帝王院高等学校
非常警報ご主人公様の危機でございます
病院のレストランのコーヒーは、何故あんなにも不味いのか。あれではファミレスのドリンクバーにも劣る・と。

哲学的な表情でスタバのローストコーヒーを啜る女性は、窓の外に見える百貨店の巨大モニターを何ともなく眺めた。

「マスコミって、ある意味作家だわ」

俳優夫婦の離婚。
若手芸人の事故。
セクハラ教師の批判。

とある住宅地に起きた爆発火災。

劇的に流される映像は二転三転し、移り変わるコメンテーターは真剣な顔でカメラ目線に勤しむばかり。緊張の面持ちのレポーターが次々に映される。


「キャラメルマキアートも飲んでみよっかな」

ワイドショーは一種のドラマだ。

哲学的には程遠い笑い話だ、そう考えながら、音の聞こえないモニター映像横目にワッフルへ齧り付いた。

「私より先に死ぬ訳ぁないんだわ。馬鹿馬鹿しい、どうせまた碌でもない事企んでるに決まってんだわ」

持ち合わせはゴールドカードと小銭入れ。
人生初のゴールドカード支払いでタクシーに乗り、糞不味いコーヒーの口直しを謀る今。

この世の誰よりも胡散臭い旦那を、この世の誰よりも理解しているのは自分以外には存在しない・と。
齧ったストローから指を離し、安普請な椅子から立ち上がる。

「ああ、そう言うコト。引っ越そうなんて言ったからだわー」

丸めたレシートとワッフルの紙袋をゴミ箱へ放り、店内から出た。

「有難うございました〜」

ジャニ系店員の挨拶の声に何ともなくにんまり笑えば、車道を挟んで向かい側の駅前広場に、目立つ男を見たのだ。

「…ん?」

黒いコートを翻す背中、艶やかな黒髪をサイドバックにした渋みのある男前。あんな男前は後にも先にも、一人しか心当たりがない。

「昨日の…?高坂さんだっけ」

だがその前に、何の形か判らない奇妙なオブジェの前を小走りで通過し、自動販売機に駆け寄る背中が見える。

「やだ」

顔が凄まじく熱くなった。

「あの子、あの時の…!」

髪の毛こそ黒くなっているが、間違いない。

カルマ。
あれは、カルマを統べる総長だ。
ファンサイトの片隅に、昔一度だけ彼の素顔が掲載された事がある。その直前、たまたま帰省していた長男を引き連れ、繁華街に行った。
スナックを経営している友人が、遅咲きながら結婚するので閉店すると言うからだ。

中学生半ばまで、父の転勤に翻弄された学生時代の同窓会には殆ど顔を出さないが、スナックを経営していた彼女は高校で知り合った仲ながら、親友だと思っている人物である。
開店時に一度立ち寄ったきり、育児に追い回され顔を出していなかった。

『村井、あんま無理するなよ?』

時々電話するくらいの付き合いだったが、夫の浮気を唯一相談出来た相手でもある。
そんな彼女が結婚すると言うのだから、これを祝わずして何を祝うと言うのか。

閉店するとは言え、餞だと高いボトルを頼むつもりだった。あまり酒は飲まないし金も勿体無いが、どんちゃん騒ぎするくらい良いだろう。
どうせ旦那は帰って来やしない。丁度、帰省していた長男を引っ張りエスコート役に仕立て上げ、繰り出した煌びやかな繁華街。


スナックと言うよりラウンジの様な落ち着いた雰囲気の店だったが、未成年の少年を前にハイになった従業員や客で盛り上がりを見せた。

もみくちゃにされた長男が痙き攣りながら姿を消し、中々帰って来ないので探しに行けば、どうも喧嘩騒ぎが聞こえる。



まさか、と。
嫌な予感に駆け寄れば、ぼーっと騒ぎを眺めている息子がすぐに見付かった。

『雑魚が喧嘩売ってんじゃねーぜ』

長い足を持ち上げ、綺麗な踵落としで相手を沈めた長身の少年が、アンタ邪魔だぜ・と長男を片手で払う。

『きゃー、カナメが暴走しまくりっしょ!(◎∀◎) 曇ってたのに晴れてきたから、お月様丸見えw(*/ω\*)』
『どうでも良いが、ジャンル変えるぞ。人数ばっか増えやがって…総長!指揮お願いします!』

