帝王院高等学校
いきなりミステリー風味になりました
「おーい、起きているのかい」
「…おや?起きてはいるけど、特にやる事がないから横になっているのさ。まるでナマケモノになった気分を味わっているよモナミ。君はどうだい?」
「似たり寄ったりなのさ」

のんびり脳天気な声が鼓膜を震わし、膝を抱えたまま眠っていたらしい少年は漸く覚醒した。

「そ、の…声…っ、溝江君?!宰庄司君?!」
「おや?僕らを知っている何某が居るのさ。どちら様か名乗りたまえ」
「溝江、これは野上クラス委員長の声ではないかな?こちら側の壁の向こうから聞こえるのさ」
「ふむ、こちら側からはどちら側か判らないのが難点なのさ。所で君、野上委員長なのかね?」

ああ、相変わらずのステレオタイプハーモニー。この状況で何故そんなにスローなセレブクオリティを維持出来るのか、羨ましいやら呆れるやら、思わず笑えてくる。

「はは…」

泣きはらした目元に気付かず、白い壁に囲まれた部屋をぐるりと見回した少年は、蛍光灯と換気の為のダクトを見つけた。
恐らく、二人の声はダクトを通じて届いているものと思われる。

「「おーい」」
「あ、うん。そうだよ、野上だよ」
「おお、これは失礼した。我ら一年Sクラス委員長とは知らず、失言してしまったのだよ、ボンジュール野上委員長。ご機嫌如何がかね」
「それはそうと野上クラス委員長君、君は此処が何処か判ってバカンスに来たのかい?」
「バカンス、って」

此処は懲罰棟だ。
然も、恐らく噂の独居房に違いない。何故判るかと言えば、少し前に学園中を恐怖に染めた紅蓮の君暴走事件の折り、理事会により彼が謹慎処分を受けた時に広まった話がある。

扉のない、四方が白い壁で包まれた出入り不可能の部屋。なのに眠っている間に必ず食事が届き、謹慎期間を終えると解放されると言う。

「此処は視界一杯真っ白で、まるで雲の中に居る気分なのさ」
「僕らかなり長い間居る気がするけど、時計も携帯もないから確かめ様がないのさ。所で、今は何日の何時何分僕は誰だい?」
「あ、僕も腕時計没収されてるから、ごめんっ!判らないんだ。あ、でも、昨日だと思う。ぼ、僕、此処から出られないのかな…ぁ」

ぐしゅり。
眼鏡の裏側を涙で溢れさせた少年は、唯一白ではない換気ダクトに向かい声を荒げる。

「その様子だと、やはり此処は懲罰棟内部の様だね宰庄司隊長」
「腕時計もカードもマネークリップもなくなっているけれど、天の君親衛隊の証は残されているから問題ないのさ溝江隊長」
「式典が始まる頃には出られるだろうし、もう一眠りしたまえ諸君」
「な、何でそんなに楽観的なのっ、二人共?!」

本気で寝そうな溝江の声に叫べば、欠伸らしき息遣いが届いた。
ああ、何てステレオ、バッドマイペース。

「慌てなくても、天の君が助けてくれるのさ」
「そうだね。天の君は一年Sクラスの覇者、帝君であらせられるのだからね」
「な…何言ってるんだ!僕も君達も、懲罰棟に居るって事は降格か除籍処分って事だよ?!」
「ふむ、確かに進学科生徒の謹慎処分は紅蓮の君を除いて例がないのさ」
「おや?そうだったかい?ずっと大昔、中央委員会長だった生徒が謹慎処分を受けた時に、避難シェルターだったこの懲罰棟に籠もったと言う話があるのさ」

宰庄司のおっとりした声音に、精悍な溝江の声が途切れる。数年前まで九州で育った少年には判らない話だが、雑学に詳しい溝江の琴線に触れた様だ。

「おお、叔父上から聞いた事があるのさ。思い出したよ宰庄司、確かあれは、学園史上初の除籍処分を受けた親王陛下なのさ!」
「おや、中央委員会トップが除籍処分?穏やかでないね」
「あっ。星河の君が言ってた、35代だか36代だかの会長の事?!丘の上の石碑に、一人だけ名前が載ってないって!」
「載ってないんじゃなく、削られてるのさ」

