帝王院高等学校
いちゃいちゃするのも程々に!
風呂で一回。
豪華な春野菜の鍋をメインにした夕食の後に、もう一回。

「ふ、ぁ」

盛りが付いた猫の様に、荒ぶる息遣いは絶えない。
鳴り止まない左胸は凄まじい羞恥心を訴えているのに、味を占めた業突張りはもう、恥ずかしさ程度で止まる事は出来ないらしかった。

「んっ、んっ。ぅ、あ!ひっ、ふぁ、あ…んあ!」
「おや?」

太股の裏筋が痙き攣り、臍の下がピクピク震える。鎖骨が浮き出た、けれど決して貧相ではない肩に額を押し付ける様に抱き付けば、もう何も出ない筈の欲望の証から、迸らせる気配。

「はっ、は…っ」
「素晴らしい才能ですねぇ。今日一日でドライまで極めるとは…」
「はぁ、は…ふっ。…ド、ライ?何…?」
「ドライオーガズム、判り易く言えば、精神的な射精状態ですか」
「う?」
「精液すっからかんの癖にイっちまったっつー事だ」

汗ばんだ額を張り付いた前髪ごと掻き上げられ、耳元で低い雄の声を聞く。条件反射で頬が熱くなったが、状況が状況なだけに、心理面での狼狽は気付かれていないだろう。

「はぁ」
「もうこんな時間ですか」

明るい内に一回、二人並んで入った露天風呂で何となく一回、食後に英語の勉強を教えて貰えば、麗しい笑顔で淫らなスペルばかり教えようとするエロ教師のお陰で盛り上がってしまい、今に至るまで、実に十発以上。
清らかな高校生(性に対してアグレッシブとも言う)男子だろうと、一日に二桁は素晴らしい記録だ。
別に、数打ちゃ当たる訳ではないが。

「ちょ、ちょいと…。せめてソレどうにかしなさいよ」

ご子息を雄々しく反り返らせたまま、外していた眼鏡を掛け直す二葉に賢者タイムと言うものはない。
散々太陽の全身を弄くり回した癖に、記憶が確かならトータル二度か三度しか吐精していない二葉は、察するにまだまだ元気な筈だ。

「それ?ああ、コレですか?」
「そう、それ!お、俺が抜いてあげます」

いや、寧ろ抜かせて下さい。

変態本心を華麗なる平凡フェイス(ある意味二葉の愛想笑い以上の分厚い鉄面皮)で覆った太陽が、そろそろと右手を伸ばす。

「さて」

然し無駄なく帯を締め直した男は、下半身の卑猥さをまるで感じさせない涼しい表情でにこりと笑い、

「良い子は寝る時間ですよ」

あーもー可愛い顔しやがって犯すぞこんにゃろー、と、平凡世界代表(かどうかは不明)山田太陽が考えているのか居ないのかはともかく。

「いやいやいや、ドライなんちゃらってゆーの俺もしたいってゆーか。あれホント気持ちよかったし…」
「おぼこい貴方には無理だと思いますが」
「ちょ!試さない内から戦力外通告とか!成せば成る、扱けば出る、何事も!」
「何と品がない」
「…すいません」

風呂でも今でも、初めは触りっこなのに、最終的にはいつも太陽ばかり翻弄されて、有耶無耶の内に終了してしまう。
最初の触りっこの時は混乱と恥ずかしさで半分硬直したままだったが、風呂では腹も据わり、今度は二葉を喘がせてやる!と誓ったものだ。

然しまぁ、経験の差…的な?

恥じる事なく童貞と叫ぶ俊までは行かないが、己の右手以外に性交渉の相手が居ない太陽には、サイズも固さも違い過ぎる二葉のアレがアレしてアレは、難易度が高過ぎた。
脇腹を擽っても眉一つ動かさない二葉は、もしかしたら不感症なのではないかと疑う程には、平然としてらっしゃる。微々たる太陽のプライドはズタズタだ。

「…畜生、嫁にイかされまくるだけの亭主ってどんだけー?…情けな過ぎる…うう」
「何か仰いましたか?」
「いえ別に」
「何か飲み物を買ってきます」

吐き出した太陽の体液で汚れた手をティッシュで拭い、先に寝ても良いですよと言いおいて、二葉は出て行った。
ぽつりと取り残された太陽は体の怠さと精神的疲労から布団へ倒れ込み、ぷりんと尻を丸出しにしたまま、ぶるぶる震える。

