帝王院高等学校
両親不在時に末っ子の婿が現れた場合
この状況に於いて、先手を打てば負けと言う訳ではないにも関わらず、今や誰も口を開けないでいた。
殺伐としている宴の跡、隅に寄せられたボックス席の無様な状況を横目に、遠巻きに見ている観客らを羨ましげに睨む。

ガラス一枚隔てた、テラス。
日差しに弱い観葉植物で覆われたそこには席が3つあるが、商店街のアーケード下だからこそ出来る荒技に他ならない。

「うー」

巨体を縮めた加賀城獅楼は今や、風前の灯火だった。
膝の下には何故か副総長の実兄にして、敵対するチームの前総帥のしっかりとした体躯。加賀城獅楼その人こそ発育の良い精悍な体躯であるが、何故その彼が膝の上に座らされているのかについては、誰も触れようとしない。

「おわ!フラッシュ?!今なんかピカッと光ったー!」
「シロ」
「絶っ対、今なんか光っ、ぅん!」
「シロ」
「…はいすいません、おれ静かにします」

ガラス一枚隔てた向こう側、店内から無表情、と言うより眠たげな美貌で一眼レフを構える川南北緯の姿があったが、後ろから伸びてきた手に頭ごと首をグキッと回され、ブチュッと噛みつかれた加賀城獅楼には最早、それを突っ込む体力も勇気もない。

「…」

テラスのウッドデッキに設えた、白塗りのテーブル。無言で見つめ合うのは赤毛二人に、カルマ四天王。

「な、何でさっきから皆黙ってんだろ…」
「つーか、どうでも良いけど片付けこのままで良いんかよ?ユウさんはともかく、榊の兄貴がブチ切れそうじゃね?」

口を開けば負け、と言う訳ではない。現に店内ではそそくさと片付けを再開する働き蜂、いや、ヤンキーらが見えた。

だが、相変わらずこの痛々しい程のテラスの沈黙は何故なのか、少し視点を変えてお届けしようと思う。




ターゲット1、錦織要。
中国生まれである彼は一歳を迎える前に母の産まれ故郷である日本へ渡り、物心芽生えるまで育った。
腹違いである義兄が迎えに来るまでの孤児院生活は、彼の人生に於ける苦痛絶望の最たるものであり、四歳を迎えた彼の体重は、平均の七割にも満たない脆弱な肉体であったと言う。

そんな、人生所詮金と立場、を幼い頃に学んだ彼はカルマ随一の守銭奴であり、得意科目は音楽。
絶対音感を備える彼はピアノとバイオリンが特技だが、それを知る者は少ない。

精悍、と言うには線が細い彼は、麗しいと言うにはやや凛々しさを兼ね備えた、アジアンビューティーである。
合気道の有段者である事を知らぬ勇者が彼に手を出しては投げられ、ミーハーな女性がほいほい近付いては、見た目を裏切る冷酷さに食い散らかされ終わるそうだ。


彼の耳には、片方だけ青いリングピアスが揺れている。リングの中央には濃紺の黒み掛かった大きな羽根が一枚揺れ下がり、風が撫でる度にふわふわ舞った。

青みを帯びた紺色の髪は、カラーリングを悟らせないキューティクル。
カルマ四天王唯一の黒髪黒眼の持ち主だが、寝る間際までブルーコンタクトを欠かさないのは、飼い主、いやいや、総長であるシーザーが特撮ドラマのファンだからだ。

初期カルマの副総長であった彼は、それまで特にコンタクトへの関心は薄かった。周囲が派手なメンバーであるが故、また、当時の総長が全身真っ赤だった為に対の青を好んだに過ぎない。


(さて、どうしたものか)

そんな彼は長い足を優雅に組み替えながら頬杖を付き、観葉植物をじっと見ている。
隣で欠伸を発てる隼人をさり気なく殴り、スマホを弄る健吾をさり気なく踏みつけながら、

(今から総長とカラオケに行きたい)

カルマ四天王リーダー格である彼は、震える獅楼などまるで関心がなかった。





ターゲット2、神崎隼人。
チャラ男と思われがちな彼は、カルマ入隊以前は族潰しのゴールドフォックスと呼ばれていたらしいが、本人は知らない。

垂れ目がちな灰眼は産まれ付きのものだが、普段ヘラヘラしているので殆ど開いている姿を拝めない為、狐と呼ばれたのかも知れなかった。
だがまぁ、笑みを消すと途端に妖しげな匂いが漂うワイルドな美貌は、すらりとした長身に小さい頭と相成り、一見の価値がある。いわゆる鑑賞に値する人間、だ。

