帝王院高等学校
春爛漫!長閑な日には頭突きです☆
ふわふわ・と。
舞い散る鮮やかな、何か。

誰かが笑っている。
それが誰だかも判らずに、溢れる光の渦の中、手を伸ばした。

『こっち』

ふわふわ。
羽根の様な笑い声が聞こえる。
(それは余りに幸せそうな)
(眩いばかりに楽しげな)
(とても大切な誰かが、笑っている)

『こっちにおいで、カイちゃん』

前から。
右から。
下から。
上から。
左から。
それとも背後、から。

『こっちよ』

呼ぶ声。
鼓膜を震わせる、それは愛しい誰かの。

「…眩しい」
『そっちじゃないにょ』
「何処だ」
『こっち、ょ』
「眩し過ぎて見えない」
『カイちゃん』
「俊」

伸ばした手に触れたのは何。
伸ばした筈の己の手さえ見えない今、それが何であるのか知る術はない。



『どうして』

景色が変わった。
真っ白な光の渦から、今度は闇の中。

「此処、は」

血の様に赤い、クリムゾンムーンが割れたステンドグラスの向こう側、漆黒のスクリーンに浮かび上がっている。

『どうして、お前が其処に居るんだ』

割れたステンドグラス。
それを背後に佇む人影は、白いブレザーを靡かせている。

(違う。)
(これは、彼じゃなかった筈だ)


『悪魔の癖に』

その手に握られた破片。
靡く黒髪、妖艶に笑む赤い唇が見えた。

「やめて、くれ」
『どうして』
「それ以上、言わないでくれ」
『気付かない振りをしたの』
「俊!」

伸ばした手が、彼を掴むより早く。足元から床が消えた。



『おにいちゃん』


愛しい顔からもたらされた、残酷な台詞。


(諦めに似た声が囁いた)
(これは、)



「夢だ」

次に見たのは眩い光。
けれど色のない白ではなく、極彩色の世界だった。

そよそよ靡く樹木、開け放たれた窓から注ぐ風と光。緑の匂い。


「………夢、か」

不格好に伸ばした手は宙を掻いた。
どくどくと、体の奥で唸る血流、脈動の速さに深く息を吸い込み、腹の上に乗っていたノートパソコンを掴みながら起き上がる。


屋内庭園だ。
校舎にある執務室ではやはりささやかな雑音が耳につき、眠れぬまま夜明け間近に此処へやってきた。

何時の間に眠りへ落ちたのかは定かではないが、スクリーンセイバーへ切り替わっていた画面に記された時間を見やる限り、数時間程度しか経っていない。
開いたままのネット小説サイトを一瞥しウィンドウを閉じ、バッテリー残量を知らせるアイコンを眺めた。

「…部屋の方が近い、か」

心許ないバッテリーに息を吐き、立ち上がって窓の外へ目を向ける。



ああ。
これは、日向と佑壱の声だ。

語るに落ちる下らない言い争いをしながら、食事を楽しんでいるらしい。
絶え間ない論争に興じる二人の声は、然し穏やかさを孕んでいた。長年連れ添った夫婦の様に、口喧嘩がスキンシップと言わんばかりだ。


沢山の。
耳を澄ませば余りに沢山の。

幸せそうな笑い声。生活音。気配、脈動。世界は色と音に満たされている。

「…」

探してしまう愚かさを、何と例えるべきだろうか。溢れ出る世界の音の渦から、たった一人の声ばかり、たった一人の気配ばかり、後悔すると判っていて探してしまうこの愚かさ・を。

『裸の王様』

いつか誰かが呟いた。
射殺さんばかりの眼差しに凍える嘲笑、僅かばかりの同情を織り交ぜ、可哀想に・と。



生まれ落ち(それが例え望まれたものではなかったとしても)、いつか死ぬ日の為に(即ち何の意味もない生涯を送るべく)生きている。

差異など皆無だ。
英雄なれど咎人なれど、等しく全ての人間の誕生、生涯に意味はない。
高々数十年、誕生から死までの日々を呼吸するだけの動物は、言葉を覚え名を求め世界のどれもに意味を必要とする。


