帝王院高等学校
夜中だからこそ高まるテンション
「くすんでいく」

恨む度に心が、と。
呟いた人はもうこの世には居ない。

「人の罪を許せた時こそ、己もまた赦される」

決して憎むな。
決して恨むな。
それはまるで呪文の様に、体の何処かを縛り付けている。

「俊」

厳格な彼は、名を呼ぶ時だけ目尻の皺を深めた。まるで微笑むかの様に。

「お前は、間違えてはならんぞ」

記憶に残るあの手は、優しい。








「こんばちは」

両腕一杯に紙袋を抱えた男に、作業中だった作業着姿の生徒らは目を吊り上げた。

「あぁ?何だテメーは」
「おい、コイツ…」
「差し入れ持って来てやったのにい、その台詞は何かなあ?」
「げっ、ゴフ!」

作業着が吹き飛び、簡易照明の下で金髪が煌めく。

「ぶっ殺されてーか、こんにゃろー」

片腕でダンボール箱を抱えた神崎隼人の右足は、たった今回し蹴りしましたとばかりに浮いた状態だ。

「あわあわ、モテキングさんっ、暴力はおよしになって!」
「…っ、神崎ぃ!テメーいっぺんブッ殺す!」
「はっ。雑魚ほど吠えるってねえ。よい、構ってあげ、」
「錦鯉会計!」

蹴り飛ばされた作業着VS拳をボキボキ鳴らす隼人の喧嘩は、静観していたらしい要によって防がれた。

「猊下の前で下らない事をするなハヤト」
「もー、お堅いんだからあ。冗談に決まってんでしょー」
「本気だった癖にw(・∀・)」
「同感だぜ」

ビニール袋を両腕に携えている健吾が現れ、辺りの作業着らが青ざめる。欠伸を噛み殺した裕也までがその背後に佇んでいる事が判れば、最早ジャージの生徒らでさえ青ざめてしまった。

「あにょ」
「は、はい!何だ…いやいや、何でございましょう、ゲーカ!」
「はい、これ左席委員会からの差し入れですん。良かったら召し上がって下さいまし」

隼人が抱えていたダンボールを下ろし、健吾がビニール袋を広げる。
購買のドリンクや菓子類が詰め込まれたそれに、遠巻きにしていた生徒らがわらわら寄ってきた。

「すいません、わざわざ差し入れなんか」
「いえいえ、僕のカード幾ら使ってもイイらしいのでお気になさらず!あにょ、こっちの準備はどんな感じですか?」
「あー、こっちは噴水から水路伝いに花を植えていって、ヴァーゴの小会場まで花街道を作ってるんだ。うちの学校、一般人から見たら迷い易いから」

その一人、人が良さそうな肉体美の生徒に眼鏡を光らせたオタクは、差し入れを配りながら声を掛ける。
辺りのジャージのリーダー的存在の彼は、大浴場のラウンジでいつか見たイケメンだった。

「お花…パイシーズからずっとやってるんですか?大変ですにょ」
「区間毎に季節イメージした色合いの花を並べてかなきゃならないんだ。昨日まで受験生だからって免除されてたんだけど、前日まで間に合ってないのにうかうか寝てらんねぇからな」
「ふむふむ。ちょっとお待ちを…もしもし?僕僕、詐欺じゃなくてオタクですん」

携帯をパカッと開き、何処かに通話を始めたオタクが、暫く会話して携帯を閉じた。

「今、シロたん呼びました!あの子は力持ちですし、きっとチョコたんも付いて来るからお手伝いさせて下さいまし」
「シロ?チョコ?」
「先輩はシロたんのご親戚でしょ?」
「え、獅楼の事?!いや、だって獅楼は社長になったばっかでそれどころじゃないって!」
「ふぇ?社長?」
「カイチョー!」

凄まじい勢いで走って来る赤毛が見える。ジュースを勝手に飲んでいた健吾がノーモーションでそれに跳び蹴りを喰らわせ、ズベッと転んだ赤毛がアスファルトで鼻を打ち付けた。

「うわーん、酷いよーケンゴさんの、ばかー!」
「うひゃwだっせwシロだっせw」
「ケンゴ、弱い奴いじめんな。ダセーぜ」

獅楼に続いてゆったり歩いてきたもう一人の赤毛は、俊を見やるなり近付いてくる。はだけたシャツが何やら色っぽい。

「のび太、要らん事しやがって。お陰で逃げられちまったじゃねぇか、どう落とし前付けるつもりだ」
「チョコたん、もしかして…ハァハァ」
「おっと。変な妄想すんなよ、まだ一回しか喰ってねぇ」
「ヒィイイイ、いつの間にやら大変な事態に!KYなオタクめ!ハァハァ。でもまァ、夜はこれからですにょ。ささっとお手伝いして、ズッコンバッコンしたらイイにょ」
「カイチョー!何ゆってんのー?!」

