帝王院高等学校
さぁさぁ夜も更けて参りましたよ
「大変だね、こんな遅くまで」

簡易照明を所々立てたグラウンドでは、開会式の準備が行われている。
ジャージ姿の生徒の中に作業着姿の生徒が幾らか紛れ、夜間にも関わらず慌ただしい中、にこにこ声を掛けてきたのはブレザーの生徒だった。

「不夜城みたいだねー。何処もかしこも明るい」
「お前見ない顔だな。邪魔になっから、手伝い以外ならあっちいけよ。何クラス?」
「C、国際科。今夜は夜会もないから暇でねー、出てきちゃった」
「へー」

アンダーライン二階、多国籍の飲食店やステンドグラスの遊歩道などがあるエリアの下、三階から殆ど出て来ない国際科は、通常カリキュラムが夜間に組まれる事がある。
政治、経済、国勢を主に学びながら、様々な国の文化に親しむべく、茶会やダンス練習に慌ただしい。

「明日から茶会やらダンスやらの披露があんじゃねーの?ンな時間までご苦労なこって」
「お互い様でしょ?」
「俺らは期間中フリーなの」

唯一、クラス割り当てがない学科だが、正式には普通科と同じ枠組みだ。
近年増える分校からの本校編入組が増加し、元々国際科の割り当てだったCクラスが普通科の三組へ変わったのだ。

「その分、準備片付けで煩わしいったらねぇけどな」
「何か手伝おっか。こう見えて、結構力には自信があるんだよねー」
「おいおい、国際科の奴に裏方なんかさせたらこっちが迷惑だっつーの。ンなひょろい腕してんじゃんか」

困った様に笑うジャージの生徒に、緩いウェーブが掛かった猫毛の生徒は肩を竦めた。

「Sクラスは打ち合わせにすら参加してないじゃない。迷惑事は全部DとかEにさせてさ」
「ンな事ねーよ。今年のSクラスは、いや、一年だけど。天の君は打ち合わせに参加したいって言ってたらしい」
「そらのきみ?」
「入学式に度肝抜かされた、左席会長だよ。お前、式典出なかったのか?」

訝しげな眼差しに頬を掻き、ああそうだ思い出したと頷いた猫毛は、幾つか纏めて紐で括られたパイプ椅子を解く手伝いを買って出る。

「変わってんな、国際科の癖に。工業の奴らにバレたら煩いから、目立つなよ?」
「了解。ブレザー脱いだ方がいいかな?」
「白は目立つかんな、俺のジャージの上がそこにあるから着とけよ」
「有難う」

暖かくなってきたとは言え、まだ4月末。肌寒い時間帯だが、体育科らしい体つきの生徒はTシャツだ。
有り難くブレザーを脱ぎ捨て、ジャージを纏えば場に溶け込める。

「あの外部生って、そんなに有名なの?」
「そっか、外に出ねぇなら判んねーよな。時の君も凄いぜ、ただ者じゃねぇ」
「時の君」
「記憶に残んねーくれぇ地味な奴なんだけど、噂じゃFクラスの奴ら従えてるって」

パイプ椅子を組み立てながら声を潜めた少年に、紐を解きながら猫毛は瞬いた。

「まっさか。あの…や、時の君って確か、山田太陽君だろう?」
「あー、そんな名前だっけ?良く覚えてんな、お前」
「まーね、記憶力はいいんだ」
「さっき西園寺の奴が来てさ、凄い美人だけど生意気そうな奴。左席副会長に手を出したら殺すとか言って、工業の奴らブチ切れさせてった」
「わぁ…」

痙き攣った猫毛には気付かなかったのか、次々に手早くパイプ椅子を組み立てていく生徒は近場の仲間に声を掛け、グラウンド脇の手洗い場へ向かう。
休憩するらしいので付いていけば、ペットボトルのジュースを分けてくれた。優しい子だ。

「はー、朝までに終わるんかな、マジ。人手足んねーよ、本当に」
「他の子は居ないの?20人くらいしか居ないみたいだけど」
「インハイとか試合前の奴らは自主的に控除させてんの。片付けもあるしよ、Fクラスの奴らは人数多いだけで手伝う訳ねーし。普通科の力ある奴らが手伝ってくれてっけど、ただでさえ無駄に広いだろ?うちの学校」
「あー、そっか。準備はグラウンドだけじゃないもんね」
「今夜はほぼ全員稼働してんだ。でも昨日まで何となく学園の雰囲気悪くてさぁ。工業の奴らが何かギスギスしてて、あんま捗らなかったわけ」
「どうして?」