意味など無いのに。
ただの偶然を運命と呼ぶ、愛しくも愚かな動物、それこそが人間であるのではないだろうか。


愛したからと言って、愛し返されずとも刻一刻と死へ近付いていく。

いずれ忘れるやも知れない。
こんな馬鹿な時代があった、などと。若き日の己を嘲笑う日が来るかも知れない。



けれど今、過去にも未来にも存在しない私は、己が存在した証を残そうと足掻いているのだ。





愛は、人を殺す。







『今日のモッコリキッチンは、GWまでに覚えたいパーティーメニュー、イタリアン春巻きです。お楽しみに』

ゴシップが書き連ねられた週刊誌から目を離し、イケメン俳優が起用されている人気料理コーナーが映し出されたテレビを見つめた。
確かにイケメンだが、

「またオリーブオイル使う気だわ、コイツ」

毎日毎日よく飽きないものだと眉を寄せ、閉じた週刊誌をマガジンラックに戻す。
長期入院患者だらけの談話室にはお年寄りばかり、山田一家を支えるドケチには安らげない。

「あ、奥様!見付けましたよ」
「バーミヤン、いい加減しつこいんだわ。四六時中追っ掛けんじゃないわよ」
「誰がバーミヤンですか、小林です。こんな所で何をしてらっしゃるんですか、その怪我で!」
「テレビ見てただけなんだわ」

部屋のテレビは専用のテレビカードを買わなければ視聴出来ない。テレビにお金を使ってたまるかと憤慨した彼女は、談話室のテレビはチャンネルが切り替えられると聞くなりやってきた。

実際は、常連と化した他の患者らがリモコンを独占し、新参者は読み古された雑誌で時間を潰すのが関の山。
呆れる程に、退屈だ。

「大体、奥様にはまるで危機感がない!宜しいですか、坊ちゃ…社長の奥方として最低限の身嗜みをなさるのは言うに及ばずっ、」
「こば、煩い」

履いていたサンダルの片方を剥ぎ取って、口煩い男を殴った。

「私は奥様なんて名前じゃないんだわ。山田陽子、村から山に変わっただけだけど」
「奥様には社長の妻たる自覚がない!今回の怪我も元を正せば、」
「あーあー、煩い煩い煩い黙れシバくわよ」

この男、一つ年上だが昔から呆れる程に真面目、悪く言えば時代錯誤な所がある。まるで姑の嫁イビリだ。

「アンタがあの人を愛してんのは判ったから静かにしなさい。此処が何処だか判りますかぁ?病院だっつーの、オッサン」
「お、オッサン?!」
「何か文句がありますか?小林専務」
「………はぁ。確かに少し声が大きかった事は認めましょう。ですが奥様、貴方も良い年のオバサンなんで、…痛!」

股間に膝蹴り一発。
突き刺さる年寄りらの視線を軽やかに無視し、ズキズキ痛む太股を押さえながら談話室から出る。

声なく悶えている男も、ヨロヨロ付いてくるのが判った。逃亡するにも、体力的な問題で不可能なのは判っている。少しスタバに行っただけで、夜中には発熱し点滴のお世話になってしまった。
タクシー代をケチって徒歩と地下鉄を駆使していれば、絶対安静の怪我人が倒れるのは当然の話である。

「こば、一つ聞いておくけど」
「何です…」
「また馬鹿な事企んでる何処かの浮気者は、まさか慰謝料惜しさに死んだ振りしてんじゃないわよね」

背後から返事はない。
何故知っているのかと言わんばかりの沈黙だが、慰謝料云々ではなく、火災事件についてだろう。何せあれほど大々的なニュースになっていて、口煩い社長ファンが何も言わないのだから。

「ま、良いわさ。あの人が居なくても会社は回ってるみたいだしねー。太陽は勿論、夕陽からも音沙汰がないってんだから、大した事じゃないんでしょーよ」

自動販売機を前にくるりと振り返り、漸く股間の痛みから解放されたらしいサラリーマンを見やる。苦々しげな男を手招いて、怪訝げな男が近付くなりネクタイを引っ張った。

「…昔、帝王院で何があったか知らないけど。やるならトコトンやりゃあ良い」
「な、」
「こばー、冷たいお茶が飲みたい。買って。生茶」

驚いたらしい相手を勝ち誇った表情で一瞥し、ネクタイを離した手を広げる。
ジュース一本もケチってこそ、主婦の鑑だ。













「わぁ、見て見て!すっごいイケメン!」
「うっそ。うへぁ、ちょ、あの人…片っぽ目の色が違うよ?!」

何だ。
嫌に突き刺さる気がする。不特定多数の視線が。

「うふーん。あはーん。シャチョさーん、サービスするよー?」

何故か貸衣装屋の軒先、舞妓だか花魁だか判断に窮する出で立ちで出て来た少年を見やり、叶二葉は眉間を押さえた。

「…何処の外国人ホステスですか」
「女装したら言葉遣い変わっちゃうよねー。つーか、何でアンタ着替えてないんだよ」
「こっちが聞きたいんですがねぇ。何故、熱海で貸衣装を借りる必要があるんですか」
「そこに衣装があるからでしょ」
「…理解不能です。聞いた私が間違いなんでしょうね」

