帝王院高等学校
会長同士まずは友好的な挨拶で!
精神安定剤を投与したい。
原型を留めていない制服を辛うじて纏っただけの彼は、虚ろな眼差しで無機質に呟いた。

「あの人を止めて欲しい」

俺にはもう無理だから。

呟いた傷だらけの少年は、今までの彼からは想像も出来ないほど弱々しく頭を下げ、崩れ落ちた。


「ファースト」

廃人の様だ。
輝かしい美貌も強気な眼差しも色褪せ、乱れた髪もそのままに、立つ気力もないらしい。

「…天の君に会うのか、シリウス」

たまたま居合わせた男も、痛々しい姿の佑壱を見ていた。重々しい台詞に息を吐き、曖昧に頷く。

「安定剤が効くとでも?」
「…やはり、キングへ進言するべきだ。黙っていても、いずれ判る」
「セカンドの居場所も判らず、ルーク陛下は倒れた翌日から執務室に籠もっておる。儂らにも状況が見えぬ今、何と説明するつもりじゃ、師君」

手当てを拒絶した佑壱がフラフラ出て行くのをただ見送り、口を閉ざしたホワイトブロンドの男へ向き直った。

理事長である男は最近頻繁に外出し、学園内には殆ど居ない。

月末の新歓祭に合わせ、友好校である西園寺学園から数人の生徒が滞在している。中央委員会役員と共に綿密な話し合いを繰り返している、と言うのは表向きだけだ。
会長である神威は、それまでのサボり癖が嘘の様に膨大な業務を片付け始め、実際の所、西園寺学園側とは日向だけが話し合いを進めている。

「…そもそも、師君が仕出かした失態を儂はまだ許しとらん」
「判っている。私が愚かだった」

理事長代理として学園を仕切っている男は、僅かばかり窶れた表情で窓の外を見やった。
賑やかな生徒らが明後日に迫った行事準備に勤しむ姿は、この陰湿な空気とはまるで別世界だ。

「ナイトは、友人を案じているのだったな」
「山田太陽、聞けば親友だったそうだのう」
「セカンドが連れ去った、か。有り得るだろうか、そんな事が」
「…儂には判らん」

学園の最上階に、神。
学園の最下層に、神。

一人は静かに一心不乱に業務をこなし、一人は連日暴れまわり、とうとう手錠で繋がれている。



「陛下、そろそろご休憩されませんか?」
「構うな、私に休む必要などない」

月曜日から一睡もしていないであろう男は、仮面で顔の上半分を隠したまま、凄まじい量の書類を積み重ねていく。一時は揶揄っていた日向も、今では何も言わない。


確実に、着実に。
何かが狂う音がする。




「…っ。いい加減にしろよ、総長…!」
「やめろ、北緯っ」
「お前までキレんなって!」
「落ち着け!」

滴る、赤。
牙を剥く川南北緯を羽交い締めにするジャージ三人組も、普段のおちゃらけた雰囲気ではない。


「通りゃんせ、通りゃんせ」

月曜日、一年帝君部屋を惨劇で染めた男は、火曜日に東雲・零人の助力により懲罰棟最下層に収容された。
学園内のカルマ、レジスト、エルドラドの手を借り漸くそれに成功したのだが、今でも見張っていなければ手錠ごと壁を壊しかねない。
現に彼は、手首を緩衝材付きのガムテープで巻いた上に手錠をしているが、今日とうとう左手の鎖を壁から引き離してしまった。夥しい出血に手当てをしようと近付いた佑壱と裕也は、左手がほぼ自由になった程度の男に敗北したのだ。

「通りゃんせ、通りゃんせ」

連日交代で見張っているものの、暴れていない間は人が変わった様に大人しいか、こうして歌っている。
精神に異常をきたしているに違いないと案じる者も居るが、桜がやってきた時だけはいつもと変わらない態度なのだ。

「此処は何処の細道じゃ」

月曜日、彼が激怒した最たる原因は、理由がどうであれ、太陽が二葉の気持ちを弄ぶ様な計画を立てた事を、佑壱らが止める所か協力した所にあった。

偽りの恋人同士になった、と。だから二人で何処かに行ってるんじゃないっスか、と。
特に気にした風ではない佑壱が口にした瞬間、彼は吹き飛ばされる事になる。

当然、自称腐男子である俊が喜ぶものとばかり思っていた他メンバーも、桜の目の前で次々に殴られ、吹き飛ばされた。

『愚か者が…!人の気持ちを踏みにじる事が如何な愚行か判らんとは!…己が身で恥を知るがイイ!』

月曜日の夜だ。
それまでも太陽を案じていたものの、授業中は普通通りだった。
特に夕食時まては些か上機嫌で、『みーちゃん』に会ったとか、『今週の一年S組特別号は好評だった』とか、笑っていた様に記憶している。