彼がモデルと言う職業を得たのは、必然だろう。


そんな煌びやかな彼は、孤児院にこそ入らなかったものの天涯孤独の身の上である。
両親の顔を知らず育ち、祖父母と小学校入学までは幸せに暮らした。

だがその保護者を同時に失い、父が通っていたと言う私立学園の初等科に入学入寮するまでの数ヶ月は、記憶が曖昧になるほど混沌とした日々だったと言う。


母親の手に渡り売却された実家を取り戻すべく、誰とも関わり合いにならずひたすら勉学に励んだ小学時代。
田舎にある分校だからこそ、祖父母と仲が良かった農家のツテを頼り、彼が最も得意とする野菜栽培で幾らか稼ぎ預貯金に回し、中等部入学前にモデルデビュー。同時既に180cmに届く長身だった彼は半年を待たず海外デビュー、以降、中等部時代は殆ど授業に出ていない。

それもこれも手っ取り早く稼ぐ為である事と、実にあらゆる男女と一夜を共にする機会に恵まれたからだ。
生来賢かった彼はそれまでの努力もあり、中等部三年間、ただの一度も主席の座を奪われていない。

得意科目は生物、化学。
案外理系脳の持ち主である彼はサイエンティストであり、プログラマーでもある。
しょっちゅう電化製品を壊し、有機無農薬の野菜に拘るカルマ副総長を陰ながら支え、てはいない。

元来、寂しがり屋の癖に単独行動を好むカルマ1のアウトローだ。
守銭奴ではないものの、得にならない事は一切しない。ギブアンドテイクを好む彼は、やられたら必ずやり返すのが心情の、ねちっこいAB型である。

アクセサリーは指輪にピアスに黄色いブレスレット。臍にも舌にもピアス、痛々しい。
好きな食べ物はエビフライと、甘めのいなり寿司。味覚音痴と言う噂があるが、基本的に腹が満たされれば何でも良いらしい。
苦労した過去によるものだろうか。

(ふあー。何なのー、この空気ー。うざーい、どうでもよいー、プリーズ解放ー)

長い足を持て余し、ぶらぶら遊ばせている彼はつい先程派手に殴りつけてきた右隣の要の太股を、ひたすら無駄にエロく撫で、ついでに股間を鷲掴んだ。
やられたら、やり返す。目をひん剥いた要が歯軋りせんばかりに睨んできたが、素知らぬ顔で欠伸一つ。体ごとそっぽ向いた要に小さく笑い、スウェットのポケットに突っ込んでいた両手を引き抜いた。

(あーあ。シロの癖に嵯峨崎兄とかハードル高過ぎだっつーの、あほー)

誰よりも無関心げな彼は、実はひっそり獅楼を心配しているらしい。

(助けて下さい隼人様、っつったら、ユウさんと同じ顔ボコボコにしてやってもよいにょ)

惜しむらくは、それを悟らせない照れ屋な性分だろうか。
因みに彼は、意外と他人に影響され易い性格なので、最近の必殺はサブボス直伝の頭突きらしい。誰も知らないだろうが。





ターゲット3、高野健吾。
四天王唯一のアイドル系チャラ男だが、巨乳に目がないスケベ男子でもある。また、それを隠さないオープンな性格はひたすら楽しい事に目がなく、被害者は日々増える一方らしい。

見た目の可愛さから男性にモテ、二日に一度はラブレターまたは告白、または強姦未遂を受けているが、ラブレターは笑顔でゴミ箱へ、告白は笑顔で華麗にスルーし、強姦魔には妖しげな笑顔でフルボッコ。
オリンピック選手もかくや、と言う超身体能力は伊達ではなく、50メートル五秒代、体育は全般得意である。もう少し身長があれば、バレーボール選手になれただろう。

が、そんな彼の胸元には、狼、シルバーウルフの刺青が入っている。狼の口にはタクトが咥えられていて、まるで指揮者の様だ。
よくよく見れば胸元から腹に掛けて、痛々しいほど痙き攣れた傷跡があるが、恋人の前での上は脱がない主義を公言する彼は、今や薄まったその傷について誰にも語った事がない。

成長期にあるまじき細い腰にはオレンジのベルト、一つ。
初期カルマ時代から二代目カルマまで、彼の腕にはオレンジのリストバンドがあったそうだが、隼人入隊後に隼人がイエローのブレスレットを身に付け始めたのと同時に、そのリストバンドは姿を消したと言う。

ナンバーワンよりオンリーワン。

自己啓示欲根深いO型の彼はアメリカナイズした性格だが、それもその筈、本人は記憶にないがアメリカ産まれ、三歳までヨーロッパ各地を多忙な両親と共に点々としていた経歴がある。
なのでドイツ、フランス、イタリア、英語が全て混ざった様な英会話が得意だ。
基本的に馬鹿ではないが興味がある事以外にはさほど意欲的になれず、全教科平均的に高得点だが満点は滅多にない。