高下駄でプルプル震えながら近付いてくる花魁が、クキッと転び掛ける。
クスクスと見ていた他人から嘲笑が零れ、めげない太陽は気にもならないのかウィンクを寄越してきた。残念ながら、彼のウィンクは瞬きに近い。両方瞑っている。

「写真取って貰おっかな。俊にやっとけば、二・三日大人しくなりそうな気がするしー」

二歩進んでは、クキッ。
三歩進んでは、ボキッ。
まともに歩けていない後ろ姿を追い掛けながら、短い溜め息を吐いた。太陽が目指す先に公開写真館があるが、貸衣装をレンタルした客しか撮影して貰う事は出来ないらしい。

「すみません、その羽織を貸して頂けますか?お支払いは後程しますので」
「は、はいっ、どうそぉ」

貸衣装屋の軒先にあった青い羽織りを纏いながら、またもや転んだらしいエセ花魁の元へ早歩く。

「もう少し効率的な衣装にすれば良いものを」
「うぇ?ぉわ!」

何枚重ねているのか判らない、無駄に煌びやかな着物で首から下を覆っている太陽を抱え上げ、呆然と眺めてくる衆人環視の中、カメラマンの元へ向かった。

「失礼、写真を一枚お願い出来ますか?」
「あ、ええ、すぐに!ど、どうぞこちらに」

肩に担いでいた太陽を下ろし、乱れた帯と襟を幾らか直してやる。パチパチ瞬いた太陽と視線が合った瞬間、茶の眼差しが笑みを刻んだ。

「なぁんだ、新撰組じゃんかー。似合ってるけど普通だなー」
「良い男と言うものは、何をせずとも輝くものです。べたべたドーランなんか塗らずとも、ね」
「へっへーんだ、メイクさんは可愛いって言ってくれましたー。ちょっと顔がいいからって調子に乗らないで下さいー」

冷めた目だ。
真っ白に塗りたくられた顔、不気味なほど赤い唇。なのに色気の欠片もない。
誰かが可愛いと騒いでいる。きゃあきゃあ煩いのは女の声だ。太陽の声で女装と判っていて、可愛いだの何だの騒いでいるのだろう。

それに満更でもないらしい馬鹿な子供が勝ち誇った表情を晒し、冷めた目で一瞥をくれてから、騒がしい女共に態とらしく微笑んだ。

「きゃああああああ」
「格好いい格好いい格好いいぃいいいいい!!!」
「あの新撰組の人っ、芸能人じゃないの?!」
「写メる写メる写メる!フェイスブック即シェア!」
「あたしもあの人と写真撮りたいよぉお!」
「何あの舞妓っ、ブッサイク!」

鼻で笑い太陽を見やれば、ブスッと頬を膨らませた花魁の高下駄から足を踏まれた。
残念ながら痛みを感じる繊細さが欠片もないので無反応だったのだが、益々太陽の苛立ちを買ったらしい。

「ちぇっ、俺も新撰組にしとけば良かった…」
「こっちを見て下さーい、3、2、1で撮りまーす」

カメラマンの声に膨れた太陽の目線まで屈み込む。
ふんっ、と、そっぽ向いたケバケバしい化粧顔の顎を掴み、カメラマンのカウントダウンを聞いた。


「き、」
「きゃあああああああああああッッッ」

何と耳障り極まりない。
高々、ぶすくれた花魁に壬生浪士が口付けただけだろう。

「も、もう一回良いですか…?シャッター押せなかった、ので」

カメラマンの呟きの直後、凄まじい頭突きを食らい目から火花が散った。

「…シャチョさーん、チョーシ乗ると死ぬヨー?」

油断した訳でもないのに尻餅を許してしまったが、痛みがないだけマシだろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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