帝王院高等学校
開き直って嫉妬すれば偏執狂の始まり
溶けそう、に。
混じり合う重なった熱の境を見失いながら、しがみついた手は爪を立てる。

「っ」

これは俺のものだ・と。

「死ぬ…」
「おや?まだ余裕がありますね、ぐしょぐしょにしておいて」
「こっ言葉攻め!その顔で言、ひぅ」
「何か言いましたか?」
「ぃ…ひゃ!ちょ、っと…待った、それやだ!さっきのにして!」
「こっちですか」

背に爪を。肩に牙を。
剥き出し刻みつけた証が、消えなければ良い。

「んぁ!やっ、やっぱダメそれも無理ッ」
「具体的に?」
「気持ちよすぎ、る!」
「問題ありません、続行します」
「ぎゃ!」

ジタバタ足掻いてみるが、体の中心を握られた今、辛うじて纏っていた布が益々はだけていくだけだ。

「う、ぁ。もうやだ、やだやだッ!スケベー!」
「…もう少し色気のある声を出して頂けますか?」

呆れ果てた声音に閉じていた瞼を開けば、柔らかに笑みを浮かべる双眸が判る。

「ホント、一旦タイム下さい…。やだ!早漏やだッ」
「はぁ。流石に萎えそうです」

一人だけ発電するのは嫌だ・と、欲望の欠片も無かった二葉の腰帯を無理矢理解いたのは自分だ。

但し、直視するだけで触る勇気はなかった為、ついついその大きさを凝視したまま硬直すれば、諦めたらしい二葉に押し倒された。
以降、二葉の手で二人同時に慰められている状況である。

「ちょ、俺だけ元気一杯とかやめて下さいよ、ホント」
「口でさっさと終わらせましょうか?貴方が恥ずかしがるから長引いてるんですがねぇ」

これが初心者と慣れた男の違い、だなんて考えたくない。
見た事もない過去の相手への嫉妬で、気が狂うだろう。

「お口とか…ハードル高すぎる!されるくらいなら、する方がいい。きっといい」
「おや、勇ましい事で。残念ながら盛り上がってらっしゃるのは私ではなく、君です」

その通りだ。
当初こそ混乱していた二葉も、躊躇いなく他人の股間を弄ぶ内に開き直ったらしい。未だに混乱を極めている太陽が、にやにや弄られるよりも二人共脱いだ方がマシだと思ってしまったのも、混乱と羞恥心からだ。
然し恥ずかしさが増しただけで、いつまでも終わる気配がない。会話でもしていなければ気絶しそうだ。

「えっと…あんあんはちょっとハードル高めなんですよねー」
「期待していません。摺り合わせる程度でそこまで乱れられてもねぇ」
「何そのクソ余裕な態度!腹立つなー…」

極々稀に、自らで己を慰める時は、ひたすら吐き出す事ばかり考えている。寮は二人部屋なので大抵、布団の中にもぞもぞと潜り込んでいるから視界は真っ暗、今の様な状況ではない。

「つーか、アンタが喘いだらいいでしょ。…あっ」

西に傾き掛けた昼の陽光に全身晒されて、真上には余裕綽々の美貌、鼓膜には荒い己の息遣い。羞恥心に限界があるなら、とうにMAXではないだろうか。

「タンマ!まだ動かさっ、」
「…はぁ。この状況で良く喋る」
「あっ」

ちらりと見れば、白く長い二葉の指に包まれた二つの肉塊が見えた。
急速に左胸が騒いだのは、声こそ平然としている二葉のそれが、言葉とは真逆だったからだ。

「うわ…、まさかまだデカくなるんですか?本気で?」
「…再開しますよ」

愛されているかも知れない。
勘違いでなければ、相思相愛。爪先から恐ろしい程の幸福に包まれていく。

「っ、や」
「聞こえません」

息が詰まる。
二人の熱が混ざり合う。
溶ける。溶ける。…融ける。

クチュクチュ卑猥な音が断続的に鼓膜を犯す。眩しさと凄まじい快感で視界は白濁し、何も考えられなくなった。


熱い。
灼熱だ。

二人の境はもう、判らない。


「んっ、はッ!あ…ははっ、風紀委員長の癖、に!」
「…何?」
「下半身おっ勃てて、ストイックの欠片もない!は、ははは…ひぁ!」
「妥協します。…色気は諦めるので黙っていなさい」
「じゃ、あ。俺も触る…!んぁ」
「…いい加減怒るぞ、大馬鹿者!」

