帝王院高等学校
もっちもち桜餅の為ならえんやこら!
「赤外線オッケーにょ」

四畳半の畳の上に、奥から小型冷蔵庫、天井付近に壁掛け扇風機、その下に、携帯を握り締める唐草眼鏡と美形の姿がある。
中央には電源が入っていない炬燵がある訳だが、幾何学模様の布団は東雲の趣味らしく、センスが良いとは言えなかった。

「マフィア先輩、スマホってどうなんです?」

炬燵には入らず窓辺でニョロリと背を正したのは、その直前までクネクネ体を揺すっていた男だ。
明日の開幕式に備え、今夜は不眠不休で最終準備に勤しんでいる生徒らの姿が窓の向こうに見えた。

「十年以上前からスマホ文化に染まってるって噂は聞いてましたが…嘆かわしい事なりん」
「噂?」
「進化も必要ですけども、あんまり度が過ぎるのはどうでしょー?今やWindows14ですってよ奥様」
「…」

表情が余り変わらないクールな東條を前に、きっちり正座しながら頬に手を当てるオタクは唇を尖らせた。平成中期産まれとは思えない古臭い男だ。

「僕のパソコンなんかWindows9なんです。何年前のかって話でしょ?前に懸賞で当たったWindows13もあるんですが、あっちは度重なるバグでさっさと世代交代なさったし」
「…そうですか」
「マックロソフトの利益重視にはほんと嫌になっちゃいます。貧乏に優しくないにょ。所で、先輩のパソコンは最新式ですか?」
「自治会にはMacintoshが設備されているが、俺はアンドロイドを」
「ふむふむ。そのスマホの名前ですね?知ってます知ってます」
「いや、これはiPhoneだ」

まるで会話が噛み合っていない二人に、レモンスカッシュを啜っていた健吾が寝転がる隼人を見やる。

「…ちっとも噛み合ってねぇよな、あれ(・∀・)」
「あは。イライラする」
「どした?(´`)」
「べっつにー」

ちらりと俊を見やり、冷めた声音で桜の膝を揉む隼人は、言葉通り苛立たしげに思えた。
困惑げの桜を余所に、何となく理解したらしい健吾は肩を竦める。

「何だかな(´_ゝ`)」
「桜餅〜」
「な、なぁに?」
「こっちでお喋りしましょー」

ちょいちょい手招く俊に、痙き攣った桜は曖昧に笑う。俊の隣には、剣士の様に背を正し座る東條の姿があるのだ。

「はっくんにぉ膝貸してる、から」
「あらん?でもマフィア先輩ってばあんまり喋らないから、マフィア先輩を昔から知ってる桜餅のほ〜が、」
「いい加減にしろよ」

いつもの声音で、然しいつもとは違う間延びしない口調で遮ったのは隼人だ。軽く目を見張った健吾も、真っ直ぐ俊を見つめる隼人を止めようとしない。

「アンタさあ、何がしたいわけ?マジで苛々すんだけど」

東雲は先程の教師を引き連れ、廊下で何やら話している。BGM代わりに流行りのJポップをリピートする健吾のスマートフォンのお陰で、教師らに畳での話は聞こえていないらしい。

「は、はっくん?」
「冗談なの?本気?どっちにしてもタチ悪いよ、呆れた。コイツが何でビクビクしてるのかとさあ、考えないの?寧ろ最前線に放り込んで荒療治のつもり?うっぜーな、クソが」
「何言ってるのぉ、はっくん!」
「空気読めないクソに異議申し立ててんのー。つーか、てめーも少しは怒れや」

起き上がった隼人が桜を睨み、ガリガリ襟足を掻いた。一気に表情を青ざめさせた桜へ、苦笑いを浮かべた健吾が頷く。

「つまりさー、ハヤトは安部河を庇ってんだよ(*´∀`)」
「ぇ?」
「お前イーストが苦手だろ?(´・ω・`) だから怒ってんの。珍しいっしょ、ハヤトがキレんの(´ー`)」

俊らへ背を向け、炬燵で頬杖を付いた隼人は無愛想な表情でそっぽ向いている。

「な、何でぇ…僕が悪ぃんだから、喧嘩しなぃでよぉ…」
「違ぇって。ハヤトがンな短期間で懐くのかなり珍しいんだから、お前は悪くないんじゃね?(*´∀`*)」
「でもぉ」
「猿うぜー、黙れば。氏ネ」
「照れんなよ、キモいからwww」

健吾と隼人を交互に見やり、半泣きで恐々俊を見やった桜は、唇に笑みを滲ませている唐草眼鏡を見た。

「俊君も何とか、」
「桜餅、僕は何にも聞いてないから判んないにょ。何にも言わなくても通じ合うなんて、漫画の中だけなりょ」
「は…ぃ?俊、君?」
「僕が知ってるのは、リーダーに襲われてもずっと、幼馴染みに会いたいって言ってた友達」

