帝王院高等学校
謎に包まれた懲罰棟に迫るわよ!
「ちょっと!あんまベタベタすんなよっ、暑苦しいっ」

背中にのし掛かってくる巨体を押し退けながら、頬を膨らます赤毛はパイプ椅子を並べていく。

「煩ぇ、クーラー入れさせっから良いだろうが。おい、空調」
「は、はいっ。了解しました烈火の君ぃ!」
「ちょ、」

零人に睨まれ青ざめた、恐らく三年生だと思われるジャージ姿の生徒が走り去る。眩暈を覚えた加賀城獅楼に、命令し慣れたセレブと言えば、クロスワード誌を広げたまま、かと言ってペンも持たず流し見ていた。

「答えは四面楚歌と傍若無人だな。お、プレゼントはカルバンクラインの財布だってよ」
「う…うっうっ、今正におれが四面楚歌だよ…。どっかの傍若無人のお陰で…」
「何か言ったか?」

もう突っ込む気力もない。
こうも開けっぴろげに嫌がっているのに、件のお見合いからこっち、下らない悪戯をしてしまったツケがこれだ。
零人のお見合いをご破算にしたかっただけなのに、マジ切れした零人に手酷い辱めを受けてしまった。そして曰く、誰にも言われたくなければ『逆らうな』だそうだ。

「ん?シロ、尻から何か鳴ってんぞ」
「あ、ケータイかな。ちょっと取ってくんない?」

来賓客への案内看板の最終チェック班に混ざり、ペンキを扱っている獅楼は床に這いつくばった姿で振り向いた。表情を変えず素早く獅楼の尻を撫でた俺様と言えば、クロスワード片手に獅楼の携帯を勝手に開く。

「登録外だ。番号表示だぞ」
「違うよ、登録の仕方わかんないから知り合いの番号は全部覚えてるんだよ、おれ」
「…意外な特技だな、そら」

軍手を口で外しながら携帯を受け取り、画面を見た獅楼は満面の笑みだ。

「ももも、も、もしもし!ユーさんっ、ユーさん?!おっす!お疲れ様ですっ」

ペコペコ、誰も居ない方向に頭を下げまくる獅楼に、零人の一瞥。すぐにクロスワードへ視線を戻したものの、恐らく鼓膜は真っ直ぐ獅楼の元へ。

「え?ちょ、どうゆー事っすか?だって、でも…っ、おれ、いや、そうじゃないっす!…はい、はい」

大声を出し目立ってしまった為、徐々に小声になる獅楼は渡り廊下を突っ切っていく。
未だ小道具で溢れかえる小汚い惨状の小ホール、リノリウムの上を滑るスニーカーがキュッキュと音を発てた。

「わ、かりました…。はい、連絡待ってます…はい、はい…じゃあ…」

黙って唇を噛み締める獅楼を見つめる眼差しは無感動なまま、



「予想より早いが、想定内だ。」

狡賢い笑みを、今。












「懲罰棟に?Sクラスの生徒を、ですか?そんな馬鹿な」

不格好なオニギリを晴れやかな笑顔で持ってきた要が、絆創膏だらけの指でコーラゼロを注ぎながら眉を寄せた。
冗談ではなくボーリングサイズの巨大オニギリに硬直している裕也と健吾を余所に、オニギリの隣にある漬け物を曇った眼鏡で凝視しているオタクは頷く。

「風紀じゃなくて中央委員会が黒幕らしいにょ。ね、マフィア先輩」
「自治副会長に就任した際、高等部生徒の生活実態を把握するべく新たな権限を得た。俺が閲覧した限りでは、溝江一年生と宰庄司一年生は同時に捕縛されている」

桜の頬に付いたパフェのクリームを甲斐甲斐しく拭ってやる男の鼻の下は伸びっ放しだ。
食欲がないと宣うオタクを憂い、人生初の料理に挑戦し何処となく興奮気味の要は鼻を鳴らし、俊が凝視している漬け物を箸で摘む。

「猊下、これはただの高菜です」
「はーい。もきゅもきゅもきゅもきゅ、うーん、ちょっぴり固い?」
「ボスー、固いっつーかこれもう砲丸だよねえ。絶対食べ物じゃないよねえ」
「黙れハヤト殺すぞ」

笑顔で隼人の胸ぐらを掴む要を余所に、武蔵野は何故オニギリで両手の指を絆創膏だらけに出来るのかを考えた。
オニギリの具は梅干しとオカカと…得体の知れない何か、だ。光の速さでガリガリ齧っているオタクの口元をじっくり見つめ、武蔵野は沈黙を守る。