趣味が散歩だと言う宰庄司が見てきた様に宣い、

「噂では海外の巨大闇組織に殺されたとか」
「う、嘘でしょ?」

怪談宜しく声を潜めた。ぶるりと震える野上少年を余所に、ふふっとおっとりした笑い声が聞こえてくる。

「ま、それは宰庄司の嘘なのさ。除籍処分を受けたのは学園長の息子だそうだよ。流石に、酔っ払った叔父上の小話だから確証はないのだがね」
「って事は…進学科の生徒でも懲罰棟で謹慎は有り得る、って事なのかな?」
「現に有り得ているじゃないか野上クラス委員長。然し今日は静かだね」
「そうなのさ。寝る前まではずっとバタバタ足音が聞こえてきたものだよ。ねぇ、溝江」

二人のペースに巻き込まれ、焦りが和らいだ委員長はズレた眼鏡を漸く押し上げた。
ドアもなく布団もない真っ白な部屋だが、良く見れば真っ白な小さいチェストがある。チェストの上にはレポート用紙、鉛筆。

「あ、パンと水がある…。この包みは何だろう?」

簡易トイレと書かれたパッケージが幾つか入っている。裏側の説明を読めば、災害時やレジャーなどで使われる携帯トイレの様だ。
隈無く部屋中を見れば、真っ白な壁に擬態した白いブランケットと枕も見付かった。

「あれ?何か此処、うっすら汚れてる…?」

眼鏡を服の裾で拭き、白い壁をじっと見つめれば、

「あ、何か書いた跡、かな?えっと…」

鉛筆で書いた薄い小さな文字。
見つかって消される事を恐れたのか、それは目を凝らしてもなかなか読み取れない文章だった。
床に寝転がり、眼鏡を外して至近距離から凝視する。

「えっと…東、無し。西、反応あり…本日移動二回…?」

どう言う意味だと瞬いて顔を上げる。まず見えるのは白ではない換気ダクト。天井の高い位置にあるそれを眺め、眼鏡を掛け直す。

「ん?排気口の下にも何か書いて、る?」

背が届かない位置なので確認が出来ない。どうしたものかと辺りを見回し、先ほどのチェストに目が向いた。
あれを踏み台にすれば、届きそうだ。

「よいしょ、と。…あ!」
「うーん、静かにしたまえ野上クラス委員長。僕は此処を出る前に必ず天の君の夢を見、」
「溝江君!宰庄司君!僕の部屋に誰かがメモを残してるんだ!」
「ん?…ああ、それなら僕の部屋にも幾つかあるのさ。チェストの引き出しの下と、レポート用紙の裏側に見つけたよ。此処に入った生徒の愚痴ばかりだよ、肉が食べたいとかエロ本が欲しいとか即物的なポエムさ」

いや、それはポエムなのか。

「おや、溝江もかい?僕の部屋にはチェストの引き出しを引き抜いて天板の裏側の見つけ難い所に書いてあったのさ。『今も動いた。この箱は720秒に一回動く、気味が悪い』」

目を見開いたのは野上も溝江も同時だったに違いない。

「動、く」
「それが確かなら僕らは今、何処に居るのか…。諸君、もう一度部屋中を調べたまえ!もしかしたらもっとヒントが見つかるかも知れない」
「ふふ、まるで推理小説か脱出ゲームみたいなのさ」
「あ、ああ!排気口の中にも何か書いてある…!」

声を上げた野上少年に、他の二人からも声が上がる。

「僕の足元にあるダクトの中にも見つけたのさ」
「おや、二人共おかしい事を言うのさ。僕の部屋には天井にダクトがあるのさ」

溝江と宰庄司の意見が分かれた。それから導き出される答えは、

「ちょっと待って、僕からは宰庄司君の声は良く聞こえるんだよ」
「おや、そう言う僕は溝江の声がすぐ近くから聞こえているのさ。溝江、君はどうだい?」

然し、その問い掛けに答えは返らない。但し、野上少年と宰庄司少年の目の前で、それぞれの位置にあったダクトが動いた。

「ひ、ひぃっ」
「こ、れは…奇っ怪なのさ…」

まるで、ルービックキューブを回すかの様に。

「み、溝江君?!溝江君っ、溝江君?!聞こえたら返事して、溝江君?!」
「野上委員長!君の声が遠くなってい………に僕ら……………学…」

宰庄司の珍しく慌てた声を最後に、白い部屋はダクトの位置だけを変えて沈黙に包まれた。




本当に僕ら、学園に居るのかな?