そろそろモデル復帰しようか、と漏らした隼人に、それがイイ応援してます、と弾んだ様に声を発てた男は、桜との大浴場帰りに激怒したのだ。


「天神様の細道………くっ」

くつくつ、いきなり肩を震わせ始めた男の足元には夥しい出血。
誰もが近付けば激しい抵抗に遭うので、未だ手当ては出来ていない。
抉れたコンクリートの壁には、未だ右手の手錠から伸びる鎖が辛うじて残されていた。だが時間の問題だ。寝ている間に栄養剤投与をしているが、疲労を滲ませた俊の顔色は悪い。

「くくっ。は、ははははは!」
「そ、総長…?」

鎖が外れるのが先か、倒れるのが先か。判っていても、誰も手が出せない。
涙を耐えた北緯は屈み込み、無言で肩を震わせた。泣いているのだろう。普段はチャラけた三人も、今や真っ青だ。


「…悪い子には、お仕置きをしなければいけない」

右手だけ鎖で持ち上がったままの男は、頭を力無く垂らしながら肩を震わせ続ける。
掛けられたままだった眼鏡で表情はずっと窺えなかったが、まともな台詞が出たのは数十時間振りだ。桜の前以外では、狂った様に歌うか、無言の繰り返しだったからだ。

「魔法が解けたなら、約束を果たして貰わなければ契約違反だ」
「総長…」
「性悪ピエロめ。あの子には、始めから大して効いていなかったのだろうか」

メキメキ。嫌な音が俊の背後から聞こえてくる。

「だ!そんな無理矢理っ」
「ちょいっ、マジかよ…っ?!」
「そっ総長!みみみ右手っ、凄い色になって、る!」

怯えるジャージ三人が、北緯を抱えたまま後ずさる。援軍に来ていた他メンバーは満身創痍で、裕也に至っては脳震盪を起こし隅で要の手当てを受けていた。
休憩、と言って座り込んだ隼人も微動だにせず、フラフラながら立っている健吾は笑う余裕も喋る余裕もない様に見える。


「さァ、お仕置きに征こう」

バキンッ!
大きな音を発ててコンクリートから引き抜かれた鎖が、北緯の顔面スレスレを通過した。
計20kgに相当するだろう鉄製の手錠と鎖をそのままに、一歩踏み出した男から眼鏡がズレ落ちる。

「…も、打つ手なしっしょ(*´∀`)」

痙き攣った健吾が顔を歪めながら座り込み、呆然と見上げるだけの要は微動だにしない。
ズリズリ、重い鎖を引きずりながら歩いていくその圧倒的な威圧感を秘めた『黒』を前に、誰が口を開けただろう。


我は王。
我が闊歩を妨げる者は死を。

無表情な眼差し、けれど王者たる微笑を浮かべた唇。その圧倒的な存在の前では、呼吸さえ意識的に行わなければならない。


「…貴方は」

俊が要の隣を通り過ぎる間際、漸く口を開いた要は、膝に裕也を乗せたまま顔だけ振り返った。

「どれが本当の貴方、なんですか…?」

何も答えない背中に、その声は届いたのか、誰にも判らない。


「随分、血腥い光景じゃないか」

響いた第三者の声に、全員が弾かれた様に振り返る。
俊の背中の向こう側に、帝王院の制服ではない赤み掛かったブラウンのブレザーを纏う、アイスプラチナが見えた。

「よくもこの私を待たせてくれたな。仮にも一介の生徒会長がこんな地中深くで謹慎とは、笑わせてくれる」

鋭利な美貌に細身の眼鏡。
白に近い青み掛かったプラチナの髪を軽く撫でつけた男には、この中の誰もが見覚えがなかった。

「…珍しい所で珍しい人間に会う。俺は今とても忙しいんだ」
「歓迎の挨拶を期待していた訳ではないが、我が西園寺学園代表がこうしてわざわざ出向いてやった事を鑑みろ。流石、知能指数で劣る帝王院の代表だ」

