帝王院高等学校
暑苦しく抱き合えば絆が深まります
「東條清志郎は、アゼルバイジャンのファザーワーカーの落胤だ」

面倒臭そうな声音の主は、諦めた様に足を組むのを合図に語り始めた。

「隠し子って事ですかぁ?えっと、…マフィアですよねぇ」
「ああ。俺も小耳に挟んだ程度だからそんな詳しかねぇが、立場上、東條はロシアを牛耳る組織の後継者って訳だ」
「そんな、本当に…?」

黙って聞いていた日向が組んでいた足を組み替えながら、

「信じる信じないは勝手だが、おおよそそんなもんで間違いねぇ」
「無駄な知識ばっか蓄えてやがる叶なら知ってんだろうが、俺は興味ねぇかんな。同じクラスってだけで、奴とは話した事がない」
「自己中が災いして友達居ねぇからなぁ、紅蓮の君?」
「…ほざいてろ。何が友達だ、俺より馬鹿しか居ねぇ教室なんざ行く気になっかよ」

鼻で笑った佑壱に、そう言えば彼は帝君だったと今更思い出した。
俊の前の佑壱は、今まで遠巻きに見聞きしてきた紅蓮の君とは正反対に、面倒見が良い良き先輩だったから、尚更。

「イーストの父親の妻は日本人って触れ回しだぜ。愛人の元に生まれた餓鬼が、奴にとっちゃあ腹違いの弟ってこった」
「どうでも良い事を良く知ってんな、テメー」
「馬鹿が、博識と言え。テメェはもう少し見聞を広げろ」
「…面倒クサ。どうせ家業は兄貴が継ぐんだ。俺にゃ無駄な知識は必要ねーな」
「一人でこそこそベーグル焼いてるより有意義だろうが、阿呆犬」
「イチ先輩のぉ家はぁ、航空業界でしょ?やっぱり烈火の君が継ぐんですかぁ?」

ポカンと固まった佑壱の目が、濡れそぼった桜の目尻を無言で見つめる。何だ、この空気は。

「ぇ?あ、ぁの?」
「…正論だ、そうか。そっちが正しいわな、本来」
「ぇ?光王子様ぁ?」
「いや、お前は間違っちゃいねぇよ安部河。それが普通の正しい見解だ」
「ぁ、ぁの?どぅ言う意味ですか、閣下様ぁ」
「高坂で良い。お前も一応左席の人員だろうが、二重敬称は止せ。気色悪い」
「ぁ…でも…」
「この場にゃ親衛隊は居ないっつーの。どうせ殆ど面合わせる事もねぇだろうし」
「じゃ、じゃぁ、…こぉさか、先輩?」
「おう」
「何か…恥ずかしぃですぅ。イチ先輩ぃ、生き返って下さぁい」

桜がシャツのポケットから金平糖の小さな包みを取り出し、ポイッと固まる佑壱の口へ放り込んだ。
見ていた甘味嫌いの日向が僅かに痙き攣ったが、無表情でもごもご口を動かした佑壱が雷に打たれた様な表情で立ち上がり、


天井で強かに、ゴツン。



「イチ先輩ぃ?!だだだ、大丈夫でぇすかぁ?!」
「大丈夫なのだー!」
「落ち着け嵯峨崎、バカボン継続してんぞ。マジで馬鹿になったか?」
「これが落ち着いてられっか!師匠ー!」
「は、ははははぃいいい?!きゃっ」

ガシッと桜の両手を浮かんだ佑壱の額にうっすらタンコブが浮かび上がっていたが、本人はそれに関してまるで構わないらしい。
極細の赤い眉をキュッと寄せ、黙っていればイケメンな男は無意味に桜へ顔を近づけ、哀れ呼吸困難に陥っている桜は己の口臭をやたら気にしている様だった。

「っ」

見ている分には面白いので静観に徹する日向が、口元を抑えている。
二葉なら上品な仕草で大爆発しただろう。

「今の繊細な甘味とさっくり軽い歯応えの締めに舌の上で淡雪の如く儚く切なく然し優しく溶け解れた金平糖は、何ぞ?!」
「素晴らしい語彙の多さだな。…コメンテーターかケルベロス」
「いいい今のはぁ!ぅちの父が作った金平糖ですぅ!」
「師匠のお父様だとぉ?!弟子入りさせてくれぇえええ」
「いや、つーかテメェいつから和菓子職人目指し始めたんだよ嵯峨崎」
「いいいイチ先輩…っ、近っ、近過ぎますぅぅぅ!」
「頼みます、師匠ぉおおおおお!!!」
「いやぁあぁあぁぁぁ…」

