帝王院高等学校
子供とは親に振り回される存在よ!
「まぁ!まぁまぁまぁ、誰かと思ったら!」

感極まった表情で、玄関先を掃いていた人は箒から手を離した
カランとアスファルトを跳ねた竹箒。記憶より老けたその人は、第二の母と呼べるほど親しかった人だ。

「久し振り、鈴木さん」
「久し振りなんてものじゃないですよ!お正月にも顔を出さないで!」

医者の父、看護士の母。
多忙な両親の代わりに、姉弟二人を可愛がってくれていたのが目の前の彼女だった。

「ごめんごめん。…母ちゃん居るかィ?」
「奥様、奥様〜!」

そんなに慌てなくても…と、呆れるほど慌ただしく消えた背中に笑い、懐かしい玄関へと足を踏み入れる。
すると、茶髪の女性が凄まじい目つきで立っていた。

「お義姉さん、…何しにお越しなさったの?」
「んァ?」
「直江さんなら昨日から戻ってませんけど」

ああ、弟の嫁か、記憶より随分老けていたから判らなかったぜェイ。
余りにも失礼な台詞は心の中で噛み殺し、小さい胸を張ってみる。

相手は柔らかそうな巨パイだ。
身長も負けまくっている今、せめて態度くらい勝たなければ勝負にならない。けしからん、何ともスイカサイズのオッパイではないか。羨ましい。

「ブラコンじゃあるめェし、わざわざ直江なんかに会いに来るか。用があるなら呼びつけるぜ」
「…お義兄さんは、お見えにならないのね」

キョロキョロと背後を見やる義妹の眼差しが僅かばかり弛む。
昔、弟と付き合う前に彼女から告白を受けた事があるが、レズではないので丁重にお断りした。いや、アリアドネ=ヴィーゼンバーグが邪魔をした、と言った方が正しいだろう。

光輝く長い金髪を翻す、貴公子と呼ばれていた彼女は、『愛しのシェリー』と何の恥ずかしげもなく公言していた。
必殺技は『貴様の様な不細工がシェリーに近付くな、身の程を知れ』、これで大抵の人間は泣きながら尻尾を巻くものだ。高坂組長以外は。

「そんな所で何をしてるのかね、うちの娘は」

懐かしい母親の声に弟嫁から目を離す。あの気難しい父を唯一言い負かす事が出来た女性は、やはり、記憶より年老いていた。

「よォ、相変わらず美人だねィ母ちゃん」
「相変わらず男みたいな喋り方をして、この子は…」
「アラフォーにこの子っつーなょ。や、まァ、見た目変わってねェから実感ねーけど。若々しい俺」
「自分で言う内は底が知れるってもんだ。今日はシューちゃんは一緒じゃないのかね」
「シュー?」

そそくさと居なくなった嫁に安堵の息を吐けば、スリッパを出してくれた母がマジマジ見つめてくる。

「何だょ、俺の面に何か付いてる?」
「…お前、何か変わった事でもあったのかい?」
「あらん?…やっぱ判ります?」
「判るに決まってるだろ、何年お前達の母親やってると思ってるんだい。ささ、中にお入り」

朗らかに笑う人が手招いた。
じわっと熱を持った眼球から滴り落ちる何か。

「俊江?」

驚いたらしい母は瞬いたが、奥からやってきた家政婦は懐かしげな眼差しで、

「あらあら。大昔に旦那様と喧嘩した時みたいですわねぇ、俊江さん」
「あら、そんな事があったかね」
「ずずっ。あ、あん時は泣いてねェし!」
「物置に閉じこもって、お腹が空くまで出て来なかったでしょうに。さぁ、お菓子の用意が出来ましたよ」

微笑ましげな二人の母に、目元を腕で拭いながら頷いた。
















「ひ、」

悲鳴を上げ掛けた唇を塞がれ、喉で堰き止められた音の塊を飲み下す。

「だーめだよー、大きな声を出しちゃ。一応、実在する生徒の名義を借りて偽造カードは作ってるけど、バレたらそっちにも迷惑が掛かるから」
「ゲフ。…何でおじちゃんが学校に居るんですか?」
「いやー、大変だったんだよー。自宅に放火したり死んだり」
「むきょ!」