「でもぉ、確かぁSクラスの生徒が問題を起こしたら、理事会が直々に処分するんじゃなかったかなぁ?」
「安部河の言う通りっしょ(´_ゝ`) 一般クラスだったら謹慎処分受けたら懲罰棟直行らしいけど、Sクラスで懲罰棟行った奴なんか居ねーし(´Д`)」
「朱雀がやらかした時ぁ、叶から再起不能に潰されて病院送りだったぜ」
「あぁ。大河君かぁ、そぅだったっけぇ?Fクラスに除籍したのは知ってるけど…」
「除籍???」

キョトンと首を傾げた桜は、パフェのサクランボを笑顔で頬張り俊を見た。

「あ、俊君は知らなぃんだね。Fクラスはぁ、本当は昔、実家の事情で授業料が払えない進学科の生徒が在籍してたんだってぇ」
「ほぇ?」
「あは。何それウケる、初耳ー」
「創設当初は無かったが、新校舎建築後に旧校舎をそのまま使用し、卒業後に返還する形で奨学金を与えられた生徒らが学んでいた、と言う史実は現に司書室にあります」
「さっすが図書委員長(´_ゝ`) んな面倒なもんまで読んでるとか、カルマにあるまじき生真面目さっしょ」

痙き攣った健吾に目を向けた東條は曖昧に笑い、

「左席副代理だったんだ。自治会に選任される前は、最低限の知識は必要だろうと手当たり次第読み漁った」
「…ユウさんも、でしょう?」

要の台詞に俊以外が沈黙する。

「うーむ。図書館の本って、どこもあんま充実してないのよねィ」

呟いたオタクは盛大にコーラゼロを啜り、切なく息を吐いた。皆の視線を集めている事には気付いていないらしく、

「カイちゃんと一回行ったけど、四時間くらいで全部読んじゃったもの」
「よ」
「四、時間?!」
「Fクラスが定時制だったのは知ってるけど、何でFクラスだけ除籍になるにょ?Aクラスとかだったら降格でしょ?何で?」

オタクの疑問は別の所にあったらしい。要が最早言葉もなく感動した表情でガバッとオタクを抱き締め、ぐりぐり頬擦りしている。ああ、満月が近いのか…などと呟いた隼人を余所に、手を挙げたのは武蔵野だ。

「判んないけど…、今のFクラスは本当ピンキリみたいだから、ただでさえ怖い生徒ばっかりだし」
「むにょ?ピンキリ?」
「祭美月先輩は、神帝陛下が来る前まで帝君だったんだよ。…あ、ちょっと違うかな?」
「美月は、結果発表時の株価を予想し、それと同じ点数を叩き出していたんです」

しれっと宣う要に、目を見開いた隼人が真顔でマジかと呟いた。

「552円なら552点、ってね。実際、俺が確認しただけでパーフェクトでした」
「じゃあ何で帝君なのー?予想的中は確かに凄いけどさあ」
「美月が本気を出したのは、2回。俺の入学、…神帝来日」

ストローでぶくぶくコーラを泡立てているオタクは、巨大ダイヤモンドオニギリを完食し暇な様だ。携帯をパカッと開き、ポチポチ連打している。

「俺の入学時に満点を叩き出し、以降確固たる帝君の座を得た様です。以降は、選定考査時のみ満点を出していました」
「あー、だから帝君ってか。舐めてやがるぜー」
「ハヤトも帝君だったけど、オール満点は一回もなかったよな(´・ω・`)」
「ハヤトは字が汚ぇから採点のしようがねーぜ」
「オメーも人のこと言えっかあ、汚文字ユーヤ」

睨み合う隼人と裕也は独特の文字を書くらしい。案外達筆な健吾が孫を見る眼差しで二人を見つめた。
要は角張った文字を書く。佑壱は印刷した様なフォント文字だ。引く程の。ワープロを触れば爆発させる特技の持ち主は、見た目を裏切る美文字を書くが一定サイズの文字しか書けない為、常に同じサイズの文字になる。実用的ではない。

「み、皆、天の君の前だよ?」

しょんもり口を開いた武蔵野に、ピタリと一年生は沈黙した。オタクの癖に書道師範並みの超美文字を書くのが、我らがドエム腐男子である。
未だに自費出版の写植は行っていない。全て手書きだ。デジタルはカラーと小説、後書きのみ。

