帝王院高等学校
密談続きのアフタヌーン異文化交流
空には無限の可能性。
大地には永劫の包容力。

星の中枢には有限の、熱量。

「いつか滅びる星」

呟けば誰かが背後で笑った。振り返れば、男性には程遠い華奢な体躯。

「盗み聞きは良くないネ」
「暗いね、君は。そんなだから留年しちゃう羽目になるんだよ」
「違うヨ。ボクは神帝陛下と教卓を並べるに相応しくない動物だかラ、」
「もう一度留年して、甥と教卓を並べるの?」

愛らしい顔にいやらしい笑みを浮かべた少年が微かに首を傾げ、ふらりふらり近付いてきた。

「あれは叔父。…別に隠してないんだけど、誰から?」
「ふふ。僕の信者に、中等部の教員が居るんだ」
「そう。床上手だネ?セキュリティが甘過ぎ」
「内緒にしてて、ね?」
「言わないヨ。ボクの話を聞きたがる物好きなんか、居ないし」

自虐的、と嘲笑った少年の手が前髪に掛かる。地味な顔だと低く笑う姿はやはり女性には程遠い、雄のものだった。

「で、何の用?」
「お願いがあるんだ」
「…対価は?」
「完璧主義な君には、とっておきだよ。高野健吾を陥れる事が出来る」

僅かに目を見開けば、勝ち誇った笑みのまま顔を近付けてきた彼は、

「時間がないんだ。過激派って呼ばれてる僕らを監視してるだけに過ぎない光王子も、僕を駒としてしか見てない隼人も、結局、最後には僕の事なんか見なくなる」
「この世の森羅万象は有限サ。例外なく、ネ」
「欲しくても手に入らないものばかり。やっと、話す事が出来たのに…まるで夢の様だ」
「ナニ?」
「もう一度、あの人に会いたい。その為には何だって、そう…何だってするよ」

服に手を掛けた少年が、躊躇いなく身に纏うシャツを脱ぎ払った。
潔い態度だと目を眇め、首を振る。

「ユズヒメ、ボクは君の信者じゃない」
「堕天」
「ハ?」
「空を、落とせたら素敵でしょう?」

まさか、と。
胸に擦り寄ってきた愛らしい生き物を凝視する。

「帝君がターゲット、なのカ」
「あんなのは帝君なんかじゃない。君が崇める陛下の酔狂で、一時の権利を与えられた身の程知らずだよ」
「でもあれは、左席の…」
「完璧である神に監視なんか要らないでしょう?ねぇ、あれはカルマもこの学園も狂わせる」
「…」
「彼が居なかったらクラス再編成もなかったし、左席が表舞台に立つ事もなかったじゃない。全部全部、アイツが悪いんだ」

そうでしょう?
伸び上がってきた薄く赤い唇を受け入れながら、麻薬の様な企みを聞いていた。

「あれが居なくなれば、騙されて目が眩んでるカルマの目が覚める」
「目が、覚める…」
「もしかしたら絶望してしまうかも知れないよ。そうだね…それにはもう、制裁じゃ足りない」

天使の笑みを浮かべた少年が屈み込み、足元で悪魔の言葉を囁くのを、


「シーザー気取りの愚か者を、消すんだ」

今、青空の下で。














「…会った事などない」

無表情で吐き捨てた男は、それきりそっぽ向いた。
傍らの、彼に並ぶ長身の麗人はそれを一瞥し、携えていたブリーフケースを差し出す。

「必須書類一式です。吾は、香港の通貨流通を取り仕切る祭家の嫡男」
「銀行、ね。大学病院を乗っ取ろうたァ景気がイイ、さっすが金持ちだ」
「既に附属法人大学の所有権、並びに此処一帯の土地権利を買い取りました。残るのは、この敷地だけ」
「そら手回しが早いこった。残念だが、とんだ無駄骨だぜ。売るつもりはねェっつーだろうよ、院長先生は」
「後に後悔しても意味はない。勇ましい貴婦人よ、意味はお判りですね?」
「はん、一般人相手に脅しか。そっちがそのつもりなら、俺にもそのコネはあるんだよ」

白衣の襟を整え、キッと睨む女医の眼光は鋭い。身構えた金髪蒼眼の超絶美形を遮った黒髪の麗人と言えば、然し平然としている。

「貴方に似た眼差しを知っています。ですが、これは我が主の意向。引き下がる訳にはいきません」
「光華会系高坂組の組長にコネがある、っつってもか?あ?」
「残念ですが、我が祭グループは大河ファミリーの最高幹部でしてねぇ。高々小日本の組織など、赤子同然」
「…ちっ。強がりじゃねェらしいな」

