帝王院高等学校
さァ、腹を満たし宇宙を埋め尽くすのだ。
「やすけない。邪魔臭うてならん、ここいらで手打ちにしときやす。ほな宜しゅう、お頼申しますえ」

面倒臭い。地元の言葉で表した男は眼鏡を押し上げ、近付いてくる少年へ目を向けた。相手の言葉を待たず携帯の電源を切り、テーブルの脇へ寄せる。
向かい側に腰掛けた山田太陽は、腰を降ろしたと同時に口を開いた。

「ただいま」
「電話は終わりましたか?」
「そっちこそ。いきなり関西弁になるから、毎回ビビるんだけど。…どっちにしようかなー、さっぱりかこってりか」

テーブル脇のインターフォンを押しながら宣う太陽に、長い足を組み替えようとしてテーブルの底で足を打ち付けたらしい二葉が眉を寄せる。

「実家の人間からでしてねぇ、年寄りが多いので地の言葉じゃないと通じない事があるんですよ。ややこしなる前に、予防策あてるんどす」
「混ざってる混ざってる。ちょっと大阪弁とは違うよねー」
「女性が使うものに近いでしょうね」
「ふぁ?」
「そう、育てられましたから」
「ご注文お決まりでしたらどうぞ」

ファミリーレストランは週末も相まってこの時間から賑わっていた。
もう数十分待てばランチタイムへ切り替わる、朝食には遅い時間にも関わらず、だ。

「今日って、日替わりランチやってます?」
「大変申し訳ございません、週末は通常メニューのみの提供となっています」
「あー、はい。大丈夫です」

狭いボックス席に四苦八苦しているらしい二葉を横目に、値段も品ぞろえも充実しているメニューを走り見た太陽は、

「んー…。このリブペッパーステーキを、おろし和風ソースの洋食セットで」
「え?」

昼には早い、まだ朝食でも良い時間帯にガッツリ肉を頼んだ太陽に、ポカンと目を見開いた二葉の視線が刺さる。

「何ですその『は?』って」
「…肉?」
「ああ、まぁ、旅館じゃ魚と山菜ばっかだったんで、そろそろお肉かなーって思いません?」
「そう、ですか」

チェックアウト前に購買で太陽が選んだ安っぽい眼鏡…と言うよりサングラスに近い、お世辞でも格好いいとは言えない眼鏡を押し上げた二葉は、じっと太陽が開いているメニューを凝視した。

「先輩は何にするんですか」
「私は……………フレンチトーストで」

これにはつい笑ってしまった太陽に罪はない。
フレンチトーストはメニューにない、と困った様に告げるウェイトレスへ笑いを噛み殺しながら、

「リブペッパーステーキのイタリアンソース、洋食セットでお願いします。あ、二つともグラハムパンで」
「畏まりました、リブペッパーステーキの和風とイタリアン、洋食セットグラハムですね。少々お待ち下さい」

忙しいウェイトレスは二葉の困惑を華麗にスルーし、頭を下げる太陽に見送られながら立ち去る。

「あ。グラハムって何か知っ、」
「全粒粉。本来のグラハム粉は、皮と胚芽を別に粗挽きますね」
「あーあー、可愛くない。これには自信あったのに…」

太陽の母親がブレッド系の料理を好み、パンもクッキーも自家製に拘るので自然と覚えた、いや、覚えさせられたのだ。
男には難しい問題だと思ったのに・と、悔しがる太陽へ小さく笑った二葉が首を傾げる。

「グラハム…正しくは『グレアム』とは、発案した博士の姓です。フルネームはご存じですか?」
「シルベスター=グラハム」
「おや、本当に詳しい」
「もしかしてだけど〜♪…神帝と何か関係あるんですか?」

うっすら笑った唇は何も答えなかった。とことん秘密主義らしい。

「我が社の名であるステルシリーとは、ステルスが由来ですからねぇ」

成程。
その通りだと息を吐き、立ち上がる。

「ダニーズのモーニングタイムはドリンクバーが無料なんです。持って来てあげますよ、何がいいですか?」
「水で構いません」
「ロイヤルなミルクティーじゃなくていいんですか」
「安い紅茶だけは飲めたものじゃない」
「多分リプトン」
「水で」
「あ、今更あれだけど、別に酷い偏食って訳じゃないんですよね?好き嫌いないって言ってたし」
「ああ、はい、まぁ…好き嫌いは、特に」
「俺、実は生のトマト食べれないんです。あのジュルジュル感?蛙の卵っぽくないですか?」