遂にはぷにっと桜を抱き締め懇願する赤毛に、負けず劣らず真っ赤な桜がぷるぷるお腹の肉を揺らしながら顔を覆った。

「まぁ、何だ。話を戻しても良いか」
「こぉさかせんぱぁい!たたた助けて下さぁいっ!ごめんなさぃごめんなさぃ、うわぁぁぁん…」
「師匠ぉおぅおぅおおおぅ」
「イーストが日本で産まれ育ったのは知ってんだろうが、実際ン所、アイツは三歳から八歳までアゼルバイジャンで暮らしていたらしい」
「ぃやぁ!イチ先輩っ、脇腹はっ、脇腹はらめぇぇぇ」
「やわこい…師匠がまるで桜餅の様にやわこいじゃねぇか!!!低反発!何て抱き心地だコラァ!」
「東條本家から追い出された形の祖父が、三歳の年に亡くなったそうだ」

大型犬と小さい豚が戯れる幻覚を見守りながら、淡々と語り続ける日向に、もにゅもにゅ桜を揉み続ける佑壱は全く気付いていない。

「それまで分家側のコネでロシアの圧力に耐えていたって話だろうが、幾らヤクザもんでも孫は可愛かったんだろうな」
「ひゃぁ!んっ、きゃーっ」
「師匠!声変わりが中途半端だから何かエロい!やわこいやわこいカフェのクッションにしてぇ、幾らだコレ」
「ふぁっ、あっあっ、やぁん!」
「ボスに出来た初めての子供が男だった。跡継ぎ候補に奉られるのは当然の成り行きだが、強制的に連れて行かれたイーストは堪ったもんじゃなかっただろよ。…判らんでもねぇ」

話を聞きたくても余裕がない桜は追い詰められた果てに、平凡羊の皮を脱ぎ捨てたと言う。

「はぁはぁ師匠はぁはぁやわこい師匠はぁはぁ」
「待てっ!ぉ座りしなさぃ、ポチせんぱぁい!」

今更あれだが、嵯峨崎佑壱の愛称はイチである。

「ぽ、ぽち…」
「言ぅこと聞けなぃワンコにはぁ、もぅ金平糖あげませんよぅ!」
「スんませんでした」

ワイルドセクシーな美貌を爆笑で染めた中央委員会副会長が、真っ赤な顔で目を吊り上げた平凡ロリータ、いや、平凡プニータにガミガミ説教を受ける羽目になったのは、その数十秒未来の話だ。












「こ、こうしゃきゃ…ひみゃわり、さん」

華麗なカミカミを披露したオタクが、黙っていたら極道張りの眼光で隣を凝視している。

「じゃ、じゃあ、やっやっやっ、ヤの付くご家業でらっしゃったり…?!」
「ま、藪医者じゃない方のな」

会話を聞いていたらしい運転手がちらりと後部座席を見やる気配。
それを軽く睨みながら再び名刺を取り出した男は、先程のものとは違う漢字表記の名刺を握らせてきた。

「高坂、向日葵」
「光華会会長、高坂向日葵だ。日向は隠してると思ったから、わざわざプライベートの名刺作らせたんだがな」
「あ、れ。この名刺…どっかで見た、よ〜な?」
「ん?」

何かを思い出そうと首を傾げたオタクが、弾かれた様に立ち上がり、天井でゴツンぷにょん。
たまたま渋滞に巻き込まれていたタクシーがぶるりと震え、痙き攣った高坂組長が手を伸ばす。

「だ、大丈夫か、すんすん」
「痛いにょ、痛いにょ、飛んでけー!タイヨーの元に飛んでけー!

  そして始まるラブフラグ!
  遅刻してフレンチトースト咥えたまま走ってくタイヨーちゃんが、曲がり角でロイヤルミルクティーを飲んでた風紀委員長とミラクル交通事故ハスハス!」

この妄想は、叶二葉とは一切関係ありません事をお知らせします。

「『ああ、大丈夫か?済まない、俺のロイヤルミルクティーが掛かってしまったな』
  何でこんな所でロイヤルミルクティーなんか飲んでるにょ!でもグッジョブもっとやれ!
『大丈夫です、ごめんなさい!俺が廊下走ってたのが悪くて…あ痛たたたっ』
『足を捻ったのか?良し、俺の背中に乗ってくれ。一緒に保健室へ行こう』
『そんなっ、迷惑になるし!大丈夫です、このくらい!』
『何、遠慮なんかするな。生徒の安全を守るのが俺の、風紀の仕事なんだ』
『でもっ』
  颯爽とお姫様抱っこで主人公を抱き上げた風紀委員長が、股下98cmのロング過ぎる足で誰も居ない保健室に!ハァハァ、そこから始まるラブロマンス!初エッチは体育館倉庫でお願いしたい!ハァハァハァハァぐふっ、げっほ、げっほ」
「おい、本気で大丈夫か?」

今度は違う意味で振り返った運転手と、まるで同じ表情の高坂は完全に引いていた。
飼い犬とは違い、萌えの治癒力でタンコブを癒やした腐男子は一通り妄想を果たし咳き込んだ後、突き刺さる視線にもじもじ悶える。

