帝王院高等学校
親友との通話はつい長くなります
「ちょっと!気持ち悪いからあっち行けよっ」
「何しに来たんだよ、お前!」

学園調査部と言う看板の下、群をなすチワワに胸をときめかせた男は、端っこのポスターを数秒眺めただけでチワワらの怒りを買った様だ。
いきなり怒鳴られ青ざめた彼は、挙動不審に体を揺らしている。

「え、えっと、あにょ、し、親衛隊の皆さん、おはよんございますん」
「お前…!左席だからって偉そうにしないでよね!」
「アンタみたいなキモ男が御三家の皆様と肩を並べられると思ってるわけ?!」
「大体さぁ、いつも一緒に居るあの不細工チビも調子に乗り過ぎなんだよ!」
「消えろよ!」

ジャニーズのコンサート宜しく、等身大御三家ポスターと親衛隊新聞がズラリと並ぶ広場は、教職員も頭を悩ませる催し物である。
一般公開も予定していると言うのに、ミスコンならぬミスターコンテストまで得票多数で予定されているのだ。

「悪いけど、ボクらもSクラスだから。紅蓮の君を味方にしたからって、勝った気になるなよ後輩!」
「あーもうっ、存在すんな!不愉快だよ!」
「あにょ、お邪魔してごめんなさいませ。直ちに退散し、」
「下等生物相手に何をしているんだ、お前は」

ガシリ。
後ろから頭を鷲掴みにされたオタクが飛び上がり、目を吊り上げていたチワワらが真っ赤に染まる。

「あらん?カズ兄ちゃん、おはスタ」
「お前に兄呼ばわりされたくない」
「うぇ」
「ああああのっ」
「さ、西園寺の方ですか?!」

汚い物を見る目で俊を睨んでいた眼鏡姿のクールビューティーは、チワワに囲まれ冷たい美貌を凍らせた。

「何だ、この頭の悪そうな掲示物は。…帝王院会長と、ほう。ライオン頭も居るのか」
「こちらは高坂日向様ですっ!光王子は御三家に名を連ねる素晴らしい方でっ」
「私より秀でていると宣うか、下等生物。所詮、帝王院など我が西園寺には進学率でも偏差値でも適わない」
「きゃあああっ、素敵ぃ!」
「はァ。カズちゃん、何かご用?」

従兄な暴虐無人さに眼鏡を曇らせたオタクは、ぐいぐい長身を押し流しながらチワワの群れから離れた。
腕を組み鼻を鳴らした従兄が睨んできた瞬間、後ろから今度は誰かに抱き寄せられる。

「…殿。はよっス」
「はふん」

壮絶セクシーボイスが耳を震わし、きゅぴんと震えたオタクの腰が抜けた。

「顔色悪いぜ。大丈夫っスか?」
「ユーヤン…、オタクですら妊娠するんじゃないかと思いましたわよー!」
「はぁ?スんません、つか何やってんスか?」
「今ちょっとカズちゃんと、」

振り向けば、先程まで居た筈の従兄はチワワに囲まれ、何やら質問攻めにあっている。
あらん、オタクには世知辛いのに…と切なくなった俊に、通りかかったヤンキーな生徒らの視線が刺さった。

「ユーヤさん、ちわっす!」
「お疲れ様っす」
「外部生、藤倉さんに迷惑掛けんじゃねぇぞ!」

明らかに一年生ではないオッサンスメルの生徒ですら、寝ぼけ眼の裕也に一々頭を下げていく。
今更ながら、カルマの偉大さが染みるオタクだ。いや、お前が総長だったんだが。

「どなたですか?」
「さぁ」
「不良は不良を呼ぶって感じですか、そうですか」

ほー、と感心満面の眼鏡に幾らか沈黙した緑茶頭は、然しツッコミを放棄した。極度のマイペースがB型の特徴だ。

「どうでも良いけど、他の面子はどうしたんスか?殿一人で歩き回ったらマズいぜ、多分」
「マズい?」
「まだ安定してねーだろ、殿」

近頃、本気で記憶の錯乱が激しい。
不安をそのまま八つ当たり宜しく皆にぶつけた事はある程度把握しているが、懲罰棟に収容された時の事はまるで覚えていないのだ。

そう言ったら、隼人を筆頭にカルマ幹部も桜も、俊を一人にしてはいけないと思ったらしい。精神病患者並みの扱いだ。
朝方まで桜の部屋でDVDを見ていた俊は、始終、桜と東條のイチャイチャを見せ付けられた。何度鼻血を吹き出した事か。