「はいはい、ほな話を巻き戻しましょ〜。武蔵野きゅん、Fクラスの生徒はしょっちゅう懲罰棟に送られてるんでしょ?」
「うん、基本的にFクラスの退学処分はないみたい。殆ど実家が王族とか政治家とかだからかな」
「で、Sクラスから懲罰棟に送られる事はない、と」
「大抵、降格されたら辞めていくから…」

ちらちら裕也と健吾を見やる武蔵野に悪気はない。わざと降格した二人が規格外なのだ。

「今度の一斉考査で本気出しゃ、選定終わって後期には復帰っしょ(・∀・)」
「そのつもりだぜ。普通科も悪くねーけどよ」
「帝王院の進学科卒業っつったら、国立大卒より堅いからねえ。18歳で起業、イケてる美青年実業家。あは」
「株式会社カルマ(・∀・) 社長はやっぱ会長っしょwんで、俺が専務☆」
「専務は譲らねーぜ」
「何も専務、とかウケるー」
「遠野社長…良い…」

恍惚の表情で天を仰ぐ要が鼻血を垂らした。青ざめた桜が慌ててティッシュを差し出したが、素早くオタクから奪われる。

ドバドバ鼻血を吹き出しまくる阿呆が居た。遠野だ。コイツ以外にドバドバ流血する馬鹿は居ない。

「山田太陽社長…ぜぇハァハァハァハァぜぇぜぇ、ぶふっ、ハァハァハァハァ、秘書でもイイ…ハァハァ、

『社長、本日の午後から会食のご予定がございます。昨日確認した限りでは把握していませんが…』
『ああ、どうしても外せない取引先でね。急遽予定を変更したんだ』
『でしたらまず秘書である自分を通して頂けませんか…。社長の予定を直前まで把握していないなんて、秘書の名折れです』
『君が把握するのは私のスケジュールだけ、と言いたいのかね?』
『いえ、そんなつもりでは…。気に障りましたらお詫びします』
『もう良い、出掛ける』
『しゃ、社長…』」

こうなったら駄目だ。
誰も止められない。無理だ。無理すぎる。

「『待って下さい!社長…っ、私も参ります!』
『君は私のスケジュール張を把握するのが仕事だろう。付いて来る必要はない、今から私はデートの時間だ』
『え…』
『この世で一番大切な人とね。…君は把握していない様だけど』
『社長…?』
『今日はその人の誕生日だ。だから今夜は、俺は社長の肩書きを下ろす』
『そ、う…ですか…』
『だから君も、タイムカードを切っておいで』」

ボタボタ鼻血を吹きまくる阿呆に、最早誰も目を向けていない。
式典の準備をしていたらしい生徒と、カフェの従業員だけが救急車だの医務室だのの大騒ぎだ。

「『手帳にしか興味がない秘書じゃなく、ただの男になってからサイドシートに乗るんだ』

  いやー!ハァハァ、アフターファイブはアダルトデート!リーマン萌えええええ!!!元気出た!しっかり萌えたにょ。ハァハァ、平凡秘書も美人秘書も捨て難いにょ!ハフハフ」

あ、やっと終わったらしい。
妄想を素早くネットにアップしたらしいオタクは、良い汗を掻いたと言わんばかりに額を拭ったが、まず鼻血を拭うべきだろう。

「ハァ。僕ってばとことん腐れてるにょ…何て誇らしいなう」
「え〜っとぉ。俊君、ツイッターは後でにしなぃ?」
「ハフン。大丈夫ょ、もう返信終わったからァ。ほらほら、50リツイートも来たなりん。嬉しいにょ。眼鏡が曇って前しか見えないにょ。ぐすん」
「う、うん、良かったねぇ」
「良ォし、お腹も一杯になったし、ちょろっと行ってきますん」

しゅばっと立ち上がったオタクが、燃える炎縁眼鏡に掛け変え、必勝ハチマキを巻いた。いや、どこにそんな物を隠し持っていたのか。
やはりガマグチだろうか。

「はい?つーか何処に行くんスか?(´`)」
「え?懲罰棟に決まってるじゃない、ケンゴン」
「えぇ?!懲罰棟はアンダーラインのエクストラゲートからじゃないと入れなぃんだよぉ?!」
「ふぇ?僕は寮の近くの階段に出たわょ?」
「出るのは何処からでも出られるんです。入場するには、風紀の上層部か理事会の権限が必要です」

要の台詞に隼人が頬杖を付き、フライドポテトを摘む。

「ボスの時は、ユウさんがクラウンリング使ったんだよお。…まさか、それで弱味握られたんじゃないよねえ?」

隼人の台詞に答える者は、ない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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