帝王院高等学校
親しき中にも色々あるんです!
私は恐らく真実に相似するに値する確信を得ていた。

真なる神への挑戦と銘打った、それは冒涜以外の何者でもなかったろう。

確かめるべくもなく、あの眼差しが意味する恐怖を理解していたのだ。
私は。

血の通う脳ではなく、本能が。
本人が認識する前に気付いていた。



何故。
人は、謎を解こうとするのだろう。





知らないままであれば、良かった。
…本当に、そうだろうか?







「はぁ?馬鹿か、目玉焼きには醤油だろ」
「ほざけ阿呆、ソースに決まってんだろうが」
「つーか!何で飯と目玉焼きの合間に堅揚げポテト食ってんだテメーは!気持ち悪い食い方すんなっ」
「あ?何が悪ぃんだよ、俺様の勝手だろうがボケ」

騒がしいテラスに、燦々と陽光が降り注ぐ。

「俺ぁ、酢豚のパイナップルは有りでも、フルーツサンドは否定派だっつーの。良いか!味噌汁飲んだ後にチョコ喰えねーだろーが!」
「別に、喰えるんじゃねぇか?」
「はぁ?!じゃあ何か?テメーはマヨネーズがホワイトチョコで代用されたポテトサラダでも喰えるっつーのか?!ああ?!」
「それとこれとは話が違ぇだろうが、馬鹿犬。日本語喋りやがれ」
「…俺に、この俺に文学を諭すんじゃねぇえええ!!!」
「あーあー、煩ぇ、米粒飛ばすな。汚ぇ野郎だなテメェはよ」

毛を逆立てる佑壱を余所に、野菜チップスのサラダをぼりぼり貪る男は、整った眉を寄せた。

「金輪際、テメーとは飯喰いたくねぇ。野菜チップで飯喰う奴が何処に居るんだ、頭おかしいぜ、死ね。ハゲてシね」
「誰がハゲるか。野菜チップで白飯喰う奴が此処に居るじゃねぇか、しつこい奴だなテメェはよ」
「飯とお菓子を一緒にすんな!」
「ガミガミガミガミ、何処のババアだよ」

面倒臭いとばかりに呟いた日向の台詞で、ピクリと眉間に皺を寄せた佑壱が目を眇める。

「…ババア?貴様、この俺を言うに事欠いて、ババアだと?」
「口煩ぇ所がババアっぽいんじゃねぇかぁ?何で母親っつーのは何処も口煩ぇんだ。父親はウゼー」
「シャラーップ!オカンは良い。オカンも母上も良いが、ババア言うな!女性に失礼だろっ」

怒る所はそこなのか。

「大体、最近の若い奴は世話になってる両親に対して感謝っつーのがなってねぇ!判ってんのか、ああ?!謝れ!今すぐ謝れぇえええい!!!」

日向の胸倉を掴み、シロップのボトルを突きつけてくる発狂した男に痙き攣りつつ、

「はいはい、すいませんでした。さっさと今夜の打ち合わせすんぞ、茶ぁ淹れろ」
「俺に命令すんな淫乱…!」

ガツンとテーブルを叩きつけた赤毛が、鋭い犬歯を剥き出しながらも素直にティーポットを掴んだ。シロップのボトルはそっと佑壱から離しておく。紅茶は無糖に限る。

「食後にはコーヒーだろうが、普通…これだからイギリス人は…」
「何か言ったかメリケン人」

ブツブツ文句を吐き出しつつ、漂ってきたのは紅茶の香り。次に、カフェイン。

「ボンボン育ちはこれだから…ブツブツ、ブツブツ」
「小言が増えるのは年寄りの証らしいな」
「俺ぁピチピチのセブンティーンだ、セブンティーン!テメーだけ老いぼれてろっ、性病野郎!」
「ゴムはエチケットだぜ、嵯峨崎よ。テメェ、大抵年上の女ばっか連れてたが厄介なモン貰ってねぇだろうな?」

揶揄めいた嘲笑を口端に滲ませた日向を暫し眺めた佑壱が、クワッと目を剥いた。
最早言葉にならないらしく、パクパク無言で唇を開閉したかと思えば、なけなしの眉を潜めグランドキャニオン並みの深い皺を眉間に刻み、