「ふぅ、近頃はオタクリンチが流行ってるそうですものね…」
「…何か期待してねーっスか?」
「あ、そーだ。イチ見なかった?」
「こっちが聞きてぇぜ。ハヤトですら準備手伝ってんのに、あの人は何してんスかね」

主人公のドM思考はともかく。
忽然と姿を消した佑壱は、昨夜から誰も姿を見ていない。

以前は日常茶飯事だったそうだが、俊が入学して以来、彼一人で誰にも言わず出掛けた事などなかった。

「僕が意地悪したから、実家に帰っちゃったんじゃ…!」
「離婚スか」
「だって、メールの返事がないんだもの!電話通じないし…」
「あー、多分番号変わってんじゃないっスか?ちょい前付き合ってた女が、最近しつこく掛けてきてるっつってたぜ」
「ふぇ?僕には何も言ってなかったにょ」
「つーか、殿の場合ユウさんの番号登録してないだろ」

確かに、しょっちゅう番号を変える佑壱のメモリには、メールアドレスしか入っていない。誰からも掛かってこなかった携帯には、いつも佑壱の着歴しかないから困らなかったのだ。

「童貞オタクにリア充の悩み相談なんかする価値もないってかァ!手酷いにょ。僕だって読み漁り続けたBなラブの知識はあるのに…めそり」
「つーか、マジで童貞なんスか?」
「ちんちんが新品か中古かと聞かれたら、15年新品ですにょ!賞味期限切れはいつかしら…はァ」

番号変えたら真っ先に連絡します。
それが佑壱の口癖で、実際、要すらも知らなかった番号を俊が知っていた事もある。

「…ま、総長の賞味期限はともかく、ぐ!」
「カルマの総長は?」
「ソルディオ。…副長なら、放っとけば戻って来ると思うぜ」
「ふぇん。でもでも、どっかに監禁されて充電切れしてるのかも知れないし…」
「あの人を監禁する物好きなんか、…あー、女関係なら有り得っか?」
「何回掛けても圏外のアナウンスだもの。うっうっ、もしかしたら今頃震えながら助けを求めてるかも!」
「本気っスか」
「オタクジョークです」
「調べたらどうっスか?左席権限なら、副長の居場所割り当てれるだろ」
「あ、その手がありました。ぷはん。で、どーやったらイイにょ?」
「こっちっス」

欠伸を発てた裕也に手を引かれ、突き刺さる視線に悶えながら電子掲示板の前に立つ。
普段は隼人か太陽がやってくれるので、俊は未だにカードの使い方を把握していない。辛うじて食堂での注文が出来る程度だ。

「クロノススクエア、オープンにょ!」
『マスタークロノスを確認。おはようございます、御命令をどうぞ』
「あ、はい、おはよんございますんなり、嵯峨崎佑壱はんの居場所を教えて頂けませんでございまするか…」
「…緊張し過ぎだろ。はんって何スか、ございまするって」
『コード:ファースト、サーチ開始。………47%、エラー』
「エラー?!どどどどうしよう、壊したかも?!」
「んな阿呆な」
『最終履歴はセントラルエリア。現在最大プロテクト発動中』

鼻を鳴らした裕也がクイクイと俊の腕を引く。何だ、と回線を終了させながら振り向けば、面倒臭げな美貌。

「もしかしたらマジで面倒臭ぇ状況かも知んねーぜ」
「大変イケメンでございますやら。して、どうしたにょ、リヒト様?」
「あ?…何で、それ知ってんスか?」
「あわあわ。あにょ、ユーヤンのパパに会ったなりん」
「は…?」

まさか殺され掛けたとは言えず、結局どうやって脱出したのかも覚えていない今、判る範囲で差し障りない説明をしたつもりだったのだが、

「えっと、パパがロマンスグレーでロボットチワワが三人で、薔薇が咲いてたり怪しげなご飯がお代わり自由で、美味しかったにょ」

如何せん、オタクは案外アホだった。

「…」
「あ、あにょ?藤倉きゅん?」
「殺す」
「おぇ?!」

無表情で走り去った裕也をポケッと見送り、何やら嫌な予感にオタクハートを痛ませる。
追いかけてみようと足を踏み出し、喉が締まってグェと潰れた声を出した。

「おい、僕に挨拶もないの?」
「おぇ、うぇ、え?!はっ、チミはヤスアキ様ではありませんか!」

ぞろぞろと帝王院の生徒を引き連れた美少年が、自信に満ちた美貌で小悪魔な笑み。

「ふーん、夕陽様、か。君は話が判るじゃん」
「有り難き幸せェイ!して、この薄汚れたオタクめに如何様なご用が?」
「態とらしいけど、まぁ良いか。君がそんな汚い格好してるのにも、理由があるんだろうし」

