帝王院高等学校
なんちゃって日曜シリアス劇場!
「漸く気付いたか、愚か者が」

目が覚めると同時に跳ね起きれば、ソファーの脇に立っていた男が、彼本来の姿で睨みつけてきた。

「…そうしていると、まるでドッペルゲンガーだな」
「あれらから話は聞いた。儂を謀ろうなどと、何を考えておった師君」
「済まない。…気が急いた」

歯軋りさえ聞こえてきそうな静かな怒りの声へ、零れ落ちたのは素直な謝罪。
いつもの作り物のマスクを剥いだ男は、年長者である事を再確認させると同時に、懐かしい男を思い出させる。

「…良い、天の君が無事ならのう。それより龍一郎が企てたものの一部が判明した」
「採取した彼の細胞から何か判ったのか?」
「ああ。ひたすら恐るべき事実がのう」

難しい表情でシングルのソファーに腰掛けた男が、部屋の隅でビクビクしていた三体のアンドロイドを手招き、それぞれ三体の映写機能で部屋中に何かの映像を投影させた。

「DNAの結果、四万以上の毒素並びに細菌への抵抗免疫の存在を認めた。これは、現ルークに並ぶ数値じゃ」
「昨夜だけで十分判っていた事ではないか。君は、実兄の子孫にカリウムを投与した極悪人だ」
「…もう一つ、これは未だに信じられない結果だがのう」

擦り変わった映像に、三種類のDNA配列が映し出される。何だと目で問えば、別の映像に二人の顔写真が映された。

「ナイトと、レヴィ=ノヴァではないか。彼らが一体、」
「覚えておるか、レヴィ前陛下に生まれつき備わっていた唯一の枷を。儂らは永い地中生活で、忘れ去っていたものじゃ」
「枷、だと?…ああ、色素欠乏症か。確かに最期はそれが原因による死に等しかったが」
「体内の血液糖質が似通っていたんじゃ、この二人は。AB型であるレヴィ陛下と、O型であるナイトには考えられなかった」
「オリオンが残した僅かな資料に、その記述があったな」

だが、それが何だと問えば、深い溜め息と共に目を瞑った男が手を組み合わせ、まるで祈る様な態勢で口を開く。


「俊のDNA配列に、存在する筈がない遺伝子情報が二つ存在しておる」
「二つ?つまり三人分の遺伝子螺旋が存在するのか?!そんな事が起こり得る筈が、………ま…さ、か」

ガバッと向きを変え、今は亡き懐かしい二人の写真を凝視する。



「そ、んな…馬鹿な…!」

神よ。
気高き、大陸の覇者よ。
そして優しかった騎士よ。
誰よりも強く優しく、我らを導いた母なるもう一人の父、よ。


「遠野夜人、そうじゃ。儂らはナイトの本名を知っておった。そして、それ即ち、子孫にグレアムと似た体質が産まれ落ちる兆しだと」
「オ、オリオンは…!それではまさか、始めから判っていたのか?!全て承知の上でっ、」
「ああ。恐らく、愛するナイトと同じ血でなる人間へ、神たる完璧さを備えるべく来日したに違いない」

龍一郎はナイトが亡くなった直後に姿を消した。最期まで仲良く共に旅立った二人を見送って、誰にも告げず消えたのだ。

「我が兄ながら恐ろしい。…実の孫、………いや。実の子供に、そして本来仕えるべき主人たる人間に、じゃ」
「はっきり、教えてくれ。リヒトの為とは言え、私に神を背く事は出来ない…」

顔を上げた男が、皺だらけの顔で真っ直ぐ見つめてくる。

「俊本人には遺伝子改造の跡はない。つまり、考えられる原因は、俊の両親が多重遺伝子改造である事、唯一」
「帝王院秀皇の毛髪が、スコーピオで採取されたルークの毛髪のDNAと一致した、のは」
「つまり帝王院秀皇にも遺伝子改造をした、と考えられる。被験者は多ければ多いほど、結果を残す」
「だが帝王院秀皇の毛髪からナイトのDNAなど、」
「だから言ったじゃろう?…龍一郎兄は、実の子供にもメスを入れたに違いない、と」

恐ろしい、と。
呟いた男が、静かに涙を零す。


「儂は、隼人には出来んかった。少しずつ毒に慣らす事くらいが関の山、日に日に髪や目から色素が抜けていくのを目にしても、高熱や嘔吐で苦しむ様を見ても…孫の為になるならと、鬼の道を選んだが」
「…」
「龍一郎は、最期まで誰も愛せんかったんかのう…。身内を捨て、逃げる内に狂ってしまったんかのう…」
「シリウス、君は何も、」