隣の席で誰かが吹き出し、キッと振り返りざまに睨んでくる。どうやらシーザーサラダらしきものを食べていたらしい。

「なのに、ケチャップとかトマトソースみたいなのは結構好きなんですよ。あ、でもニンニクが効きすぎだ奴は苦手。チリソースに入ってる場合あるでしょ?」
「ああ、イタリアンはガーリックを多用しますね」
「卵は好きだけどマヨネーズが苦手とか、ゲテモノは基本食べないんで、白子とかシャコとか明太子とか、美味しいって言われても抵抗あるなー」
「食べなくても支障がないものを、無理に採る必要などありませんよ」
「優しいねー。でも、世の中の母親にそれは通じないんです」

ドリンクバーのコーナーが目の前にある席だった為、グラスに氷を放り込み、普段飲まないアセロラジュースとアイスココアを注ぐ。
テーブルの真ん中にグラスを2つ置き、握った拳を差し出した。

「ジャンケンしましょう。漢気ジャンケンですよー」
「は?」
「さーいしょは、グー。ジャンケンっ、ぽん!」

華麗なるチョキで勝った太陽が全力で喜びを表すガッツポーズ、ちらほらと食事中の人々の視線を集めながら、男らしくアイスココアを鷲掴み一気に飲み干した。

「ぶはっ!ごほっ、げほっ。た、痰が絡むー!うー、やっぱココアって甘いよねー、おぇ」
「…ココアが嫌いならどうしてそちらにしたんですか?」
「バァロー、漢気だろーが。心意気を酌めよ、崇めろよコンニャロー」
「はぁ」
「ちょっとアセロラ一口貰っていいですか?次は玄米茶注いでこよっと…ぅわ!こっち酸っぱい!」

洋食セットのサラダとスープが先に運ばれ、良しトマトは入っていない、と親指を立てた太陽はカトラリーからスプーンを二つ取り出した。

「ポタージュじゃないコーンスープって久し振りに見たなー。俊の部屋のスープバーから出たのは、ポタージュだったんですよねー」
「厳密に言えばポタージュもコーンスープも日本では同じ意味ですよ」
「え?ポタージュって、とろみがあるスープのコトじゃないんですか?」
「いえ、現在のスタイルに落ち着くまでに作られてきたフレンチのスープを、総じて呼ぶんです。日本では後から理由付けられただけで、例えばカボチャだろうが牛蒡だろうがポタージュでしょう?」
「ああ、そっか。トウモロコシを差別化するからコーンスープになるのか…くそぅ、雑学ですら勝てる気がしない。うん、安っぽいお味がホッとするねー」

ペロリと飲み干し、空いたグラスを掴んで今度は玄米茶と、ホットコーヒーを新たに持ってくる。
その合間にステーキセットが運ばれ、きゅるりと腹が鳴いた。

「あはー、美味しそー。あ、先輩、コーヒーどうぞ」
「有難うございます」
「で、ちょっとその眼鏡外して、いつもの眼鏡に変えてくれません?」
「?良いですけど…何か?」

ダサングラスからいつものインテリ眼鏡に着け変えた二葉に、満足げな太陽はツツツとコーヒーカップを押し寄せる。

「飲め、と言う事…なんですね、判りました、そんなに頷かないで下さい。頭がもげますよ」

インテリ美形青年実業家、朝のひととき。
惜しいのは、此処がお洒落なカフェテラスではない事だ。

「はふー。眼鏡萌え」
「は?」
「ブラック飲めるとか高得点ですよ」
「そうなんですか?」
「判んないけど…あー、大根おろし、うめー」

華麗、とは言えないナイフ捌きで薄いステーキを切り離し、洋食なのに箸で肉を頬張った太陽が満面の笑みを浮かべた。
ちびちびサラダとスープを交互に口へ運びつつ、コーヒーを啜る二葉は決して肉へは手を伸ばさない。

「ステーキ食べないんですか?また毒が入ってるとか何とか言うつもりじゃないでしょ、んな薄利多売のファミレスで」
「…願掛け、ですかねぇ」
「願掛け?何の?」
「ノーコメントで」
「願掛けだったら、髪伸ばしたりするんじゃないですか?」
「髪質が細いので、定期的に揃えておかないと目も当てられないほど痛むんです」

そうなのかと頷きながら、頬杖ついてコーヒーを啜る美貌をオカズに、妄想する。
何だこの無駄に綺麗な男は。ファミレスが高級レストランに見える、白百合マジック。

「目には二葉、山田太陽、安い肉」
「…?何か言いましたか?」
「ボケって言うのは一発勝負やねん。二回言ったら負けやねん」
「何を言ってますか、君は」
「冷たい目をしないで、突き刺したくなるんで」