首を傾げれば、素早く辺りを見回した少年は顔を近づけてきた。

「…此処だけの話、何かあったみてぇだな。祭の奴が何日か前からしょっちゅう出掛けてるとか、紅蓮の君絡みのヤバイ事やらされてるとか…噂だけどよぉ」
「祭?」
「Fクラス牛耳って、第二保健室占領してる奴だよ。中国マフィアらしいぜ。一年の無期停学喰らってる大河の秘書ってのは、結構有名な話だよ」
「ああ、大河は知ってる。…その秘書なら、随分大きな家だね」
「祭がFクラスに自分から入ったのは、神帝が来てすぐだった。それまで、毎回白百合と同じ点数で帝君だったんだぜ」
「白百合…ふーん、彼はそんなに賢いのか」

冷めた表情で呟いた猫毛に、ペットボトルを飲み干した少年は苦笑した。

「そりゃ、そうだろ。神帝が来るまで帝君だったんだ。今じゃ泣く子も黙る御三家、然も大河が停学になったのはあの人が原因だってんだから」
「腕も立つ、って?」
「強いっつーもんじゃねぇ。叶二葉を見たらFクラスも逃げる」
「でも、神帝には適わないんでしょ?」
「それが変な話なんだよな。神帝が出て来るのは大抵、式典の時だけだったんだよ。間違いなく、先月まではな」
「?」
「始業式の後から、何回か陛下を見た。今までならまず考えらんねー。大体、一年Sクラスが定員オーバーっつーのも変な話だろ」
「まさか。進学科は必ず、30人じゃないか」
「何言ってんだ?この間の総会で言ってたろ、帝君が二人居るって」

信じられない、と。
表情で告げる猫毛を見やり、首を傾げながら学籍カードを取り出した少年は、真っ直ぐ近場の掲示板へ歩いていく。

「下院総会の結果通達、見なかったんだろ?役員以外は殆ど関係ねぇもんな…ほら、これ」

電子掲示板に表示された内容を指差す少年につられ、示されたモニタを眺めた。

「この、BK灰皇院って?」
「分校からの昇級生って話だ。天の君は高等部初めての外部生だから、手続きミスがあったんだろ」
「…昇級生、ね」
「良く天の君と一緒に居るぜ。左席の役員だった筈だけど、無駄にデケェ…くらいしか覚えてないな」
「ふーん。有難う、もういいよ」
「おー、そっか。じゃあ行くわ」
「ちょっと待って」

掲示板が光を失う。
作業に戻ろうとしたらしい生徒を呼び止め、

「東雲先生って、寮監でもあったよね?」
「あー、確か北棟の担当だぜ。一年Sクラスの担任だから」
「この時間、部屋に居るかな」
「さぁ、知らねーな。流石に今夜は皆、部屋には戻らないんじゃないか?ま、進学科には行事なんざ関係ねーだろうから、判んねーけど」
「判った。色々話し込んじゃってごめんね。ジュース有難う、頑張って」

ヒラヒラ手を振りながら去っていく少年を好ましく見送り、顎に手を当てた。

「ふーむ、忍び込んだはいいけど、困ったもんだ。偽造カードで何処までいけるか試すしかないかなー…」

銀のカードケースを取り出し、どうしたものかと首を傾げながら呟く。

「いやでも、同じ籍が二つ存在すれば守衛が飛んできそうだなー。…ええい、物は試し!」

明るい場所から逃れる様に、人気のない暗い校舎へ足を踏み入れた彼は、誰も居ない事を確認しセキュリティーカメラの死角へ潜り込んでから、声を潜めた。

「クロノススクエア・オープン、セキュリティー解除コード:アナザースカイ」
『コード:ダミークロノスを特例承認。10秒後にシステムを書き換えます、9…』
「強制執行コードJ7522105AF、コード:スカイ凍結解除」
『認証確認。コード:スカイ、初代マスタークロノス覚醒完了。只今より、仮想メモリ内に移行します』

辺りを見回し、無線イヤフォンを耳に填めてから近場の掲示板の窪みに隠していた指輪を嵌め込む。

「はは。いやー、ダミーは作っておくもんだねー。昔作っといたお遊びが、まさかまだ残ってたなんて」
『ターゲットサーチ開始。物理メモリ内マスタークロノス「萌皇帝」の一部権限をコピー、セキュリティー強化完了』
「へぇ…今の左席には相当デキるメカニッカーが居るんだ。ガッチガチのセコムに書き換えてる、やるな」
『ターゲット東雲村崎、第三キャノンT105エリアに確認。付近10メートル以内に複数名確認、クロノスセキュリティー発動中』