起き上がり伸ばした手は、



「非情な伯父を殺したのは、儂だったのに」

誰へも届かぬままに。
















「これがネギトロか」

優雅に割り箸を割った男が流暢な箸遣いで、軍艦を頬張る傍ら。
二本目の割り箸もやはり上手く割れなかったらしい男が肩を落とし、金色の派手な皿をガシッと掴んだ。

「大トロ取ったどー!」
「そうか」
「バーカバーカ、回転寿司は金皿が一番高いって相場が決まってるんだ。うむ、美味」
「そうか」
「羨ましいか?羨ましいのか?そうかそうか、だったら皿を舐めさせてやろう。ちょっぴり油が残ってるかも知れないぞ」
「たまご」
「馬鹿野郎っ、玉子は最後の締めって相場が決まってるだろうが!」

もぐもぐ、凄まじい勢いで皿を積んでいく二人のまだ傍ら、パリッと制服で固めた運転手は無言で番茶を啜る。

「ん?運転手さん、食べないんですか?」
「いえ、私は業務中ですので…」
「何を遠慮している?子供が遠慮などするものではない、食らえ。皿五枚でガチャポンが出来ると言うもきゅもきゅ」

いやもう、何回回転寿司の子供向けガチャポン回すつもりですか、然も私は50歳過ぎたオッサンです。
そんな運転手の叫びなど、三桁目の皿を華麗に重ねた金髪にも、金の皿ばかり積み重ねていく黒髪にも届かない。

「炙り大トロいっちょ!いや、十人前!」
「ほ、本当に、帝王院秀皇様でらっしゃいますか?」
「そうですが何でしょう?」
「いえ、食事の続きをどうぞ…」

米粒だらけの口元、零しまくる醤油、無駄に粉っぽい煎茶を苦い苦い咽せながら、それでも飲もうとする子供っぽさ。
どれもが帝王院財閥後継者からは程遠い。

(元特別機動部の何人かは昔のナイトを知ってるんだったな。確か入学式典の時も噂になっていた。今度、聞いてみよう)

食後のアイスクリームを仲良く十人前食べた二人が、黙っていれば神懸かり的な美貌で颯爽と立ち上がる。

「全種類制覇した。大変有意義な時間だった。ケフ」
「やっぱアレだな、炙りアボカド甘海老より炙りアボカドサーモン派だった。ゲフ」

静寂に包まれた店内は、最早二人の美貌では回復不可能だろう。併せて330枚と言う巨塔皿タワーを築いた二人は会計を済ませ、レジ脇のお土産コーナーで何やら物議している。
無言で車を玄関に付けた運転手が、投げやりな気分でクラクションを鳴らせば、気付いたらしい二人が足早にやってきた。

「すみません、このジジイがアイス全種類買って帰るとか抜かすからお待たせしました」
「アイス…」
「後でサーティワンで買ってやるから早く乗りなさい!」
「判った」

通常、運転手がドアを開けエスコートするものだ。けれど二人はおざなりな運転手の態度を叱る所か、ペコペコ謝りながらそそくさ乗り込んでくる。

「良いか、とりあえずシエの記憶を戻す方法を見つけるまでは、姿を眩ますぞ」
「判っている。ナイトに露見すれば、そなたの父たる威厳が形無しになるからだろう」
「それもあるが、万一神威が本当に、ロードとか言うジジイのそっくりさんの子だったとして、まだ俺は納得してない部分があるんだ」
「ほう。何が悩みだ」
「昔、調べた事がある」

遠い眼差しで窓の外を見やる横顔に、無表情で一瞥した美形が腹をさすりながら擦り寄る。

「神威の毛髪から、俺のDNAが出た」
「それは間違いだ。私には子は成せぬが、サラは私に陶酔していたと言う。ならば私に酷似したロードの子を成すに違いない」
「そう、確かに大空が調べた簡易検査じゃそんな反応出なかった。でも、俺が調べた毛髪じゃ、出たんだ。…二本共」
「二本?」
「サラが殺した、神威の弟の方だ」