目を見開いた桜に、隼人が眉を寄せる。俊の言葉の意味を知っている健吾は沈黙を守ったままだ。

「友達が困ってたら助けるのはトーゼンにょ。一人じゃ無理なら僕が居るなりん」
「…ぅ、ん」
「今まで我慢してた事、いっぱい言ったらイイにょ。悲しかった事も寂しがった事も、言わなきゃ誰も判んないんだもの、人間だから」
「…でも」
「マフィアでもヤクザでも、人間なのょ。腐男子も!」

俊が東條を中指でちょいちょい指差し、もう一方の手で眼鏡を押し上げる。

「だから『お喋りしましょ』?ぷに受けを泣かせたこんのイケメンを、どっぷり反省させたまえ!」

指差していた中指を立てて、親指を立てた。
泣きそうに歪んだ顔で何とか笑った桜が、隼人の肩を掴んで立ち上がる。訝しげに俊を見ていた隼人は、肩に押しかかった重みに僅かだけ態勢を崩した。

「っ、セイちゃんの馬鹿ー!ぼ、僕が悪ぃなら謝るって何回も言ったのにっ!何でっ、謝らせてもくれないんだょ!」

隼人の頭上から、いつも控え目な喋り方をする桜とは思えない怒号が響く。

「(っ´・ω・`)」
「…あ?ンだ、敵襲か…?」

片手で耳を塞いだ健吾の下、鼾を掻いていた裕也が目を開いた。寝ぼけた表情で、討ち入りがどうのほざいている。グリーン頭は見た目に似合わず、大河ドラマ好きだ。

「謝罪くらぃ、聞ぃてくれても!セイちゃんの意地悪野郎っ。馬鹿ーっ」

真っ赤な顔で、半ば泣きながら怒鳴る桜の姿は、隼人が唖然とする程には凄まじいインパクトだった。
普段叫び慣れていないからか、時折咳き込んでいる。

「…俺自身の問題だ。お前は何も悪くない」
「だったら何で?!ぃ、いきなり近付くなって言われてぇ、何にも判らなぃままどぅしろって言ぅの?!僕…僕が!嫌ぃになったんならっ、」
「嫌うものか!…違うんだ」
「だったらっ、」
「嫌っていないから、………駄目なんだ」

うなだれた東條に、肩で息をする桜が口を開いては閉じた。何が何だか全く判らない。


「何だよぅ、それぇ…」

嫌いではないのに駄目、そんな言葉で納得出来る筈がないだろう。

「ど、どないした?」

戸口から覗き込んでくる東雲は、恐らく様子を窺っていたと思われる。恐々覗き込んでくる初老の教師も、四畳半で巻き起こっている騒ぎを窺っていた。

「青春を確かめ合ってるんです。お気になさらず」

手をふりふり、教師らに何でもない事を示した俊へ、納得していない表情をしている二人は、然し帝君の言葉と言う事もあり渋々頷いた様だ。

「はいはーい。一回纏めましょー。マフィア先輩は桜餅が嫌いじゃない。つまり大好きなのねィ、解説のユーヤン」
「殿、オレには判んねーぜ。嫌いじゃねーのと好きは違ぇんじゃねーか?」
「はァ、萌心が判ってない子ねィ。イイかしら?桜餅を嫌いな人なんか居ないのょ?」
「はぁ」
「ユーヤンは嫌いなの?」
「嫌いじゃねーっス」
「じゃ、好きなのねィ」
「あー…そうっスね」

寝ぼけ眼の裕也は殆ど理解していない様だが、最後は面倒臭くなったのかコクコク頷きながら健吾の背中に突っ伏す。
健やかな寝息が聞こえてきた。

「先輩!桜餅ってばモテるんだから、放っといたらすぐに先輩なんか忘れちゃうにょ。ねっ、桜餅!」
「ぇ?ぁ、うん。もぅセイちゃんなんか知らなぃ!」
「…っ」
「セイちゃんが居なくても、良ぃもん!僕にもぉ友達が出来たんだょ。だからもぅ、」
「駄目だ!」

壁を殴りつけた東條が、凄まじい眼光で桜を睨め付ける。ビクッと震えた桜を横目に、眼鏡を押し上げた俊はクネクネ上半身を揺らす。

「何かほざきましたかしらマフィア図書委員長?」
「………」
「はァ。何処までヘタレなのかしら。仕方ない、オタクが応援してあげますから図書館にBLコーナー作って下さいな」

にこっ、と眼鏡の下で笑んだ男が眼鏡を外し、固まっている桜の顎を掴んだ。


「ぇ、」

そのままグイッと桜を引き寄せ、今にも口付けんとした瞬間、

「貴様…!」

誰もが反応出来なかったにも関わらず、条件反射の様に俊を殴りつけたのは、ストイックで知られた東條その人だった。

「しゅっ、俊君!俊君っ、大丈夫?!」
「俺の美味しい桜餅、これで判っただろう?」
「しゅ、」
「大切だから離れたんだ。それもただの『大切』じゃない。他人に触らせるのも嫌だと思うくらいに、大切なんだ」