「や、やだ。そんな…恥ずかしいなり。どうせなら素直になれない知的美人受けを見つめて欲しいにょ、ぴなダディ」

因みに、すんすんとはTwitterで俊が名乗っているHN(@junkpotdrive)であり、ぴなダディ(@pina-pina818)だ。
主に腐った呟きを情熱的に叫び回る、腐垢と呼ばれるものだと言う。

「ぷはん。あらん?折角ちょっぴり思い出したのに、頭ゴッツンしたら忘れちゃったなりん。ふぇ、このお名刺誰かと似てるにょ」
「こらぁ日の出町商店街で明治の頃から手刷りやってる、チドリ活版のもんだ。店は小さいが良い仕事するジジイ職人で、先々代からの付き合いでなぁ」

自慢げに話す男の横顔が、少しばかり日向と重なった。

「一枚一枚、インク馴染みも掠れ具合も違うんだが、味がある点では機械印刷じゃ真似出来ねぇ」
「こだわりのお名刺ですか、判ります。僕もコンビニコピーはプチストップって決めてるにょ。一枚5円のリーズナブルさが決定打ざます!」

次元はまるで違うが、拘る男の友情が更に深まった様だ。ガシッと固い握手を交わす二人に、運転手が奇異の眼差しを注ぐ。
極道二匹乗せている様なものだが、それにしては運転手は先程から俊ばかり見ているではないか。

「…おい、運転手」
「えっ?は、はい?何か?」
「軽々しく勃たせんじゃねぇぞ小僧。…目玉潰してやろうか、ああ?」

密やかに運転手へ脅しを掛けた高坂は気付いている様だが、貧乏オタク作家はまるで気付いていない。
見た目ヤクザ、中身はネガティブマゾ腐男子である。自分が如何に目立つ存在なのか、彼は全く知らない。


ついでに自分がこの物語の主人公である事も知らない。


「あ!思い出したァ、僕が前アルバイトしてたお店のオーナーさんと似てるんですっ」
「お?その年でバイトなんかやってんのか、偉いな」
「しがないサラリーマン家庭なんで、高額過ぎるオタク活動には先立つ物が全く足りなかったんです」

何せ小遣い月額3300円。

「紹介されて雇って貰ったんですが、今はもう辞めちゃいました。皆さん、お元気かしら」
「どんな仕事だったんだ?店っつー事は、新聞配達じゃねぇんだろ」

首を傾げる高坂の名刺を大切にジーンズのポケットへ仕舞えば、まだジーンズは湿っていた。
ふやけないかと心配になったが、握りっ放しと言う訳にはいかない。いつもは首に巨大ガマグチレッドを吊しているのに、何処へ忘れてきたやら。

「ちょっぴりお洒落な居酒屋さんです。女性向けの、サラダとかフルーツ系が多い感じで」

多分、裕也の父親の邸宅だろう。
いつ抜け出したのかは定かではないが、ずぶ濡れと言う状況が何だか穏やかでない事を知らせている。もう一人の自分は泳げたっけ、と首を傾げながら、

「40代くらいのインテリジェンスな眼鏡オーナーだったんですが、忙しくてあんまり会えない内に辞めちゃったんです」
「ふーん、洒落た店があんだなぁ。組員に飲食店任せてる奴が何人か居るが、居酒屋とか何十年も行ってねぇ。最後に行ったのはトシが帰国した時だから、20年くれぇになっか」
「そーですか。僕はお母さんが外食に関してはいつも以上に口煩いので、居酒屋さんには行った事がないにょ」
「母ちゃんっつーのは、そう言うもんだ。うちの嫁も朝4時から出汁取り始めっから」
「うちのオカンは眉毛ない癖にシャツのボタン取れてたりズボンからシャツの裾が出てたりネクタイ歪んでたりすると、ネチネチお説教するんです。ハァ」
「そうそう、風呂上がりのコーヒー牛乳は三本までとか家庭内暴力だよなぁ。お前、極道だって人の子だろ?一人、隠し部屋で泣いちゃう時もあるんだ…」
「痛いほど判ります…!ひまたん!」
「すんたん!」

ヘタレ二人がまた抱き合った。

「あの、着きましたけど…」
「釣りは要らねぇ。取っとけ」
「ヒィイイイ、かっちょEEEEE!!!」

千円に満たないメーターを見もせず、軽やかに万札を置いた高坂にオタクから尊敬の眼差しが贈られる。

「でもタクシー代くらいなら僕も…割り勘なら!」
「馬鹿野郎、可愛い後輩から金なんか取れっか。礼なら、サイト更新で返してくれりゃ良い」
「いやァアアア!抱いてぇえええ、ボスー!!!」
「おう、飛び込んでこい!」

格式高い料亭の前で何度目かの暑すぎる抱擁を交わす二人に、通行人がビクッと震えている。



「にしても、…あれってカルマの総長だったよな?まさか光華会の人間だったなんて…とんでもねぇ、帰って速攻サイト更新しないと…!」

タクシー運転手の呟きは、誰にも届いていない。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!