将棋っしょ。裏返ったら歩も金になる(*´∀`*)」
「黒にも白にも、と言う事は…金だけでなく、他にも変化すると言う事でしょう。そう考えたなら、」
「チェス」

呟いた東條が些か固い表情で要を見た。

「男爵の戴冠は、冠でも剣でもない。君は知っているな、錦織」
「実家には興味がないと言う割には、裏社会に精通してらっしゃる。俺に聞くよりユーヤに聞けば良い」
「どう言う事だ?」
「ユーヤの父親が誰かご存じない様ですね」

小さく笑った要へ、冷えた視線が突き刺さった。東條だけではなく他の皆も真っ直ぐに、

「カミュー=エテルバルド。裏社会で知らぬ者はない、ドイツの帝王です」

エメラルドの瞳、へ。










「何をなさっておいでかね、シリウス」

面倒な奴に見つかったと、ヨレヨレの白衣を翻し振り返った男は、然し表情はにこやかなまま崩さない。

「久しいのう、クラウス。いや、クラウス卿とお呼びするべきか」
「日本へ行ったと聞いているが、何故此処にいる」

暫く見ない間に偉そうになったものだと笑顔の下で嘲笑一つ、

「キングの御命令じゃ。師君には関与なき事」

ハッタリだが、苦々しい表情で足早に居なくなった背を横目に息を吐いた。

「…ちと急がねばならんな。主なきセントラルは、何やら不穏な空気に満ちておるからのう」

見上げた先には、作り物とは思えないほど広く澄み渡った、空。












「お目通りを」

忌々しい。
舌打ちせんばかりの心境は、然し表情に出る事はない。

「…何の用だ」
「光炎閣下がお呼びです」

それだけで理事が来たのかと、ドア側を一瞥する。今、このエリアは厳重に保護されているのだ。二葉であれ、生徒の立ち入りは許されていない。

「再三の要請にも関わらず、先の会合後に姿を消したまま戻らぬと上院にまで話が届いておられる。…近頃のお姿は、神帝でありながら何たる事か」
「捨て置け。私が呼ぶまで下がるが良い」
「なりません。此度の式典期間は、特使の任を閣下に与え、会長代理を命じられたそうですな」

抜かった、と。
我が身の愚かさを悔いても仕方ない。

「上院役員が足を運んだ意味をご理解願いたい」

いきなり異国語で話し始めた事に驚いたのか、きょとりと首を傾げている様に見える黒髪へ手を伸ばせば、首を傾げているのではなく、うつらうつらと船を漕いでいた。

「俊」
「むにゅ。ふみゅふみゅ」

もにょもにょと解読不可能な言葉を漏らす唇に、瞬いて上体を起こす。何と忌々しい。

「陛下」
「繰り返さずとも良い。ベルハーツを私と思え、そう命じたのは紛いなくこの私自身に他ならない」
「帝王院より僅かに劣ると言え、西園寺は帝王院に並ぶ旧家。流派は違えど、元は同じ神主です。如何なる失態も、」
「くどい」

ブランケットを掛けてやりながら、ぷにぷにと頬を撫でる。眼差しは柔らかく細め、声音は凍えるほど無機質に。

「高々上院役員如きが誰に上奏しているか、そなたこそ自らの行動の為す意味を考える事だ」
「…これは、大変な失礼を。ですが式典成功を理事長は望んでおられます。………努々、お忘れなきよう」

ああ、忌々しい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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