極悪面に柔らかい笑みを浮かべ、ボロボロ零れる桜の頭を撫でる。
パチパチ瞬いた隼人が呆然としたまま恐らく無意識で東條の胸ぐらを掴んだが、隼人の右手はすぐに俊によって遮られた。

「隼人」
「な、ぐった。コイツ、殴ったよ」
「そうだな。殴られた」
「何で殴らせるんだよ!アンタなら避けられっだろ!何で殴らせるんだよ!意味判んねー、何でそんな簡単に…!」
「お前も、彼も。あんまり不器用だから、だ」

チュ、と。
隼人の頬に吸い付いた俊が、立ち上がって瞬きも忘れた健吾の旋毛に吸い付く。

「そして、お前も。隼人も健吾も、新歓祭で目一杯それを教えてやるから覚悟しておけ。今の俺は、愛の狩人だぞ」

ぼーっと俊を見上げた隼人と健吾が、お互い目を見合わせてから一瞬で真っ赤に染まる。


何その顔ぶっさいくw(*´∀`*)
黙れクソ猿、ぶっ殺す。


真っ赤な二人がアイコンタクトする中、恐る恐る東條に近寄った桜は、ぺたりと彼の前に座り込んだ。

「セイ、ちゃん」
「…」
「僕の事、本当にぃ、嫌ぃじゃないのぉ?」
「…ああ」
「僕はセイちゃんが好きだょ。新しぃ友達が出来ても、ずっと、セイちゃんの事ばっか、考えてたょ…」

微かに震える手を、ゆっくりゆっくり、うなだれる東條へ伸ばし、ロシア系を窺わせる日本人より僅かばかり白い肌を撫でる。

「高坂先輩が、言ってたの。セイちゃんはきっと、僕を守ろうとしたんだ、って」
「…光炎閣下が、お前に?」
「イチ先輩から聞いたょ。僕を助けてくれたカルマに、セイちゃんがぉ礼に来たって。イチ先輩は覚えてもないのに、それが無かったらきっと…一生会話する事なんかぁ、なかったって」

中等部に上がる間際、だ。
春休みに帰省した桜と東條は、街の映画館に繰り出した。
その帰り道、東條が僅かに桜から離れた時、桜は不良らに絡まれたのだ。

「紅蓮の君には大した記憶ではなかった。…俺は、その無償の強さに憧れたんだ」
「ぅん」
「すぐにカルマの総長交代があった事を知った。俺には縁のない人だ。会う事はないと思っていた頃に、左席役員の指輪が届いた」

語り始めた東條を横目に、真っ赤な二人を写メっているオタクは唐草眼鏡を光らせている。

「身内にすら喋ってはならないと書いてあった。拒否を許さない左席の名に実感はなかったが、星河の君より先に、紅蓮の君が接触して来たんだ」
「イチ先輩が?」
「カルマに入らないか、と。俺は快諾した。…だが、その直後に面倒が起きた」

言い難そうに口を閉ざした東條へ、それまでずっと備え付けのパソコンを弄っていた要が漸く振り返った。隼人に至っては要の存在を忘れていたらしく、大袈裟に驚いている。

「アゼルバイジャンの家督争いですね?俺にも、祭から報告が来ました。得になるなら引き入れろと」
「…困ったな、中国と戦争をするつもりはない」
「まぁ、友好国ですし。ABSOLUTELYには洋蘭は勿論、陛下の姿もある。グレアム相手では、祭も大河も分が悪い」
「紅蓮の君の知恵を借りたんだ。母が暗殺され、俺だけが生き残った事を彼は知っていた」

ひゅっと息を飲んだ桜が、青を通り越して白く顔から血の気を引かせる。

「ぉばさん、が…」
「三年前だ。犯人はもうこの世には居ない。…父の部下によって消された」
「そんな話は聞かないと言う事は、そう言う事ですか」
「父は俺に継がせたい様だ。俺は組織には興味がない。だが、その甘い考えは通じなかった」
「愛人に息子が居るそうですね。貴方にとっては義弟。…美月と俺の様に」
「ああ。紅蓮の君は言った。カルマに籍を置いた事は周りに知られていない。今の内にABSOLUTELYとコネを作れ、と。…陛下は無理でも、白百合の名だけで身の安全は守られると」
「ドイツを半ば牛耳っている侵略狂、グレアムの魔王宰相と言えば…ね」
「俺は、万一…桜まで母と同じ目に遭ったら。そう考えるだけで、気が狂うかと…!」
「セイちゃん…!何も知らなくて、ごめん、ごめんねぇ…っ」

抱き合う二人を横目に俊は携帯を開き、小さく溜息を吐く。

「タイヨーもカイちゃんも何処行っちゃったのかしら」

←いやん(*)(#)ばかん→
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