帝王院高等学校
野郎共ォ、今こそ総決戦の刻だァ!
改めて見るとやはりイケメンだ・と。
そこはかとなく充足感に満ちた感想を胸に無言で頷けば、眉をぎゅっと寄せた隼人がちらりと見つめてきた。
「…ボスー」
「ふぇ?なァに、地味平凡ウジ虫オタクの癖にイケメンが大好物じゃいけないにょ?すいません」
「つーか、何で平気そうなわけえ?」
「うぇ?平気って何が?」
「あの糞ったれのことー」
行事の初日である今夜の予定を、スクリーンに映し出し説明している日向が騒がしい隼人を睨むが、マナーモードで日向の背中を盗撮していたらしい俊に呆れた様だ。
「天の君、星河との私語はともかく、撮影は控えてくれ」
「本当すいません(;´д⊂)」
健吾が痙き攣りながら俊の携帯を奪い、静かに閉じている。
俊の隣の要は逆隣に座っている山田弟を観察し、ツンデレから睨まれているが気にしていない。ツンデレが要の足を踏んだが、カルマ随一のツンデレは無表情で踏み返した様だ。
「ハヤトじゃねーが、オレは全面的に気に食わねーぜ」
裕也の冷めた眼差しは真っ直ぐ、刺す様な強さで、佑壱へ。
「あの人だけは裏切らねーとか、思ってた自分に腹立つ。殴ってやりてーぜ」
「ユーヤには聞いてないんだけどお。…何にせよ、21番君が居ないから仕方ないか」
嘲笑と自嘲の間じみた笑みだった。
そこで会話を止めた隼人に首を傾げた俊だが、然し映写機を使用する為に照明を落とした会議室の中だ。隼人の表情を確かめる術はない。
「あにょ、もっと腐男子にも判り易い会話でお願いしますなり」
「猊下…貴方はそのままで良いんです、俺が天地神明に懸けて御守りしますからね。地獄の果てまで」
「うわ(´Д`) プロポーズかよw抜け目ねぇっしょw」
「錦鯉きゅん、僕ってば死んだら天国行き希望なんです…ごめんなさいねィ」
何故か裕也の膝の上に座らされ、要に左手を繋がれた今、健吾に携帯までも奪われたら自由なのは右手だけだ。
意味もなく、わきわきと空いた手を蠢かせながら、もう一度、向かいに座る佑壱を見やる。
向かい合わせに二つ並んだ長いテーブル、1メートル程度離れた向こう側。
腕を組み目を閉じている男の顔が、青白い映写機の光に照らされる。
本当に。
ああしていると、何処かの貴族の様だ。ああそうか、貴族だったか、と。
今更。
「カイちゃんに、似てるわね」
無意識に呟けば、佑壱の瞼が驚愕を伴って開かれた。
「イチ」
イチ先輩。
此処ではそう呼ぶべきなのだ。だって、向こうは先輩で、自分は新入生なのだから。
「イチ」
けれど今、恐らく精神的に参っていて。自分は。悲しい事ばかりが起きるから、毎日。
「最近お腹空かないにょ。あんまり」
呆然と。
佑壱の双眸が自分を見ているのが判る。
「言ったでしょ、人を傷付けて手に入れるものに幸せなんかないのょ」
要が握る手に力を込めた。
きゅっと、腹に回った裕也の腕に力が入る。
「幸せの影に誰かの悲しみがある限り、罪悪感が付きまとうと思いません?」
眼鏡を押し上げた。
「僕ってば馬鹿ちんでオタクで、しょーもないゴミ人間ですけど」
日向は勿論、全ての人間が沈黙しているのはきっと、威圧しているからだ。
自分が。多分、本気で。
「呆れ果てて、見捨てられちゃっても致し方なさすぎるウジ虫ですけども、」
ゴクリと。
息を飲んだのは、誰が先か。
「先輩には、先輩の事が大好きな人がいっぱい居るにょ。だから、」
「…俺には」
漸く。
口を開いた佑壱の声は掠れている。
「何が最善か判らないんです。いつも」
「それが判る人なんて」
「居ないでしょうね。そりゃそうだ、…神にも判らないんだろうからな」
佑壱が目を逸らす。
苛立たしげにテーブルを蹴りつけたのは恐らく隼人で、それと同時に手を挙げたのは要。
「光炎閣下、発言の許可を」
「テメェらは今が会議中だって判ってんのか?…西園寺の前だぞ」
「敢えて許可を願い出ているんです。祭ではなく、錦織要として」
「…良かろう」
