帝王院高等学校
無表情は何も考えてないのと違う
ぺりぺり。
体を包んでいた銀色のドレスが、徐々に剥がれていく気配。


くつくつ。
嘲笑う声が早く早くと急かしている。限りなく無駄に等しい抵抗は、いつまで保つだろう。



「カイちゃん」

夢を見た。

「そこに居たの、カイちゃん」

甘い蜂蜜色の眼差しだけで笑う美貌に、手を伸ばす夢。

「ケータイも繋がらないし、寮にも帰って来ないから心配したにょ。カイちゃん」
『俊』
「待って、そっち行っちゃめーよ。タイヨーが二葉先生と駆け落ちしちゃったなり。僕と一緒に、」
『興味を無くした』
「ふぇ?」

甘い甘い、蜂蜜色の眼差しが鋭く歪む。
何を言っているのか判らない。彼の言葉はいつも、隠喩の様に回りくどいのだ。

「カイちゃ、」
『…汚い生き物。俺の眼下から消えろ』


これは夢だ。
判っているのに、息をする事も出来ない。



『俺はもう、お前に興味がない』










「うぉらぁあああ!最大連鎖ぁあああ」

大画面液晶に張り付き、ユンケルの空き瓶が転がる中、コントローラーを握り締めた男が晴れ晴れしく叫ぶ。
それを無表情で見やった男は、部下から知らされたばかりの話に何処となく困惑げだ。無表情だが。

「秀皇」
「…ふぅ。何だ?やっぱりぷよぷよやりたいのか?ちょっと待て、次ラスボスだから」

美し過ぎる金髪、神と呼ばれる天然は無表情で考えた。
毎日毎日、暇があれば同じパズルゲームをやっている義弟は、そうする事で現実逃避しているのではないか。それならば何と可哀想なのだろう。

「ナイトが懲罰棟に送られたらしい」
「は?」
「どうやら、カイルークは預かり知らぬ様だ」

何日徹夜しているのか、隈だらけの男は金髪を眺め、何本目かの栄養剤を飲み干す。

「神威が関わってない?それなのに何故、そんな阿呆な」
「恐らく相違ない。私が懸念するに、あれはナイトを特別視している」

わざわざ俊に釘を差す程に。理事長としてではなく、一介の親として接触を試みてしまう程に、神威の感心は純粋過ぎるまでに真っ直ぐ、遠野俊へ向いていた。

「察するに、カイルークがナイトを傷付ける事はない」
「どうだかな。俺は、離れていた16年間の神威を知らない」
「興味に飢えた子供だ。恐らく、そなたを失った虚無感を埋める為の」

神威のそれが執着なのか思慕なのか、すぐには判らない。

「そんな顔をするな、私のナイト」
「ナイト言うな。然し帝君が謹慎処分、か。…いや、俺も入った事はあるが」
「?その報告は届いていない」
「当然だ。たった三日間だったが、空前絶後の事態とか何とかで、理事会が箝口令を敷いた」
「何故、斯様な事を」
「義兄さん…ロードの目を盗んで、シエの元に通っていた時期があったんだ」

抱き抱えていたクッションを放り、ぐっと背伸びした男は何の感慨もなく口を開く。

「当時は小林が筆頭だった俺の親衛隊が、シエとの逢瀬にロードが気付いたと報告してきた」
「ABSOLUTELY、か」
「そう、今は神威が継いだらしいが」

自尊心高い男に相手が知られてしまえば、彼女にどんな酷い事をするか判らない。
映画に行こうとデートの約束をしたのは自分。けれど、

「…秀隆に手紙を託した。態とらしく審問会議を開いて、ABSOLUTELYが外界で深夜徘徊をしていると言う名目で、責任を取る形の謹慎処分を課した訳だ」

左席委員会会長、就任したばかりの山田大空の名の元、開かれた審問会議は八百長だった。理事長の妨害を受ける前に自ら懲罰棟へ入り、『もう外には行きません』と表明する事で、彼女を守ろうと。

「俺らじゃ、グレアムには到底適わないのは判り切ってた。今になれば、ロード自身には何の力もなかったんだろうがな」
「…そうか」
「シエに危険が及ぶくらいなら、不良会長のレッテルを負う方がマシだ。グレアムに逆らうくらいなら、家族と恋人を守れるなら、愛してもいない女を抱くくらい訳ない」