怪訝げな二葉から目を離し、肉だけ完食した。ちびちびサラダにも着手するが、全く手を付ける気配がない二葉のイタリアンステーキが気になって仕方ない。

「目には青葉〜」
「山時鳥、初鰹」
「アンタに知らない事はないのか御三家め」

こんなに肉が食べたくなったのは久し振りだ。
俊が鶏肉スキーだから、佑壱の料理に鶏肉以外の肉はそれほど出ない。食べさせて貰っている手前、図々しい隼人と健吾以外で佑壱へリクエストする人間は皆無だ。

「どうぞ召し上がって下さい」
「はへ?」

しっかし変な色眼鏡だなー、と自分が掛けさせておいて失礼な事を考えていると、グリルセットを手で示した二葉が宣った。

「え?そんなに見てました、俺?や、そっちも食べたかったんですけど、ぶっちゃけ」
「…凝視なさってる間に冷めてしまいますよ」
「要らないの?腹減らない?今からロープウェイ乗るつもりなんですけど、俺」
「ロープウェイ?」
「こんな宿場町なかなか来れないもん」

二葉のステーキを平凡なナイフ捌きで華麗に切り分け、トマトソースを絡めて頬張った後、尻の下に敷いていたパンフレットを卓上へ上げる。

「チェックアウトの時に貰ったパンフに、高原で花祭りがあってるって書いてあるんですよ。ほら、早い人はもうゴールデンウイークでしょ?」
「はぁ」

一口サイズの肉を二葉の口元へ差し出せば、眉を潜めた二葉の手からフォークを奪われた。
そのまま太陽の唇へ肉を押し当てた二葉が態とらしく微笑み、隣を通りかかったドリンク目当ての女性客が真っ赤に染まる。

「…ごく。先輩、やっぱ眼鏡さっきのに変えて下さい」
「何がしたいんですか、貴方は」
「思春期は難しい年頃なんですー」

付け合わせのコーンバターを掬い、二葉の口元に運ぶ。
コーンスープは好きでも、コーンの粒はあまり好きではないのだ。















「久し振りだな」

誰も居ないのを良い事に、アンダーライン脇の小さな噴水の脇に裸眼で腰掛けていると、全身黒ずくめの長身が冊子を抱えやってきた。

「あらん?」
「昨日は新刊日だったろう。日が暮れるまで待った」

李上香、美月の影に必ずその姿がある。彼が少女漫画愛好家だと知ったのは先週の話だが、月曜日に一年S組のバックナンバーを手渡してから会っていない。

「ごめん、今週は発行係不在で休刊なんだ」
「そうか」

顔を覆っていても、彼の肩が落ちたのが判る。二人分座れるほどの距離を空けて腰掛けた黒ずくめを横目に、何となく足を組んだ。多分、彼は自分が遠野俊だと知らないのだろう。

「溝江君と宰庄司君。二人共、ずっと休んでるんだ。皆は理由を知ってるんだろうけど、俺も昨日までサボってたから」

冊子を開いた手が、葉書大の紙を取り出した。素早く俊の膝に乗せ、辺りを窺っている。

「そんな警戒しなくても」
「Fである俺がSのお前と一緒である所を見られるのは不味い。お前に危険が及ぶ」
「Fクラスってどんな世界なんだィ、李先輩」
「止せ、俺は所詮バイリンガルなだけの低脳だ。先輩などと畏れ多い」

だったら日本語も怪しい俺は何物にょ、と遠い目になった俊に、

「リンリンと呼べ。アンケートに答えてきた」
「リンリン…」

それは駄目ェ!と心の中で咽び泣いたオタクは、駄目な先輩、略してめーちゃんと呼ぶ事にした。

「最新号の裏表紙は良かった」
「カイちゃんのファン?」
「技術は。だが、あの作家には温かみを感じない。人らしい感情、と言うのだろうか」

アンケートにリンリンのHNと共に、幼稚園児よりも酷いイラストが書かれていた。この画力で神威を批判するのか、としょっぱい顔をした俊には気付かず、スマホを弄った男が画面を見せてくる。

「最近開設されたBL小説サイトだが、ツイッターで評判になっているのを知っているか」
「や、ツイッターは最近見てなくて…」
「BLサイトはこれが初めてだったが、この作家は素晴らしい。一読を薦める」

宙への埋葬、と書かれたシンプルなサイトの画面を見つめ、携帯を取り出した。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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