パチリと指を鳴らした男が囁けば、照明が光を灯す。明るくなった会議室の再奥、一人だけ壁に背を預けていた長身は長い髪を掻き上げ、腕を組んだ。
「私が許可する。意を述べよ、一年Sクラス錦織要」
「本当に、この場に洋蘭…叶二葉の参加はないのでしょうか」
『鋭い子ですねぇ、相変わらず』
部屋中に、生声とは違う、けれど確かに叶二葉のものと思われる声が響いた。
西園寺一同が俄かにざわめく中、苦々しげに顔を歪めた要が舌打ちを噛み殺す。
「やはり出席していましたか。まぁ良い、本日を以て、錦織要は祭から除名されたものとします」
「ぉえ?!Σ( ̄□ ̄;)」
反応したのは健吾だけだ。
僅かに片眉を潜めた裕也は無言たが、隼人は無関心である。
「祭美月からの許可は得ました。…以降、俺はグレアムとは何の関係もないものと考えて下さい」
『庇護を無くした子供に何が出来るんでしょうかねぇ』
「舐めないで下さい。…いつまでも餓鬼だと思うなよ、洋蘭。俺が今まで何もしてなかったと思うか?」
鼻で笑った要が、俊の腕を無意識に掴む。まるで、勇気を得るかの様に。
「20%。…俺が掻き集めてきた、祭の保有する株の5分の1」
『ふふ、随分頑張りましたねぇ。ですが、私の1日の小遣い程度ですよ』
スクリーンが巻き上がり、裏に隠されていた巨大モニタに二葉が映った。
「そ、の…顔…」
ガタリと立ち上がったのは西園寺一同の末端、先程まで要と足の攻防を繰り広げていたツンデレだ。
「貴様…!あの時の…!」
『おや?どちら様ですか?生憎、こちらには音声しか届いていないので、』
「兄さんを、アキを何処に連れ出したんだ!貴様、あの雨の夜に僕は二度と近付くなって言った筈だ!」
『…おやおや、誰かと思えば、ヤス君ですか。お久し振りですねぇ』
笑う二葉の映像に歯軋りした男に、傍らの西園寺副会長から手が伸びた。
「Be cool、此処は帝王院だ。礼節を持ちなされ」
「うっさいな!黙れよヘタレ!」
「痛っ!暴力はやめて!痛っ、ちょ、痛っ」
「…情けねぇな、相変わらずテメーはよ」
呟いた佑壱に、日向より明らかに異国の顔立ちをした金髪美形が苦笑いを浮かべる。
「ゼロにも同じ事を言われたよ、ファースト」
「…はっ」
「そっちこそ、相変わらずお兄ちゃんが嫌いなのかな、ファースト?」
知り合いか、と。
西園寺会長に問われた金髪ヘタレ副会長は、興味をなくした様に目を逸らした佑壱に苦笑しながら、答える。
「彼の兄、零人=S=アシュレイは、俺の義姉の子だよ。尤も、彼女は若くして亡くなったけどね」
「ほぇ?えっ、じゃあヘタレイケメン副会長ってば、イチ先輩の…何?カナちゃん、どーゆー事?」
「戸籍上、彼の甥が烈火の君と言う事になるんでしょう。ですがユウさんと烈火の君は、異母兄弟なので、彼とユウさんに血の繋がりはない」
「複雑過ぎて頭がパーンってなっちゃいそうなりん」
携帯に凄まじい早さで打ち込むオタクは、相関図をメモしているらしい。それでもやはり頭がパーンとなったらしく、
「二葉先生!おさらいお願いしますっ」
『おや、天の君ですね?ふふ、判らない事があるならマジェスティにどうぞ?…貴方が尋ねれば快くお答えして下さいますよ。ねぇ、陛下』
こちら側は見えない筈の二葉が笑みを深め、唐突に目を逸らした。誰かを見つけたのか表情を歪めている。
『何をしてるんですか!危ないでしょう!』
『え?や、川に鯉が居るから写真撮ろうかなーって、思ったんですよねー』
『だからと言って欄干から覗き込む人が、』
そこで映像と二葉の声は途切れた。
最後に見たのは、何処かの橋の手すりに引っかかっている人の、尻だった。ぷりんとした尻、背中に『日本の夏』と書かれたTシャツは、ゴールデンウイーク前の今、時期違い甚だしい。
唖然としていた西園寺書記が瞬き、ストンと座り込む。
「………まだ春だよ、兄さん…」
呟いた彼は何処か恥ずかしげに両手で顔を覆った。きょどきょどツンデレを写メりながら心配げなオタクと言えば、親友のダサTシャツにやはり頬を染める左席一同に首を傾げている。
「会議を進めたいんだが」