まさか以降、会長親衛隊だった筈の組織が今のABSOLUTELYへ姿を変えるとは思わなかった。
庶民に憧れ、壮絶な反抗期を迎えていた東雲村崎が中等部進級と同時に中央委員会会長となり、度々外に出ては喧嘩三昧、最強の名を欲しいままにしていく。

聞いた話だが、東雲の強さは未だに伝説らしい。

「俺が姿を消して、叶の次男が代理を任されたそうだな」
「ロード亡き後、私があれと入れ替わり理事長の任に就いた。当時、三年Sクラス叶冬臣が推薦されたが、彼は辞退した」
「のらりくらり、園芸部だか何だか、一日中花壇に張り付いていた覚えがある。常に二番手を好む様な、変わった男だったか」
「あの子供は、セカンドに良く似ている」
「セカンド?」

欠伸を発てながら、コントローラーを握り直した男を見やり、まだやるのかと無表情でコーヒーを煎れる。

「そなたがテラスに姿を現した時、接触しただろう?」
「あの時は、白衣の男が居た。あれがセカンドか?」
「あれは龍一郎の弟だ」

場が一瞬、静寂に包まれた。

「セカンドは叶の三男だ」
「………は?ちょっと待て、誰の弟っつった?」
「私と同い年の双子。一卵性双生児だったが、外見はそれほど」
「待て待て待て、判る様に言え!アンタが誤解され易いのは、そう言う自己完結型の会話が一因だって教えただろう!」
「そなたは遠野龍一郎を知っているだろう?」

ぽかん、と。
ゲームそっちのけで振り返った義弟の無防備な表情を『愛らしい』と見つめながら、コーヒーに砂糖を5つ放り込んだ金髪は瞬いた。

「冬月龍人。我らがステルシリーではシリウスと呼ばれている。あれは、冬月龍一郎の、」
「ちょっと待て、どう見ても三十そこそこの男だったぞ?!茶髪で白衣でっ、」
「秀皇」
「…嘘、だろ?じゃあ何か?小林が言ってた通りだって?戦後に姿を眩ました双子が、義父さん」

ハテナを飛ばす黒髪はどう見ても美丈夫だが、孫ほど歳が離れているので可愛らしさしか感じない。言えば怒るだろう程度は判るので、黙る代わりに腕を組んでみた。

「龍一郎は、私に角膜を譲り姿を消した。ナイト…遠野夜人が死んだ、半月後の話だ」
「何でそこに大叔父の名前が…。それは確か、義母さんの親の弟の名前と同じ」
「同性愛好者として絶縁されたと聞いている。当時の日本では迫害の対象となり、ナイトは単身渡米した」
「…くそ、徹夜明けにはキツい話じゃないか」

ゲームオーバーの表示、天井まで積み上がった障害物を横目に電源を切った男が、コーヒーを奪い飲み干す。

「ぷはっ。…叶の分家、いや、前代当主、叶桔梗の腹違いの弟が婿養子になった。今は小林と名乗ってる」
「小林守矢、クライスト枢機卿の配下にその名がある」

甘過ぎる、と凄まじい表情で呟いたが、吐き出しはしない。

「その息子が、俺の一つ上の友人だよ。ま、アンタには何も彼もお見通しだったんだろうが」

新しい、今度はブラックコーヒーを注いだ男は、艶やかな黒髪を掻き上げ眼を伏せた。そうしていると、何処となくやはり、俊に似ている。

「サラとロードの関係に気付いたのも、一ノ瀬の裏切りに気付いたのも、シエから離れろと助言してきたのも、小林先輩だった。多分、父親からの入れ知恵だったんだろう」
「成程、卿の差し金か。卿は私を苦手にしている様だが、何故かは知らない」
「嵯峨崎先輩の、義理の兄貴になるからじゃないのか?確か、アンタの妹が嫁だったろ」
「妹、か。私にとって、クリスティーナは娘ほど歳が離れている」
「そう言えば、前々代グレアムの人工受精でアンタは産まれたんだったな?なのに妹、って」
「シリウスが作った」

囁けば、ブラックコーヒーを啜った漆黒の双眸が怪訝げに歪んだ。
深く説明するべきか否か瞬時に頭を悩ませれば、興味がなかったらしい男は早々に目を逸らす。

「とりあえず、大叔父がステルシリーと何らかの関係があったのは判った。…龍一郎義父さんがステルシリーの関係者だってのは、何となく予想していたから」
「ナイトは我が父の伴侶だった」
「ブッ」
「私の、母たる第二の父だ」