「…い、いつの間にか頭がエロに染まってる!何なら舐めてもいいかな、とか、とんだ変態だよ!」

枕を平凡パンチでしょぼく攻撃している尻丸出しの男は、グフグフえげつない笑い声を響かせ…寝たらしい。
今日は風呂も勉強もエロも頑張ったので、仕方ないっちゃあ、仕方ないのかも知れなかった。












「冗談じゃない」

可哀想なほど涙目で小銭を自動販売機へ投げ込んだ男は、今にも人を殺しそうな声でボタンを殴りつけた。
派手にめり込んだ左手が、展示品であるプラスチックの商品を破壊する。バチバチ青白い火花が散っているが、彼には感電の心配はなかった。


何故ならば、既に彼の心臓が感電死していたからだ。


「良く耐えた。頑張った。凄いぞ俺、誉めて差し上げますよ私。…怖ぇ、あのまんまじゃ、飲まず食わずで一年くらい犯し続けたかも知れない…」

呟きながらガンガン自販機に頭突きをカマす美形は、最早美形ではなくただの変質者だった。

就寝時間だからか照明が落とされた廊下に人気はなく、何処か宴会場から遠い賑やかな声が聞こえない事もない程度の静けさで、幸い、叶二葉の自販機暴行事件は知られていない。


「……………地獄だ…」

額から血を流しながら、呟いた男は浮かんだ涙を浴衣の袖で拭う。
ああ、この世には神も仏も居ないのか。悪魔しか居ないのか。山田太陽と言う名の、平凡な顔した小悪魔しか居ないのか。


いや、それはお前の頭の中だけだ。


日向なら呆れきった表情で宣うだろうが、生憎此処には自称理数系の可哀想な脳味噌を持った変質者しか居ない。
誰もが頬を染める美貌を持ち、その繊細な白魚の手で自販機をボッコボコにした、魔王。360度どう見ても誉める所がないのが自慢である山田太陽を、小悪魔と呼ぶ痛々しい男しか、居ないのだ。
残念ながら。

「う…うっう」

遂に、産まれてこの方17年間、産声すら上げた事がないのではないかと噂されていた冷血非道が、泣いた。
ぶっ壊した瞬間からボコボコ取り出し口に落ちてきていたジュースを泣きながら一本取り出し、それが『おほ〜い、お茶!』である事にまた、泣く。

たまに学園で太陽が飲んでいるものだ。
風紀巡回の名目でちょいちょい中等部の教室方面に足を運び、無関心を装いながら眼鏡越しに見つめた21番目の席に、緑のペットボトルが乗っていた。

それまで実家とは疎遠だった二葉が、自ら実家が茶道家元である事を吹聴し、わざわざ実家へ里帰りし、面倒臭い二ヶ月に一度の茶道教室を引き受けたのも。早く太陽に気付いて欲しかったからだ。


なのにあの小悪魔めは、うっかり襲われ掛けた挙げ句、二葉を覚えていなかった。
助けたのが偶然と思われるのは心外すぎる。毎晩、変装し街へ繰り出す時は、遠回りと判っていて太陽の部屋の近くを通っていたのだ。
あの日も、そうだっただけ。

何せ中央委員会役員である二葉の寮部屋は階が違う上に、中央委員会役員はエレベーターで直接アンダーラインまで行く事が出来る。

風紀巡回にしてもそうだ。本来ならば、学園中に監視カメラがあるのだから、カメラのある所をわざわざ出歩く必要はない。
本来ならばカメラの死角になる所を見回りすれば事足りる。それは風紀役員の誰でも構わない仕事だ。中央委員会兼任の多忙な二葉が自ら出歩く話ではない。


「うっうっ、高坂殺す。うっうっ」

小悪魔ちゃん。
嘘っぱちの下手くそな告白をしてきたと思えば、今度は、まるで本当に恋している様な眼差しで見つめてくる。

日向に八つ当たりの一つや二つしたくなるくらいには、二葉の精神的ストレスは凄まじいものがあった。


際どいのだ。
本当に、気を抜けばあれが演技だと判っていながら、襲い掛かりそうになってしまう。


「駄目だアキは心に傷を負っているんだ酷い事はしたくない俺に誓ってしたくないしません死んでも耐えます申し訳ありませんでした」

光を失ったズタボロの自販機にまた涙する儚げな美貌は、外見だけだ。壊した罪悪感などちっともありゃしない。
太陽の平凡フェイスに覆われた変態脳内で、あられもない姿を晒しているとは夢にも思っていない理数系は、人の感情の機微と言うものにとんでもなく疎かった。