舌打ちした女性は、もう一度金髪長身を見やり何か言いたげな眼差しを向けた。

「李にご興味がある様ですが、何か?」
「やっぱ似てる、…んァ?誰に似てんのか思い出せないって、何だボケェ」
「何をブツブツ言っているのです、汝は」
「王」

長身の男の肩を抱き寄せた金髪が、掛け慣れていないらしいシルバーグレーのサングラスを押さえながら囁く。
ああ、やはり、似ている気がするのに。

「この程度の些細事、俺一人で済む。今尚、王自ら出向く必要が見当たらない」
「この病院には学園長が厄介になっている事をお忘れですか、李。吾の側から離れない汝は、恩があるでしょう?」
「ちっ」
「舌打ちしましたね」
「王に何かあらば、俺は目に映る全ての人間を殺す。努々、忘れぬよう」

まるで忍者の様に姿を消した金髪に、見ていた誰もが飛び上がり閉口している。
困った様に肩を竦めた麗人が再び向き直り、見下すような眼差しで近付いてきた。

「顔に似合わず、デケーな兄ちゃん」
「可及的穏便に済む事を吾は望みます。それに関し如何がお考えですか、ミス遠野」
「イイねェ、だが今は院長の弟も休暇中の副院長も居ない。俺ァ出戻りの新米医師でしかないから、経営の取引はお断りだ」

眉を顰めた麗人を真っ直ぐ睨み付け、薄く笑う。体が大きくとも、てんで子供ではないか。


「お引き取り願おうかァ、美人な御曹司さん」

父譲りの睨みを前に刃向かってきた者など、今まで誰も居なかった、筈だ。













群れを成した鳩が戯れる駅前の、何の形か判らない抽象的なオブジェが飾られた広場の街灯に背を委ねた。
今は役目を果たしていない街灯を見上げれば、向かい側の歩道に並ぶ百貨店の巨大モニターが見える。

「約束は13時で間違いない、と、思ったんだけど」

週末の昼間は、サラリーマンやOL、学生らで賑わっていた。
エコバックを小脇に携えたおばちゃん集団が百貨店に入っていくのを横目に、目の前を通り過ぎた人影に目を向ける。

「ひ」

慌てて口を塞ぎ、素早く顔を逸らしたのも致し方ない。
寒くもないのに黒いコートとストールを纏う、金シャツの長身がブランド物と思わしき派手なサングラスを片手に、オブジェの前で腕を組んだ。

さり気なく見ていたので、その明らかに一般人ではないだろう長身が、明らかに一般的ではないフルスモークのベンツから降りてきたのを知る今、通行人が金シャツ男を避けて足早に歩いていくのも仕方ない話だった。
ふと目が合い、サングラスを押し下げた男の鋭い眼差しが突き刺さる。死ぬかも知れないとビビるが、余りの怖さに体が固まり、チビる事も出来ない有様だ。


「おっかしいな、まだ来てねぇのか」

独り言らしい低い声が聞こえる。
派手な存在感に負けない声量に、付近の交番勤務と思われる警官がチラチラ視線を送っていたが、職務質問までには至らないらしい。まぁ、絶好の待ち合わせスポットにたった数分立っていただけで職務質問されたら、おばちゃんもヤクザも流石に激怒するだろうから、これもまた仕方ない話だ。

「…パパさん、早く来てくれないかしら」

ぼそりと呟き、自動販売機が並ぶ一角へ足を向けた。
何故か握り締めていた二枚の硬貨の大きい方、500円を放り込みジュースボタンを押すが、センサーに反応して貰えなかったらしい小銭はカチャッと釣銭口に落ちてくる。

「ふぇ?あら?もういっちょ!…うぇ」

何回か投げ込み直すが、やはり500円は500円のまま、コーラゼロに変わる気配がない。
まさか偽造硬貨なのか、と不安げに落ちてきた500円を眺めれば、どうやら旧型の硬貨の様だ。僅かに色合いが違うそれは、少し前まで流通していたが最近は専ら見なくなったものである。

「はァ。お巡りさんにお願いしたら交換してくれるかしら」

それともたった501円を握り締め、百貨店のフードコートでジュースを買うべきか。
駄目だ、あそこには誘惑しかない。きっとマクドナルドやらロッテリアやらミスタードーナツやらの抗えない誘惑に、お腹の虫が核爆発を起こす。

「おい、兄ちゃん」
「はふん。ほぇ?」
「金ねぇなら貸してやろうか?」

後ろから掛けられた声に振り向けば、片手をコートのポケットに突っ込んだ渋い男前の姿。
残念ながら着る人を選ぶゴージャスなゴールドシャツと、首に掛けられた白いストールが仁義なき極道、一瞬で空腹さえ忘れかけた。