長男に駆け寄りながら、銀髪サングラス姿の男が両腕を広げるのを見た。



『これより我が楽団のコンサートはライブスタイルへ移り変わります。…テンポはデスメタル、再び雲が月を覆い隠す前にお聞き届け下さい』


恐らくきっと誰もが、あの男を見ていたに違いない。



『【月の褥に抱かれ逝く魂】』

十人は居ただろう男らを、まるで踊る様に蹴り飛ばしていくその銀色は、


『月へ祈り、己が過ちを悔いるがイイ』

主婦を熱狂的なファンへ変える程、鮮明だった。













「ふぅ」

ガミガミ煩い秘書の説教を華麗に聞き流す麗しい美貌が、儚げな溜め息を漏らす。

「ただでさえセントラルに極秘の単独行動である今、客を放ってあまつさえ対陸官制部の善意で借りたシャドウウィングを!選りに選ってマスターファーストに譲るとは、何事ですかネイキッド!」
「ふぅ」
「ああ、もう、万一陛下に…いや、組織内調査部に知れたらどうなるやら…」
「私は心から反省しています、マシュリッヒ」
「ああ!判って下さいますか、サー・ヴォルフスブルク!」
「我が天使は『堕落し逝く者』でなく、小悪魔だった様です」
「………は?」

国家要人の用意したハイヤーの中、最早言うだけ無駄かと秘書が眉間を押さえた。

「私は非常に利益優先と思われがちな美しい生き物ですが、案外一途な美しいミストレスでもあるんですよ…」
「ネイキッド、胃薬を服用しても宜しいでしょうか?」
「それが…まさか我が君が浮気に寛容な、そんな物分かりの良い小悪魔だったなんて…ふぅ。今までの悩みは何だったのか」
「やはり正露丸は日本最高傑作」

ホテルのエントランスへ乗り付けたハイヤーへ、近寄ってきたベルボーイが頭を下げる。
ようこそお越し下さいました、の挨拶を華麗にスルーした男は優雅な早歩きでエレベーターを目指し、

「叶様、お帰りなさいませ」

支配人直々の挨拶も軽やかにスルーした上で、18階表示のエレベーターへ背を向け、階段へ全力疾走したと言う。









「…あ、れ?」

息苦しさを感じ身を捩ったが、頭の痛さからか殆ど体が動かない。

何かが体中を這う気配。
生暖かい風、いや、まるで吐息の様なものが胸元を撫で、下半身が酷く開放的な感覚。

「な、に…」
「起きんの早ぇよ、もうちょっち寝とけ」

近いところから誰かの声。
知り合いの声である事だけは何となく理解し、頷きながら意識を手放そうとする。実際は、重い頭は頷いたのだと判るほど動いていないだろう。

「凄ぇな、何処も此処も平均値。ここまで平凡のフルハウスっつーのも珍し〜」

クスクス、クスクス。
間延びした声音は嘲笑を響かせる。

何がそんなに楽しいのか。
誰かに似ているこの声は、然しその誰かとは全く違う。

「か、んざき…」
「惜しい、ニアミス。声だけなら似てんのかね?」
「んー…ハヤちゃん、重い」

腹がもぞもぞする。
あんな巨体に乗られたら窒息死するに違いない。
痩せっぽちの癖に筋肉は付いていて、キモイを売りにした芸人の様に小さな頭が乗る上背の高さは、広い肩によって見窄らしく見えないマジック。

「そ、んな…意地悪ばっか、したら…嫌われるよー」

寂しがり屋の癖にプライド高く、甘えん坊の癖に警戒心が強い。あんなに面倒臭い男も中々居ないのではないかと思うが、俊曰わく、一番繊細で優しいらしい。

佑壱の様な包容力もなく、健吾の様な適応力もなく、裕也の様に一人で居られない癖に、要よりも警戒心が強いのだから、癖が悪いとしか言えない。

「嫌われてんだろ?中途半端じゃん。カルマのお荷物だって言ってる奴も居るんだ、可哀想に」
「…荷物、って。誰がそんな、」
「俺がさぁ、迎えに行くつもりだったのにぃ。こっち来て早々サボりまくる多忙なモデル様を、横取りしやがった。巫山戯けんなっつー話よ」

這い回る、這い回る、あらぬ所を我が物顔で、他人の手が。
嫌な予感と急速に湧き上がってきた嫌悪感に目を開ければ、狐の様な目で暗く笑う男が見えた。

「お前みたいな平凡の、何処が良いんだか。なぁ?」
「…何、やってんですか、アンタ」
「や、度重なる隷属生活によるフラストレーション解消的な?キタさん的に言えば、八つ当たり系〜」