「そ、んな…」

どうしよう。
知ってしまったからだ。彼の素顔を知ってしまったからだ。
溝江と宰庄司が何故投獄されたのかは知らないが、自分はまず間違いなく、彼の怒りを買ったから此処に居るに違いない。



「天の君、どうしたら良いですか…っ?」



銀髪。
凍える真紅の双眸を持つ、神の化身。






あの眼差しを、見てしまったから。













「ぷはーんにょーん」

アンダーライン地下三階、用務員宿舎の最奥に厳めしい扉がある。
扉と言ってもドアノブはなく、完全自動ドア仕様だ。

「どぅ?見える…?あそこが入り口だょ…」

コソコソと宿舎の入り口にある螺旋階段から下を覗き見る人影がある。安部河桜だ。

「ふにょん。あ、ごめんなさいませ。不可抗力で両手が桜餅のおっぱいに当たっちゃったにょ。…あそこだけ天井が高いのねィ」

揉み揉みセクハラしまくる変態から恥ずかしげに身を躱した桜は、オタクの両手を掴まえながら頷いた。

「ゲート自体が大きなエレベーターになってるんだょ。僕は入った事なぃけど、はっくん達に差し入れする時にチラッと中が見えたんだぁ」
「あの辺、いっぱい人が居るなり」
「普段、エントランスゲートとかグランドゲートとかの詰め所で勤務してる警備員さんとかぁ、学園中の用務員さんが住んでるからねぇ」

特に警備員の数は凄い。
元警察官だのレスキューだの精鋭が多く、また24時間詰め所に待機しセキュリティーカメラを監視している為、細かい交代制となっている。なので人数は膨大だ。

「僕らが知らなぃだけで、この学園には人が沢山居るんだぁ」
「左席委員会の職権乱用したら入れないかしら…」
「中央委員会の役員でも、本当は難しぃって言ってたよぅ?俊君の時は、本当に怖かったから…」

悲しげな表情で小さく呟いた桜に、オタクは眼鏡を曇らせた。

「眼鏡の底の底から反省してます…。キレ易い新人類ですみません…覚えてなくてすみません…首吊ってきます」
「ううん、大丈夫!それに、イチ先輩言ってたょ?俊君は何も間違ってなぃ、って。怒られて当然だって…」
「総長」

囁きに呼ばれ桜と同時に振り返れば、螺旋階段の上、二階辺りから手招く川南北緯の姿がある。
もう総長じゃないのに、と頬を膨らませながら階段を跳ね上がるオタクは忍者の様に足音がない。

「俊君ってぇ、本当に勉強もスポーツも出来るんだねぇ。羨ましぃなぁ」
「桜餅、オタクにお世辞言っても学級日誌の新刊しか出ませんょ」

一週間一年S組の発行を遅らせてしまった編集長は、初版を桜に捧げる事を誓った。何だかんだ山田太陽をも読者にしてしまう腐男子編集長テクで、最近では方々に広まりつつある。
イケメン教職員に迫る新企画もまずまずの反響で、インタビューに応じる教職員らも満更ではない様だ。ハゲた校長にも萌えを見いだした遠野俊が校長室を訪れた際、影の薄い校長は目に光る物を浮かべながら茶菓子を出してくれた。

だが然し、くどいが先週号の発行が遅れている。Fクラスの黒装束が待ちわびて夜も眠れないとか。
奴は夜行性だ。


「総長、一度地上に戻りましょう。カナメさんが対策本部を立ててます」
「ふわ、何かカッコイイ響きざます!良しキタ、本部は何処じゃい」
「執務室です」
「あ、はい。庶民愛好会室ですか。いつもの…」

しょぼくれたオタクを宥めながら、三人は再びエクストラゲートを振り返った。

「もうちょい待っててちょ、メガネーズの皆さん。眼鏡に懸けて必ずお助けしますからねィ!」
「帝君で左席委員会会長だからって、優しぃなぁ、俊君…」

桜が眩しげに見つめてくる。
きょとりと首を傾げたオタクは、眼鏡を押さえながら小さく笑った。

「僕はちっとも優しくなんてないなり。自分勝手で、死ぬまでバカチンにょ」
「ぅうん、優しいょ」
「本当はねィ、クラスの皆にもっかいちゃんと謝りたいだけなのょ。ちゃんと叱られなきゃならないもの」
「ぇ?」
「だって桜餅、



  自分だけ偉そうに説教したまんま、消える訳にはいかないでしょん?」



その言葉の意味を知る者は居ない。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!