運転手がハンドルを握りながら冷や汗を掻いている中、ごろんと膝枕に甘える金髪が長い足を寝たまま組み、ぱちぱち瞬いた。

「そんな報告は聞いていない」
「そらそうだろう、キング…いや、ロードも知らなかった筈だ。何せロードは、サラに俺の子供を作れと命じたらしいからな」
「ふむ。つまり、二人の内、一人がロード、一人がそなたの子供と言うか。だが、辻褄が合わんな」
「賢くてらっしゃる、話が早い」

パチンと叩いても鼻を摘んでも膝から離れない金髪に、呆れたらしい男は諦めた様だ。
窓枠に肘を預け、頬杖付きながら再び外を見ている。

「生まれてすぐ、サラが二人の毛髪を検査に出した。それを、俺の友人が偶々知ったんだ」
「そなたの友人と言えば、旧姓灰皇院大空、小林守、…一ノ瀬聖は途中、学園を去っているな」
「嫌みなジジイめ。何処まで知らん顔してたんだ、貴様」
「ロードの魂胆を見抜くのが遅れた。私がこの世で唯一、悔いた過ちだ。…繰り返しはしない」
「一ノ瀬は…まぁ、若気の至りでな。抱いたまでは良かったが、大空を俺が…私が匿った頃から、可笑しくなった」

懐かしむような眼差し、それを見たダークサファイアの瞳が僅かに細められる。

「ロードの手中に落ちたと聞いている」
「だろうな。判っていたから中央委員会から解任したんだが、…怒りの矛先が大空に向かった」
「だから、一ノ瀬聖を書記へ再任させ、新たな左席委員会を作ったのか」
「…全部、私の所為から始まった。一ノ瀬が狂ったのも、大空を目立たせ過ぎたのも、その結果が…」

無残に引き下がれた衣服。
あらぬ所から血を流す傷だらけの親友は、涙でぐちゃぐちゃな顔で、笑っていた。
隣で唸る黒毛のシェパード、元野良犬だったもう一人の親友は赤い首輪の上、剥き出しにした牙を仕舞う事なく。



悪魔を道連れに、割れたステンドグラスの向こう。
赤い月、赤い塔の向こう側、夜の帳へ向かい躊躇う事なく、真っ直ぐ。



断末魔の悲鳴すら、残さずに。


「…ナイトオブナイト。ナイト、そなたの騎士は最期まで勇敢だった」
「っ」
「私をロードと見間違え、起き上がった所で息絶えたが…その眼差しには、そなたを守る強い意思が宿っていたものだ」

伸びた手が、カタカタ震える黒髪を優しく撫でていく。

「単独行動でシンフォニア計画に手を出していたロードはまだ生きていたが、最期は『自殺』だ」
「な、に…」
「『私が生き長らえる事を許さなかった』」

目を見開いた黒曜の双眸が、信じられないものを見た様にダークサファイアを見た。

「我が義弟、並びにその騎士、友人。それら全てに与えた罪は重い。死以外のあらゆる贖罪が思い付かぬ程に」
「………っ」
「秀皇。そして、秀隆。そなたらは何の罪も背負っては居なかったのだ、始めから」
「義兄、さ」
「愛しい、私のナイト。聡明なる秀皇、私を光の元へ導いた我が唯一の騎士」

小刻みに震える漆黒が、崩れ落ちるように身を丸める。


「いつかそなたが戻る日まで、財閥を守って来たのが勘違いさせた原因だろう。幼いカイルークでは、いつ第三者の手に渡るか判らなかった」

だから。捨てたのか。神の癖に、その立場を、実の子でもない神威に譲ったのか。

「そなたが生きている以上の喜びなど、私には存在しない」
「あ、あぁ、あああああぁ…」
「罪深き私を裁いてくれないか、…そなたの剣で。私はただその為だけに生きている」
「っ、」
「愛しいそなたの望みとあらば、如何なる望みも叶えよう。幾ら望もうが得る事はないと思っていた、私の弟」
「義兄さん…!」

縋りついてきた背中を撫でる手は優しい。


「ごめ、おっ、俺があんな事を望んだから…!自分が悪いのに全部っ、全部を責任転嫁して逃げてただけ…!」
「そなたは何も悪くない」
「俺は自分が恥ずかしい…っ」
「そなたが生きている以上の喜びなど、私には存在しない」

何も間違っていなかった。
あの日初めて出会った時から、陶酔する程に神は、何一つ変わっていない。



「秀皇、」


早く。

早く早く早く、征けるものなら全て纏めて、



「そなたが笑う未来を私は望んでいるのだ」


笑い会える未来へ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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