西園寺学園。
日本最高峰の進学校として名高い、超特進偏差値80を誇る私立校である。
進学率は驚異の120%を誇り、海外大学へ進学した生徒の大半が、大学入学と同時に大学院へスキップすると噂されていた。帝王院学園とは違う意味で閉鎖的な学校として知られ、砦の様な外壁で囲まれた敷地内へは部外者の立ち入りを一切認めていない。

「帝王院会長も無礼だが、お前も大差ない」
「…失礼。帝王院学園、左席委員会代表、遠野俊です。ようこそ、帝王院学園へ」
「ふん、ギリギリ及第点をやろう。西園寺学園生徒会長、遠野和歌だ」

トオノカズカ。
漸く名乗った男に、全ての人間が目を見開いた。冷たい美貌を歪めながら眼鏡を外した男のその威圧的な眼差しは、背を向けた俊に酷く似ていたのだ。

「副会長のリューイン=アラベスク=アシュレイ、です…」

その背後に、ビクビクと長身を縮めている金髪美形が居た事に、漸く皆が気付いた。
そのまた背後に、女王じみた美貌の、二人に比べれば小柄で華奢なボブヘアーの少年が見える。

「へぇ、それが君の言ってた従兄弟なの?偉そうな目が似てるね、会長」
「…妙な事を言わないでくれるか、書記。心外だ」

この異様な雰囲気に気付かないのか、はたまたひたすらマイペースなのか、真ん中で分けた前髪からつるつるの額を晒した男は傲慢に腕を組み、

「初めまして、遠野会長の従兄弟の遠野会長。…紛らわし。まぁ良い、僕は君には何の興味もないから」
「コラコラ、初対面の挨拶は大事だぞ。カズカも君も、失礼過ぎるぞ」
「ヘタレは黙ってて。何の為に僕が面倒な生徒会なんか引き受けたと思ってるの?」
「ヘタレ…」

両手で顔を覆う外国人の額には黒子があり、黙っていれば極上の美貌ながら、気弱さが伝わって来る。
誰もが口を開けない中、困った様に首を傾げた俊が手錠を付けたままの右手を持ち上げた。

「行事の話し合いに来たのだろう?先週、そんな連絡を受けていたが、こちらも今は…役員が行方不明で、対応出来ないんだ」
「ふん、話し合いなんかどうでも良いよ。こっちの下っ端がお宅の副会長とか言う外人と進めてるから」
「コラコラ、外人は差別用語だよヤスアキ。高坂さんは日本人だって言ってたよ、ハーフなんだよ」
「気安く僕の名前を呼ぶな、ヘタレ」

金髪を蹴り飛ばした女王少年が、眼鏡を押し上げるアイスブロンドの肩を掴み、満面の笑みを滲ませる。

「一応、名乗ってあげる。今季だけ書記を務めてる、僕は山田夕陽。言っておくけど、気安く僕の名前呼んだら許さないから」
「…成程、夕陽と書くんだったか」
「へぇ、もしかしてそれ、アキから聞いたの?」

瞬いた健吾が、強気な笑みを浮かべた少年を指で指した。目を見開いた要も、寝起きの様な顔の隼人も、同じ事に気付いたのだろう。

「お前、タイヨウ君の双子の弟かよ?!Σ( ̄□ ̄;) うっわ、似てね!」
「髪型は似てない事もない…様な。ああ、山田くんのお父さんに似てますね」
「あは。あの平凡サブボスと血が繋がってるとか」

口々に呟く三人を、ドエスモードの太陽並みの目で睨み付けた少年は、つかつかと俊に近寄り、俊より僅かに低い位置で眼を細めた。

「兄は何処?携帯も繋がらない、寮には戻ってない、授業にも出席してない。幾ら太陽が僕より賢いからって、授業をサボる様な人間じゃない」
「彼は今、行方不明なんだ」
「下手な冗談はやめて欲しいんだけど」
「冗談なら良かった。お陰で、探し出してお仕置きしなきゃならない」

少年の首に一瞬で鎖を巻き付けた俊が、唇だけ笑いながら、自らの肉親を見つめる。

「見逃してくれないかな、カズ兄ちゃん」
「残念だが、武力行使ならそこのアシュレイがお前を止められる。シュンほど強くはないが」
「…舜には俺も適わない」
「幾つか聞きたい事がある。下らん暇があるなら、茶を出す甲斐性を見せて貰いたい」

全身から力を抜いた俊に、



「帝王院秀皇と言う男は、秀隆伯父さんと同一人物か?」

投げつけられた台詞で、世界は沈黙した。

←いやん(*)(#)ばかん→
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