帝王院高等学校
世知辛い渡る世間はイケメンばかり
確かに、予兆はあった。

例えば旅館の女将が部屋へ挨拶に来た時も、遠回しに無用の長物だ時間の無駄だと笑顔で吐き捨て、老舗旅館の格式を背負った女将のプライドをズタズタに切り裂いていたと思う。

とにかく、徹底的にして無駄と言うものが嫌いらしい。
合理的だの誉め言葉に値するのかも知れないが、少しばかり無駄があってこそ人間味を増す場合がある。

余りにもこれは、


「…情緒がない」
「何か仰いましたか?」

ロープウェイの中、景色など全く見ずにタブレットばかり眺めているビジネスマンを睨めば、恐らく判っている癖に気付かない振りをした叶二葉は無駄な愛想笑いを振りまいた。

「わざとらし…」
「何か仰いましたか?ああ、」

乗り合わせた女性陣の悲鳴、男性陣までもが逆上せた表情である。意味深に笑みを深めた男が顔を近付け、


「私の顔には三百万以上の価値があるんでしたね」

学園も外も大差ない。
美人は万国共通、と言った所か。

「…面食いの己が恨めしい」
「何か?」
「ピコピコピコピコ、ネットばっかやってないで見ろよ。舐め回す様に眺めろよ景色を、この広大なパノラマを!」
「情熱大陸の酒蔵密着を一瞥もせずピコピコピコピコ、ゲームをやってらした君らしくない台詞ですねぇ、山田太郎君」
「誰が太郎やねん、二郎この野郎」
「植樹された人工山を見て何の得がありますか」

鼻で笑う二葉に肩を落とせば、頂上の国立公園が見えてくる。動き難い花魁姿を一瞥し、衣装を間違えたかと僅かに痙き攣った。

「はぁ。なーんか、外国の人、多いなー」

タブレットを見つめている男はもう振り向かない。つくづく付き合いが悪い。集団旅行には向かない男だ。

「あの人は浪人のお侍っぽい…あ、あっちの人はプリキュアじゃん。あはは」

周囲の外国人観光客も様々な衣装をレンタルしているが、日本人観光客では太陽ら以外に見当たらなかった。
写真の時は新撰組の法被を纏っていた二葉だが、撮影後にさっさと返却していたのでシャツにスラックスのビジネスマンスタイルだ。

…浮いている。
確実に、女装趣味の平凡男でしかない。今の太陽が、だ。

「うぅ、俊が居たらノリで女装してくれたかも…」

オタクならば喜んでメイドを着ただろう。奴はそう言うオタクだ。
ボケ殺しは勘弁してくれ。突っ込まないならノッて欲しい。いや、二葉に求めるだけ無駄か。

「あ、着いた。どうするの?降りる?」
「戻りましょう」

降りていく観光客の波に逆らって、佇んでいた位置から動こうとしない二葉がやけにきっぱりと言い放つ。
やはり情緒と言うものがない、と。溜め息を吐きかけた瞬間、ロープウェイのスタッフが困った様に覗き込んできた。

「どうします?降りられないなら、麓まで戻りますが…」
「お願いします。連れが足を痛めているので、散策はやめておきたい」
「ああ、そうでしたか。判りました」

高下駄を履いた己の足元を見やり、鼻緒で擦れた足の指に瞬く。気付かなかった。地味に痛い。

「情緒ない癖に労るとか…やるな、お主」
「馬鹿な事を言ってないで、脱いだらどうですか」
「やだ。足が汚れ、」

ハンカチを太陽の足元に敷いた二葉が、遠慮なく着物の裾をめくってきた。俊ならば確実にセクハラだと蹴り飛ばした所だ。

「此処に足を置いて下さい。降りたら背負ってあげますから」
「ハンカチ王子…!ありがと」
「ネタが古すぎますよ」
「今時ハンカチ持ってる高校生なんて絶滅危惧種ですよねー」
「その絶滅危惧種のお陰で助かった事をお忘れなきよう。砂利道を歩いていた時から可笑しいとは思っていましたが、良く歩けましたねぇ…」
「気付いたら痛い」

痛々しい指の間を見ながら労ってくれている二葉に、下駄を脱ぎながらときめけば、重ね着の裾を掴んだままの男は何故か屈み込む。

「…おや。何だ、下着はそのままですか。不愉快」
「ぶっ殺すぞエロジジイ」

やはり、腐れ眼鏡には情緒がない。



万国共通だ。









「ほぇ。タイヨーが僕を罵ってるにょ!」

キュピンと光った眼鏡に、パチパチ瞬いた金髪が首を傾げた。

「What?罵っているとは穏やかでないね、カズカの従弟君」
「ロイ副会長、僕の事はどうぞ遠野俊15歳とお呼び下さいまし。何なら腐男子でもイイともー」
「煩い。少しは静かにしてよ、二人共」