真っ赤な獅楼の首筋に、真っ赤な痣が幾つか見えた。桃色フラッシュを瞬かせたオタクが、静かに鼻血を垂らし要から拭いて貰っている。

「錦鯉きゅん、際限なく萌えたぎる状況の解説を」
「烈火の君が獅楼に欲情した様です。いつからそこまで仲良くなったのかは判りませんが、利害の一致とか何とか」
「ふ。ふふ腐。僕の知らない内にあっちこっちでラブファイヤー…錦鯉会計、ちょっと僕を一人にさせて下さいまし」
「猊下?」
「イチ先輩見つけたら、皆でお手伝いするよーに」

差し入れがてら、かねてから行事に関わりたがっていた俊の提案で、カルマ一同、準備の手伝いを分担する事になったのだ。
仲直りしたばかりの桜と東條は二人で桜の寮部屋に向かい、積もる話で今夜を明かすだろう。

太陽の為に仕掛けていた監視カメラが稼働しているので、アレコレ起きればばっちり保存される。
桜の悲劇は、太陽と同室である事だ。

「モテキングさんは、エントランスゲート前のミスコン会場の準備。ケンゴンはユーヤンと一緒に体育科の皆さんのお手伝いでしょ、錦鯉会計は…スヌーピー先輩達とあっちこっち萌パトロールしながら差し入れお願いします。バイバイキン」

指示を済ませヨロヨロ居なくなった俊に、カルマ一同顔を見合わせる。

「…ボス、元気ないにょ。さっき隼人君が意地悪ゆったからかなあ」
「違うと思いますが、…確かに、覇気がない」
「殆ど寝てないからじゃねーかよ?オレら纏めてフッ飛ばしてたからよ、殿」
「ま、とにかくご命令に従うっきゃねぇっしょ(`・ω・´)」

幹部四人、顔を見合わせてそれぞれの配置へ散らばっていく。

「「「「Yes, we are kings pet dog.」」」」

猫の爪先ほどの細い月が、雲間に隠れた。














最近、益々可笑しくなってきた。
記憶が頻繁に飛んでいる。最後の記憶と気付いた時の状況が、符合しない。

「…どうなってるんだ、俺は」

視界を覆う前髪を乱雑に描き上げながら、苛立った舌打ちを噛み殺した。



今までも、自分が知らない内に行動していた事はあった。
例えば入試の時、例えば喧嘩を売られた時。気付いた時には全てが終わっていて、その間の記憶がスコンと抜けている。今より頻度はずっと少なかったが、確かに今更何だが、変な病気なのかも知れない。

「多重人格、とか…」

頭の中に自分ではない誰かが住んでいるのではないか、などと考えて頭を振る。そんなファンタジーじみた事がある筈がない。

「タイヨーもカイも意地悪だから、こんな馬鹿な事ばっかり考えるんだな。やめよう、生産的じゃないのはBLだけで十分だ」

隼人から貰った有名ブランドのジャージは、黒地にピンクのラインが入ったものだ。
あわよくば準備の手伝いに参加するつもりだったので着てきたのだが、学園指定の白ジャージを纏っている生徒が多い中では何となく場違いな気がしてならない。

「楽しそう、だ」

慌ただしい雰囲気の並木道から逃れる様に庭園へ足を踏み入れれば、英国式の庭園にテーブルセットが並べられているのが判った。
既に殆どの用意が終わったらしく、ライトも消されていて真っ暗だ。庭園の中央にある噴水のライトアップだけが幻想的に、花だらけの茶会会場を照らしている。

「何か書いてある…二年・三年Aクラス合同執事喫茶、国際科有志によるフルートリサイタル…へぇ」

看板を見つけ携帯のライトで照らせば、ヴァーゴ庭園での催しものが記されていた。執事喫茶は一般客向けの運営の様だが、時間があれば覗いてみたい。

「確か、Bクラス合同で合唱コンサートがあるんだったな…」

高等部・中等部の自治会役員らと、西園寺役員が最終打ち合わせをしているのを聞いていたが、西園寺側はともかく、自治会役員は一様に俊を気にしていた。中央委員会直下に当たる自治会にしてみれば、左席委員会は目の上の何とやら…気が抜けないのだろう。
結局、曲がりなりにも生徒会長でありながら、打ち合わせ放棄せざるえなかった。