噛み付く様に口付けられて、とうとう視界が弾けた。余裕を窺わせる丁寧な口調よりも、ずっと。荒々しい雄の口調の方が愛おしい。

剥き出しの肩に爪を立てた。
浮き出た鎖骨に牙を剥いた。
息を止めた男の腕に抱き締められて、脈動を聞いた気がする。



「っ、…挿れてぇ、くそ!」

体の中心から爆ぜた熱。
首に走る鋭い痛みと同時に耳朶へ掛かったその呻き声は、最後に残った理性すら燃やし尽くした。


愛している・と。
呟いたのはどちらだったのだろう。
幻聴だろうか。


(熱い)


融け合うなら、一つになれば良い。













爛れてんな、と。

皮肉を薄ら笑いを浮かべながら笑った男に、慣れた愛想笑いを返す。
ふわふわと体が宙に浮いている感覚。

「健全この上ない触りっこ。褒めてほしいものですねぇ」
「笑かすな」

進化し続けていくテクノロジー、鮮明に映し出される映像は本物の様だ。
まるで、距離などないかの様に。

「逆探知なさっていた様ですが、そんな下らない用ではないでしょう?」

気怠い表情で首を傾げた男に、映像の向こうで舌打ちした彼は中指を立てた。

「…嘆かわしいったらねぇぜ。健全である筈の青少年に、清らかな魂なんざ欠片も宿っちゃいねぇ」
「おや。お互い様だと思いますがねぇ、私は」

この顔が何よりも嫌いな彼は不機嫌を露わに舌打ちし、顔を背ける様に目を逸らす。今は何を言われても許せる気分だ。

「偏執狂具合は大差ないんじゃないんですか、高坂君?」
「流石に好い加減、アイツに同情するぜ。大概解放してやれよ、中央役員…それも風紀が誘拐犯なんざ冗談じゃねぇ」
「ああ、統率符などいつでも返上しますよ。そもそも私の役職など、甘い蜜所かただのサービス残業でしかない」

押し付けられて良い迷惑だと呟けば、湯気を発てるソーサーを啜った彼の双眸が歪んだ。笑っているらしいが、嘲笑にしか見えない。

「押し付けられて、ね。物は言い様だ」
「…おやおや。何か言いたいのなら遠慮なくどうぞ、光炎閣下」
「いや?何もねぇよ、麗しき白百合サマ」

他人には優しい癖に(その優しさが判り難いので大変愉快だが)、気を許した相手には最後の最後まで甘やかしたりしない。

「可愛いじゃないですか。我が身を犠牲にしてまで、あの小さな頭で悪戯を考えているんですよ?」
「…判ってて口車に乗った振りするテメェは、根っからの性悪だぜ。何処まで知らん振りするつもりだ?」
「さぁ、どう思われますか」

だからこそ、どうしようもない時には誰よりも強い味方になるのだが、今はその時ではないのである。

「どちらにしろ、そろそろ帝王院が口出ししてくるだろうよ」

そちらは大変そうですねぇ、などと言えば少しは怒りを露わにするだろうか。高坂日向の懐の広さは王族の血が成すものなのか否か、日向が本気で激怒する事は少ない。

「おや。陛下ならば、興味がない、と言いそうですが」
「遠野俊が関わっているのを忘れてねぇか」
「私が見た限り、陛下の関心は最早カルマにはない。カイザーと猊下は別人だと…いや、敢えて言わば、そう思い込ませている様でした」

私には興味はない。
吐き捨てれば、今頃になって気付いたが、映像の中の日向の眼差しが酷く冷たかった。

「思い込ませる、ね。…あの人格崩壊者が何を考えっかなんざ、誰にも判りゃしねぇよ」
「何かありましたか」

あまねく世を影から支配する男。つい最近までは変装し、一年の授業を受けていたと言うのが幻の様に。

「君がそうなる時は。…大抵、原因は彼ですよねぇ」

高坂日向が一度だけ、普段は隠している牙を剥いた事がある。二葉が帰国する直前、当時風紀委員長だった男に、だ。

「下手な詮索すんな。関係ねぇ」
「おや、そうですか。まぁ私には確かに関係ない事ですが」

日向の不機嫌の理由よりも今は、自分の方が優先である。

「で?猊下をいつまでシェルターに隔離するつもりで?」
「帝王院には知らせちゃいない。言えば俺ら殺されっかもな」
「…残念ながら、これは同意の上でしてねぇ。猊下は勿論、例え陛下の勅命だろうが意味はない」