「あっ、ちょっとお待ちを!」
裕也の腕を弾き飛ばしたオタクが光の早さで立ち上がり、西園寺副会長をビクッとさせた。
つかつか歩いていくオタクは、真っ直ぐに。
「かいちょ」
分厚い金属で顔を覆う、長身へ。
「今日もさらさらですねィ。ヅラですか?」
「…」
「あらん?二葉先生の嘘吐きィ!何でも教えてくれるって言ったのにっ、無視されましたわよー!…ふっ、無視くらいじゃ怯まないのが長所ですん。孤独と萌を東奔西走する腐男子を侮るなかれ!」
意味不明すぎる俊に、誰もが目を丸くしている。
帝王院だけではなく、他校の西園寺までも警戒させる神の化身に、何の遠慮もなく近付き、ニヤリと唇で笑った。何せこちらも分厚い黒縁801号を装備したオタクだ、不気味すぎる。
「かいちょ、イチ先輩を次の俺様会長にするおつもりですね。ええ、あんなイケメンでお料理も上手いとなれば、致し方ありません。お眼鏡の付け所が違いますにょ」
「…」
「かいちょ、いずれにせよ中央委員会はイケメン集団。引き替えに、こちとら左席委員会にゃ平凡以下の僕。差は歴然でしょうやら」
うんうん頷きながら、然し怪しげに眼鏡を光らせたオタクは、またもやつかつかと日向の元に向かい、呆然としている日向に頭を下げる。
「すみませんにょ光王子副会長、ただいまよりこの会議室は腐男子がハイジャック致します。宜しくどーぞ☆」
「は、何、…何だ?」
「初日!今夜21時っ、合同新入生歓迎祭開幕式!明日、明後日は一般公開の学園祭!最終日!提案がありますっ」
提案?と、呟いたのは西園寺会長だ。
「一般公開中に、両校進学クラス以外の全クラスでの催しがあるのはご存知でしょう!因みに進学科の僕は蚊帳の外っ、悲しいです」
肩を落としたオタクは、然しキッと顔を上げ、拳を握った。
「最終日、両校親睦会内で、西園寺生徒会、中央委員会、左席委員会の三執行部による行事合戦を提案します!」
はぁ?
皆の首が曲がり、鼻息荒くホワイトボードを殴ったオタクは、ホワイトボードが粉砕した事で一同が凍り付いた事にも気付かず、声を荒げる。
「何をするかは最終日までに各執行部でお考え下さいまし!演劇、出店、コスプレ喫茶、コミケは問いません!」
コミケって何だ、と呟いた西園寺副会長に答える者は居ない。帝王院副会長は頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待ってえ、いきなりすぎて判んないってば、ボスー」
「フェアプレーさえ守ればあらゆる手段OK!芸能人をゲストに迎えるも、大手サークルの新刊を並べるも良し!イケメンは脱ぐも良しハァハァハァハァ」
「目的はそれかよ!Σ( ̄□ ̄;)」
「こほん。…閉幕式で生徒の投票を募り、アンケート結果で各執行部の順位が決まりますっ。もしっ、もし我が左席委員会が一位だったら!」
キッと、無言の神威を睨み付けた俊が、興奮でヒビ割れた眼鏡を押し上げる。
余りの真剣さ(黒縁眼鏡で隠れている)にやや怯んだ一同へ、我らが余りにも影の薄い主人公は叫んだのだ。
血を吐く様に。
希望を掴み取る為に。
(けれど・それは・まるで)
「中央委員会リコールを申し入れます!」
「な、」
「否は認めません!左席委員会会長の命令ですっ!うふん、どや顔」
「…良かろう」
言葉を失った佑壱に笑いかけるオタクへ、答えたのは神威その人だ。彼にしては掠れた声に、気付いた者は居ない。
「但し、本来ならば中央委員会罷免申請は、相当の理由と上院査問通過を必要とする」
「判ってますにょ。だから、左席がもし一位じゃなかったら解散します」
「ちょ?!な、何言ってんの?!Σ( ̄□ ̄;)」
「?!」
権力を失えば庶民の外部生に道はない。焦る左席一同に、然し彼だけは笑みを深めただけで。
「…楽しいお祭りの始まりですねィ、かいちょ?」
(初めから、仕組まれていたかの様に)
←いやん(*)(#)ばかん→
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