唾塗れにされながらも微動だにしない天然に、タオルを投げつけた男は牙を剥く。

「はぁ?大叔父が母?!…いや…もう良い、この際モラルとか過程とかは目を瞑る。結果論だけで判断する。疲れた…」
「ナイトの両親が亡くなったと知らせを受け、彼は我が父レヴィ=グレアムの静止を聞かず帰国した」
「…ふん?」
「当時ステルシリーを一代で築き上げたレヴィ=グレアムは、敵も多く、その伴侶であるナイトも例外ではない」
「じゃあ」
「表向きは事故死。だが現実は、仕組まれた事故が原因で二人は亡くなった。我が父の最期の言葉は、ナイトには知らせるな、と」
「お前の所為で死んだなんて言えないわな、到底」
「軽度の白皮症だった父は本来の美貌を失い、手の施し様がなかったそうだ」

あの頃は、父から継いだ色素欠乏の遺伝子により失明寸前で、角膜移植を受けたばかりだった。
双子から片目ずつ譲り受け手術を受けたが、成功したのは右目だけ。

「龍一郎はナイトの手術に当たり、奇跡的にナイトは一命を取り留めたが…レヴィ=グレアム崩御の知らせを聞くなり、自ら死を選んだ」
「後追い自殺、か」
「腹を切ったんだ。父の遺体の前で、父の左薬指を食いちぎった直後に」
「…流石、激動の大正昭和を生き抜けてきた侍の末裔。遠野にはサイコパスしか居ないのか」
「龍一郎が私に角膜を移植し姿を消したのは、その半月後」

初めて異国の地で日本人の子供と出会った日、自分はその子供をナイトと重ねて見た。
快活で聡明な子供から兄と慕われるのは酷く心地良く、自分はただの人間なのだと、つかの間の安息を手に入れた気になった。

「…察するにあれは、シンフォニア計画を進めていたのだろう」
「義父は確かに眼が悪かったが、見えていたぞ」
「そうか」
「俊を誘拐して、勝手に発癌遺伝子を消したと言われた時は驚いたよ。…シエの怒りが収まり復縁した後は、手放しで俊を可愛がってくれた」
『私用回線に通達。コード:ネルヴァより応答要請』

部屋中に響き渡った機械音声の妨害で、話は一旦途切れる。

「漸く、捜し当てたか。想像より遅い」
「…第一秘書」
「そなたの方が余程手際が良い。我らステルシリー内部を何処まで把握しているか、興味深いな」
「…殆ど大空が仕入れてきた情報だよ。アイツは、いつの間にか嵯峨崎財閥も味方に付けた」
「賢い友人だ」

目元だけで笑った男。
鼻に皺を寄せ舌打ちした弟は、血の繋がらない兄から目を逸らした。

「悪魔と同じ面で言われたら、釈然としないものがある」
「すまない」
「アンタが悪い訳じゃないだろ」
「現に、私はそなたを斯様な場に留めている」
「果てしない馬鹿だな!」

キッと睨んだ黒眼に、サファイアの双眸を瞬かせた男は緩く首を傾げる。

「…私はそなたに、不自由を強いてばかりだ」
「あのな!身を隠すっつっのは俺で、アンタは寧ろ人質みたいなものだろうが!」
「然し」
「然しも案山子もない!東雲の情報じゃ、神威が俊を探しているらしいじゃないか。目的が判らない内は、…シエに危険が及ぶ要因がある限り隠密行動の一手だ」
「カイルークに名乗ったのは」
「動揺の余り自爆しました、すいません」

数日前、回線越しに自ら俊の父親である事を匂わせたのは、帝王院秀皇その人だ。
長い庶民生活ですっかり廃れた経済界のプリンスは、神威との短い会話の後、海より深く反省した。

「ただでさえ、神威がアンタを殺したいほど恨んだ元凶…元は俺の責任だが、ロードが既に死んでる事を神威は知らないんだろ?」
「そもそもロードの存在すら知らぬ筈だ。知るのは私とネルヴァ、並びに計画担当者だった、シリウス」
「恨むべきアンタの子供じゃないと知れば、済し崩しにあの子は嘆くだろう」

悪魔の子、と。
あの日、最後に見た包帯の子供に、殺意を込めて言ったのは自分。


「何の罪もない、我が子として暮らしていたあんな幼い子供に、…俺は酷い事をした。二度と繰り返したくない。あの子はまだ、18なんだ」


呟けば、優しい手に撫でられた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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