汚いのはデフォルトだ、とは言えず、もじもじしながら口を閉ざす。俊より幾らか小さい美少年は、然しよくよく見れば太陽に似ていた。
特に、前髪の分かれ具合とか、デコの広さとか、茶色い眼差しとか、が。

「予定を早めて、昼過ぎには西園寺の生徒が到着するそうだよ。念の為、君にも知らせておくけど」
「あ、はい。頑張ります」

実際、全く関わっていない俊が何を頑張れば良いのか謎だが、精一杯楽しむつもりではあるので、そっちで頑張ろうと考えた。
遊ぶのを頑張っても仕方ないだろうが。

「太陽から連絡は?」
「ございませぬ」
「ふん、役立たずが。とにかく、連絡があったら真っ先に教えなよ」
「ラジャーでございます!ハァハァ」

華麗に去っていく後ろ姿を眺めながら、携帯を開いて太陽へ掛けた。圏外アナウンス第二弾、と思いきや、何故か普通に掛かったらしい。

『はいよー、もしもし?』
「タァイヨォォオ?!ハァハァハァハァハァハァ」
『あはは。久し振りだねー、俊。ちょっと受話器から離れようか?』
「何処でナニやってるにょ、アバズレめぇえええ!!!僕と言うオタクが居ながら、イケメン眼鏡としっぽりやってんのかァアアア!仲間に入れてちょーだい!」

ぎょっと振り返るギャラリーには構わず、わんわん泣き崩れ地面を殴りつけているオタクは本心を叫んだ。

『ん、ツッコミたい所がちょいちょいあるけど、おおよそ台詞通りの展開中だから謝っとく。ごめん』
「騙したら駄目なのよ!感情で一番大切な愛で人を弄ぶのは、殺人と同じくらい酷い事にょ!」
『何だ、もう耳に入ってるの?』
「ぼ、僕も一緒に謝ってあげるからっ、す、すぐに帰って来なさい!ぐすっ。誠心誠意込めて謝れば、きっと許して貰えるにょ!ふぇ」
『俊』

優しい優しい、久し振りに聞いた親友の声が鼓膜を震わせて、滴り落ちる鼻水をグズグズ啜りながら、出来たのは嗚咽を噛み殺す程度。

『俺が居ないから、不安定になったんだね。待ってて、決起集会までには戻るから』
「ひっ、ぐすっ、うぇ」
『実家が全焼してさー、帝王院…男爵が関わってるかも知れなくて、先輩が色々調べてくれててさ』
「…え?」
『多分、時間が経ち過ぎて、全部…、全部がもう、取り返しがつかない所まで来てるんじゃないかな』
「タイヨー?判んない、にょ」

笑う気配。
小さく呟かれた声を聞き逃し、もう一度と呟いた。

『Close your eyes.』
「ふァ」
『Yを覗けば、our、我々』
「わい?」
『縦、未来』
「どう言う意味?」
『明太子を食べて、お酒を飲んだんだ』
「ふぇ?」
『全部、俊。お前さんがヒントをくれてたんだねー。ありがと』
「なァに?タイヨーちゃん、早く帰って来てちょーだい。寂しいにょ」
『うん。きっと、早く帰らなきゃいけないんだろ。お前さんが言うコトは、いつもきっと、全部正しいんだ。真っ直ぐ、結末に向かい続ける。…ポーンの役目だから』

意味が判らない。
何かを悟った様な声音に、胸の奥がざわざわとざわめいた。

起こしてはいけない何かを、揺り起こさんばかりに。

『俺の魔法は八割解けた。残りの二割はきっと、ポーンが辿り着いた時に解けると思う』
「ま、ほう?」
『約束したんだ。ゲーム、俺が勝ったら幸せになって、負けたら相手の望む結末に追い込まれる。それが、命を救われた代償』

何だろう。
涙が止まった代わりに、奇妙な充足感が恐ろしい勢いで全身を支配しようとしている。

誰かが『目覚めには早い』と囁いた。誰かが『踏ん張れ弱虫が』と舌打ちせんばかりに呻いた。
頭の中に自分とは違う複数の声が響いて、



『俺は先輩が好きだよ。だから、謝らない』


悲劇の幕開けだ、と。
酷く懐かしい声で嘲笑ったのは、誰だろう。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!