「ほれ、120円で良いのか」
「え?ふぇん。だっ大丈夫ですん!噴水のお水飲みますんで!」
「噴水?何処にンなもんがあんだよ」

首を傾げた男がキョロキョロ辺りを見回し、よくよく見れば白髪混じりの黒髪を掻き乱す。
広場には正体不明のオブジェと、ご愁傷様と言わんばかりに目を逸らす通行人。うるうる涙目で交番を見つめたが、お巡りさんはササッと目を逸らしやがった。

ああ。
目つきの悪さなら、目の前の渋イケメンにも勝ってしまうチキン、そんな自分でも強く生きていかなければならないのだ。

「おい、遠慮すんなって。別に返さなくて良いから」
「いえ、お構いなく!知らない人から貸し借りしたら駄目だって、ご主人公様から怒られますにょ!」
「ご主人?何だぁ、SMクラブに通ってんのか、兄ちゃん。やるな」
「いいえ!通ってるのは帝王院高校です!超絶男前にして涎垂れまくりの平凡副会長が、最近教鞭振り回してて超ビビってるんです!ごめんなさいごめんなさい」
「あん?帝王院、だ?」

たった120円の借金が水に浸けた乾燥ワカメの勢いで膨らみ、首を吊る結果となる未来が見えたオタクは、凄まじい眼光で自販機と自販機の間…ゴミ箱が収まっているスペースにはまり込む。
逃げたつもりが抜け出せなくなった阿呆を見つめ、腕を組んだ渋イケメンが顎に手を当てた。

「おめぇ、俺の知り合いじゃあるまいか」
「ほぇ?」
「『シャグラーの慟哭は聞こえるか』」

いきなり、俊の創作サイトの作品に載せた台詞の一説を口にした男に、まさかと吊り上がった眦を益々吊り上げる。

「いっ、…今はもう聞こえない」
「はは。『ミイラ取りがミイラになる前に、いっそ踊ろうか。踊らされるんじゃない、自ら踊るんだ』」
「「『ピエロの様に!』」」

ガシッと抱き合った極道顔の二人に、見ていた通行人もお巡りさんもビクッと震えた。
大声で奇声を放った二人が、暑苦しい抱擁のまま見つめ合う。

「やーっぱりシュンシュン!この野郎、何回ツイートしても無反応たぁ、心配するだろうが!」
「くんくんくんくんくん。ハァハァ、ピナパパさんからぬこの匂いがしますタチ顔なのに!MOE!」
「ああ、出先に猫のトイレ片付けてきたからな。ンな臭いかぁ?」
「否!敢えて香水を使わない潔さに、愛猫精神と男前さを伝えてくるにょ!」

ぐー、きゅるるんぎゅるんどぅるるるん。
オタクの腹が音を発てた。と同時にくしゃみをしたオタクに、コートを脱いだ長身が己のコートを羽織らせてやる。

「今日は汗かくほど暑いか?風邪引いてんじゃねぇよな」
「さっき気付いたらずぶ濡れだったんです。ちょくちょくある事だから、あんま気にしてないにょ」
「どんな生活送ってんだ、おもれーな」

ブランド物の長財布から千円を取り出した男前が素早くジュースを買い、三本のカフェオレを手に肩を叩いてきた。

「良し、感動の初対面も終わった事だ。今日はとことん付き合ってくれ」

タクシーを呼び止めた長身が、温かいカフェオレと冷たいカフェオレの二本を渡してくるので、有り難く冷たい方を頂く。温かい飲み物は鼻水が止まらなくなるからだ。

「そうだ、うちの息子が帝王院の高等部三年なんだよ」
「ぷにょ。先輩に息子さんが?!」
「おう。実は俺も初等科から帝王院育ち」
「マジっスか先輩!寮のご飯は何がお好きでした?僕ってば全部好きですにょ!」
「あの頃はまだ半寮制だったからな、自宅通学だ。ふふん、実は16代中央委員会長」
「元祖俺様会長攻め来たァアアア!!!えっえっ、じゃあ丘の上の記念碑に名前が残ってたり?!」
「まぁな。ああ、名乗るのが遅れちまったが…」

名刺入れから名刺を取り出す気配にときめきながら、素早くタクシーに乗り込む。近場のたこ焼き屋台から漂う香りに、辛抱堪らないからだ。

「僕は遠野俊15歳独身です!改めまして宜しくお願いしますっ」
「おう、通販の宛先が遠野名義になってたからよ、そんな気がしてた」

ヒマワリ、コウサカ。
シンプルな名刺に刻まれたローマ字を目で追いながら、運転手に何やら告げている横顔を見やった。

「えっと、あにょ。コウサカって、漢字で書くと…」
「高坂日向の父親っつったら、判るか?」

眼鏡があったら吹き飛ばした自信がある。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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