何事だと目ん玉カッ広げた俊だが、分厚い黒縁眼鏡がヒビ割れた程度だ。素早くスペア眼鏡に切り替え、早くも本日四本目の眼鏡を押し上げる。

「ちょっとワッフル食べながらお茶しないかい?一人で居ると話し掛けられちゃってさぁ」
「ナンパでござるか…」
「滲み出るアラフォーフェロモンかなー?近寄り難い変装してるつもりなんだけど」

ふわふわ天パ茶髪とお洒落眼鏡、フッとクールに笑う太陽には全く似ていないイケメン。オタクをも虜にするのだから、ホモだらけの帝王院学園の生徒ならばイチコロだろう。

「俊君は何にする?僕はハバネロチーズワッフルかなー」
「ハムマヨチーズで。あにょ、お支払いは僕が致します…」
「えー?何を遠慮してるかなー、子供が」

遠慮じゃない。偽造カードの響きにビビっているのだ。犯罪じゃないかそんなもん。

「あにょ、このカードでお支払い出来ますか?」
「ああ、はい、クロノスカードですね。大丈夫です。ワッフルが焼けましたらお呼び致しますので、それまであちらの席をご利用下さい」
「はァい」
「だったら何か飲み物も買おう。僕はキャラメルカプチーノにしよっかな。俊君は?」
「コーラゼロ下さいまし。あっあっ、お支払いはこっちのカードでお願いします…!」

カードを出そうとするオッサンを体当たりで弾き飛ばし、コーラゼロがないと言われ仕方なくオレンジジュースに切り替えた。
地下とは思えない明るさは、天井一杯に張り巡らせられたステンドグラスの幾何学的な模様の照明のお蔭で、通路の両脇に立ち並ぶ様々なショップを越えた先に、教会スタイルの講堂がある。

留学生の大半がカトリックで、その他にも様々な宗教に合わせた教会があるそうだ。
寮と校舎の丁度中間にあるのはアンダーラインの東口で、スコーピオの地下に西口があり、校舎の北側にある丘の近くに北口がある。南口はグランドゲート、山道に続く車用の道だ。

「然し、広くなったもんだねー」
「ほぇ?」
「昔のアンダーラインは、初中等部が半ば監禁されてたんだ」
「監禁って…」
「成長過程の子供はね、時に思わぬ行動で大人を振り回すから。高校生くらいになると従え易いんだけど」

懐かしげに宣いながらカップを啜る人に、オレンジジュースをがぶ飲みしながら首を傾げた。

「もしかして…」
「疑問には答えないよ。答えは自分の中だけで弾き出すんだ」
「つまり喋るな、と」
「君が何処まで把握してこの学園に入ったのかは知らない。君のお父さんはああ見えて秘密主義でね…」

ワッフルが出来たらしい。
呼ぶと言っていた店員自ら焼きたてのワッフルを運んできたので、礼を言って頭を下げる。
トレーの上には、ワッフル以外に頼んだ覚えのないミニサイズのパフェが二つ乗っていた。

「ちょ、お兄さん、違うのが来てますん!」
「左席の特権だね。有り難く頂こうか」
「うぇ?で、でも…」
「気になってたんだけど、指輪は何処にあるの?」

パクパク、ワッフルとパフェを貪っている茶髪の台詞に、パフェを凝視しながら首に掛けているチェーンを引き抜く。

「ここに着けてるんです。無くなったら困りますし」
「そうだね、もし誰かが悪用したら一大事だ。君の責任問題の前に、左席会長を任命した中央委員会の責任が問われる」

そうなのか、と知らなかった事を教えられ、今更ながら左席委員会と言う立場に背筋が引き締まる思いだ。

「それにしても、外部入学で帝君を勝ち取るなんて流石だね。…中央委員会じゃなく、左席ってのが残念でならないよ」

いやまぁ、神帝バ会長の野郎が押し付けて来たのだから、態と無くして困らせてやろうかとも思ったが、チキンハートなので思うだけにしておこう。

「どう言う意味ですか?」
「ああ、それは知らされてなかったのか。今の立場は前会長から継いだのかい?」
「えっと、左席の前の会長は、」
「彼は代理だよ」
「あ、そうです、代理だって言ってたかも…。え?でも何でそれ、」
「神崎隼人君には、僕の指輪をあげたんだ」