口にするのもおぞましい、えげつない形をした大人の玩具と思われる物体を手にした男が、へらへら笑いながら太股を撫でる。
嫌な予感しかしない。バクバク騒ぎ始めた心臓に耐えながら、痙き攣る唇に構わず上体を起こす。

「わー…光王子親衛隊ですら、そんなえげつない制裁しないんじゃないかなー、とか、思ったり?」
「馬鹿だなぁ、アイツらの方が凄いよ?何せ20人掛かりでレイプやらかして、金で揉み消したかんな」
「ま、さか」
「以来、お優しいサブマジェスティはイヤイヤ抱いて差し上げてんぜ。それまでは女相手だったもんな」

それはつまり、親衛隊を体で宥めていると言う事か。
そんな馬鹿な事がある筈がない。第一、風紀委員長である二葉が見過ごすだろうか。二葉は日向の、そうだ、幼馴染みであり、従兄弟。

「なーに考えてっか、当ててやろうかアキ」
「っ」
「マスターが日本に来る前。レイプ事件はな、光王子が中等部に上がってすぐ起きたんだ」
「マスターって…叶先輩ですか?」
「被害者は光王子の隣の席ってだけの、クラスメート。…主犯は、当時の風紀委員長」
「!」
「親衛隊長だったらしいぜ。マスターが来日したのと同時に、全治三ヶ月の重症で除籍退学処分」

二葉が行った処分、だろうか。
考えがまた顔に出たらしい。ぬるぬるした液体を適当に撒き散らした男の手が、太股の奥、悲鳴を上げそうな場所へ届いた。

「やったのは光王子だよ。鬼の形相で、相手が失禁しても殴り続けたっつー話。後にも先にも、あんな発狂した高坂日向は見た事がない…っつっても、俺が見たんじゃねぇ」
「やめっ、や…めろ!」
「俺は先輩だよぉ、山田君。そんな態度じゃやめたくないなぁ」
「ひっ!こ、こんなコト、あのっあの人が許す、訳!」
「『叶先輩』が?…はは、めでたい奴だな、本気で。救いようがねぇ、馬鹿」

他人の指が、竦み固まる入り口を押し割ろうとしている。侵入を許してなるものか、と、必死に歯を食いしばりながら両手で犯人の腕を掴んだが、酔っ払ったかの様に怠い体では満足な抵抗になっていない。

「本気で、あの人がお前なんか相手にすると思ってんの?」

鈍い異物感、痙き攣る痛み。

「あの人が目に見えてお前を構い始めたのは最近じゃん。そうだ、言うなら始業式からだ」

近付いてきた唇が耳元で囁く声、腹を膝で押し潰され、ベッドに逆戻りしてしまう。

「痛…っ」
「左席だ何だ祭り上げられて、悪目立ちしちまった。高々21番目が、帝君に構われて勘違いしたんだよな?可哀想に」
「や、め!」
「隼人の場所を奪っただけじゃなく、お前まで不幸にする。…俺から奪っただけじゃ足りないんだ、怖い奴だと思うだろ?あの帝君は」

ぐちゃぐちゃと、耳障りな音。
腹を押し潰された弾みで力が抜けた腰は、ほぼ無抵抗で蹂躙されていく。


「カイザー」

呟いた男にビクリと震えた肩、見上げれば先程の物体を見せ付ける様に持ち上げた男の冷たい紫の双眸が、笑った。

「マジェスティの探し物、学園中が知ってる神帝の探し人。…黙ってて欲しけりゃ、俺のストレス解消に付き合って?ね?」
「…卑怯者が!」
「はっは!良いね、最高!お前、一個だけ気に入ってるのがそこだよ。平凡な癖に気が強ぇ」

もう見たくもない。
心の中では荒ぶる怒りと吐き気がする程の恐怖が混ざり合って、両手で塞がなければきっと、助けを求めてしまう。


固い異物が、排泄目的の入り口に触れて、じわりと涙が浮かんだ。
鼻歌混じりに人を弄ぼうとしている男から目を逸らし、固く固く眼を閉じる。



「何だ、喚き散らすか何かすっかと思ったのに」


どうせ、


「強情な奴」



誰も助けに来てはくれないのだから。





「ああ、同感だ。」


目の前から弾き飛んだ男と入れ替わりに笑った男は、神か、悪魔か。

←いやん(*)(#)ばかん→
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