溜め息を吐いた日向が肩を竦めた。

「ほー、そら初めて聞いたなぁ。命令を反故にする、って?」
「不器用な私に、主は一人で良い。陛下が帰国なさると言うなら、残された僅かな時間くらい、自由にさせて貰うだけ」
「審問会で、誘拐じゃなく新婚旅行だとでもほざくつもりか」
「いいえ、手っ取り早く体から慣れさせれば連れていけるかな、と。…妨げがない今だからこそ」
「テメェ、惚れた相手の身内が死んだかも知れないっつーのに」

押し上げた眼鏡。
晩春の深い淡い緋色の黄昏を背に、僅かばかり目を見開いた彼は何処までも神々しく。

「…はは!とんだ好都合に体が震えましたよ。彼の未練に成り得る全てが、…消え果てれば良い」

本音を隠さず宣えば、暫く沈黙した日向は見惚れるほど凛々しい姿で一言、


「つくづくタチの悪い奴だぜ、…相変わらず」

憐れみの眼差しだ。






この手がどれほど汚れているかなんて初めから判っている事だ、などと諦めていたのは近い過去。
求める事すら罪深い最愛を手に入れた刹那から、後悔など無かった筈の人生全てを悔いてしまった。

例えば、愛しい人意外の体温を知るこの体に。
例えば、目的の為なら人命すら犠牲にしてきたこの体に。


何故生きているのだと聞かれたら、愛しい人にもう一度会いたかったからだと答えただろう、昨日。
ならば目的を果たした癖に何故生きているのだと聞かれたら、手に入れてしまったからだと答えるより、他はない。


「愛しい人」

この世界で唯一、彼こそが我が世の総てで、ただ一つ。他には何の意味もない。

「なのに、愛しいだけでは満足しない。…欲深い生き物」

ただ。
彼にとって自分が、『唯一』ではないだけだ。


彼の世界にはあらゆる物が存在し、あらゆる色が煌めいている。
あらゆる物を見て聞いて感じて触れて、彼の感性が如何に豊かなのかを知らしめるのだ。

「帰りました」
「おかえりー。土産、なんかあった?」

開け放した最奥の硝子戸の向こう、岩風呂の縁から頭を覗かせた人が手を振っている。
まだ入っているのかと瞬いて、抱えていた包みを持ち上げた。

「お茶請けになりそうな栗最中と芋饅頭を買ってきました。そろそろ出なさい、一時間近く入ってますよ」
「和菓子かー。たまーに、桜が作ったの食べるんだよねー」

熱いー、と叫びながら風呂からザバッと抜け出てきた裸体が、タオルを片手に笑っている。
先程まで脱ぐのも恥ずかしいと喚いていた男とは思えない潔さに小さく笑いながら、急須から煎れたばかりの茶を注ぐ。

「はー、いいお湯だったー。夕飯の後でまた入ろっと。土産買ってくるっつってなかったっけ?」
「物産展を見てくるとは言いましたがねぇ。まだ入るつもりですか」
「部屋に露天風呂が付いてるっていいですよねー。気兼ねなく一日中入れて」

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した太陽が、火照った体に浴衣を羽織らせた。もう着るのか、と言う本音を分厚い鉄面皮で覆ったまま、開けた菓子箱を覗き込んだ太陽へ笑いかける。

「所で太郎君、兄さんに隠し事をしていませんか?」
「んー?隠し事ー?あ、この最中うまそうだなー」
「三人組の学生に襲われ掛けたと聞きましたよ」
「グフ」

最中を喉に詰めた太陽がミネラルウォーターを飲み干し、痙き攣った表情で見つめてきた。

「だ、誰から」
「物産展の女性従業員から。携帯番号入りの名刺まで頂きました」
「…あの時の野次馬かい。その名刺ちょーだい」
「未遂だそうですが、本当に何も無かったんでしょうねぇ?」

名刺を丁寧に折っている太陽に、他人から聞かされた事件を再確認する。知らない所でそんな目に遭って、太陽は何も言わない所か内緒にしてくれと頼んだそうだ。

「べっつにー、何もないし」

小さく折り畳んだ名刺を握り締めたままトイレに消えた背が、何故か不機嫌そうに見えた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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