探し人はどうやら左席役員と一緒に居るらしい。セキュリティー効果は半径5メートル程度、もしかしたなら、

「セキュリティーを解除せずに、クロノスの誰が居るのか検索して」
『藤倉裕也、高野健吾、錦織要、神崎隼人を確認。最終チェック………エラー、再検索開始………エラー。超一級プロテクトにより実行出来ません』
「プロテクト権限は?」
『コード:マスタークロノスを確認。解除コード入力後にプロテクト停止します』
「やめとく。クロノススクエア・クローズ、仮想メモリ抹消廃棄」
『エラー』

画面一杯に赤い文字が浮かび上がる。何だ、と目を見開けば、

「何をしてる、お前」

何の気配もなく、すぐ背後から。首を捕まれた。

「面白ぇ事やってんじゃねぇか」

掲示板がerrorを点滅させ、イヤフォンから砂嵐の様なノイズが漏れてくる。

「…い、つから、見てたのかな?」
「校庭彷徨いてやがった時からだ。高等部に、お前の顔は居ねぇ」
「高等部生徒を全員覚えてるのかな、君は」
「だったら、どうだって言うんだ」

隙がまるで感じられない。
冷えた刃の様な存在感を示す声、振り向く事も出来ず、ただ、首を掴まれたまま。

「…面倒な人に見付かったみたいだねー」
「その指輪、見せろ」
「断ったら?」
「テメェに選択権はねぇ」

腕を捕まれ、無理矢理体を反転させられた。

暗くても判る明るい髪は、外から差し込む照明の光を反射させている。
表情は良く判らないが、恐らくかなりの美貌だろう。


「デザインは違う様だが…偽造クロノスリングなら、」
『セントラルライン・オープン、コード:ディアブロに応援要請』

廊下が一気に明るくなった。
舌打ちした男の顔が漸く目視出来る様になり、その美貌を網膜に焼き付ける。

「何だ」
『光王子!すぐにお戻り下さいっ、紅蓮の君が…!』
「もう目を覚ましやがったか。判った戻る、部屋から出さない様に全員退避してから隔離しとけ」
『判りました!』

何処かへ走り出そうとした男の手を掴み、猫毛は呆然としたまま、

「君!」
「あ?…ちっ、テメェは風紀に引き渡、………あ、れ?」

漸く猫毛の顔を明るい所で見た高坂日向は、間近でマジマジ眺めてから、瞬いた。

「アンタ、宮田の…」
「宮田さんの甥っ子と一緒に会った事があるよね?」

二人は今、恐らく同じ人物を想像した筈だ。見た目も職業もヤクザの癖に、猫が大好きな中年。
幼い日向の教育係でもあった、スキンヘッドのオッサンヤクザだ。

「宮田さんの甥っ子が就職難で困ってるから、うちの会社に入社させて…その時に、会ったの覚えてる?」
「良く俺だって判ったな、アンタ。あら確か十年近く前だろ」
「覚えてるとも。だって君、あの子と遊んでただろう?一度、サッカーをしてる所を見たよ」

懐かしげに目元を綻ばせた猫毛に、日向は軽く眉を寄せた。不信感と、この不審者が幾つなのかと言う疑問からだ。

「君はきっと、神威にとって初めての友達だろうね」
「アンタ、」
「Close your eyes」

崩れ落ちた金を見つめ、小さく笑む。

「駄目じゃない、本人の許可なく催眠術なんか使ったら」
「お前が単独行動するからだ。…勝手な事ばかりして」

呆れ混じりの声音に苦笑を滲ませ、被っていた焦げ茶のカツラをはぎ捨てた。
くるくるパーマの猫毛から、緩いオールバックが現れる。

「西の竜が僕の存在に気付いたんだ。グレアムに叶が居るって小林も言ってたろ?ムシャクシャしたから、ちょっと死んできた」
「とんでもない奴だな、相変わらず」
「はは。親失脚させて社員リストラする様な僕だよ?世間的に死ぬくらい、簡単さ」

どうせ偽造戸籍だし、と。
晴れやかに笑えば、彼はその美貌を歪めた。

「君ばっかり格好いい真似はさせないよ、パパ」
「…その呼び方はやめてくれ、オオゾラ」
「だって戸籍上、僕は帝王院大空だもの」

眉間を抑えた養父に、ウィンク一つ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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