ビシッと女王…いやいや、西園寺のツンデレ代表に叱られた二人は一瞬で沈黙する。

「遅い」

苛々と眼鏡を押し上げながら漸く口を開いたもう一人と言えば、会議室の奥に腰掛けたまま時計を見やった。

「おい、俊。貴様ら帝王院の役員は何故こうも時間に集まらないんだ」
「すみません、僕は中央委員会ではないので何とも言えませんにょハァハァ」
「…涎を拭け」
「イケメンに囲まれた不細工オタクのシチュエーションに萌えずしてどうしろと?!」

バンっと、腐男子がデスクを叩いた瞬間、会議室のドアが開く。

「ん?何だ、シュンも居たのか」
「ピナちゃん、おはよー」
「おう。あー…と、どうしたもんかな」

困り顔の日向が俊に苦笑いを浮かべ、背後に振り返って何やら揉めている。
苛立ちを視線に滲ませた西園寺会長の人相がオタク並みに悪化していくが、西園寺役員の二人は沈黙を貫いた。サド山田家のツンデレにも、遠野家の極悪顔は恐ろしいものらしい。

「あー、今日は書記も参加させたい。西園寺一同との接見はこれが初めてになる。…嵯峨崎、入れ」

襟足を掻きながら西園寺会長を見つめた日向の背後から、何とも言えない表情の佑壱が入ってくる。
正午を知らせるチャイムが鳴った。


「中央委員会現書記、嵯峨崎佑壱だ」



今、私が求めて止まない問い掛けへの答えを知る者が、この世に何人存在するのだろう。

愛は心を蝕む。
全ての行動に対して悔いを認め、後悔は際限なく肉体を喰らい尽くしていくのだ。


悔いを改める方法など、誰が知ろう。




「恐らく今回も会長は出席しないと思われる。一同、了承願いたい」
「…ふん。帝王院会長は随分、いい加減な人間らしい」
「斯様に誉められるな、遠野会長」

会議室のバルコニー側から声が漏れる。

「…これはこれは。私は決して誉めた覚えなどないのだがね、帝王院会長。皮肉だよ、皮肉」
「そうか。皮肉とは知らなんだ、理解に乏しい身だ。お許し願おう」

戸口を眺めていた全ての人間が振り返り、苦々しい表情をした佑壱が舌打ちする。彼の舌打ちは酷く珍しいものだと、知っているのは俊だけだった。
だから、驚いたのも俊だけだ。

「かいちょ」
「此度は我が帝王院学園へようこそ参られた」

バルコニーから入ってくる男の、長く煌びやかな銀糸。俊へは向き直る事なく優雅に片手を上げた男は、西園寺一同の沈黙を理解しているのだろうか。

「…本当に高校生なの、あれ」

瞬いた山田夕陽が苦々しげに眉を寄せ、場の空気が益々凍る。

「西園寺学園の皆々方の滞在が有意義にして健やかなるよう、帝王院学園を代表し決意表明とする。…高坂、行事進行表を」
「あ、ああ。判った」

何故此処に居るんだとばかりに目を見開いていた日向が、無意識に佑壱を背に庇いながら携えてきた紙袋を開いた。
俊の向かい側に腰掛けた佑壱と言えば、忙しなく眼鏡を押し上げている俊をじっと見つめている。

「ね、あれ誰?」
「ふぇ?」
「さっき書記って言ってたろ、あれ。真っ赤で目立ってる奴」
「ぷはん。イチ先輩は二年生で、料理が上手なり」
「話にならないね君は!そうじゃなくて、何処かで見た事があるんだよ」
「そんな…夕陽様がそんなナンパみたいな…!」
「はぁ、誰がナンパやねん」
「Hey、密談中すまんが、進行表を回してくれ山田さん」

派手なのに存在感がない西園寺副会長に渡されたプリントを手に、ツンデレは何か考え込んでいる。
一方、オタクはツンデレの関西弁に痺れたらしい。涎を垂れ流しながら震えている。

「では只今より最終打ち合わせを行う」
「異議ありィ!高坂裁判長!」
「遠野…じゃ、混乱するか。天の君、何だ?」
「イケメンばっかで肩身が狭いです!」
「は?」
「ハァハァが、ハァハァが止まりませんがどうしたら宜しおすかァ?!」