「西園寺側の催しは演劇部と吹奏楽部だけ、だった」

打ち合わせではパンフレットが配られていたが、祭典の正式なプログラムは発表されていない。明日の両校顔合わせで、冊子が配られる予定だ。

普通科と特進に別れている西園寺学園だが、実際のところ特進と超特進の様なもので、体育会系の部活動が殆ど存在しない。そして帝王院と決定的に違うのは、行事が少ない点だ。
体育祭はなく、年末に学園祭があるだけで夏休みも普通の公立の半分しかない。浪人してでも留年してでも通いたがる生徒が多いのは、その凄まじい進学率からだそうだ。

「にゃー」
「あ、にゃんこ」

西園寺中等部の生徒は、二日目の日曜日のみマイクロバスでやってくる。そのまま日帰りで帰るそうた。曰く、社会見学扱いらしい。
そんな事を考えながら、LEDの電飾でカラフルに彩られた遊歩道を歩いていると、漆黒の森に聳え立つ深紅の時計台の近くまで来ていた。

いつか見た白猫が赤いリボンを翻し、俊の足元まで近寄ってくる。
辺りを見やり人気がない事を確認してから眼鏡を外し、ポケットに突っ込んだ。

「ちっちっち。おいで、わ…来た…」
「にゃあん」

ごろごろ喉を鳴らしながらすり寄ってきた猫を、恐々撫でてみる。抱き上げても、猫は嫌がる気配がない。

「お前、会った事あるよな?カイと一緒に」
「にゃー」
「真っ黒くろすけに触って、火傷した時。あと、お祖母さんの所で」

飼い主が居るのだろう。
最初から判っていたが、それがまさか実の祖母だとは考えた事もなかった。

『あ、そ。帝王院にしたの、結局』
『うん』

疑問を抱いたまま。
入学してからじわじわと、抱いてきた疑問。

『担任の先生から連絡あったわよ。公立と他の私立も候補に入れろって』
『受験料が勿体無い』
『受けるなら死ぬ気で受かりなさい。学校サボってたのはアンタ、出席日数足りないから他の学校はまず落とされるわねィ』
『…』
『受かった後のお金の事は心配しなくてイイわょ。あそこの制服、ブレザーが白くて格好イイの』

母が懐かしげに言った理由。

「にゃー」
「帝王院秀皇、か。…15年間、父親の本名知らなかったって、変かな?」
「にゃあん」

頬擦りしながら伸び上がってきた腕の中の猫が、湿った鼻先を唇に押し当ててきた。
柔らかい。温かい。くすみそうな心が、癒されていく。

「甘えん坊だなァ」
「ゴロゴロ」
「お前、カイちゃんに似て、」
「アダム」

全ての音を掻き消す様な、男の声に息を止めた。
何の気配もなく突然聞こえてきたその声の主は、時計台の玄関へ続く煉瓦の階段から落ちてくる。

素早く階段脇に身を隠したのは、条件反射だ。その拍子にポケットから零れた眼鏡が、茂った雑草の中に潜り込み見えなくなる。

「アダム、何処だ。お祖母様が探している。アダム」

カツリ、カツリ。
すぐ真上から響く靴音、何故か息を殺しながら足元に落ちた眼鏡を目で探せば、腕の中で鳴いた猫が飛び降りていった。

「にゃー」
「外は冷える。おいで」

何処かで聞いた事がある声だ。
眼鏡のない今、堂々と出ていけない様な気がしてそろりと覗けば、街灯の光を浴びた白銀が見えた。

「か」

カイ、と。呼ぼうとして飲み込んだのは、その背中が振り返ったのを見たからだ。
煌びやかな白銀、プラチナブロンドの下に、同じ白銀の仮面。

「マジェスティ、上院議会のお時間です」
「判っている。アダムをお祖母様の元へ届けよ」

白いコートの様な服を翻す長身に、恭しく頭を下げるスーツ姿の男は明らかに日本人ではなかった。
その男の腕から逃げた猫が、また俊の元に駆け寄ってくる。

「にゃあん」

来るな。
来るな。来る、な。


「誰だ」

勝手に後退る足が眼鏡を踏む気配、パキリと響いた音と同時に鋭く呼び止められて、ジャージのフードを慌てて被った。

「…何をしている」
「如何がなさいましたか、マジェスティ」

白猫が足元を戯れる。
仮面で顔を覆う長身の声を聞いたスーツの男が近寄ってくる、気配。

「何もない。下がれ」
「は、失礼致します」

猫が鳴いた。
長い足が近付いてくる。

空には、細い細い、猫の爪先。

←いやん(*)(#)ばかん→
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