それはもう、目の前で苦しむ人が居ても「どうしたんですか楽しそうですねぇ」とニコニコ宣う程度には、この野郎は鈍かったのだ。誰も信じないだろうが。

社交界で長年染み付いた人間の裏を読む性格が災いしたのか、そもそも天然なのか、我が道を行くB型が与えた試練なのかは定かではない。


だが、しくしく浴衣の袖で滴る涙を拭うその背中は、誰が見ても『儚げ』そのものだった。
中身が天然だろうが魔王だろうが、彼の外見は、例えるなら大天使ミカエル…いやいやラファエル…いや、ルシフェル。いや、ルシフェルは神威の方がしっくりくる様な、来ない様な。

「どうかしましたか?」

そんな二葉に、訝しい目をしながら声を掛けてきた女性が居た。背後に数人引き連れた女性は、明らかに一般人ではないだろう。何せこの付近には、セレブばかりが宿泊するスイートな部屋しかないからだ。

『おほ〜い、お茶!』をグビグビ飲んでいた泣き顔の男は、『煩ぇなババア』と内心舌打ちしながら見上げ、何処かで見た様な気がしない事もないと眼を細める。


一方、偽善者的に声を掛けながらも汚いものを見る様な眼をしていた女性は、二葉の美貌を見るなり一瞬で態度を変えた。これが一般的な態度だ。
いつまで経っても小悪魔な太陽が可笑しいのである、と、二葉は素早く考えた。いやだから、誰が小悪魔やねん。

「どうしました?気分が悪いなら、私の部屋で休んで行かれませんか?」

三十は軽く越えているだろう女性は、さり気なく屈み込み二葉の背を撫でながら、判り易く色気を滲ませた眼差しで近寄ってくる。

「…いえ、お構いなく」

たった今まで自販機破壊に号泣と多忙ながらも、ボッキーニ状態だった二葉二号が一瞬で萎えた。平凡(小悪魔)専用機なので、幾ら美人でも遥かに年上だろう女性にはときめかないらしい。

が、そんな事は二葉にしか判らないだろう。
泣きながら誰も居ない廊下でお茶片手にフル勃起している男など、日本広しと言えども何処にも存在しない、筈だ。いや此処に居るのだが。叶●葉と言う男が。伏せ字になってねぇ。

「先生、そろそろお部屋に入られませんと…」

二葉にチラチラ視線を向けながらも、女性の背後にいた男が耳打ちする。先生、と言う単語に眉を微かに歪めた二葉が、小さく笑った。

(おやおや、誰かと思えば…最近参院選で当選した議員ではありませんか)

そう言えば、数日前に別の男性政治家を見掛けた事がある。太陽は気付かなかった様だが、外の風呂で見掛けたのだ。

(へぇ、不倫旅行と言う訳ですね。お盛んだ事)

旅館に似合わないミニスカートのスーツである女性は、恐らくたった今到着したばかりなのだろう。
白々しく尋ねれば、二葉の興味を得たと感じたらしい女性議員は勝利の表情で頷き、甘えながらも強引な仕草で腕を組んでくる。

「私の部屋は此処よ。さぁ、入って?」

昼まで予約札が掛けられていた部屋を示した女性に腕を掴まれたまま、向かい側の部屋を見た。
二葉が宿泊している、芍薬の絵が掛かれた扉。中には太陽が居る筈だ。

「ねぇ、…どうしたの?」

いきなり図々しくなったものだと冷めた目で女を見やり、笑いながらその肩を抱き寄せる。


「いいえ、何も」

雄と言う生き物は単純だ。
この世で最も大切なものには触る事も躊躇う癖に、どうでも良い相手には何でも出来る。

「ゆっくりしていって。…貴方、名前は?」
「名前など、この場で必要ありますか?」

不自然なほど赤い唇が近付いてきた。
難点は、近くで見れば案外皺が多い相手にどう奮い立たせるか、だ。

「ふふ、そうね…」

愛している相手を抱いて後悔するのが判っているなら、生涯実りのないプラトニックに身を窶す方が良い。

せめて日本に居られる間くらい、偽りだろうと愛されているのだと。


「…つまらない男だと思いますか?」
「いいえ、貴方はとても素敵よ」

愛しい悪魔め、誤解させてくれ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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