「飯喰ったら御馳走様くらい言いやがれ!糞野郎!」

胸倉を掴まれたまま瞬いた高坂日向が呟いた言葉は、恐らく条件反射だと思われる。
何で此処に居ないレストランシェフの作った食事に、手を合わせなければならないのか。

「食後のスイーツを食え、時間がねぇからささっと作ったジェラートだけどよ」

スウィーティのシャーベットに皮を摺り下ろしている、作法に煩い嵯峨崎佑壱の前では死んでも言えまい。









艶やかな黒。
あれは銀ではなかったかと、僅かな疑問から近付いた。


抗う黒。
我こそ最上とばかりに強かな意志を秘めた双眸は、笑えば途端に幼く思えた。


好奇心に満ちた子供。
内に招いた者には際限なく慈悲を与え、己の価値を知らない。


私はお前を愛した。
人生で唯一、お前は私を悔やませた。



私は知っている。
だから知らされる前に、突きつけられる前に、見下される、前に。逃げようと思う。


お前は私を笑うだろうか。
甘く歪む幼い貌で、冷え凍える嘲笑を見せるのだろうか。




私には弟が二人居るそうだ。
一人は同じ母から同じ日に産み落とされた。
二人の弟は、同じ父親の遺伝子を備えている。

つまり、それこそが恐るべき真実。



知らざるままこそが幸福だったに違いないと、悔いている。











「じゃあ行って来ますね、秀皇さん」
「何があるか判らないんですから、くれぐれも気を付けて」
「嫌だわ、帝都さんが付き添って下さるんだから心配なんかないのよ?」
「万一、です。幾ら極悪非道なグレアムだからって、日本では殆ど知られていないんですから。もし暴漢に襲われでもしたら、」
「案ずるな秀皇」

バサリ。
長いコートを羽織りながら長い足を運んできた長身が、見事なまでの無表情で髪を掻き上げた。


「私の隆子に触れた者は殺す」
「きゃっ、帝都さんったら心配性ねぇ」

何処の貴族だと言わんばかりの正装を披露するスーツ姿の金髪に、頬を染めた老婦人が寄り添う。

「良いか隆子、そなた程の美しい少女に目を奪われる雄は察するまでもなく数多存在しよう。私は心配だ」
「まぁ。還暦のおばあちゃんに何を言ってるのかしら」
「艶やかな髪、瑞々しい肌。秀皇の心の不安は拭いきれまい」

母親が英国紳士に覗き込まれる、と言う恐ろしい光景に眩暈がした。今にもキスが出来そうだ。

「真面目な顔で何を言ってるのかしらねぇ、帝都さん。幾ら私でも怒りますよ」
「私から見れば、そなたなど初々しい乙女だ。娘と相違ない。誇り高いバンパイアも、そなたの初々しい美しさを見れば例え一児の母であろうが手が伸びよう」

何のラブシーンだ。

「隆子、そなたは20年前からその美しさを欠片として欠いていない。あまねく美を知らしめる、例えるならばヴィーナス」
「やだわ、帝都さんこそ私と二周り近くも違うなんて信じられないわ。うふふ、こんなに素敵なお父様なんて憧れちゃう」
「ならば私をパパと呼ぶが良かろう」

急激に頭が痛くなった男は眉間を押さえ、何か言いかけて諦めた。無駄だ。箱入り娘の母も、若作りの金髪ジジイも、天然なのだ。

「うふふ、パパ」
「何だ隆子」
「変ね、パパは駿河さんより若く見えるわ」
「駿河。あの恐ろしい龍一郎を従え、そなたの様な妻女を得た男。私がもう少しばかり若く、そなたに出逢うのが早ければ」
「駄目よ、それ以上は言わないで帝都さん」

天然…だと信じたい。

「…とにかく、遅くならない内に帰って来て下さいよ母さん。日が暮れたら寒くなるので」
「隆子の診察と私の視力検査だけだ。寂しかろうが、ぷよぷよをして大人しく待っていろ。土産を買ってきてやる」
「寂しい訳ないだろうがジジイ!幾つだと思ってんだ!」
「まぁ、秀皇さん。何て言葉遣いですか!いけません!」