佑壱が痙き攣り笑い一つ、頭を抱えた西園寺会長と日向が目を見合わせ、すぐに逸らす。

「…本来、進行役は書記と会計の仕事なんだが、一名外出しているので俺が代わりを務める。周知とは思うが改めて、三年進学科Sクラス高坂日向だ。宜しく頼む」
「それぞれの役員が揃うのは最初で最後、か。帝王院御一同に、改めて名乗っておこう。西園寺代表、遠野和歌だ。中等部一年から四期会長を務めている」

慌ただしい足音が近付いてくる。
バンっと破裂する様な音を発てて開いた後ろ側のドアから、いつもの笑みを浮かべていない隼人と青ざめた健吾が顔を覗かせた。
隣のツンデレから「また目立つ奴が増えた」と言う、呟き。

「ボス!大丈夫?!」
「会長ー!。゚(゚´Д`゚)゚。何じゃい、この禍々しいメンツに囲まれた状況はァ!(;´д⊂)」
「パヤちゃん、ケンゴン。どーしてここに?」
「そこの男から呼ばれたんです」

息を乱した凄まじい表情の要が駆け込み、最奥の銀髪を睨みながら吐き捨てた。
隼人の背に庇われ健吾に抱きつかれながら、ひょいっと立ち上がった俊が要へ近付く。

「かいちょ、左席委員会揃いましたにょ。自己紹介やってもイイですん?」
「…そなたの意志に委ねる。だが手短にな」
「はァい、ありがと」

俊以外の全て、素知らぬ顔で着席している佑壱までもが銀髪を睨んでいるが、ぴょこっと挙手したオタクは気付いていない。

「ちわにちは!そこでクール振ってるブラコン西園寺会長の従弟の遠野俊15歳です!因みに独身じゃないので、ごめんあそばせェイ」

肩を落とす日向を余所に、殆どの人間が俊の自己紹介など聞いていない。
ただ、仮面で顔を覆った男だけが、微かに。指先を震わせた。

「で、こっちのセクシー系イケメンが神崎隼人、パヤパヤですん。得意科目は…えっと、お昼寝です!」
「化学だよお、ボスー」
「えー、こっちの可愛い系イケメンは高野健吾、座右の銘は…えっと、萌えは一日にしてならず?」
「(´_ゝ`)」
「こっちの美人系イケメンが錦織要、好きな男性のタイプは…えっと、」
「俺はヘテロですよ。敢えて言うなら遠野俊会長が好みです」

ぎゅむっと俊に抱き付いた要が、その細腕からは想像もつかない腕力でオタクを抱き上げ、凍える表情でオタクを抱いたまま椅子に座った。

「カナメちゃん、よい度胸じゃないかー。抜け駆け反対ー」
「ハヤトハヤト、喧嘩は後にしろや(´_ゝ`) そんな空気じゃねーよ、これ(´_ゝ`)」
「藤倉裕也」

要らが開け放していたドアから、ゆったり最後の一人が現れた。


「左席委員会、…あー、何だ。体育委員長だぜ」

面倒臭げに俊らへ近付くなり、要の頭を殴りつける。

「退け、カナメ」
「ユーヤン、暴力はめーよ、暴力は」
「また糞親父に拉致られたらどうすんスか。…約一名、役立たずが出たみてーだからな」

裕也の台詞にピクリと反応を見せた佑壱へ、日向の視線が走る。怪訝げな隼人と要が裕也を見つめれば、オタクの背後に立った長身はライトグリーンの髪を掻き上げ、

「アンタ何やってんだよ、副長。殿が大変な時に、何でアンタがそっちに居んだ」

普段の眠たげな眼差しを眇め、無表情の佑壱を睨む。

「…左席委員会一同、揃った所で我が中央委員会を改めて紹介する」

口を開いた男の台詞で、沈黙していた西園寺側が背を正し、

「中央委員会、左席委員会を併せて下院と銘打つ。不在は現下院会計、叶二葉。並びに左副会長、山田太陽。この二名だ」

俊がきょとりと佑壱を見た。何か言いたげな佑壱が俊を見ていたが、気まずげに目を逸らす。

「下院書記、嵯峨崎佑壱。次期中央委員会会長として、式典閉幕時に再び紹介するだろう」

裕也と要以外、隼人など目を零れんばかりに見開いたまま。



「イチ」


その呟きに、彼は振り向かない。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!