やれば出来る子、と言う器用貧乏な性分は、余り知られていない様だ。
年中彼女が欲しいとグダグダほざいているが、大抵の女子は彼の見た目に敗北感を受け去り、時折去らない勇者な女子も、健吾の見た目に反した粗野な性格に付いていけず、結局終わってしまう。


最高記録は一週間。
ショートスパンな彼の恋愛遍歴は、交際と呼ぶには余りにも短過ぎなものが多く、なので自称数名である。
まぁ、アイドル顔でもやる事はやっているらしいので、下手したら隼人以上に質が悪いかも知れなかった。


(うひゃ!なwにwこwれwwwカルマのファンサイトで、タイヨウ君がw炎www上www(*´д`*) 消防車w間wにw合wわwなwいwww)

誰か除草剤を用意してくれないか、とばかりに、彼の脳内はスマホに映し出されたネットで染まっている。
ぽちぽち素早く何かを書き込んだらしい彼は、総長代替わりに異論を唱える不特定多数の書き込みと、サイト管理者の否定的なコメントを流し読みながらゲラゲラ笑った。勿論、心の中で、だ。

(ちょwwwカルマ四天王も引退ってwwwww超現役なんですけwど!(*´∀`)/ ドコ情報っスかwwwつか本日のカナメってwなwに?!(◎∀◎))

口に出して笑ったら負けだ、と懸命に吹き出すのを耐えている健吾は俯き、ぶるぶる肩を震わせていた。
隣で半分寝ていた裕也がビクッと震え、薄く目を開けた瞬間を見た彼は素早く口を塞ぎ、汚いものを見る目を向けてくる隼人を凝視したと言う。

(ひゃーっひゃっひゃっはーっ!ビクッって!ビクッって!ユーヤの癖にジャーキング現象!ひゃーっひゃっひゃw(ノД`)゜。)

彼は、テラスが今現在どんな状況なのか、1ミクロンも理解していない様だ。





ターゲットラスト、藤倉裕也。
他の三人が全く宛てにならない状況である現在、彼しか残っていなかった。
が、面倒くせーが口癖の、暇があれば寝ているマイペースB型な彼に、現状を打破する力があるとは到底思えないのは、恐らく誰もが同じだろう。

普段、目立ちまくる健吾の半径二メートル圏内に必ず居ると思われがちな彼は、ドイツ産まれドイツ育ち、日本に来たのは学園入学時が初めて、と言う、帰国子女だ。
ドイツ、スペインのダブルである父と日本人の母から産まれ、四歳になる直前に、母を失った。

引き籠もった彼も紆余曲折の末、今の外交的とは言えないまでも何とか社会生活を送れるまでに至るが、自分の過去や身の上話は一切しない無口キャラなので、未だにカルマメンバーにも会話した事がない人間が多い。

携帯使用料が基本料枠内。と言うスローライフを送る彼は、実は佑壱以上に男前なイケメンだが、側に女の子よりも可愛い健吾が居る為さほどモテない。デート中でも目を離したら逃亡、長電話の最中に寝落ちと言うていたらく故に、大抵彼女が浮気して破局のパターンだ。

まるで気にしない様なので、そもそも交際していたと言えるのかも怪しい。
未だに山田太陽ですらビビっている、カルマ最終兵器と言えよう。何を考えているのか判らない、と言う専らの噂だが、その実、何も考えていないに違いない。


「オレはどうでも良いけど、総長も副長も居ない今、この場は無駄だと思うぜ」

いや、もしかしたら彼こそ最終兵器にして、この場を集結に向かわせるメシアなのだろうか。

「…判ってんだよ、んな事ぁ。引くに引かれない理由があるんだ、こっちにも」

苛立たしげに吐き捨てた零人の左頬は、やはり痛々しく腫れている。

「元はと言えば、この餓鬼が俺の邪魔を…いや、言っても仕方ねぇ」

椅子が足りない為に獅楼を膝に座らせた零人が舌打ち一つ、ビクッと震えた獅楼に健吾がいよいよ爆笑し、要が眉間に手を当てた。涙目の獅楼に片眉を跳ねた隼人が人差し指でちょいちょい合図を送ったが、獅楼はその意味を量りかねたらしく、きょとんと首を傾げている。

ばか、と呆れた隼人は最早、だらりと椅子に腰掛け、あらぬ方向を見ていた。


「大人には責任が付き纏うんだよ。お前にゃ判んねぇだろうがな…」
「つか、アンタの性欲に関心するぜ。何でコイツに勃つのか、そっちが判んねー」
「うう。酷いよぉう、ユーヤさぁん」

しょぼくれた獅楼の背後で、凄まじい殺気が漂ったらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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