瞬いた。
齧ったばかりのワッフルを噛むのも忘れ、ぱちぱち瞬きながら言葉の意味を考える。

「彼は世間的にも有名で、何せ当時帝君だったからねー。接触するには持って来いの人材だったよ。ちょっとプロダクションの株を買っただけで良かったから」
「え、はぇ?」
「副代理に選んだのは、東条清志郎君。君の叔父さんのお嫁さん、彼の親戚に当たるんだよ」
「ひょん。マジですかっ」
「今、君の従兄が来てるだろ?夕陽から聞いてる」
「余計な事言うなよ、オッサン」

隣の席から聞こえてきた声に振り返り、そこに座っているキャップを目深に被った男を見やった。
立ち上がった彼は空いていたもう一つの椅子に腰掛け、俊のパフェに手を伸ばす。

「あっ」
「夕陽、それは俊君のパフェだよ。自分の分は買ってきなさい」
「はん、西園寺のブレスレットで買えたらそうしたけど。歓迎祭が始まるまで、経費は自費なんだよ。ったく、此処の理事会はケチだよね!」

キャップの下に、先ほど見たばかりの美少年を見つけ、何度目かの悲鳴を飲み込んだ。
此処に太陽が居たら、山田勢揃いではないのか。ときめきが止まらナッシング。

「どっちがケチだか。ワッフルぐらい小遣いで買えばいいだろう」
「あのさぁ、西園寺は帝王院と違って、授業料免除はあっても生活費支援はないんだよ」
「あにょ」
「そんな事を言ってるんじゃないだろう、今は。俊君に迷惑を掛けちゃいけないって言ってるんだ、お前は西園寺生徒会の一員として此処に来てるんだろう?」
「実力主義の西園寺は授業料免除だって、学年三位までに入ってなきゃ切られるんだよ。金が有り余ってる帝王院から少しくらいご馳走になったって、バチは当たらない」
「いい加減にしなさい、夕陽!」
「あにょあにょあにょ!ほっ、他に食べたいのがあったら言って下さいませェイ!お飲み物も買って来ます!」

美形の親子喧嘩に挟まれ、身の置き所がない腐れ眼鏡が立ち上がり、勢い良く手を挙げたらしい。

「全く、この子は誰に似たんだか…」

頭を抱えた茶髪を横目に、足を組み替える女王を鼻息荒く見つめるオタク、ハァハァ怪しげな息遣いだ。

「そりゃもう、何から何までお好きなものを喜んでお持ち致しますなり。卑しいオタクめにご命令下さいまし!」
「ふん、中々使えるね君。カスタードワッフルとミルクセーキ買って来て」
「こら夕陽」
「合点かしこまり!」

素早くカードで全てのワッフルとサイドメニューを注文したオタクが、ミルクセーキを受け取り女王…いや、ツンデレの前に差し出す。

「ご苦労様」

ふっ、とツンデレの微笑みを賜り鼻血を垂らしたオタクは、喜びのクネクネダンスを披露した。

「俊君、すまないね。余り甘やかさないでいいから。夕陽、彼はアキちゃんの親友なんだから、調子に乗るなよ」
「どっちが調子に乗ってんだか。下らない事やってるみたいだから、早くアキに教えときたかったのに…」
「あっ。タイヨーと連絡取れました、さっき」

ツンデレの足元に正座したオタクが手を挙げ、パフェを頬張っていた天パ眼鏡とミルクセーキを啜るツンデレが動きを止める。

「大変萌ゆる事に、愛しのダーリンとおデート中みたいですん。世知辛い事にオタクは立ち入り禁止で、折角通じた電話もさっさと切られちゃいましたにょ。でも、そんな冷たい所も好きなんです。ぶっちゃけタイヨーの全てが好きなんです僕、一途には自信があるんです、はい」
「だ」
「だーりん…?」

ゆらり。
二人から恐ろしく冷えたオーラが漂い、ポッと頬を染めていたオタクの黒縁眼鏡が恐怖で染まる。

「…その話」
「詳ぁしく、聞かせて貰えないかなぁ、俊君…?」
「ヒィ」

ガタガタ震える腐男子に、眼鏡とキャップを外した山田親子が美し過ぎる顔を並べて微笑んだ。



これが後に、『第一次S界大戦』と呼ばれる筈もないドMオタクVSドS親子の、余りにもしょーもない、平凡大好き論争の開幕である。


一通り、腐男子の希望が8割含まれた妄想を聞き終えたサド親子は、バキッとカップを片手で砕きながら、麗しい笑顔の一致を見せた。


曰く、



「「…叶二葉、殺す。」」

さりとて、お次は魔王VSドSとなるのか否か。

←いやん(*)(#)ばかん→
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