アラフォーにして母親に叱られてしまった。理不尽だ。理不尽過ぎる。

「…とにかく、気を付けていってらっしゃい」
「ランチを頂いてきますから、秀皇さんは自分で用意してね」
「お構いなく…」
「何か用があればツイッターで連絡しろ」

無表情で呟いていった長身を乾いた笑みで見送った男は、静まったリビングソファに腰掛け、足を組んだ。



「困った、な」

それまでの強気な表情を崩し、小さく囁いた彼の表情には苦笑いが浮かんでいる。

「何処まで…いや、これ以上、騙しようがないかも知れない」

何ともなく指先を眺め、スラックスのポケットに仕舞っていた携帯を取り出す。

「腹減った、な」

掛けたナンバーは、親友へ。

「…もしもし、オオゾラ?」
『はーい、何だい秀隆?実はさっきまで俊君とワッフル食べて、』
「また戻ったみたいなんだ」
『は?』
「昨夜は言えなくて」

息を飲む音が聞こえた。
携帯を持つ手が震え、目が、居る筈のない人を探そうとする。

『戻った、って』
「何で悪魔が居るんだ。何で秀皇の母親が居るんだ。何で、シエが居ない…?」
『秀隆』
「敵ばかりだ。憎らしい人間がいっぱい居るんだ。悪魔は!あの時、俺がちゃんと殺したのに!」
『ひ、秀隆、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから』
「何処が大丈夫なんだよ!俺は、俺は嫌だ!秀皇に取られたくない!嫌だ、だってもしアレが作動したら、シエは俺を忘れてしまう…!」
『ひっ、秀隆っ』
「だってそうだろう?秀皇が俺を作ったんだ!俺が俊の父親なんだ!アイツのじゃない!俺が…っ」
『いい加減にしないか、秀皇!』

叱責する鋭い声に、笑いが零れた。

「今、どっちを呼んだんだ、オオゾラ」
『っ』
「…俺が居ても良いって、言ったじゃないか。秀皇じゃなくても良い…って。俺は俺のままで良いって、幸せになってって、言ったじゃないか…」

気持ちが悪い。
憎悪ばかり心を埋め尽くす。憎い憎い憎い憎い憎い憎い、憎い。

「知ってるよ。お前は俺が嫌いなんだ。秀皇が好きなのに、俺が産まれたがら諦めたんだ。本当は、」
『やめろ。幾ら君でも、言っていい事と悪い事がある』

そうだ。
優しい、君は優しい友人だった。壊したのは悪魔。あの悪魔が全ての元凶。

「遠野秀隆。龍一郎義父さんが用意してくれた戸籍が俺。俺は帝王院秀皇じゃない。…15年、俺が俊の父親だったんだ」
『…』
「………悪魔を見た。何年振りかな。金髪の悪魔だ。蒼い、禍々しい瞳。お前を傷付けて、『俺』が殺そうとした、悪魔。たった今まで、居たんだ」
『何を言ってるんだい。昨夜、君はお母さんと再会したんだって言ってたよ?』
「判らない。判らないんだ。そうだ。昨日お前に会った事までは覚えてるのに、目が覚めたら母さんと悪魔が居た。いつ寝たかも判らない。起きたらシエが居ない。携帯にはお前の番号しか入ってない。俊もシエも、最初から居なかったみたいに」
『…秀皇が、消したんだね。きっと俊江さんや俊君に被害が及ぶ事を恐れたんだ。学園に行くと決めた時に』
「違う。悪魔を殺そうとしたんだ、俺が。シエが居ないから。それが、最後の記憶。きっと秀皇が目覚めた瞬間だった」
『俊江さんが居ない?秀皇はそんな事、僕には一言も…』

居なかった。
最後のはっきりとした記憶。


気配のない家。
誰も居ない部屋を歩き回って、隠していた指輪の封印を解いた。



悪魔が連れ去ったに違いないと思ったから。一秒でも早く悪魔を倒さないと、彼女が危ないと思ったから。


「居ない。何処にも居ないんだ。どうしよう…どうしようオオゾラ、俺、俺どうしたら…。シエには魔法が掛かってるのに」
『大丈夫、君がしっかりしないでどうするの?昨夜、君は学園に居た。今は、』
「俺を忘れたらどうしよう、シエしか居ないのに。俺には彼女しか居ないのに…」
『探させてみるから、落ち着いて。君は今、何処に居るんだい?』
「今…?」

立ち上がり、窓から外を見た。
幾つもの高層ビルが見える。空中を走る高速道路、新幹線、飛行機、車の川。

「多分、何処かのホテル」
『周りに誰も居ないね?』
「居ない」
『盗聴…は、今更か。僕と会話してる時点で誰も来ないんだったら、多分心配はないだろう。でも、一応警戒しておいた方がいい』
「オオゾラ」

踵を返し玄関へ向かった。

『何だい?今から迎えを寄越すからホテルの名前を、』
「秀皇が何で悪魔と居たのか知りたい。場合によっては、」

青い空が見える。
車の波、埃臭い匂い。耳から離した携帯を近場のゴミ箱へ放り、



「秀皇も、敵だ。」

←いやん(*)(#)ばかん→
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